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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
トゥルー・フェイス
17/67

子供たちの戦争

 わたしとマリーは、驚きのあまり彼らの姿を二度見した。しかし、わたし以上に彼女たちのほうが驚いていたように見える。

 しばらく沈黙があった。それから、あのブロンドの少女がゆっくりと口を開いた。

「どうして……どうしてあなたがここに?」

「言ったはずよ。わたしは探偵で、この騒音さわぎを何とかするのが仕事だって。……それにしても、あなたたちが犯人だったとはね」

 通りで口を割らなかったわけだ。

 わたしは彼女らの姿を見回しながら、ゆっくりと装甲車のほうへ歩み寄る。黒い複合装甲で覆われた機動戦闘車両。八つの車輪と、スニーカーシューズのような相貌、そして上部に取り付けられた機関砲が特徴的だ。

 わたしはその装甲板に触れようとした。

「触らないでください!」

 ブロンドの少女が言った。

 するとまもなく、停車していた装甲車がヘッドライトを点灯。直後、エンジンを始動させた。エキゾーストノートを低く響かせ、クルマは独りでに後退。空き屋を出て行く。目を疑うような光景だった。

「誰か乗っているの?」とわたし。

 逃がすまい、とすでにわたしの足はクルマのほうへ動いていた。

「いえ、誰も乗ってません。……事情ならお話するので、彼女を追わないでくれませんか?」

「彼女?」と怪訝そうな声でマリー。「あなたたち、いったい何をしているの? あの装甲車は何なの? まさか軍警察から奪ったわけじゃ……」

「違います!」

 と、今度は赤毛の娘が言った。あの大人しそうな娘だ。

「彼女は……わたしたちに力を貸してくれたんです。わたしたちが、大人に反抗するために……」

「大人に反抗するため? じゃあ、やっぱり不良か何かが関わって……」

 マリーは上着のポケットからメモ帳を取り出し、さっそく記事のネタをとろうとする。

 だが、そんな彼女を今度はわたしが止めた。

「いや、これは不良の仕業なんかじゃない。……もっと複雑な事情よ。あの装甲車は、霧の向こうの技術。違うかしら?」

 わたしがそう言うと、子供たちは急に黙り込んだ。みんな顔をうつむけ、示し合わせたように黙している。

 状況を理解できていないのは、マリーだけのようだった。

「どういうことです、霧の向こうの技術って?」

「言った通りよ。……あの装甲車は、霧の内側のものじゃない。おそらく、元は自律機動の殺戮兵器。……違うかしら?」

 子供たちは黙っている。相変わらず。

「話してくれるんでしょう? だからわたしは、彼女を追わなかったのだけど」

「……わかりました」とブロンドの少女。「あれは、たしかに内側ウチのものじゃないです。でも、彼女は! ……彼女は、安全です。撃てるのは空砲だけですし、私たちを助けるために毎晩やってきてくれてるんです」

「その『助ける』というのはどういうこと? 大人への反抗とか言ってたけど」

「それは……」

 再度、彼女は黙した。

 大人への反抗。彼女たちぐらいのティーンエイジャーなら考えつきそうなことだ。おそらく、このラリュングに生きるすべての人間が、人生のうちでそのような青春を経験してきたことだろう。しかし、彼女たちの反抗はあまりに過激すぎる。

 ブロンドの少女が黙りを決め込み、ほかの少年少女たちも口を封殺するなか、また赤毛の少女が声をあげた。

「私たちの親は、私たちの記憶を消すんです。霧の中に、葬ってしまうんです。……それで、私たちそれに抵抗するために……」

「記憶を消す、か」

 赤毛の少女がうなずく。

 徐々に話が浮き彫りになってきた。


「一ヶ月ぐらい前のことです。同じクラスのジャック君のお父さんがやってる会社がつぶれたんです。それですっかりジャックの家は借金まみれになってしまって……。そうしたら、うちのお母さんたちは『あんな家の子と遊んでいたら、うちにまで貧乏がうつる』って、彼と会わないようにしたんです。ここにいる人たちの全員がそうです。それまで彼と遊ぶことに何の関心もなかったのに、ひとたび落ちぶれたら、こうです。これが金持ちの社会なんですよ。

 私たちはすぐに抗議しました。お父さんの会社と、彼のことは関係ないでしょ! って。そうしたら、もうあの子のことは忘れなさいって。それで、私たちに『記憶削除』の手術を受けさせたんです。強制的にです。それでほとんどの人たちが彼のことを忘れてしまって……。そのジャックも、いつのまにか転校してしまったんです。家は差し押さえられて、もう違う人のものになってました。

 私たちは、記憶を消された事実をある人に教えてもらいました。それから親に反抗しようと決めました。それで、ジャックを忘れないでいようって、みんなでリストバンドを作ったんです。彼の名前が入っていて、『君のことは決して忘れない』って。そう書いたんです。

