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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
ヴァニシング・ポイント
58/67

策謀 (1)

 正規の輸送車両は二台だった。それは青いバスのような護送車で、精神病棟へと連れて行かれる囚人たちが押し込まれていた。そしてそのバスの前後には、青と黄色に塗られた警察車両が警備のために走行していた。バンのような大型車両が先導し、その後ろをセダン二台が固める。そしてその後ろに護送車が続き、またセダンが続き……という形だ。

 そしてサリー・へイズの乗った車両は、それら護送集団の最後尾。しんがりを務めるバンに偽装して、走っていた。彼女の乗せられた車両は、一見して先頭の先導車と見分けがつかない。だが、よく見ればその違いは分かる。サリーが乗る車には、うしろのスペースが大きく取られているのだ。また、扉も観音開きに開くように出来ている。簡易的な護送車だった。この護送車両集団の目的はただ一つ。ジャクソン区のメディカルセンターに移送するフリをして、サリー・ヘイズをLAC技研へと送り届けること。

 わたしは、そんな偽装輸送車両団の後ろをノロノロと走っていた。というのも、あくまでもわたしは、ただのドライバーを装わねばならないからだ。わたしが与えられた任務は、万が一の自体が起きたときの対処。すなわち、フォグが現れたときの対抗策である。

 わたしのブレニムは、三速のままゆっくりと走っていた。前方集団はあくまでも護送。たいした速度は出せない。先導車が道を確認しながら慎重に走っていく。

 しばらくノロノロとした運転に付き合っていると、ようやく市街地が見え始めてきた。ちょうど刑務所を囲う藪を越えたあたりだった。茂みが徐々に消えていき、街の灯が見えてくる。

 そしてそのとき、わたしの腕時計端末がふるえたのだ。着信。マリー・ライアルからだった。

「もしもし、どうしたの、マリー」

 わたしは先頭集団が右折するのを見ながら言った。

「ウェザフィールドさん、いまセイヴィルの自宅にいますか? 見えてますか、あれ」

「なによ、すごい剣幕で。……あいにく、いまは自宅にはいないわ。何があったの?」

「……そうですか」彼女は少し残念そうに言って、「号外ですよ、一大事です」

「号外?」

「ええ。ピルグリム・サーカスから、キリング・クロス、それからブロウトンやバーファスといったラリュング市内の主要区に大量の紙媒体デッド・メディアがばらまかれてるんです。まるで上空から、雨でも降ってきたみたいに。しかもその紙片には、『今夜、ラリュング刑務所より霧の向こうの兵器を都市内に持ち込んだ女が移送される。行政府は犯人を完全隔離にはせず、検査を行い、なおかつ交渉相手として受け入れるつもりだ』……とかなんとか書いてあるんです」

「どういうこと?」

「それがサッパリで。でも最近、市民の行政府への不信があったことは言うまでもありません。特に、霧兵器関連は最近強まっています。図らずもこのメディアが起爆剤になったんだと……。実はいま、そのメディアを見て怒り狂った市民たちが、ラリュング刑務所に向けて突発的なデモ行進を始めてるって話です。特にバーファスの内側区画では、暴動じみたことも起きてるって……。それで、セイヴィルはちょうどばらまきがあった場所ですから、何かご存じかと思ったんですが……」

「あいにく、わたしは何も知らないわ。……でも、その事態は本当に起きているのね?」

「間違いありません。私の同僚がバーファスに行ってますが、すごい人だかりで近づけもしないって……。デモ行進はジャクソン区まで続いているそうです」

「まずいわね、それは」

 わたしはそう言って、護送車両の集団を見た。

 誰かがサリー・へイズのことを知っていた。そして、彼女の護送を邪魔するようなことを起こした。しかも、号外の新聞をばらまいて、大衆を煽動するという非常に面倒な方法をとって……。いったい誰がこんなことをしたのか。サリーが生きていることを好ましく思わない誰かか。あるいは……・

 その刹那だった。

 鼓膜を突き破るような爆音が響いて、何かが木立の中へと落ちてきた。それは砂埃をあげ、辺り一帯を不可視にする。

 いや、砂埃ではない。『霧』だ。

 衝撃で通話が切れていた。ツー、ツー、と非情な音が響く。

 最悪の事態が起きていた。わたしという保険が必要になる、最悪の事態だ。

 ドスッ……ドスッ……と、大地を踏みしめる轟音が聞こえた。まちがいない、ここに落ちてきたのはフォグだ。そしてそれは、わたしたちを襲いにきた。

 冷たい空気にまぎれ、夜空がごとく青黒い霧が立ちこめる。そしてその中から一体の巨人が姿を現した。八頭身の巨体。逆三角のマッシヴなフォルムに、腕から伸びる長い袖。それが闘牛士の構えるマントのようになっていた。

 新月のような一筋のアイセンサー。それが、暗闇で黄金色に光る。

 わたしは思い出す。この機体、この感覚――大佐だ。


 わたしは耳をそばだてて、警察無線を聞いた。先頭車両集団のみならず、各セクションが混乱状態にあった。

「こちら輸送部隊、フォグが接近中! これよりジャクソン・メディカル・センターに急行する。援護を!」

「だめだ、それはできない! そちらから当院に向かうルート上に一般市民が押し寄せているという話だ。いますぐは無理だ! 暴動鎮圧部隊が向かうから、彼らが到着次第……」

「そんなに待っていられるか! 霧は、目の前にあるんだ!」

 先導車のドライバーが怒鳴り声をあげた。

 その直後、巨人が霧をかき分けて、茂みの中より姿を現した。蒼白に輝くボディが、金で縁取られている。紋章が刻み込まれた袖のマントは風を起こし、あたりを暴風域に変えていく。トレーラーの一台がふるえて横転した。

「三号車、だめだ、横転した!」

「くそ、八方塞がりか……!」

 先導車の男が苛立たしげに言った。

 しかし、塞がった道を切り拓く方法はあった。この、わたしの掌中には。

 巨人が片膝立ちになり、トレーラーをのぞき込むように見る。しかしそのうち、輸送車の中にサリーはいないと気づいたのだろうか。後続車両のほうに振り向いた。

 ――それだけはさせない

 わたしはクルマを駆け下り、ほころんだアスファルトを蹴った。そして、左腕の手袋を投げ捨て、鋼鉄の腕を月明かりにさらした。光を反射し、金色に輝く左腕。その手甲に描かれた宝冠ティアラの紋章めがけて、わたしは叫ぶ。

「霧は来たれり……霧の女皇(ミストレス)!」



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