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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
ブルー・マンデー
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早朝の取引

 それからわたしは夜のフリーウェイを流していた。体にこびりついた気持ち悪さを、スピードで振り払うように。ブリストンはわたしの気持ちに応え、快い加速を見せてくれた。

 とはいえ、わたしも捜査の手を緩めていたわけではない。ドライブの間、わたしは左腕の腕時計型端末から、事務所のデジタル・ライブラリーにアクセス。さらにオンライン検索機能を使い、例のナンバーを探し始めた。

 警察資料と彼らの操作システムを、わたしは半ば非合法的な手段によって使わせてもらっている。よもや彼らも、一介の探偵事務所にデータベースのすべてが出力されているとは思わないだろう。

 検索には結構な時間がかかった。盗難車や偽造ナンバーが溢れかえるラリュングでは、ナンバープレートは車の個体識別を行う唯一無二の番号などではない。あくまでも、指標としての機能しか果たさなくなってきている。それもブロクスタインの中古車ヴィンテージカーならば、なおさらだ。

 中古とおぼしき黒塗りのセダン。アレがどこをどう経由して男の手に渡ったのか。それは誰にも分からない。

 検索には数時間を要した。厳密には検索結果はすぐに出たのだが、コンピュータがそのあとの選別作業に手間取った。偽造ナンバーと正規ナンバーの選り分け作業に。


 それは、わたしがラリュング・フリーウェイのノース・ブロクスタインにいたときだった。パーキングエリアに車を停めて、しばらく仮眠を取っていたとき、ようやく検索結果が出たのだ。

 時刻は朝の五時。まだラリュングでは日が出始めたころ。問題の黒のセダンの居所が見つかった。

 場所はブロクスタイン・サウスにある農園地帯だった。いまわたしがいるノースとは真逆にある。飛ばして四十分ちょっとと言ったところだろうか。

 わたしは舌打ちをしてから、パーキングエリアを出た。


     *


 問題の農園地帯に向かう前に、わたしには一つ寄っていく場所があった。ブロクスタイン中央区にあるカフェで、わたしはある人物と会う約束をしていたのだ。

 朝の六時という何とも常識離れした待ち合わせ時刻だったが、先方もそれを承諾してくれた。わたしと同じく、彼女も徹夜でブロクスタインを駆けずり回っていたからだろう。

 二十四時間営業のガソリンスタンドの脇、自動販売機の置かれたカフェ――いや、もはやただのテラスと言ってもいい――彼女はそこで待っていた。

 わたしは自販機でブラックコーヒーを注文してから、テラスに座る女性に声をかけた。

「待たせたかしら」

「待たせるもなにも、こんな時間に呼び出すなんて。ウェザフィールドさんって、つくづく常識ないですよね」

「そういって待ち合わせに着ているあなたもあなただけどね」

 紙のカップに注がれたコーヒー。わたしはそれを持って、テラスの端に腰を下ろした。向かいには、待ち合わせていた彼女がいる。

 どこか垢抜けない顔をした女性。明るい茶髪を二つ結びにしており、それが彼女のあどけない顔立ちと相まって幼げな印象を与える。彼女は白のブラウスにスキニージーンズという出で立ちだった。比較的カジュアルな洒落た格好だ。

 ――しかし、この女は抜け目のない人間だ。

 彼女の名はマリー・ライアル。ラリュング・グローブ紙で記者をしている。彼女はまだ入社数年の駆け出しではあるが、時折わたしとの情報交換の席に現れる。わたしは彼女に特ダネを提供し、彼女は逆に報道部が掴んだ情報をわたしに与える。ギヴ・アンド・テイクの関係ということなのだ。

 マリーはまだまだ新人だが、こうしてわたしとの密約を進め、着実に社内での評価も得つつあった。わたし以上に抜け目ない、狡猾な女と言っても差し支えない。童顔で大人しそうな、小動物的な外見にだまされてはならない。彼女は狐だ。

