本能の壊れていない機械
点はつながりつつあった。どうしてオリアーナ・トゥールはこんな場所にいた? それが必要だったからだ。彼女にとって……。
わたしは後のことは警察に任せて、ラムズ湖を出た。リリーが呼び止めにきたが、無視した。
途中、フリーウェイを飛ばしているところでグローブの取材車両とすれ違った。まもなくラムズはマスコミでいっぱいになるだろう。リリーはわたしに構うどころではなくなるはずだ。
わたしの目的地は、ラリュング市警本部だった。
市警本部からは、やはり緊急車両が大量に出払っていた。わたしは空いたパトカーの駐車スペースにクルマを停めると、お巡りに笑顔を投げかけて、市警本部ビルに入っていった。
わたしの目的は、ハワード・シュタイナーである。彼はまだ、この市警本部ビルに拘留されているはずだった。
わたしは一階のオフィスを抜けると、地下の拘留室へ向かった。
だが、その途中で私服警官の一人がわたしに絡んできた。
「困るんですよ、探偵さん」
そう言うのは、わたしよりも少しだけ背の高い、丸顔の刑事だった。腰から提げたバッジには、殺人課と書いてある。リリーの部下だろう。
「わたしは依頼人に会いにきただけよ。ハワード・シュタイナー、ここにいるんでしょう?」
「ダメですって。課長から直々に言われてるんです。もし赤錆色の髪の女がきたら、絶対に通すなって。そいつは探偵だと。来るなら、ちゃんとアポを取って下さい」
「あら、じゃあわたしには面会の権利もないってわけ?」
「そうは言ってません。だから予約を……って、待ってください!」
そうこうしているうちに、拘留所にたどり着いた。半ば牢屋じみた部屋が、六つほど並んでいる。そのうち三つは空だったが、残り三つにはいかにも犯罪者然とした男たちがぶち込まれている。ハワード・シュタイナーもそのうちの一人だった。
彼は奥の牢にひっそりと座っていた。数日間ろくに風呂も入っていないせいか、顔には無精ひげが目立つ。そこには若いプレイボーイはおらず、年齢相応の初老男性がいた。
「……遅かったじゃないか」とシュタイナー。
「いろいろと手こずりましてね。たとえば彼とか」
わたしは親指で私服警官をさした。彼はあからさまにイヤそうな顔をして、わたしをにらみつけた。
「それで。僕の意図は分かったかい、ミス・ウェザフィールド」
「ええ。それを話したくてウズウズしてるところなんだけど、どうにも邪魔者がいまして。彼、どうにかしてくれるかしら」
わたしは噛みついてきた若い刑事をにらみ返す。
すると彼は、渋々と拘留所から出て行った。一言、「このことは課長には黙っててくださいよ」と付け加えてから。
「それで、君がここにきた理由は何かな?」
「わかっているくせに。……あなた、はじめからわたしをハメたのね」
「どういうことだい?」
「つまりこういうことよ。一連の事件の犯人は、オリアーナ・トゥール。いや、正確にはアンドロイドでしょう。違う?」
「そうだ。その通り」
「LACは、行政府からの依頼でフォグに対抗できる兵器を作った。しかし、それにはコントロールユニットが必要で、そのためにLACでは、アンドロイドの製作に手をつけた。違うかしら?」
「そうだ。だが、そこで僕と大城は意見が割れた」
「社長はと副社長派の対立の原因は、やはりそこなのね」
「ああ。大城は、なるべく早くモノを完成させたかったんだよ。でも僕は彼に反対で、もっと慎重になるべきだと言った。事が事だ。我々の手には負えない、霧の向こうの兵器を作るんだ。無駄に急いては大惨事になりかねない。だけど彼は、僕の忠告を無視して兵器開発を強行した。緑川シゲルと取り引きしたんだ。彼の研究データの一部を引き取るという契約をしたのさ。だから緑川の死後、彼が開発したアンドロイドのデータのコピーは、すべて大城たち副社長派のもとへ向かった」
「そして大城はアンドロイドを作ったのね……スモッグのコントロールユニットとして」
「そうだ。スモッグ本体に関しては、解析が完了した技術のみを搭載することで合意となった。しかし、緑川のアンドロイドは完全なものでは無かったんだ。大戦時の自律兵器である以上、『殺戮本能』は付きまとう。だから僕は警告したんだ。この計画は、一度封印すべきだとね。しかし大城も譲らなかった。協議の末、僕らは試作型アンドロイドを作成。アンドロイドが人間社会で暮らしていけるだけのアイデンティティを、まず確立すべきだと決めた。そうして僕らは彼女の中枢に根ざす『殺戮本能』を解除するために、実に原始的な方法をとった。少年兵を社会生活に戻していくようなものだ」
「……オリアーナ・トゥールは、そのためのもの……?」
「そうだ。ま、彼女は結局、完全にはなれなかったんだ。僕が敬愛する芸術家の言葉を借りるならば――」
「本能の壊れていない動物、ですか」
