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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
ブルー・マンデー
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亡き女を想う (3)

 アオイを乗せたセダンは、ブロクスタインの繁華街から離れていった。シティ・センターの中央道をそれて、東へ。わたしは悟られないよう二台後ろについて彼女のあとを追った。

 しかし、半時間ほど走っても、セダンは止まる様子を見せなかった。ただひたすら東へ向かって走り続けたのだ。そしてその間、何度もホテルや裏路地を通り過ぎたのだが、コールガールを乗せたドライバーは、アクセルを緩めることはなかった。

 四十分ほど走り続けていると、あたりはついに木々が生い茂る田舎道になった。自然公園でも何でもない、本物の雑木林だ。

 やがてセダンは、林の中で突然動きを停めた。車通りのほとんどない場所だったので、わたしは距離をとって停めた。

 外へ出て、こっそりと様子をうかがう。林の向こうでヘッドライトが光っている。ドアが開く音がして、誰かが出てきた。しかしちょうど逆光になっていたせいで、相手の顔はよく見えなかった。

 ――まさかここで始めるのか?

 相手がそういう趣味なのかと、わたしは思った。だが、そうではなかったのだ。

 ぼすん、と奇妙な音が鳴った。それから草木をかくような音も。雑草が倒れるような影絵がわたしの目に飛び込んできた。

 髪の長い女の影。その手には、なにやら歪な形をしたものがあった。肉の塊だ。彼女はそれを草むらへと投げ落とした。ぼすんという物音は、肉塊が草木へと堕ちていった音だったのだ。

 アオイ――彼女の手に握られたのは、真っ赤に染まった男の死体。その腹部からは内臓があふれ、また頭部は完全に切り離されていた。

 わたしは、恐怖で肌が粟立つのを感じた。猟奇殺人鬼は、たしかにそこにいるのだ。それもアオイの姿をして。

 刹那、逆光の中でアオイがわたしを見た。間違いなかった。彼女は、わたしに気づいたのだ。

 ――わたしも殺される。

 そう感じ取って、左腕に力を込めた。いつでも殺人鬼と対峙できるように。

 だがしかし、アオイは逃げ帰るように車に乗り込んだのだ。そしてすぐさまアクセルを踏みつけ、車は林の奥へと進んでいった。わたしに背を向けて。

 わたしはそれを追おうとは思わなかった。というよりも、すぐにはこの現実を受け入れられなかった。

 アオイそっくりの女が、男からハラワタを抉りだして殺していた。死んだはずの彼女が、だ。まるで幽霊を見ているような気分だ。

 濃い霧が林を包んだ。まるで彼女の正体を秘するように。

 あれは誰だ?

 蒼井ミズキなのか?

 だが、どうしてミズキが……?

 わたしの中には、疑念が渦巻いていた。ただ、いまのわたしに出来たことと言えば、問題のセダンのナンバーを覚えるぐらいのものだった。


 殺された男は、ハーヴィー・ゲイブルと言うらしかった。らしかった、というのは、男の身元がまだ判然としていないからだ。

 男の遺体は、アオイと同じく変死体として発見された。首のない、両手両足を砕かれた遺体。頭部は挽き肉にされて、林の中にまき散らされていた。ゆえに顔の確認は出来ず。ただナンバープレートから、被害者は車の持ち主のゲイブルだと推測された。

 家族と夕飯を食べていたところを駆り出された刑事たちは、その様子を見て苦虫を潰したような表情になっていた。さきほどまで家族団らんの食事をしていたのに、夜更けに山奥まで連れて来られ、あげく人間のミンチを見させられているのだ。殺人課の刑事といえども、そうとう頭にキテいるに違いなかった。

 わたしは第一発見者として事情聴取を受けた。しかし聴取の担当官がリリーだったので、ことは早く運んだ。

 リリーはわたしをパトカーの後部座席に追いやると、隣に座り込んだ。運転席には誰もおらず、わたしと彼女の二人きりだった。

「まったく、首を突っ込むなと言ったのに。仏の顔も三度までよ」

 リリーは深くため息をついて、上着のポケットからタバコを取り出した。

「あなたも一本やる?」

 タバコを一本抜いて、わたしに向けた。しかしわたしは首を横に振ってみせた。いまは吸いたい気分ではない。煙と一緒に違うものまで吐き出しそうだ。

 ドッペルゲンガー。わたしは、ここ二日でそれを三人も目にしている。気味悪いことこの上ない。

 彼女はタバコに火を付けると、窓の外へ向けて煙を吹いた。

「ガイシャの名前はハーヴィー・ゲイブル。ブロクスタインでマフィアの鉄砲玉をしている男だった。下っ端の小間使いと言ったところかしら。でも、そこそこ腕っ節はあったみたいね。そんな男が、いともたやすくミンチにされ、山奥に投げ捨てられていた……。しかし周囲の状況やタイヤ痕を見るに、揉み合いになった形跡は見られない。それはおろか、血痕ひとつすら残されていない。無惨な遺体を除いてね。まるで一瞬のうちに、苦しみもせず、挽き肉にされたよう。遺体の様子は蒼井ミナのほうが不可解だったけれど、こっちもこっちでだいぶ妙な状況よ。手口も大分似ている……。

 それで、へイズル。あなた何を見たの? 洗いざらい全部話してもらうから。警察を出し抜こうなんてバカな考えは止したほうがいい」

「分かってるわよ。……車のナンバーはさっき伝えたとおり。犯人とおぼしき女は、ゲイブルのセダンを奪って逃亡した」

 リリーは携帯端末ケータイのボイスレコーダーを起動させ、わたしの話を録音する。

「それでよく追わなかったわね。いつものあなたなら、そのままカーチェイスでもしたんじゃないの?」

「心に余裕があれば、わたしもそうしていた。でも……。リリー、あなたはドッペルゲンガーって信じる?」

「なにいってんの? ……まさか?」

「そう、やつはアオイだった」

「蒼井ミナ?」

「そう。……やつは完全なドッペルゲンガーだった。ミズキよりも、ずっとミナに似ていた。……もう瓜二つってレヴェルじゃない。そっくりそのままコピーしたってぐらい」

「まさか、あんたまでそんなことを言い出すとは」

 リリーは首を傾げ、やれやれといったようなポーズをした。

「本当よ。……あれは紛れもなく彼女だった」

「でも、蒼井ミナは死んだ。DNA鑑定も、昨日の死体は彼女だと示している。彼女は挽き肉にされて、さらに腸詰めにされた。あれで生きていると思う?」

「でも、あんたも言ってたじゃない。アオイを見たって情報が絶えないって」

「そうよ。……だから困ってるんじゃない。わけがわからないわ」

 彼女は深くため息をついてから、求めるようにタバコをくわえた。

 わたしは紫煙のにおいが好きではない。自分が吸うときはいいが――といってもわたしは、自らすすんでタバコを吸うことはあまりない――他人の煙は気にくわない。だからドアを開けて、車内から出ようとした。

「パトカーの扉はね、内側からは開かないのよ。犯人が逃げたらいけないしね」

「知ってる」

 わたしは吐き捨てるように言うと、左手にぐっと力を込めた。

 力ずくで、無理矢理に扉を開く。錠前がひしゃげるような音がしたが、わたしは構わず外へ出た。

 リリーがまたため息をついている。

 わたしは車に戻ると、山を下りてブロクスタインへ戻ることにした。


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