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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
パワー、コラプション・アンド・ライズ
52/67

現場百回

 警察には、現場百回という言葉があるらしい。それが果たして探偵に当てはまるかどうかは疑問だが、少なくとも今の私には、もう一度現場に行く必要があった。

 翌朝、わたしはクルマを走らせ、バーファスの内側区画インサイド・ブロックへ。ピーター・キャロル氏の自宅へ向かった。

 キャロル氏の自宅玄関には、無数の花が手向けられていた。その数が彼の人望の厚さを物語っていた。わたしは花束の群を避け、テープをくぐって屋内に。警官はすでに撤収し、捜査もほぼほぼ終了しているようだった。

 室内にはまだ血の臭いが残っていた。仄かに鉄の臭いが香ってくる。そしてその臭いは、ある一室に入ったとたん、急に濃くなった。そこがキャロル神父が殺された場所だった。

 わたしは腕時計端末を操作すると、ホログラム投影モードに。保存していた殺人現場のスキャンデータを中空に投射した。

 わたしは遺体をゆっくりと、舐め回すように見た。

 メアリー・ルーカスは言った。この殺しは、本能に従った動物によるもの。本物の猟奇殺人鬼によるものだと。そして、マリー・ライアルは言った。LACは、アンドロイド研究者の緑川シゲルと関わっていたと。

 そこから導き出されたわたしの考えは一つだ。この殺しには、霧の向こうの兵器――自律人形アンドロイドが関係している……。

「あなたならやっぱりここに来ていると思ったわ、赤錆」

 そのとき、わたしの後ろから声がした。声だけで、わたしはそれが誰だか分かった。

「殺人犯が殺しの快楽を思い出すために事件現場に戻ってきた……みたいに言わないでくれるかしら。リリアン・リュウ殺人課長?」

「そこまでは言ってないわよ。……こっちの捜査はもう終わったわよ」

「シュタイナーが殺したって線で固まったってわけ?」

「そうよ。彼の地下室からは、猟奇殺人鬼の絵画コレクションが見つかった。それに犯行動機もある。しかも、現場からは彼の毛髪が見つかっているわ。あとは本人が認めるだけってところね」

「シュタイナーは否定してるんでしょう?」

「ええ。自分にはアリバイがあるって言ってるわ。その日は自宅にいたって。あなたと会っていたって言ってたわ」

「そうね、午前中はわたしと一緒にいたわ。でも、午後は知らないわね。……ねえ、リリー。あなた、メアリー・ルーカスについては調べた?」

「あの殺人鬼? シュタイナーは確かにルーカスの絵を飾っていたけれど……」

「わたし、ルーカスに面会したの。彼女、この犯行は自分のフォロワーの犯行ではないと語ったわ」

「彼女のフォロワーとは限らないでしょう。シュタイナーの倉庫からは、ルーカス以外の殺人鬼のコレクションも見つかった。まあ、ルーカスの絵を特に気に入っていたみたいだけど……。それがどうしたって言うのよ?」

「ルーカスはね、犯人は自分自身か、あるいは自分と同じ考えをする殺人鬼だって言ったのよ。つまりあなたたちの考えに沿うなら――」

「シュタイナーは猟奇殺人鬼だって、ルーカスは言ったわけ?」

「そういうこと。リリー、あなたあの社長がそう見える?」

「人は見かけによらないものよ。あんなコレクションを自慢げに見せるような男よ。ねえ、赤錆。あなたが何でこの事件に首を突っ込んでるか、深くは詮索しないけれど、もうやめたほうが身のためよ。あなたの依頼主は、起訴されるわ」

「そうね……そうでしょうね」

 わたしはリリーからホログラムの遺体へと目を移した。

 この殺しをやったのは、誰だ? きっと犯人が、一連の霧信者とLACとの対立の鍵を握っているに違いない。その人物を捕まえなければ、わたしの仕事は終わらない。

 すると、そのときだ。

 ガサリ、と向こうの部屋から物音がした。わたしとリリーはすぐに部屋をのぞき込んだ。姿は見えなかったが、人影らしきものが見えた。

「赤錆、あれって……」

「殺人鬼は殺しの快楽を思い出すために現場に戻るものよ。知ってるでしょ」

 言って、わたしとリリーは現場を飛び出した。


 玄関に停めておいたブリストン・ブレニムに飛び乗り、わたしは大急ぎでエンジンをかけた。

 リリーは断りも入れずに助手席に飛び込んできた。わたしもわたしで何も言わなかった。

 エンジンをかけ、クラッチを踏みつける。ギアを一速へ。するとちょうどそのとき、前方の交差点ラウンドアバウトから黒いバイクが飛び出していくのが見えた。それが先ほどの影に違いない。

