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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
シェル・ショック
29/67

少女の告解

 ニナも落ち着きを取り戻し、以前より笑顔も増えてきたころ。わたしは、彼女を地下室へと案内した。エレベーターに乗って、地下二階の格納庫へ。そこには愛車であるブリストンが格納してると同時、彼女も眠っていた――霧の女皇(ミストレス)である。

 もともと図書館であったこの建物には、荷物用の広めのエレベーターがある。積載量も多く、本来は大量の書籍を移動させるためのものだったのだろう。確かに、わたしが入居する以前には、地下は広大な閉架書庫になっていた。いまそこは格納庫だ。

 十人は川の字になって寝れそうなエレベーターに乗り、わたしとニナは地下二階へ。甲高いベルの音とともに扉が開くと、暗い空間が開けた。そしてまもなく、雷鳴のような音とともに天井に吊されたライトに電源が入った。

 閃光が暗闇で弾け、一瞬であたりを照らし出した。高い天井に、どこまでも続く地下空間。エレベーターを降りた先は、巨大な格納庫のキャットウォークだった。

 格納庫に鎮座する、真紅の巨人、ミストレス。黒いバイザーに隠された顔が、わたしたちを見下ろしていた。巨大な左腕を持つ、アンシンメトリーな姿の巨人。

 ニナは、当然と言えば当然だが、驚いていた。息を呑む音が響き、ニナのまばたきの数が増していく。

「これって……」

「霧の向こうの兵器。ミストレスって言うの。あなたには、教えておくべきだと思ったのよ。わたしの秘密。わたしはただの探偵じゃない。探偵であると同時、この巨大兵器の操縦手でもある。……どう、驚いた?」

 ニナは口をあんぐりと開けて、ミストレスの姿を見上げた。真紅の巨人。その体躯は、ニナの十倍以上ある。キャットウォークはミストレスの胸元の高さにあったが、それでも彼女の顔を見上げるようにニナは見ていた。

 わたしがニナにミストレスを見せたのには、一つ理由がある。秘密の共有だ。これは心理的に相手へ大きな信頼を与えることになる。わたしのニナへの信頼の表れになるわけだ。であれば、ニナもまたその信頼に応えようという気分になる。わたしのねらいは、それだ。

「わたしの秘密、あなただけに教えたの。だから教えてくれないかしら。あなたの秘密――あなたのお父さんが殺されたとき、なにがあったの? ニナ、あなたはなにを見たの?」

 ニナの唇がふるえた。肩がこわばり、眉が下がる。彼女は、過去と戦っているところだった。

 わたしは、心の中では彼女を応援していた。立ち向かえ。踏みとどまるな。過去を断ち切るためには、その過去に向かい合わねばならない……。

 そしてようやく、ニナは口を開いた。

「あのとき……あのとき、お父さんを殺したのは……わたしなの……」


     *


 それからニナは、わたしに告白をしてくれた。それは彼女にとっては、告白というよりは告解というほうが近かったのかもしれない。三年前に犯した、罪の告白。


 ニナの父親は、ヘンリー・ウィンストンと言った。背の高い男で、トラック運転手をしていたという。人当たりがよく、近所でも有名な子煩悩だった。しかし、ニナからすれば、それは子煩悩というよりも異常な愛情とも言うべきものだった。

 男とは往々にして自らの母に似た者をパートナーに選ぶというが、ヘンリー・ウィンストンの場合も、例に漏れずそうであった。彼の母とハンナ・ハインズは、そっくりだったらしい。だがそれ以上に、ニナは幼い頃の母にそっくりだったというのだ。

 ウィンストンには、マザーコンプレックスだけでなく、おそらくロリータコンプレックスの気もあったのだろう。彼は、ニナを襲ったのである。性的接触は何度もあったという。はじめは風呂で性器が触れたことに始まり、それからどんどんエスカレートしていった。父子のスキンシップを超えた触れ合いは、ウィンストンに性的興奮をもたらし。性行為の知識がないニナには、父との触れ合いという安心感を与えた。まだその当時は、二人の関係は均衡がとれていたのかもしれなかった。

 しかしこと(﹅﹅)は、ある三年前の晩に起きた。それまではウィンストンは性欲を押さえ、またニナも自分がされていることに理解が及ばなかった。しかし、その晩は違った。同僚とたっぷり飲んで酔っぱらい、理性のタガが外れた状態で帰ってきた父親。そして、父の性的虐待に恐怖を覚え始めた娘が、ついに会いまみえたのである。

 妻が仕事に出掛けているのを良いことに、ウィンストンは子供部屋に押し入り、ベッドで寝息を立てていたニナに襲いかかった。すうすうと寝息を立てているうちに、ウィンストンはニナを喰ってしまおうとおもったのだろう。

 だが、そのときニナは偶然にも目を覚ましており、父親の異変に気づいていたのだ。ニナは慌てて父の魔の手から逃れると、台所へと向かった。

 彼女は、ひとつだけ自分を守る術を覚えていた。それはラリュングに生きる者、とりわけ郊外の治安の悪い地区では必須のもの。暴力という、抑圧剤。

 キッチンの戸棚にしまわれた、一丁の『銃』――ビュレット9Xストーム。ニナはそれを手に取ると、一発父親へ向けて放った。威嚇のつもりだったろう。だが、弾丸と、千鳥足の父は、彼女の意に背いた動きを見せた。ふたつは、同一直線上で交差したのである。

 まもなく、ヘンリー・ウィンストンは死亡した。ニナは絶望した。

 ニナはその事情を、当時の担当刑事に洗いざらい話したらしい。ちょうど、いまのわたしに話したように。それが功を奏したのか。それとも、彼女にとっての十字架になったのか。担当刑事は、ニナに同情し、この事件を未解決事件(コールドケース)として幕を閉じた。ニナは、無罪放免となったのだ。

 それですべてが終わるはずだった。

 しかし、ニナの罪悪感は拭えず。また、ハンナ・ハインズの胸に穿たれた大穴も、埋めることはできなかった。ハンナは自然とニナを避けるようになり、またニナに『慰謝料』を求めたのだという。母親が取る行動とは思えないが、あの女ならやりかねない。そして、罪悪感に苛まれていたニナは、母親の言いつけ通りに行動した。幼いながらに働き、金を稼ぎ、母親に献上したのだ。

 まもなく、ハンナは再婚を決めた。しかし、それがまたニナの家出を決めた。

 理由は言うまでもない。男は母を求めるが、女は父を求める。ハンナの再婚相手というのが、ヘンリー・ウィンストンにまったくの瓜二つだったのだ。

 ニナは恐怖を覚えた。また自分は犯されるのか? と、そう考えた。再婚相手の男を見るたび、胸の奥に打たれた楔がキリキリと痛みを生んだ。十字架が背中に重くのしかかり、小さな背を押し潰さんとした。

 そしてニナは、罪から逃れるために家を飛び出した、

 あとは、わたしも知るところだ。彼女は罪悪感に突き動かされ、ついには自分が忌み嫌うカラダを売る仕事にまで手を染めることになった。そしてまた恐怖を覚えた彼女は、今度こそ何もかもを投げ出し、罪の十字架さえも投げ出して、ストリートチルドレンとなろうとしていたのだった。


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