「それで、ウェザフィールドさん。なにが知りたいんです?」

「事前に伝えた通りよ。蒼井……いや、緑川シゲルについて分かっていることすべて」

「また微妙な人を突いてきますよね、ほんと。……十年以上前――わたしがまだパブリックスクールに入ったばかりのころ――に学会を追放された人ですよ。悪癖がいろいろとバレてラリュング大学から追放処分を食らったとかなんとか」

「それは分かってるわ。わたしが知りたいのは、彼がいったい何を研究してたかよ」

「まあ、そう言うと思って色々調べてきましたよ……はい、これです」

 マリーはそう言って、上着の内ポケットからマイクロメモリを取り出した。ROMタブロイド。かつて発行された新聞記事をまとめたデータファイルだ。おそらくコピーだろう。

 わたしは左腕の時計型端末にメモリを挿入。データを読み込ませ、十年近く前のグローブ紙を再生した。

 立体投影されるグローブ紙。わたしは虚空に浮かぶそれをつかみ、ぱらぱらとめくってみた。科学面に彼の名前の記述がわずかにあった。

「緑川博士は、おもに霧の向こう側について調べていました。十年以上前まではそれなりに調べられていた分野です。いまや霧について調べるのはタブーにされてますがね」

「霧は、我々にも害をなす存在であるから……。なにより、殺人機械から我々を守ってくれる神聖な霧を脅かすなど、してはならない……か」

「そういうことです。そんなわけで、緑川への風当たりはかなり強かったらしいです。霧について調べていた最後の研究者、とも言われてますからね。一部の陰謀論者の間では、彼は霧の真実を知って学会を追放された、とも言われてるぐらいで」

「バカバカしい」

 吐き捨てるように言い、わたしは次の日付の紙面へ。

 しばらくわたしは、科学面だけを見て回った。そしてそのうち、興味を惹かれる見出しを見つけた。

「……ねえマリー、この『ヒト型機械を開発』っていう記事は?」

「ああ、彼が理論上完成までこぎ着けたんですよ、ヒト型機械。人間そっくりのヒューマノイドロボットってやつです。以前から『大戦以前の人類はヒト型機械を実現させていた』みたいな話が出ていましたからね。彼は特に霧の向こうの調査をするに当たって、霧の近くに流れ着く漂着物を洗って、色々調べてたらしいんです。その途中で、ヒューマノイドの構造が分かるような資料を見つけたとか」

「それで、完成したの?」

 わたしはふと、昨日の倉庫のことを思い出した。彼は、ヒューマノイドの設計図を持っていた。

「完成する前に彼は学会を追放されましたよ。大学からも追放され、さらにラリュング政府からの援助金も絶たれて、とうてい彼には実現不可能な夢になりました。それに霧の向こうの技術を再現しようなんて、誰も怖がってやりませんよ」

「……そうね、なるほど」

 わたしはコーヒーを啜った。もうぬるくなっていた。

「でももし、第三者からの資金援助があったとすれば、彼はヒューマノイドを完成させてたでしょう。現に理論上、彼は霧の向こうからの漂着物――つまり壊れかけの兵器は修復可能であると証明してみせた」

「資金援助が出来るだけの財力を持つ者が裏で手を引いているとしたら……あながち間違ってないかも知れない」

「少なくとも私はその線で追ってます。さて、緑川について分かっているのはこれぐらいです。あとは警察資料を調べるなりなんなりしてください」

「そうするわ。グローブ紙と違って、警察はセキュリティが甘いから」

「それ、告発したら起訴できますからね」

「でもマリー、あなたはしないでしょう? 特ダネがほしいから」

 わたしがそう言うと、彼女は歯噛みした。それからしばらくして、ぷいとわたしから視線を逸らせた。

 だから彼女は賢いのだ。わたしとの付き合い方を心得ているし、記者としてののし上がり方も知っている。

 わたしは彼女に一言礼を言うと、飲みかけのコーヒー片手にテラスを立った。

「ちょっと待ってください。そっちの情報は?」と彼女がわたしに吠える。

「あとで伝える。それまでは待ってなさい。あなたは良い子でしょう、マリー」

 わたしはアオイを待たせている。遅れる訳にはいかない。

 少々時間は食ったが、それでも有用な情報は手に入った。


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