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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
ブルー・マンデー
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月曜の決まりごと (1)

 わたしはそのように大見得を切って見せたはいいが、結局のところ何ら彼女の力になれず終わってしまった。

 わたしは売春斡旋をしているコンウェイ・ファミリーに問いつめ、顧客リストを手に入れた。そして彼女が相手をした男を片っ端から当たってまわった。しかし収穫はゼロで、そしてついには最悪の形で事件は幕を閉じた。アオイの死、という。

 そんなアオイの死には、謎が残されているようだった。

 彼女は、なぜ殺された? そして、彼女が死亡したあとに電話をかけたのは誰なのだ?

 わたしはその真実を知るために、ブロクスタインに向かった。彼女が住んでいたスラム街に。

 ハイウェイを降りて、交差点ラウンドアバウトをブロクスタイン・セントラル方面へ。しばらく車を走らせ、わたしは古ぼけた住宅街に入った。

 霧は、街の外周へ近づくにつれて濃くなっていく。北上するばするほど、視界はかすんでいく。そして最後には、すべてがかすみの白で満たされるのだ。

 一般的に、霧は害を成すものと考えられている。これは都市伝説的な性格を持った迷信とも呼べるものだが、しかし人々が霧を恐れるのは事実だ。それは霧が濃い地区の地価、そして建造物・住民の数が物語っている。データは口以上に真実を言うものだ。

 霧は魔を――殺戮機械を祓うもの。だがしかし、それが人に牙をむけないとは限らない。霧が人を喰い殺しにかかる……そう考えられている。

 だからブロクスタインは地価が安く、スラム化が進んでいる。完全な不良のたまり場だ。すこし車を置いておくだけでイタズラされかねない。

 わたしは、目的のフラットの前に駐車すると、鍵をかって外へ出た。

 路肩に腰を落ち着けて、タバコを飲む少年たちがわたしを見た。だが、彼らはそこから一歩たりとも動くことは無かった。彼らは、わたしが私立探偵であると知っているからだ。わたしは、以前にもここに来たことがある。


 ヤニと小便のすえたにおいのする階段を駆け上がって、わたしは二〇四号室の前に立った。

 そこは、かつてアオイのファンだった男の家だ。以前にもわたしは何度となくそこを訪れていた。彼が、アオイに付きまとうストーカーの第一候補だったからだ。結局、そうではなかったのだが。

 わたしは玄関の呼鈴を何度か鳴らして、しばらく反応を見た。

 しかし、十分ほどしてみても住人は居留守を決め込んできた。そこでわたしは強硬手段に出た。万能鍵でこじ開けたのだ。

 すると室内からドタドタと床を叩く音が聞こえてきた。焦った住人が扉を押さえようとしたのだろう。だが、無駄だ。

 わたしは左手を握りしめると、そのまま扉を殴りつけた。木製のドアはいともたやすく弾け飛び、また扉の向こうにいた男も尻餅をついた。

 わたしは土足で部屋の中に入り、そして、男を見下した。

「久しぶりね、ミスタ・ウォーカー」

 Tシャツ姿の、髭面の男。わたしは彼の胸ぐらを左手で掴みあげると、背中を壁に押し当ててやった。ヤニで黄色く染まった、汚いクリーム色の壁に。元は白かったのだろうが。

 精液のにおいと、ヤニのにおい。さらに汗の臭いまで加えてミキサーで混ぜたような悪臭。わたしの鼻はバカになりそうだった。

「おっ、おまえ……あの時の探偵……?」

「そう。アオイの調査の時は世話になったわね」

「くそが。俺はアイツを買いはしたが、殺してはいないぞ!」

「知ってるわ。あなたはそんなタマじゃないもの。女を一度捕まえたら、ストーキングして押さえ込もうとする、卑怯者の縮んだタマの持ち主だものね」

 わたしはそう言って、左手にかけた力を強めた。やつの首に赤い跡が残る。

 この男、ケヴィン・ウォーカーは、かつてアオイをストーキングしていた犯人の一人だ。しかし彼がしていたのは盗撮や尾行ばかりで、問題とされる『脅迫』では無かった。ゆえにわたしは、彼にきついお灸を据えてやり、終わりにしてやった。

