赤錆の道楽探偵
しんしんと雨が降りしきるなか、わたしは郊外にあるサーゲート墓地にいた。そこに誰かわたしの友人が埋められているというわけではなかったのだが、しかし行かねばならない気がしたのだ。
わたしは、ある墓石の前で傘をさし、立ち尽くしていた。傍らにはニナがいて、彼女はわたしよりも一回り小さい傘をさしていた。
墓石には、ジェーン・ギャラハーと名が綴られていた。
「ねえ、へジィ。これ誰のお墓なの?」
「誰の墓でもないわ。誰の墓でも……誰も、彼女の本当の名前を知らないから。それに、彼女の遺体もここにはないから」
「じゃあ、どうしてお墓があるの?」
「それはね、彼女は本来死んでいるはずだったから。その人は、ずっと表向きには死んだ振りをしていたからよ」
墓に花を手向ける。何の花でも良かったが、彼女にはカーネーションが似合うと思った。宵闇色のカーネーションだ。
わたしはそれを墓前に置くと、黙ってその場を立ち去った。きっと彼女には、もう言葉はいらないと思ったからだ。
それからわたしとニナは、クルマに乗り込み、事務所に向けて出発した。ラジオをつけると、ラリュングFMアナウンサーのトマス・エクルバーグがニュース原稿を読み上げていた。
「さて、行政府の発表によれば、昨日現れた巨大兵器に関しては、霧の向こうからの侵入者であったとのことです。現在、なぜこのような巨大な兵器が霧の中に入り込めたのか、警察が原因究明にあたっています。今回の事故での負傷者は、およそ一〇〇名近くにのぼり、現在でも行方不明者が――」
わたしはラジオを消した。辛気くさい話題は聞きたくなかった。
この街は、すぐに話題が移ろいゆく。誰もこの街を解放するために戦った女がいたなど、気づくこともなく、毎日が過ぎていく。もう大佐が死んでから一週間が経とうとしていた。街中では復旧工事が進められ、セントラル・タワーには無数の工事車両が乗り付けている。
わたしはそんな街を横目に、ハイウェイを駆け抜けた。ピルグリム・サーカス方面に降りて、それからセイヴィル・ストリートへ。クルマをガレージに停めて、事務所に戻った。
事務所に戻ると、すぐに電話のベルが鳴った。誰がかけてきたかは、おおよそ予想がついていた。
ニナが電話に出た。わたしは黙ってカーテンを開け、雨模様のラリュングを見つめた。
しらばくして、ニナが言った。
「へジィ、電話だよ。依頼したいことがあるって」
「相手は女性?」
「だと、思うけど……」
「そう、貸して」
受話器を受け取る。どうやら予想が外れたらしい。
「お電話代わりました。わたくし、探偵のウェザフィールドと申します」
「ウェザフィールドさんですか? あの、わたし、依頼があって……」
少女の声だ。なんだか似たような声で依頼をされたことが、ずっと前にあった気がする。わたしは少し懐かしい気分になりながら、彼女の話を聞いていた。
わたしは、ヘイズル・ウェザフィールド。この街に必要とされる仕事をしている。たとえこの街が、誰かによって生み出された虚像に過ぎなくても。わたしが望んだ虚像に過ぎなくても。わたしは、必要とされるのなら、そこにありつづけよう。
世間一般に人はわたしのことをこう呼ぶ。赤錆の道楽探偵、と。