 だけどPTAがすぐにそれを見つけて、お母さんたちに言いつけたんです。それで私たちの活動は終わってしまいました。また、今度も記憶を消されてしまう。……記憶を消すなんて、いまどきふつうですから……。

 そんなときです。さっき言った、『記憶を消されたことを教えてくれた人』が、また私たちの前に現れたんです。その女の人が私たちのもとにやってきました。あの装甲車といっしょに。

 彼女は私たちに言いました。

『もし君たちが、この霧の街の大人に反感を持っているのなら、これを使うといい。大人はいつも口をそろえて平和的解決が一番とか言ってるけれど、それは君らを押さえつけるためのデマカセに過ぎないんだよ。やるなら、武力に訴えるしかないんだよ。

 この車両は、毎日同じ時間に、同じルートを通るようセットされている。機銃は空砲で、君たちが自由に使えるようになっている。それで大人たちをビビらせるんだ。霧の中にすべてを投げ込もうとする、馬鹿な連中をね。

 あるいは、私の名前を使って脅してくれてもいい。君たちの両親が、君らの大切な記憶や経験を消して、霧の中に封じ込めようというのなら……この私が容赦しないぞ、と』

 それ以来、私たちがこのクルマのことについて話すと、お母さんたちも怖がって、暗に記憶を消さないようになったんです。おかげで私たちは、ジャックとの思い出を何とか保てているんです」

 赤毛の彼女はすべてを話し終えると、まるで呼吸困難にでも陥ったように息を喘がせてから、その場に座り込んだ。

 わたしはその話を聞いて、二、三気になる点があった。

「いくつか質問してもいいかしら。その女について、もう少し詳しく教えてもらえる? 女はなんと名乗っていた? 身体的な特徴は?」

「サリー・へイズ。そう名乗ってました」ブロンドの娘が答えた。「特徴は……えっと、緑色のジャケットを着てました。アーミージャケットって言うんですか? それとあと……そう、右手の甲に妙なアザがありました」

「アザ?」

 わたしがオウム返しに言うと、少年のうちの一人が「アザじゃない、あれは刺青タトゥーだったよ」と声を上げた。

「どんな模様だったかはわかる?」

「そうだなぁ……たしか、黒い唇みたいな模様だった気がする」

「黒い唇……」

 わたしはその言葉を口に出し、そしてそれを頭の中で何度も反芻した。わたしの中の、霧の彼方に葬ったはずの記憶。それがいま、思い出してくれと呻いている。

 記憶とは、残しておきたいものほど消えてしまい、思い出したくないものほど何度も蘇ってくるものなのだ。ちょうど彼女たちの『ジャック』との思い出のように。


 わたしが消したはずの記憶に悩まされている中、マリーはいつものように冷静だった。彼女はやはり、抜け目のない女だ。

 マリーはわたしたちの間に割って入ると、メモ帳を開きながら言った。

「あの、この件について私に任せてもらえませんか? 私に考えがあるんです。正直言って彼女たちの言い分は、騒音さわぎ以上の特ダネです。大企業の重役たちのスキャンダルとして扱えるはず。当人の承諾なき記憶削除手術に関しては、重罪ですからね。グローブのトップ記事として扱えるぐらいの特ダネです」

「でも、それは無理でしょう。ここの住人は、グローブの大株主が多いんじゃなかったの」

「そうです。でも、逆に考えてみてください。こちらとしては、向こうのスキャンダルという切り札が握れるわけですよ。これで金持ち連中と対等の立場で勝負ができる……そう思いませんか。

 私がこのネタをもって、大株主たちにゆすりをかけてみようと思います。そうすれば、必然的に子供たちにそのような『教育』を施すこともなくなるでしょう。これ以上リスクは犯したくないでしょうからね」

「なるほど、考えたわね」

 わたしはマリーに軽く拍手をしてやった。

 子供たちは、マリーの言ってることがよく分かっていないようだが、しかし自分たちにプラスになるよう働きかけてくれることだけは、わかったようだった。

「でも一つ問題があるとすれば、あの装甲車です。あれだけはどうしようもないですよ。おそらくそのサリー・へイズって女が、自律兵器を改造して走らせたんでしょうけれど、いったいどうやって止めればいいか。というか、その女の目的が何なんだか、さっぱりです」

「それならわたしがやるわ。軍警察に知り合いがいるから、呼びかけてみる。霧の向こうの兵器だって言えば、おそらく駆けつけてくれるわ」

「それならなんとかなりますかね」

 そう決まると、マリーは早速取材を始めた。

 メモ帳と、携帯端末ケータイの録音機能を駆使して、彼女は子供たちから事情をすべて記録する。これが金持ちを揺さぶるネタになるのだろう。今朝がた、わたしの事務所を訪ねてきた、あのマダムたちを揺さぶる……。


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