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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
ヴァニシング・ポイント
59/67

策謀 (2)

 刹那、砂埃は消え失せて、代わりに赤錆色の霧がすべてを満たした。そしてわたしの巨人フォグが霧の中にその相貌をあらわし、巨大な左腕でわたしを招き入れた。

 コクピットに乗り込むと、わたしは否が応にもミストレスの歓迎の言葉が目に入った。

 ――おかえりな(Welcome)さいませ(back)ミス(Lt.)トレス中尉(Mistress.)

 その名では、もう呼ばれたくない。目の前にいる女を意識してしまうから……。

 わたしは背もたれだけのシートに腰掛けると、左腕をコネクタに接続。彼女ミストレスとわたしは繋げられた。腕から全身へ感覚が行き渡る。

 コックピット壁面の全天周囲モニター。そこに描き出されたのは、金色の二本角を持つ巨人だった。青白い機体は、マントをはためかせながら、サリーの乗ったバンを掴みあげる。

「くっ、その車両だけは……!」

 地面を踏みしめ、左腕を横に凪ぐ。赤い霧を、自ら祓う。

 霧の向こうにいた巨人は、しかし余裕を持った様子でわたしを見ていた。ゆらりと青いマントをはためかせ、金色の紋章を月明かりに照らし出す。そして巨人は、さながら奇術マジックでもするように、そのマントでバンを覆い隠した。

「やらせるか!」

 わたしは、飛び出した勢いそのままに、左腕を振るった。しかし次の瞬間には、強烈な痛みが生じただけで、手応えはなんら返ってこなかったのだ。まるで見えない壁にぶつかったようだった。

 蒼白の巨人は呆然と立ち尽くしていた。そしてマントをひょいと持ち上げ、クルマをおろした。

「残念だったね、中尉。君ではこの私は倒せんよ」

 混線する通信音声。聞こえてくるのは、妖艶な女の声。わたしをあざ笑うような、女の声だ。

 それから巨人は、マントをはためかせながらバック転を繰り返し後退。再び霧の中に紛れた。

 ――逃がすものか。

 わたしは心で言い、全速力で彼女を追いかけようとした。しかしそのとき、警察無線が耳に入ってきたのだ。

《こちら護送車両! 護送目標が消えた!》

《消えたとはどういうことだ?》

《消えたんです! 霧に囲まれて、次の瞬間にはどこにも……!》

《そんなバカな!》

《応援を頼みます。このままじゃ……!》

《こちら四号車、暴徒が接近中! 応援には向かえそうにない!》

 ひどい有様だ。

 サリー・へイズは、もうわたしたちの手中にはない。

 わたしは霧へ向けて駆けながら、大佐の手口を考えた。おそらくあのとき。バンを持ち上げたとき、マントの内側に霧を発生させてサリー・へイズを転送させた……そうとしか考えられない。

 霧がさらに濃くなってきた。悪い兆候だ。このままでは、また彼女を逃がしてしまう。林の上に、煙のように白い霧が立ちこめていく。

 わたしはそれをかき消すように、左腕を振るった。しかし、それも無意味なことだった。

 気が付けば、あたりにはもう巨人はいなかった。林を踏みつけて、霧をかき分ける霧の女皇(ミストレス)が一人、そこに立ち尽くしているだけだった。

 コックピットの内に一人、わたしは落胆していた。


     *


 その晩、ラリュング市警察は暴徒の鎮圧に追われていた。行政府もまたそのようだった。どうやら大佐によるサリー・へイズの拉致については秘匿されているようだが、しかしサリーがLAC技研に送られる予定だったという話は、どこかのタレコミ屋によって白日の下にさらされてしまった。

 わたしも帰り道、ピルグリム・サーカスに落ちていたビラを一つ拾い上げてきた。雑踏に踏みつぶされて実に無惨な様子になっていたが、それでも読めないことはなかった。

 それはまるで新聞の号外のようで、見出しには「霧兵器による大量虐殺 首謀者、LAC技研へ」とある。

 それからあとには、ひたすら大衆を煽るような文句が綴られていた。ラリュングの禁忌を犯した者。罰を受けるべき。人々を混沌に陥れた張本人。行政府は重罪人を赦すのか……等々。

 書き立てられた文章は、どれも一側面から見れば間違ったものではない。しかし、思想的には間違っていると言えた。

 わたしはそのチラシを街角のゴミ箱に捨てると、長い夜を終わりにした。自宅に帰って、ベッドに倒れ込んだのだ。



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