 バイクは前輪を大きく上げてウィリーすると、急加速して交差点を抜けていった。わたしもアクセルを踏みつけ、一挙に三速までつなげた。

「リリー、いまの時間に現場にいた刑事はあなただけなの?」

「私が聞いている情報が正しければね。もう現場から警官は撤収してるはずよ」

「じゃあ、アイツは誰……?」

「あなたの言うとおり、犯人じゃないの?」

 リリーは嘲るように言って、窓の外を見た。彼女は余裕そうだったが、わたしはそれどころじゃ無かった。

 ギアを四速へ。加速では負けるかもしれないが、これでもブレニムはスポーツカーだ。クラシックな外観とは裏腹に、V8エンジンが獰猛な雄叫びを上げる。体がつんのめるような加速。

 いまのわたしには、相手を逃がす気は無かった。


 逃亡者を乗せたバイクは、意外にもラムズ湖へ向かっていた。ラムズ湖周辺の工業地帯は入り組んでおり、土地勘のないものは、一度迷うとなかなか出てこれない。ゆえに、わたしもリリーも、ヤツがラムズ湖に入ると同時、すぐに見失ってしまった。

 ただひとつ分かっていたのは、ヤツが廃工場が密集する地域を右折していったということだけだ。

 わたしとリリーは、仕方なく廃工場周辺にクルマを停めると、その周囲を捜索することにした。近くに殺人鬼が潜んでいるかもしれない。その恐怖と対峙したまま。

 リリーはホルスターから拳銃を抜いて、必要以上に警戒していた。一方でわたしは、警戒はしていたものの、さして恐怖には思っていなかった。メアリー・ルーカスほどの邪気は感じられなかったからだろう。

 まっさきにわたしたちは廃工場に入った。そこは先日、死の口づけ(キス・オブ・デス)と対決した製鉄所そっくりで、壁は錆び付き、天井付近で回るサーキュレーターは鈍い音を鳴らしていた。

「まったくこんなところに来て。撒こうとでも思ったのかしらね」

 リリーが拳銃を構えながら言った。必要以上にゆっくりとした足取りからして、リリーは恐怖にやられているみたいだった。

「さてね。あるいは、何か目的があって来たのかも。わたしたちを撒くついでに」

「ついでって、どういうことよ?」

「さあ? それはわたしにも分からないわ」

 わたしは廃工場の中をくまなく探し回った。時間はだいぶ過ぎてしまったので、もしこの周辺に土地勘を持つ者なら、すでに逃げてしまっているだろう。だからわたしは、その代わりに何か手がかりを一つでも得ようと思っていた。

 そして、わたしは思わぬ手がかりをそこで得てしまったのだ。

 錆び付いたドアを抜け、広い工場の脇にある事務室らしき部屋に入った。わたしはそこで、何か書類でもないかと引き出しをあさってまわった。そして、ちょうど棚を調べたとき、わたしは壁の異変に気づいたのだ。

