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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
ヴァニシング・ポイント
62/67

霧の向こう側 (3)

 コクピット壁面に出力された映像。霧の女皇(ミストレス)が捉えたそれは、蒼白の巨人を写していた。二つのマントを持つ、強かでどこか妖艶な雰囲気を持つ巨人だ。

「さあ、来い。中尉」

 大佐がわたしの名を呼んだ。

 左の拳を握りしめる。

 わたしの意志は不可視の状態にあったが、しかし定まっていたと言っていい。わたしはラリュングの探偵。目の前にいる街の脅威は排除する。それがかつてのわたしの同志であり、ラリュングを救うためであると騙っているとしても。

 一撃ですべてを終える必要があった。大佐の機体フォグ・サブスタンスが何をしでかすかは分からない。ならば短期決戦で終わらせるしかない。戦闘が長引けば長引くほど、戦局は経験の多いほうが有利になる。それだけは避けたかった。

 フットペダルを踏みつけ、左腕を構える。ミストレスが大地を蹴りつけ、巨腕を振りかぶった。腕に内蔵されたクローと、回転式機関砲ガトリングが展開する。装甲が浮いて、その合間から銃口が姿を現した。同時、回転する腕に沿ってクローの刃が高速回転を開始。

「喰らえ!」

 左腕を振り下ろす。

 トリガーを引く。

 回転したクロー。そして零距離でまき散らされる銃弾確かな手応えがわたしのもとへと返ってくる。……はずだった。

 直後、わたしは足を踏み外したような感覚を覚えた。そしてそれは間違っていなかった。

 ミストレスはオートバランサーを起動。機体を水平に戻す。振りかぶった腕の勢いで機体が横転しそうになっていたのだ。つまり、手応えはなかった。

 わたしはすぐにあたりを見回した。

 ――大佐はどこだ……?

 彼女は、わたしの真後ろにいた。

 蒼白の機体――サブスタンスは、その右腕のマントをたなびかせながら、わたしを見つめている。

「甘いな、中尉。私にそのような攻撃は当たらんよ」

「いったい何が……?」

「さて、ね。易々と教えると思うか? さて、こちらの番だ、中尉」

 サブスタンスが荒れた大地を蹴りつけ、飛び上がった。

 教会を飛び越え、ひねりを加えながらミストレスの頭上をかすめていく。わたしはすぐさま防御姿勢をとろうとしたが、オートバランサーが働いてミストレスは言うことを効かない。

 それはスローモーションのようだった。頭上をかすめる巨体。逆三角の肢体がしなやかに揺れ、マントがその後を追う。二本の腕には拳銃ハンドガンらしきものが携えられていた。

 聞こえてくるのは銃声。折り重なる火薬の炸裂音。頭上ではじけた銃弾が、ミストレスに降り注いだ。

 全身に駆けめぐる激痛。左腕のガトリングは動きを停止し、クローもまた自動納刀。ミストレスの意志が、戦いを拒んでいるようだった。

 大佐=サブスタンスは、荒野に着地する。砂漠に亀裂を生んで、二本足で立ちすくむ。

「降伏しろ、中尉。私は君とは戦いたくない。私の仲間になれ」

「……断ると言ったら……?」

「君に断る理由はないはずだ。私は、ラリュングの民のために戦っている。もし断るとすれば、それは私が知る霧の女皇(ミストレス)ではないということだ。だから、殺す」

「じゃあ、いまここにいるのは霧の女皇なんかじゃないのね。きっと、ここにいるのはヘイズル・ウェザフィールド。それ以上でも、それ以下でもないわ。あなたが言う、宇宙そらの住人の入れ物なんかでもない!」

「……そうか。君はもう少し賢い女だと思っていたよ」

 大佐は物寂しそうに言った。その声色が、わたしの神経を逆撫でした。

 わたしは平生より冷静でいることを常としている。探偵として、それは必要なことだ。しかし、この女を前にしては、そうも言ってられなかった。探偵でなかったころから、わたしは彼女だけは苦手だった。すべてを見透かしたように、まるで自分こそが全知全能たる神であるかのように振る舞う彼女。その鼻持ちならぬ態度は、いまも健在だ。

「減らず口を!」わたしは叫んだ。「わたしの請け負った仕事は、あなたとサリーの殺害。ラリュングに混沌を陥れるテロリストの駆除よ」

 左腕の武装が完全に死んでいた。予備兵装をモニターにリストアップ。腰当てに備えたマイクロミサイルを展開する。

 発射、セット。まもなく小型ミサイルが発射。しかし、そのどれもがサブスタンスのマントの一振りで弾き返された。

「それが間違っていると、私は言ってるんだ。ヘイズル・ウェザフィールド。君はいつまでラリュングのイヌをやっているつもりだ? あの街は、数十年の内に滅びる。そういう運命だ。そんなものを守って何の意味がある?」

「それはあなたの理屈よ。あなたが勝手に示した、机上の空論に過ぎない」

「だから視野が狭いんだよ、ウェザフィールド!」

 サブスタンスが、両手のマントを大きく広げた。

 二つのマント。金色の紋章を揺らめかせ、サブスタンスは一振り、二振り、わたしの前でマントをはためかせた。そしてその動きに併せて、濃い宵闇色の霧が溢れ始めた。まずい兆候だった。

「消え失せろ、ヘイズル・ウェザフィールド。すこしでも君に期待した私がバカだったよ。君には

大義というものがない。君はしょせん、ラリュングと言うシステムに組み込まれた、一パーツに過ぎない。君にはその抜本を改革せんとする気概も、器量もない。だから、私の革命には不要だ。ここで消えろ」

 霧が満ちる。

 宵闇色の霧が、マントが巻き起こす風に煽られて押し寄せてきた。

 フットペダルを押し込もうとしたが、ミストレスは動かない。システムがダウンしかけていた。バランサーもさきほどの一件で狂ったのだろうか。いくら足を踏み出そうとしても、ピクリともしない。

 わたしには、もはや眼前に迫り来る霧を受け止めるよりなかった。

 ――これで終わりなのか……?

 胸の内で、わたしは自問した。

 その答えがわたしの内より返ってくるよりも早く、宵闇色の霧があたりを満たした。もはやわたしは為す術もなく、ただ視界が闇に落ちていくのを見ているしかなかった。


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