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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
パーフェクト・キス
39/67

ダンサー・イン・ザ・ダーク (2)

 革ジャンを取りに戻ってから、わたしはきっちり十分後に店の裏口に出た。さすがに路地にあるクラブというだけあって、裏口はゴミ溜めのような汚さだった。マンホールから生臭い煙があふれ、その上で片端かたわの黒猫が発情期特有の嬌声をあげている。

 わたしは革ジャンのポケットに手を突っ込み、ひとり裏口で待っていた。

 ガンボアは待ち合わせに遅れてくるタイプのようだ。このときも、わたしを三分ほど待たせた。男としては落第点だ。

 ガンボアは音もなく現れた。そしてカチャリ、とイヤな音を響かせた。わたしの耳元で、金属と金属とがぶつかり合うあの音が鳴った。銃を構える音だ。

 ガンボアはわたしの後ろに、拳銃とともに現れた。銃口は言うまでもなく、わたしのこめかみに向けられていた。

「動くな、お嬢さん。抵抗はしないほうがいい」

「ずいぶん手荒い歓迎ね」

 わたしは、彼が命令するよりも前にポケットから手を出した。両手を広げて上にあげる。銃など持っていないとアピールする。

「いい子だ。……だが、飛び入りを歓迎するほど俺は甘くはない。あんた、アレがほしいって?」

「そうよ。とびきり危険なモノがほしいの」

「そうかい。でも、あんたみたいなベイビーに扱えるシロモノじゃあないぜ」

「あら。コンスエロのおばさんは扱えて、わたしには使えないのね」

「なんだと?」

 彼の声色に、一気に焦りの色が混ざり込んだ。澄み切った冷静なブルーに、混沌としたパープルが混ざる。すぐにマーブル模様になった。

「てめえ、それをどこから聞いた?」

「いいでしょ、別に。警察はいま、血眼になってあなたを探しているわ。ミス・コンスエロは黙秘を続けているけれど、売人について吐くのは時間の問題でしょうね。たとえあなたがて誰の売人だとしても、逃げきれるかしら?」

 言って、わたしは振り返る。自制心を失ったガンボアは、もはやマニュアル通りの応対が出来ず、わたしに銃を向けるのも無意味になっていた。

 わたしは両手をあげたまま、彼の顔を見た。間違いない、ローザ・コンスエロが言ったとおりだ。浅黒い肌に長い黒髪。濃いヒゲに、腫れぼったい唇。黒のジャケット姿の彼は、澄ましたマフィアというよりは、そこらのチンピラと言ったほうがよかった。首からさげた金のネックレスが、なによりも激しく主張している。落ち着いたスーツには似合わない。

「ブツについて、少し聞かせてくれないかしら。ミスタ・ガンボア」

 名前まで言い当てられ、彼は完全に凍り付いた。売人を含め犯罪者というのは、面と名とが割れるのを嫌うものだ。

 ガンボアは震えていた。唇をわななかせ、何度もまばたきした。焦っている証拠だ。

 それからまもなく、彼はどもり気味に口を開いた。

「そっ、それがだな……く、くそったれ……今日は、売れないんだ。ブツを仕入れるのに失敗してな。いま、手元にブツはねえんだ」

「どうして? 仕入先と何かあったの?」

「まあ、少しな。……だからまた今度来てくれ。それでいいだろ? な?」

 ガンボアは早口に言い、ダンスフロアへ戻ろうとした。人混みへ雲隠れしようと思ったのだろう。

 だが、わたしがそうさせなかった。

 ガンボアが焦り気味に拳銃を向け、後ずさりした。そのときだ。わたしは左手を振り下ろし、やつの右手に一発、チョップをお見舞いした。くるぶしに一撃喰らったガンボアは、その衝撃で銃を落とした。わたしはその間に、彼の右腕をつかんだ。全力で右手を握りしめ、ガンボアを拘束する。肉がえぐられるような痛みに、ガンボアの表情が歪んだ。

