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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
パーフェクト・キス
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取り調べ

 わたしにも過去があった。道楽探偵になる前のこと。対外特殊部隊MISTのエージェントであった過去。

 わたしはその過去を背負い、今を生きている。その過去のおかげで、わたしは不自由のない生活を得ている。軍の退役年金。その額は結構なものだ。年金収入がなければ、道楽探偵などやっていられるものではない。

 わたしはスカイラウンジ・ステイションでしばらく待ってから、今度は下りの列車に乗り込んだ。シティ・セントラル・ステイション、十四番線行きだ。

 スカイラウンジから乗ったときは、誰も人がいなかった。先ほどのボーイが、訝るような目でわたしを見ているきりだ。途中、公安委員会や交通委員会といった行政区画に止まると、さすがに乗車してくる者がいた。背広姿の男たちは、こぞって列車に押し入ってきた。あっという間に優雅な高層鉄道がむさ苦しいサウナと化した。

 汗くさいサウナを十分ほど体験してから、ようやくシティ・セントラルに着いた。

 サウナの暑さでゲッソリしてしまったわたしは、途中カフェでアイスコーヒーを買ってから、駐車場まで戻った。


 クルマに乗ると、わたしはそのままラリュング市警察の中央庁舎へと向かった。過去の呪縛からは逃れられない。この街で生きていくには、行政府からの命令に背くわけにはいかないのだ。わたしは、右手に唇の刺青を持つ女――サリー・へイズを探さなければならなかった。

 中央庁舎に着くと、路肩にクルマを停めて庁舎へ入った。制服のお巡りが「路上駐車は禁止ですよ!」と叫んだが、わたしは「あなたたちもね」と向かいの通りに停められた警察車両を指さした。ラリュング市警(LCPD)全体の車両数は、中央庁舎地下駐車場のキャパシティより多い。それに今は、『霧の向こうの兵器』について捜査本部が置かれているはずだ。警備がいっそう強化され、本部から警官があふれ出ているのは、当然のことだった。

 巡査はわたしの顔をにらみつけたが、わたしは微笑み返してやった。


 リリアン・リュウのオフィスは四階にある。偉くなるほど高層階に進むシステムだ。彼女は本部殺人課の課長であるから、それなりの地位だった。

 木目調のシックな調度品があしらわれたオフィス。事務椅子に座るリリーの後ろでは、下げられたブラインドが微かに陽光を漏らしていた。

「……今日は何の用かしら、赤錆」とタバコを吸いながらリリー。

「依頼を受けてね。とある人物を探しているのよ。それがまた、あなたたちの事件と被りそうでね」

「まさかあなた、武器密輸犯を追ってるんじゃないでしょうね」

 武器密輸。つまるところ、霧の向こうのロストテクノロジーを、意図的に街へ持ち込むことだ。いまラリュングで起きている一連の事件は、そうした密輸犯によるものだと考えられている。

「それに近いわね。……ある人物からの依頼で、ある女性を捜しているの」

「『ある』だらけで、なにがなんだかさっぱりね」

「警察に知らせるつもりはないからよ。知らせたらあなた、わたしを止めるでしょう?」

 わたしがそう言うと、リリーは眉間にしわを寄せた。

「ああそう。……それで、なにが望み?」

「昨日の事件、覚えてるでしょ? あの、女性が刃物で襲いかかった事件よ。その犯人、いまどこにいるの?」

「うちで拘留中よ。……って、まさかあなた……?」

「そのまさかよ。彼女に話を聞きたいの。会わせてくれないかしら?」

 リリーはわたしの言葉を聞くと、うんざりしたようにため息をついた。それから求めるようにタバコを口にくわえて、一服ついた。

「彼女になにが聞きたいの?」

「それを警察に喋るつもりはないわ。こたえて。彼女に会わせてくれるの、くれないの?」

「私が止めても、あんたは強引に行くんでしょ」

「ええ、そのつもりよ」

 リリーはまた深くため息をついた。今度は、さっきよりも重いため息だ。


 リリーの許可で、彼女と会えることになった。

 彼女の名は、ローザ・コンスエロと言った。年は四十二歳。夫婦で商店を営んでいたらしいが、夫の浮気をもとに事件を起こしたらしい。

 今のところ警察は、それしか把握できていなかった。というのも、ローザが何もしゃべらないからだ。彼女は黙秘を続けている。浮気といった事情は、すべて夫やその愛人、隣人関係に訊ねてわかったことだった。

 わたしは取調室に入り、ローザと二人きりになった。机が一つと、イスが二脚あるだけの簡素な部屋。天井にはカメラがあり、聴取の様子を保存しているようだった。

 部屋の外では、リリーが小さなドアの窓から中をのぞき込んでいた。わたしを招き入れたことについて、責任を負うのは彼女だ。いまごろリリーはこう思っているに違いない。「赤錆相手に安請け合いするんじゃなかった」と。

 わたしは腰を下ろすと、ローザと対面した。彼女は手錠をかけられ、自由を奪われていた。

「こんにちは、ミセス・コンスエロ。わたしはヘイズル・ウェザフィールド、探偵です」

 握手を求めたが、彼女は無反応だった。

 黙秘を続けているとは聞いていたが、ここまで無反応とは聞いていなかった。

 わたしは咳払い一つし、話を切り出した。

「ミセス・コンスエロ。わたしが聞きたいのはただ一点だけです。あなたにあの武器を与えた人物、それだけです。

 警察の調べによれば、あの武器はラリュングで作られたものではないそうです。あれは非常に小さな形状から、一気に小刀へと伸縮することが出来る。その携行性、隠蔽性能は高く、かつての大戦時、暗殺用の人型アンドロイドが用いた暗器ではないか、との見解もでています。そんな武器をどこで手に入れたのですか?」

 わたしはまくし立てるように言ったが、ローザは黙りを決め込んでいた。

 ドアの向こうでリリーが「ほらね」と安堵した様子で漏らしている。わたしは腹が立った。

「いいですか、ミセス・コンスエロ」と、わたしは語気を荒らげて。「わたしは警察ではありません。私立探偵です。ですから、これは警察の取り調べとはいっさい関係ありません。ここでの証言が今後裁判で使われることもなければ、捜査に用いられることもありません。いいですか?」

 そのとき、わたしは彼女の口元がひくついたのを、見逃さなかった。

 彼女は一瞬、ためらいの表情を見せた。そして、

「……ローザで。ローザでいいわ」

「わかりました、ローザ」

 良い兆候だ。

 わたしはイスから立ち上がり、監視カメラを見上げた。そして少しだけ背を伸ばし、左手を上に上げた。監視カメラはすぐにわたしの掌中に入った。

 リリーが驚きの目でわたしを見た。だが、無視した。

「もう一度聞きます、ローザ。あなたは、誰からあの武器を手に入れたんです?」

 言うと同時、監視カメラを握りつぶす。丸いレンズを備えた機械は、一瞬でぺしゃんこになった。

「……黒い服の男です。黒服の、髪の長い、黒髪の男でした。たぶんラテン系……名前はわからないけれど……彼が、良いものがありますよ、って……」

「ご協力感謝します、ローザ」

 わたしは微笑んで、監視カメラの残骸を床にばらまいた。

 そして無言でドアを開け、取調室を出て行った。リリーは怒りを通り越し、呆然とした様子でわたしを見ていた。


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