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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
トゥルー・フェイス
16/67

共同捜査 (2)

 かくしてわたしとマリーは、協力して騒ぎの調査にあたることとなった。と言っても、やることといえばいつもと変わらない。張り込みである。

 わたしたちは、目撃情報の多い道路につくと、路肩にクルマを停め、そこに張り込むこととした。いつもと同じ。クルマの中から外を見張る作業だ。

 時刻は午後六時をまわったところ。ラリュングFMは、ケイン・ブルースのイヴニング・ニュースを流している。今日のヘッドラインは、先日のフォグ騒動の続報。それから、議会議員の政治資金不正利用疑惑だった。特にわたしの関心を惹くようなニュースはない。

 そんな怠惰な放送を聞き流していると、マリーが扉を開けて助手席に乗ってきた。彼女の両手には紙袋がある。

「はい。ワッパーとコーヒーでいいの?」

「ありがとう。それでいいわ」

 ガサゴソと袋の中から商品をつまみ上げる。梱包された大きなハンバーガーが飛び出した。わたしはそれを受け取り、コーヒーはドリンクホルダーへ差し込んだ。

「ミルクや砂糖はいらないんでしょう?」

「ええ、ブラックでいいの」

「やっぱり変わってるわ、あなた」

 マリーはそう言いながら、一緒に買ってきたサンドイッチとチップスを食べ始めた。これが今日の夕飯だ。女二人の晩餐にしては洒落っ気に欠けるが、しかし記者や探偵の食事と言えば、こういうものだ。

 わたしはハンバーガーを頬張りながら、日の沈みゆく高級住宅街を見つめていた。白塗りの壁に、屋根のない真四角の外装。丘の上にせり出したデッキには、青いパラソルと自家用プールとが激しく主張をしている。

 こんな高級住宅街に、誰がこぞって不良じみたマネを。

 わたしは肉の塊を口の中へと押し込んだ。張り込みは、体力が物を言う。腹が減っては戦はできぬ、だ。


     *


 霧が見える。

 霧。遠く向こうに白く立ちこめる、巨大な渦のような霧の塊。

 わたしは、荒れ果てた大地の中にいた。赤茶けた土壌に、折り重なって倒れる機械たち。汚染物質を垂れ流され、土はところどころ変色を重ねている。脂ぎった土が、きしきしと気味の悪い音を鳴らした。

 わたしは汚染物質に塗れた大地に、二つの足で立っている。五体満足。腕にも感覚がある。鋼鉄の左腕は、肌の感覚というのを持たない。なのにこのときのわたしは、生の左腕の感触を味わっていた。

 そして左腕の感覚をはたと思い出したとき、わたしはとっさに「まずいな」と悟った。

 眼前、屑鉄ラビッシュの山をかき分けて、巨体がのっそりと姿を現した。赤い瞳をした、身の丈五メートルはあろう巨人。両腕には機関銃らしき装備を持ち、また袖口に鉄杭パイルバンカーを放つ射出口も見えた。

 ――まずい。

 わたしはとっさに後ずさりする。

 そして、何かに足をぶつけた。

 地面の上に倒れ伏せる、血みどろの女。ブロンド髪を小さくまとめた、野戦服姿の女。両手両足から血を流す彼女は、芋虫のように血を這っている。口からは血を吐き流して。

「中尉……わたしのことはいいから……!」

 そう言った彼女の右手が、わたしの右のくるぶしに触れた。

 血に塗れた白い手。その甲には、タトゥーが彫り込まれていた。唇のような形をした、黒いタトゥー。

「あなたを置いてはいけない、」

 わたしの唇が、独りでに動いた。

「だめです……あいつに立ち向かっては……!」

 視線の先。赤い瞳の巨人がわたしをにらみつける。

 わたしは、まだ感覚のある左手を口元に近づけた。そこには、宝冠ティアラのような赤いしるしがある。わたしは、それに囁く。

「……霧は来たれり、霧の女皇(ミストレス)!」

 しかし、その瞬間だ。

 赤い瞳の巨人が、パイルバンカーを構え、一挙にわたしとの距離を詰めてきた。突然のことに、わたしは避けようようとするが、もう間に合いそうにない。

 視界が、赤い瞳に埋め尽くされる。鉄杭が目の前にある――。


     *


 頭が痛い。

 体が熱い。

 全身に流れる血潮が、沸騰するような熱さ。わたしはそれを感じて、恐怖のあまり我に返った。

 何度も目をしばたたく。目の前の光景を確かめるため、なめ回すように周囲を見回す。

 高級住宅街。白塗りの箱のような家々。プールの水面が月明かりを乱反射している。ここはブロウトン・ヒルズだ。

 わたしは頭をもたげ、額ににじむ汗を拭った。

「大丈夫です? うなされてましたけど。寝不足です?」

 助手席のマリーが、ティーラテを飲みながら言った。

 時計を見る。わたしは二時間ぐらい寝ていたらしい。思えば今日は昼過ぎまで寝ているつもりだったので、寝不足と言っても違いはないだろう。

 にしても、いやな夢を見てしまった。あの記憶は、霧の彼方に葬ったはずなのに……。

「なんでもないわ。ちょっとイヤな夢を見ただけ……ところで何か異変はあった?」

「いまのところは何も。騒音なんてないんじゃないかってぐらい、馬鹿みたいに静かですよ」

「そうね……」

 また、張り込み先に目をやる。

 閑静な住宅街。街灯が道路を照らしている。ブロクスタインとは違い、消えかけたろうそくのように明滅することはない。だが、どこも同じで光の周りには蛾が集まってくるものだ。