「ざっ……ざけんなてめえ! なにしやがる!」

「話は終わってないのよ、ミスタ・ガンボア。わたし、実はあなたの売る武器なんてぜーんぜん欲しくないのよ」

「ハァ!? チクショウ! てめえ何者だ!」

「ヘイズル・ウェザフィールド、探偵よ。いいこと、ミスタ。わたしが本当にほしいのは、あなたの武器の仕入先の情報なの」

「くそったれ、てめえがあの赤錆か! くそ、俺が吐くとでも思ってんのか?」

「ええ、そうよ」

 左手に込めた力を、さらに強める。鋼鉄の左手が彼の贅肉を思い切り挟んだ。パンパンに膨れ上がった肉が、服の上からでもわかるぐらいに浮き出ている。このまま力を込めれば、一ヶ月は痕が消えないだろう。

「わかった、わかったよ! くそったれ! 女だ。トラックに乗った女がバイヤーだ」

「その女は、右手の甲に黒いキスマークの刺青タトゥーをしていなかったかしら。それから、サリー・へイズと名乗ってなかった?」

「なんであんたそこまで知ってんだ? ああ、そうだよ。そのとおりだ。右手に唇のタトゥーがあった。それにサリーって名乗ってたよ。……くそ、そろそろ離してくれよ! 頼むよぉ!」

「まだダメよ。そのサリー・へイズとは、どういうふうに取引をしてたの? 今日仕入れが無いって言うのは本当?」

「仕入れが無いのは本当だ! あのアマ、俺の客が警察に掴まるや、すぐに俺から手を引きやがった。何かを警戒してんだよ。あいつ、去り際に俺に言ったんだ。『あなたは所詮、私の計画を完遂するための捨て駒ですから』ってな。腹が立ったよ、チキショウ! ――なあ、すこしでいいからゆるめてくれよ、ミス? なあ?」

 わたしは少しだけ力を抜いてやった。

「ありがとう、だいぶマシになった――それで、へイズのヤツは、いつもトラックに乗ってるんだが、ブツもそこに乗せてるんだ。やつは時間と場所を指定してきて、お互いそこに車をつける。それで、あいつの車からブツを運び出す。それだけだ。だけど、さっきも言ったが、やつめ俺を見捨てやがったんだ。コンウェイの旦那に背いてまで稼いでたのによぉ」

「それで仕入れが無いわけね。なるほど。で、サリー・へイズの居場所がどこかはわかる?」

「んなことわかるかよ! 俺だって知りてえぐらいさ。昼間にヤツのトラックを事故に見せかけて襲ったんだが、トラックはもぬけの殻で、ドライバーすらいなかったんだ。あいつ、俺たちをもてあそんでやがるんだ!」

「どこで襲ったの?」

 わたしはふと、好奇心から問うてみた。

「キリング・クロスのハイウェイだ。人通りのないとこじゃ、あいつは警戒してると思ったから、あえて白昼堂々襲ったんだ。だが、トラックの中身はスッカラカン。ドライバーすらいなかった。あったのは、人形の手足の切れっ端みてえなのだけだった。俺はもう気味が悪くて、何がなんだかサッパリで……チキショウ! もういいだろ!」

「だめよ」

 冷めた口調で返す。

 どうやらキリング・クロスの渋滞は彼らのせいだったようだ。おかげで無駄な憎しみが湧いた。しかしそれにしても、車内に残された手足の切れはしとは何だ?

「ヤツの居所について、わかることぜんぶ吐いて。つぎの取引についてとか。そうしたら、解放してあげる」

「わかったよ、クソ! 次の取引は、満月の晩にラムズ湖の工場跡って話だ。だが、きっとそれも罠だぞ」

「ラムズ湖の工場跡地で取引をするつもりだったのね?」

「そうだ。その予定だった。でももうオシャカだよ。……まさかあんた、行くつもりか?」

「そのとおりよ。情報提供、感謝するわ」

 そこでわたしは、ようやくガンボアを拘束から解いてやった。

 ガンボアは摘まれた右手を押さえながら、足早にダンスフロアへ戻っていった。銃を拾うこともなければ、仲間にわたしのことを密告することもなかった。

 ヤツはマフィアという大きな暴力の傘から這い出た身。ラリュングは放射能の雨が降りしきるような街だ。そんな街で傘なしで過ごすには、屋根から屋根へ飛び移っていくしかない。彼は彼で、この街での処世術を熟知しているのだろう。

 ともあれ、これでまた一歩、彼女へと近づいた。

 わたしはガンボアが落とした拳銃を拾い上げると、銃口を押し曲げてから、近くのゴミ箱に投げ捨てた。


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