 彼は、アオイの美貌に魅入られた可哀想な男の一人。そういうべきだろう。しかし今はそれが役立つ。

「わたしが聞きたいのはね、ミスタ、あなたのことじゃない。アオイの動向なの。それも、死ぬ直前のね。……あなたなら分かるでしょ。なんたってあなたは、彼女に盗聴器や超小型カメラを付けて盗撮してたような男なんですから」

「あのあとはしてない! 本当だ!」

 ウソだ。わたしが留置所にぶち込んでやってからも、彼は保釈後すぐに盗聴器を用意してきた。常習犯というか、もはや中毒であるのだ。女を自分だけの映像や音として記録することに快楽を覚えている。

「答えなさい、ウォーカー。わたしは、今度こそあなたを刑務所にぶち込めるのよ」

「だから殺してないって!」

「違う。……くそ、わたしが知りたいのは彼女の情報よ、ウォーカー。ここ数日の彼女に変わった様子は無かったか、そう聞いてるの。取引なんかじゃないわよ。わたしが、聞いているの」

 さらに左手の力を強めた。

 するとさすがの彼も降参したのだろう。左手を何度も叩きながら「ギブ、ギブ……!」と囁いた。

 手を離してやると、彼は必死に息を整えた。そして何度か深呼吸を繰り返してから、ようやく話始めた。

「……盗聴はすぐにバレたよ。おまえが彼女に盗聴器の捜しかたなんて教えたからさ。だけど一回だけ、アオイと誰かとの通話を盗み聞きすることが出来た。……でも、あれはまるでクスリでもやったみたいにトリップした会話だったよ」

「どういうこと?」

「彼女、一人二役で話してたのさ。端末に番号入れてから、しばらく一人で話してた。すると『おまえを殺す』だの『アオイは二人もいらない』だの『あなたは醜いのよ』とか何とか言いはじめて、それから『やめて』とかなんとか。訳分からん小芝居を始めたのさ。たぶん、ヤクをキメてたんだろうさ」

「彼女は、クスリはやってなかった」

「あんたがそう思ってるだけかもしれないぜ」

 ウォーカーはそう言って、不敵に笑んだ。わたしは、その見透かしたような微笑みに、静かな怒りを覚えた。

「分かったわ、情報ありがとう」

「まいどあり。情報料はいくらだい?」

「豚箱に入れないであげる」

 臭いアパートメントから車へと戻る。

 わたしのブリストンには、やはりイタズラされていなかった。


 それからわたしは、以前アオイを買ったことのある男たちに聞き込みをしてまわった。その多くが、かつてのストーカー調査の際、わたしが良くしてやった連中だった。

 しかし、ウォーカーが言った「トリップした会話」以外にろくな情報は出てこなかった。あったとすれば、ひたすらアオイの質の良さを自慢する言葉だけだ。それは彼らが得た美貌ではないのに、さも自分のものとでも言うような口振りでわたしに言葉を浴びせかけてきた。その実、彼らはアオイを買ったのではなく、アオイに施しをもらったというべきなのだろうが。彼らは、カネを払えば女は自分のものになると考えている。そういう人種なのだ。魂を数字で測ろうとしている。己のことなど棚上げにして。

 二十軒近くゴロツキの家をまわったところで、ついに日は完全に沈んだ。ラリュングは常に曇っているので、昼と夜との境界が浅い。常に薄暗闇の中にあるので、完全な闇と遭遇してから、ようやく夜であるのだと気づく。

 さすがにこれ以上聞き込みを続けても無駄だと判断した。

 わたしはブロクスタインを出て、ハイウェイへと舞い戻った。


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