「そう。彼女は欲求に対して非常に素直な反応を示し始めた。はじめはそれは、よい反応だと僕は思った。殺人を犯すようなことは無かったからね。彼女は、ただすこし普通の人間よりも感情の起伏が極端なだけだった。いつもは死んだように冷めているが、怒るときは極端に怒るし、悲しむときは号泣する。それはあくでもプログラムされた行動の反復に過ぎなかったのかもしれないが、しかしエミュレーションであったとしても、一定の外見的人間性は確保しつつあるのだと感じた。このまま行けば、人間としての規範を守り、人の味方になれるのでは、と。
……だけど、それだけでは終わらなかった。彼女は僕がプロジェクトの凍結を図っているとどこかで知ったのだろう。トゥールは、自らの延命のために、プロジェクト・スモッグを強行するようになった。まだ彼女に欠点があることは周知の事実であるはずなのに、彼女は、自分は完全な存在だと申し出るようになった。そしてその証明として、僕の秘書を務め始めたんだ。つい一月か、二月ぐらい前のことさ。
彼女は、プロジェクト・スモッグに賛同的な大城に肩入れするようになった。そして、逆に僕を社長の座から引きずりおろそうと画策し始めた。
彼女は気づいていないだろうが、僕はプロジェクト関係者が暴行されたのが、彼女の計画の第一段階だと気づいていた。だから彼女に知られぬよう、あくでも霧信者との対立を装い、探偵を雇ったんだ。いずれ君が僕の意図を把握し、トゥールを止めてくれると信じてね。
でも、逆にトゥールはそれをも逆手に取り、君や警察を騙して僕をブタ箱に入れるつもりだったんだろうよ。だから、僕は一芝居やったわけだよ。あの場でね。トゥールはそのあと泣き崩れていたろう? きっと、無実のフリをしてたんだ。どちらにせよ逮捕まで追い込んだのだから、僕には汚名がついて回るんだからね。……しかし、君は彼女の策に踊らされなかった。僕は君を、そのために雇った」
「よくもそんな周りくどいことを……はじめから警察に言っていればよかったんじゃなくて?」
「これはLACだけでなく、行政府の利権に関わる。あまり権力を動かして、大事にしたくはなかったんだ。
……しかし、よもや彼女が僕に罪を着せる形で、社長の座を引きずりおろそうとするとはね。殺人衝動に従うだけのマシンを、僕らはさらに賢く、残忍にしてしまったってわけだ。……僕は彼女を止めなきゃならない。大城は黙っちゃないかもしれないが、もうどうしようもない。煙霧計画は凍結するつもりだ。……ところでミス・ウェザフィールド。トゥールはいまどうしてる?」
「さきほど、ラムズ湖の廃工場でそれらしい人影をみましたが……」
わたしがそう言ったとき、シュタイナー氏の柔和な顔が、とたんに険しくなった。
「そいつはマズいかもしれない。あの工場には、トゥールを作るための先行試作型や、スペアパーツが隠されているんだ。そして何より、彼女のボディの、アンリミテッド・エディションが保管してある」
「アンリミテッド・エディション?」
「ああ。トゥールは我々に反抗できないよう、その能力を劣化させてあるんだ。モーターは一般的な成人女性の八割ほどのパワーしか出せないし、またスモッグへのコネクター・ユニットも取り除いてある。それでも彼女は、人間がそうするように道具を用いて人殺しに及んだようだがね……。ともかくそれはいいとして、アンリミテッド・モデルには、そのような劣化が一切ない。やろうとすれば、今の彼女はスモッグを動かすことだってできる。だから僕は隠しておいたんだが……大城かトゥールが見つけたんだろう。もし彼女がアンリミテッド・エディションに換装し、さらに僕や君の動きを把握しているのだとすれば……」
「もう、あなたやわたしを殺すために動いている……?」
シュタイナーは、いつもの笑みを浮かべつつも、せせら笑いながらうなずいた。恐怖から出る乾いた笑みだった。
すると、そのときだ。突然、ドスンと地響きのようなものがビル全体に響いた。その揺れは何回か断続的に続いた。まるで、二足歩行の巨人の足音のように。
「どうやら、もうお出ましみたいだ。まったく少しでも君が来るのが遅れていたら、僕はとっくに死んでいたね」
「わたしにどうしろって言うの、ミスタ・シュタイナー?」
「行政府から話は聞いてるよ。隠さなくていい。……赤錆色の霧、僕は少なくとも君の味方でいるはずだ。だから、このときばかりは僕の味方をしてくれないか」
彼はそう言って、髭を揺らして微笑んだ。その笑みは、先ほどのような乾いた笑いではなく、心の奥底からの笑みに見えた。また、プレイボーイを取り繕う初老の笑みでもない。シュタイナーという男の、真実の感情だ。
わたしはため息をついた。
「なるほど。だからわたしを雇ったということですか。……ミスタ・シュタイナー。わたしは男性からの依頼は、基本受けないようにしています。ですが、今回だけは特例で受けましょう」
左手の皮手袋を脱ぐ。鋼色の拳が露わになった。
同時、地下室まで数発の銃弾が飛び込んできた。それはわたしの前方をかすめ、大穴を穿った。天井から地下まで、四つほど丸い天窓が開く。そして、穴の向こうでは灰色の巨人がぬっと顔をのぞかせていた。スモッグだ。
左腕を振り上げる。彼女は、ここで止めなければならない。アオイのまがい物の、さらなるまがい物。その終止符は、わたしが打つ。
「霧は来たれり――霧の女皇」




