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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
パワー、コラプション・アンド・ライズ
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本能の壊れた動物

 警察の理屈は分かる。キャロル神父殺しは、怨恨の線と見るのが定石だろう。しかもあの奇妙な殺し方だ。猟奇殺人。その趣味がシュタイナー氏の絵の趣味と合致した。だから、逮捕した。

 しかし、あれは本当にメアリー・ルーカスに触発された殺しなのだろうか。わたしはそこが疑問だった。たしかにあの遺体は奇妙だった。そんな殺人を犯すのは、狂人か狂人のフリをした凡人だけだ。だが、だからといってシュタイナーが犯人とはなるのか……?

 わたしはアポを取ってから、ラリュング刑務所に向かった。刑務所はラリュング・シティ南方の外れにあった。市街地からは離れ、人気のない林の中にぽつんと立つ巨大な円筒形の建物。それがラリュング刑務所だ。

 わたしは金網のゲートを通って中に入った。それから、受付の強面の男に面会人だと伝えた。そうしてわたしは塀を越えて、さらに地下深くまで潜っていったのだ。

 ラリュング刑務所の最深部。そこに眠るのは、脳髄だけになった殺人鬼たちだ。彼らの脳はまだ生かされており、面会も可能である。それは、ちょうど電話のような音声のみのやりとりとなる。彼らの神経は面会用の端末システムと限定接続をされており、刑務官が認めたときのみ、それら感覚器官デバイスと接続が可能になる。それまでは、肉体のない自己の脳という牢獄に閉ざされている。

 地下最深部区画。その面会室は暗く、ひんやりとしていた。暗緑色の非常灯と、白っぽい電灯がかすかに光るだけ。わたしは、そんな部屋にある電話ボックスのような場所に案内された。

 電話ボックスには、受話器と端末とが用意されていた。端末にはプラグの挿入口があって、そこから画像ファイルなどといったデータを隔離者の脳へ送る事ができた。

 わたしは受話器をあげ、端末に606‐418と入力。その番号は、メアリー・ルーカスの囚人番号である。これで、彼女の脳に接続される。

 しばらくコール音がしてから、声がした。声帯はないので、合成音声だった。

「面会人とは……実に久し振りだねぇ……」

「もしもし。あなたがメアリー・ルーカスさんで合ってますでしょうか?」

「そうよ。そういうあなたは誰かしら。私、こんな姿にされてるから、もう誰が誰だかわからないの。あなたはだあれ?」

「ヘイズル・ウェザフィールド。探偵です。あなたとは初対面のはずです」

「あら。じゃあ、どうして私みたいなのを尋ねてきたのかしら」

 彼女はクスリと笑った。その声は、ただの笑い声であるはずなのに、妙な寒気とともに現れた。声が耳に響いた途端、薄氷が張るような寒さが一瞬で体を満たした。

「……今日、ある殺しがあったんです。警察はあなたのフォロワーによる犯行と見ています。殺されたのは霧信仰の神父、ピーター・キャロル。彼の遺体は、切り落とされた両手両足をテーブルのイスのように背中に接合され。切り開かれた腹からは、腸が飛び出し、それが『真の罪人に死を』という文字を成していました」

 腕時計端末をコードをのばして、それを端末に接続。メアリー・ルーカスの脳に遺体の写真を送った。

「へえ……おもしろいわね。これ、私のフォロワーがやったっていうの」

「少なくとも警察はそう解釈しているようです」

「ふぅーん……それでなに、あなたは私の意見を聞きたいって言うの? まあいいわ、お戯れに付き合ってあげる。……そうね、これ本当に私のフォロワー?」

「断定はできません。警察はその線で捜査を進めています」

「はーん……ラリュング市警は相変わらずバカね。だから私を逮捕するにも手こずったのよ。警察の推理はまちがってるわ」

「というと、これはあなたのフォロワーではない、と?」

「というか」彼女は含み笑いとともに言った。「もし私がやるんだったら、こうやるわ。まさしく、この通りにね」

「どういうことです?」

「あのね。わたし、八年前にこれに似たオブジェを作ってるの。画材は八十過ぎの老人と、その愛犬でね。わたしは彼の体をテーブルに見立てて、その腹を切り開いてメッセージカードを作ったの。『ハッピーバースデー』って。私の本来の目的は、そのうちの孫娘でね。その娘がビックリする姿が見たくって、おじいちゃんちのダイニングテーブルをおじいちゃんにしちゃったってわけ。……それでね、そのオブジェを作ってる途中で、犬が割り込んできたのね。だから私、その子を食べちゃったのよ。気持ちの悪い犬だったけど、肉はうまかったわ。毛のほとんどない、老人みたいな犬でね。だから私、その子の顔をめちゃくちゃにしてから、目玉をくり抜いて、それから骨の髄まで食べたの。食べた後の残りは、その辺に放っておいたわ。

 だけど、あなたが見せてきた遺体は違う。

 あのね、偽物やフォロワーっていうのは、限りなく本物に近づけようとするから、本物と寸分違わぬように作ろうとするのよ。だからね、まずメッセージの時点で違う。まあ、これはケースが違うから当然なのかもしれないけど。でもね、犬は関係ないと思わない? この殺しだと、犬の頭はきれいに残ってるわ。私より悪趣味なんじゃないかしら? でも、これを見てたらね、私思ったの。このワンちゃん、毛がモコモコでかわいいから、私、顔はかわいそうで食べれないかもって。

 つまりね、えっと……あなた、ウェザフィールドって言ったわね。私が言いたいのは、こいつは私のフォロワーじゃなくって、私本人なんじゃないかって。そう思ったの。どう? あはは」

「メアリー・ルーカス、あなた自身……?」

 わたしは一瞬、この女が何を言ってるか分からなかった。

 キャロル殺しの犯人が、メアリー・ルーカスのオリジナルとは。そんなこと、あり得るはずがない。現に彼女は完全隔離の身にあるのだ。脳核は何重にもシールドされた隔離室の向こうにあり、誰にも手出しできない。そんな彼女が、どうやって殺したというのだ。

「……では、あなた自身が犯人と?」

「なわけないじゃない。あなたバカ? 私、完全隔離にあるのよ。殺せるわけないじゃない」

「じゃあ、この犯人は誰だと?」

「さあ。知ったこっちゃないわ。でも、私が言えるのは、こいつは私のフォロワーなんかじゃない。私と同じ、本当の意味で殺しを楽しんでいる者よ。きっとね」

「本当の意味で殺しを楽しんでいる……?」

「そうよ。あのね、ミス……ウェザフィールド? ちょうどいい機会だから、あなたに教えてあげるわ。人間っていうのはね、本能の壊れた動物なの。だから好きにセックスもしないし、嫌なやつをカッとなって殺しもしない。食欲のままに肉を貪ったりもしないわ。それを理性と法とで押さえつけるっていう、実に被虐的マゾヒスティックな社会を形成しているの。でも、きっとこの殺しをやったヤツは、私と同じ。その理性や法なんてものすっ飛ばして、本能のまま殺しているのよ、きっと。私と同じ、本能の壊れていない動物なのよ。好きに殺して、好きに食べて、好きに美しい物を作り上げる……そういう本能に生きていると思うわ」

「……なるほど、わかりました。ご協力ありがとうございます」

 わたしはそう言って、逃げるように受話器をおろした。

 恐怖と不安と、未知の恐ろしさで指先がふるえていた。

 キャロルを殺したのは誰だ。殺しを楽しんでいる者――本能に従う動物。それがハワード・シュタイナーだとは、わたしには思えなかった。


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