 もう一度、額の汗を拭う。髪をかきあげる。

 そのときだ。

 異音が、遠くからゆっくりと迫ってきた。低くうなるような爆音。わたしのクルマにも、まるで音叉が共鳴するように響いてくる。低く、沈んだような音。

 直後、ヒルズの住宅街を強烈な光とともに爆音が過ぎ去った。それはクルマのようだった。しかし、黒く塗りたくられたそれは宵闇の中に紛れ、姿を隠していた。

「来ましたよ!」

「わかってる」

 わたしは言って、しばらく暴走車が行ったのち、アクセルを踏みつけた。

 目標のテールランプが赤い軌跡を残して丘を駆け上がっていく。

 爆音。それはエンジン音だけではない。まるで機関銃でも放つような断続的な破裂音も轟いている。たしかに、これではおちおち寝れもしない。

 わたしはアクセル全開。その轟音のあとを追った。


 その名前の通り、ブロウトン・ヒルズは小高い丘に沿って一軒家がいくつも並んでいる。その間を通る大金持ち御用達の道路は、Sの字に何度も曲がりくねったワインディングロードだ。このカーチェイスは、さながら登り勝負(ヒルクライム)といったところだろう。

 問題のクルマはずいぶんと図体がでかかった。よく見れば戦闘装甲車両か何かのようで、それが丘の中を疾駆している。ふつうでは考えられないことだが、しかしわたしの目の前でそれは起きているのだ。

 馬力では、圧倒的にこちらが不利だ。しかし不幸中の幸いは、このワインディングロードだろう。コーナーで差を付ければ、わたしのブリストンでも勝ち目はある。

 わたしはコーナーに切り込み、アウト・イン・アウトですくい上げるように脱出。暴走車のケツに食らいつく。

 あまりに荒っぽい運転だったので、隣でマリーが不満を垂らした。

「もう少し安全運転でお願いします!」と彼女。

「それじゃあ追いつけない。特ダネを逃がしたくはないでしょう?」

 アクセル全開。

 わたしは、全速力で追いかける。

 暴走車両は、ブロウトン・ヒルズをひたすら南下していた。このまま行けば、ラリュング・サウス地区に入ると行ったところだ。そこまで行くと、高級住宅街は失せ、森林公園と小さな街が現れてくるはず。だが、暴走車の目撃情報はブロウトンだけだ。車両は、かならずどこかで止まる。わたしはそれを待ち望んでいた。


 危なげな運転は、何度かわたしたちを奈落の底に落としかけた。対向車線車線からレイルズのリムジンが飛び出してきたときなんて、一か八かと思った。何とかスレスレで避けきることは出来だが、それでもあと五センチ右へ腰を振っていたら、いまごろわたしはリムジン乗りの成金に喧嘩をふっかけられていたところだ。

 そうして何度も寿命を縮めて、わたしとマリーは、ついに目標を追いつめた。

 ブロウトン・ヒルズ・サウス。木立が目立ちはじめ、これから林に入っていくという下り坂の途中。装甲車はスピードを緩め、路肩にある廃屋へと入っていったのだ。

 わたしはその廃墟から少し距離をとったところにクルマを停めると、マリーとともに現場に向かった。


 打ち捨てられて久しいだろう廃屋は、錆びた屋根に鉄骨、そして薄汚れたオークの壁をしていた。

 腰ぐらいまで伸びた雑草をかき分け、わたしたちは廃屋の中へ。立て付けの悪い扉を開いて、中へ入ろうとする。

 このときのわたしと言えば、一体この事件にどのような顛末を予期していたのだろう。きっと不良やギャングが暴れ回っている程度にしか考えていなかったのだと思う。

 しかし、ことはもっと複雑だった。

 扉を強引に蹴破って、廃屋の中へ。かつてガレージだったであろうそこには、薄暗闇の中、例の車両が鎮座していた。そして、その周囲を取り囲むように、十人近い者たちが立ち尽くしていた。

 わたしは、その者たちの顔を見たとき、はたと昼間のことを思い出した。

 ブロンド髪の少女に、赤毛や黒髪の少女。それだけではない。もっと幼い少年もいた。中学生らしき少年から、小学生にさえ見える子まで。

 ここにいたのは、全員少年少女だったのだ。


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