シェル・ショック (3)
その翌日、わたしはリビングでソファーへ横になり、負傷した左腕を交換していた。指のもげた左腕を、今度は工具を使って二の腕の付け根から取り外した。そして、スペアの義手に交換。これで元通りになった。性能はスペアでも変わらない。交換し終えると、次に関節の調整。適度に油を差したり、間接部のモーターの稼働調整をし、ちゃんとわたしの意のままに動く腕に変えていく。
そうして微調整を何時間も続けていると、いつのまにか夕方になっていた。依頼解決後の休日というのは、往々にして午前は惰眠につぶれ、午後はこうしたことに忙殺されるものなのだ。
夕方、日の沈みかけたころになると、キッチンではニナが夕食の支度をしていた。今日からニナは、名実ともにわたしの使用人としてこの家で働くことになった。ニナもそれを望んでいたし、わたしも望んだとおりになった。事件を解決するなかで、時としてこのような出会いに遭遇することもあるものだ。
しばらく左腕を休めていると、誰かがインターホンを鳴らした。ニナはコンロの火を止めて玄関に行こうとした。
「ニナ、あなたは夕飯の支度をしてて。わたしが出るから」
「ええ、いいよ。へジィこそ休んでなよ」
「もう十分休息はとったから大丈夫よ」
「えー、でも……」
と、そんな押し問答が続いて、結局二人で出ることになった。
客人が誰かは、おおかた察しがついていた。ラリュング市警察のリリアン・リュウだ。ハンナ・ハインズ殺人事件について話があると、今朝電話があった。
わたしはリリーを応接間に連れてくると、カウンターからブランデーを一本取り出し、グラスに注いだ。わたしたちは一杯やってから、事件について話し始めた。ニナはキッチンに戻っていった。
「ハンナ・ハインズを殺したアンドロイドだけれど、有名な結婚詐欺師だったらしいわ。鑑識が調べたところ、やつの外装皮膚には何度も切ったり縫ったりした跡があったらしい」
「女を騙す都度、その相貌を変えていたってわけね」
「そういうこと。おかげで正確な名前もわかっていない。まあ、アンドロイドに名前があるかどうかは知らないけれど……。
ともかく、ヤツの手口は傷心の女に近づき、そのヒモになるなりなんなりして、最後には結婚するといって金をだまし取る、というものだったらしい。ハンナ・ハインズもその一例だったんでしょう。それで、彼女の給料から一部を搾取していた。だけど調べたところ、ハンナはここ最近、収入があまりなかったらしいわ。口座に定期的に振り込まれていたのは、水商売の給料――でも、これは最近じゃ落ち込んでた――と、謎の入金。これだけはうまくつかめてないけど、どこからか誰かの給料がそっくりそのまま送られてたらしい。だけど、それも数週間前にプッツリと途絶えている」
それは、ニナの給料だ。
わたしはそう思ったが、口にはしなかった。出来なかった。
「それで、金のなくなった女に愛想が尽きたんでしょうね。あのアンドロイド、何らかの方法で殺人衝動を切っていたみたいなのだけど、それが何かの拍子でまた入ったみたいでね。おそらく、それでハンナ・ハインズは殺されたのだろうということよ。もっとも、どのようにして殺人衝動がオン・オフにされているのか、それはいまや私たちにはわからないところだけどね。もしそんなことが簡単に出来たら、霧の街になんて閉じこもっていないもの」
「……金銭に目を向けることで、犯人であるアンドロイドは、殺人本能を封じていたのかもしれない」
「そうかもね。けれど、我々には断言できないわ。あの技術は、結局、失われたものだから……」
言って、リリーは大きなため息を漏らした。それからグラスに注がれたブランデーを一気に煽った。
わたしがもう一杯すすめると、彼女は喜んで受け取った。この事件とは、すなわち酔いたい気分にさせる、ロクでもないものだったということだ。
〈20XX/11/13 Case File:Nina Hines〉[Written by Hazel Weatherfield.]
*
ファイルを読み終えると、わたしはホログラムの本を書棚に戻した。薄緑色のワイヤーフレームが、わたしの掌から巣へと帰っていった。
読み終えたころには、グラスの中で氷が溶けきっていた。カウンターテーブルに置かれたロックグラス。結露した表面には、水滴がボツボツと軌跡を残していた。
ニナはすっかり寝てしまっていった。いまごろ、また夢の中でうなされていることだろう。本当の父親を、自らの手で葬った記憶。偽者の父親を、自らの拳で葬った記憶を……。
わたしはグラスを持って二階にあがり、かるくゆすいでから、流しに戻した。キッチンには洗い物の食器がいくつか残されていたが、わたしがそれをどうこうするつもりはない。ニナが寝込んでいたとしても、わたしが流し場に触れることは禁忌だ。ニナ曰く、「へジィが台所に立つと、よけいに汚れる!」だそうだ。
しかたなくニナに仕事を残してやり、わたしはソファーに戻ることにした。サイドテーブルのラジオの電源を入れ、ラリュングFMを流す。夜のヒットパレードの時間だった。
わたしが嫌いなサイゴン・ヴィンスの曲が流れた。おもわず舌打ちをし、早く次の曲になれとソファーに横たわる。
そのとき、リビングの奥からベルの音が響いた。それは、黒電話が鳴らす音だった。
わたしは苛立たしげに腰を上げると、ラジオを切って、電話に出た。
「はい、ウェザフィールド探偵事務所です」
「もしもし、ヘイズル・ウェザフィールド様はいらっしゃいますでしょうか?」
女の声だった。客商売に特化された、甲高い女の声だ。
「わたしですが。……どちらさまでしょうか?」
「はい、こちらはラリュング公安委員会です。ウェザフィールド様には――」
女が何かを言おうとした。
刹那、ノイズがスピーカーに響いて、女の声が霞んだ。
まもなく、電話の向こうでまた声がした。しかしその声色は、先ほどの受付嬢のような声ではなかった。低く、くぐもった声。ボイスチェンジャーにでもかけたような、鈍い声。
「久しぶりだ、赤錆。探偵の君に、我々から依頼がある。明日の正午、スカイラウンジに来い。なお、君に拒否する権利はない」
電話は、そこで切れた。ツー、ツー、と音を鳴らして。
わたしは一人、呆然としていた。
どうやらこのわたしも、本腰を入れて過去に立ち向かわねばならないらしい。