 事務室の角にある、木製の壁。それが戸棚の裏だけ妙に小綺麗だった。

「ねえ、リリー! ちょっと来てくれないかしら! 手伝って欲しいんだけど!」

「なに。何か見つけたわけ?」

 リリアン・リュウはそう答えてから、一分ほどしてようやくやってきた。

 わたしとリリーは、とりあえず戸棚を二人がかりでどかした。そして、問題の壁を白日の下に晒させた。

「確かに、怪しげだけれど……」とリリー。

「開けるしかないでしょ?」

 わたしはそう言って、問答無用で壁を殴った。むろん、左腕で。

 ふつうの壁なら、かすかに揺れて終わりだ。特に鉄筋コンクリートなら、びくともしないはず。木製なら、静かに揺れるか木材にヒビが入るかだろうか。

 しかし、その壁は違った。それはわたしの拳の形にそって、ものの見事に貫通して見せたのだ。

「うそ……」リリーが驚きの声を漏らす。

「行きましょ。事件に関係あるにしろ無いにしろ、気になるわ」

 壁に穿たれた穴に向けて、今度は一発チョップを食らわせる。壁板はきれいに縦に割け、道を切り開いた。

 わたしはその亀裂を蹴破って広げると、奥へと踏み込んでいった。


 壁の向こうで、わたしは自分の目を疑った。

 あとにつかえていたリリーが「なによ?」と問うたが、その声も聞こえないぐらい、わたしは驚いていた。

 そこにあったのは、無数のアンドロイドだ。いや、女性型機械人形(ガイノイド)と言うべきか。白くつるっとした肌の、球体関節をした人形。頭髪は無く、色のない瞳が白目を剥いて横たわっている。見かけ二十歳ぐらいの少女の姿をした人形が、一段下がった床に所狭しと並べられていた。まるで人形の絨毯のように。

「なに、これ……?」後ろで背伸びしながら、リリーが言った。

 わたしは腰を落とし、人形のうちの一体を手に取った。

 当然だが、人形は死んだように動かなかった。わたしは右手でその肌をなで回してみた。この感触。間違いなくアンドロイドだ。緑川シゲルの遺産かどうかは分からないが、いま、目の前に存在している。

「すぐに援護を呼ぶわ。あなたも重要参考人よ、赤錆。ここにいなさい」

「はいはい、わかったわ」

 言って、わたしはガイノイドから手を離し、立ち上がった。

 そうしてわたしは、辛気くささを晴らすために工場の外へ向かった。寝かせられ、並べられたガイノイド。その姿は、まるで焼き払われる前の死体の山のようだ。考えると、ぞっとした。

 工場跡から出ると、わたしは何度か深呼吸をした。おかしなものを見て、気が狂いそうだった。

 何度か深呼吸をしてから、ラムズ湖のほうを見た。何棟かの工場の向こう、水面がキラキラと輝いている。太陽の光を何倍にも増幅して、湖畔に投げかけている。まぶしいぐらいだ。

 そうして思わず目を背けそうになった、そのとき。わたしは一瞬、何かが工場群を通り抜けていくのを見た。水面を注視していたからよく分からなかったが、それは人間。女だった。ダークスーツ姿の、ブロンドの女だ。それも染めたような金だった。ハーフアップにした作り物のブロンドに、フォーマルな出で立ち。そして背格好にわたしは見覚えがあった。

 ――オリアーナ・トゥール……。

 脳裏に焼き付いた、似たような女の姿。それが記憶の中で疼く。

 すると今度は、左腕の端末が激しく震えた。着信。マリーからだった。

 わたしは応答し、適当に返事をした。

「ウェザフィールドさん、ちょっとLACについてまたお話したいことがあるんですけど」

「またどこかで落ち合わなきゃダメかしら?」

「どうしてもって言うなら、電話でもいいですけど。……それで分かったことなんですが、シュタイナーの秘書のオリアーナ・トゥールについてなんですけど。今、いいですか?」

「……奇遇ね、わたしも今、トゥールについて聞こうとと思ってたの。いいわ、言ってみて」

「はい。シュタイナーと大城で、社長・副社長の対立があったって話はしましたよね? 社内はどうやら、社長派と副社長派で分かれているらしいんです。それで、対立について調べている途中で、寄り道ついでにトゥールについて調べたんですよ。そういえば、あの泣き崩れてた側近の女は何だったんだろうって。そうしたら、興味深い情報が出てきたんです。彼女が社長派か副社長派かは分からなかったんですが、それよりも経歴がおかしなことに気づいたんです。

 オリアーナ・トゥール。バーファス短期大学経済学部卒業。秘書資格はそこで取ったとのこと。大学卒業後、バーファス区内のヤーボロー弁理士事務所に秘書として勤務。七年間務めた後、退職。その後、能力を買われてLACに入社したとか」

「どこもおかしくはなさそうだけど」

「そう思いますよね。ですけど、ミスタ・ヤーボローに、かつて雇っていた秘書について聞いてみたんです。そしたら、トゥールという名の女を雇った覚えはない、と」

「どういうこと?」

「それがサッパリ。ともかくトゥールは経歴を改ざんしている疑いがあります。とりあえず、ご報告まで。ほかに聞きたいことありますか?」

「いや、ないわ。……だけど一つ言うことがあるならーー」

 わたしは、湖面から廃工場へと目線を移す。

「マリー、あなたいますぐラムズ湖にきたほうがいいわ。面白いものがあるから」


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