共同捜査 (1)
セントラル・サウスにある高級住宅街、ブロウトン・ヒルズ。探偵事務所があるピルグリム・サーカスからは、クルマで二十分もかからない距離にある。
わたしは道中、ドライブスルーでコーヒーを買ってから、ブロウトンに向かった。
なだらかな丘の上に作られた高級住宅街。シティ・セントラルの古風な建造物の一方で、ここには近代的な豪邸が建ち並ぶ。丘の角度に沿って支柱が立てられ、斜面にせり出すように家が建てられている。ガラス張りのデッキからは、シティ・セントラルを一望できるだろう。まさしく金持ちの道楽だ。彼らは毎夜、夜景が見えるデッキに躍り出ては、シャンペンの瓶を開けているのだ。
わたしは手始めに、子供たちへの聞き込みを始めた。ブロウトン地区にある中学、高校は一つずつ。どれも私立のお嬢様学校と言ったところだ。
わたしは校舎前の路肩にクルマを停めると、校門前で誰かが来るのを待った。守衛がイヤな顔をしていたので、軽くウィンクしてやった。やつは顔色一つ崩さなかった。
しばらくしてチャイムが鳴った。授業終わりの、昼休み開始のベルだ。するとまもなく、昇降口から制服姿の男女がドタドタと降りてきた。
わたしは校門を抜けて彼女らに聞き込みをすることにした。守衛は相変わらずイヤそうな顔をしていたが、わたしが探偵手帳を見せると、さすがに食い下がった。
「騒音? ああ、夜中に走ってるクルマのことですか。知ってますよ」
わたしは手始めに、三人組の女子生徒に話しかけた。そしてその三人の時点で、すでにこのような回答が返ってきた。騒ぎの認知度は結構なものらしい。
「どんなことでもいいの。それについて、なにか知ってることを教えてくれないかしら。なんでも、そのクルマについて行って夜遊びしてる子がいるって話なんだけど」
「もしかしてお姉さん、PTAの回し者?」
三人組のうちの一人。ブロンド髪の少女が、訝るような声色で言った。
「そうとも言えるけど、そうじゃないとも言えるわね。わたしはヘイズル・ウェザフィールド。探偵よ。ある人の依頼で、この騒音さわぎをどうにかしてほしいって頼まれてるの。それで、子供たちが関わっているって聞いたから、もしかしたら何か知ってるんじゃないかと思って」
「知ってるって、言われても……」
三人組のうち、もっとも大人しそうな赤毛の娘が言った。そばかすの目立つ、あまり目立たなそうな子だった。
「……すみません、やっぱりお話出来ません」
「どうして?」
「どうしても何もないんです。話せないものは、話せないんです……」
「わたしは警察でもPTAでもないわ。あなたたちの味方よ」
「大人はみんなそう言うんです!」
今度はブロンドの娘叫んだ。
それから彼女は走り出し、ほかの二人も逃げ帰るようにして、わたしから離れていった。
赤毛の娘だけは、しかし一瞬わたしのほうを振り向いて小さく会釈した。だけど、それだけだった。
まわりの生徒たちも、しらけた目でわたしを見つめていた。
それからも聞き込みを続けてみたが、めぼしい情報はまったく手に入らなかった。子供たちの答えはと言えば、「名前は知っているが、それだけ」か「知っているが、話す気はない」の二択だ。さすがに騒音さわぎを知らないという生徒はいなかったが、それについて知っていることを話そうとするものは、一人もいなかった。わたしも子供相手に強要することは出来ないので、結局何もつかめずじまいだ。
すべてが徒労に終わってから、わたしは近くにあるカフェに立ち寄った。遅い昼飯をとるだめだ。
カフェは雰囲気のあるアンティーク調の家具が並んでいた。わたしはカウンターに陣取ると、メニューに目を落とした。コーヒー一杯でウィスキー・ダブルを飲めるぐらいの値段がしたので、文句をつけてやろうかと思ったが、喉の奥に押し留めた。金持ちの街ブロウトンは、なにもかもバカみたいに高い。
わたしは、しぶしぶ札を出してコーヒーを買った。味もにおいも、半額以下の価値しか無いコーヒーを。まだニナが淹れたコーヒーのほうが美味いぐらいだ。値段の七割は、家具代に消えてると見て違いない。
そんなカフェで、わたしは珍しい人間と出会った。こんな馬鹿高いカフェには似合わない、わたしのよく知る女。
「あら、珍しいですね。こんなところで」
そう言ってわたしの隣に腰を下ろしてきたのは、グローブ紙記者のマリー・ライアルだ。
彼女はカウンターに座ると、ミルクティーとミルフィーユを頼んだ。わたしのコーヒーの倍近い値段だった。
「そういうあなたこそ、どうしてブロウトンなんかに」
「仕事に決まってるじゃないですか」
マリーはそう言って、首から下げた一眼レフカメラを掲げて見せた。
「そう。じゃあわたしも仕事よ」
「もしかして、騒音さわぎじゃないですよね?」
「どうしてバレたの」
「そんなことだと思いましたよ……。実は、私もそれを追っているんです。ブロウトンの大金持ちには、グローブの大株主が多いもので……。本当はフォグ騒ぎの取材をしたいとこなんですけど、株主の意向でどうしても、と」
「大株主のご機嫌取りってとこかしら」
「まあ、そういうことになりますね」
まもなく、ポットに入った紅茶とミルフィーユ、そして砂時計が運ばれてきた。砂時計は、茶葉が湯の中で開く時間をカウントしているのだろう。
しばらくして砂が完全に落ちたので、マリーはカップに紅茶を注いだ。紅茶を淹れる彼女は楽しそうだが、仕事の話をするときは不機嫌そうだ。
マリー・ライアルは、人一倍ジャーナリストとしての仕事に誇りを持っている。と、わたしの性格分析は言う。しかしそんな彼女でも、金持ちのご機嫌取りにやりがいを認められるほど、熱血というわけでもないのだろう。
「それで、そっちのほうはどうです。何か気になる情報とかありました?」
「……それ、取引をしたいってこと?」
「まあ、軽い情報共有だとでも思ってくださいよ。正直この事件、結構めんどくさそうですよ」
「その口振りからしてみると、ロクな情報が得られなかったみたいね」
「お察しの通りで。……午前中、ヒルズの住民に聞き込みをして回ったんです。彼ら、グローブの取材だって言っても『知らない人間をうちに入れるわけにはいかない。話も聞きたくない』とかいう始末で……呼び立てたのはあんたたちなのに……。まあ、何とか十人ちょっとぐらいに話は聞けたんですけど、グチばっかりで。夜中に暴れるのはやめてほしいとか、子供たちを巻き込むことだけは許せないって、そういう意見ばかり。何も目新しい情報はなくって、これじゃあいい記事は書けそうにないです」
「そうね。それだと市民の同情を買うたけのお涙頂戴になりそう」
「今のままだとそうなりますね。……ウェザフィールドさんはどうです?」
「わたしも同じようなものよ。この事件、子供たちが危険な目に遭ってるって言うから引き受けたんだけど。おかしなことに、中学生に聞き込みをしたんだけれど、誰も彼も何かを隠すようにして話してくれないの」
「何かを隠すように?」
「ええ」わたしはカップを持ち上げ、コーヒーを飲む。「何かを隠すように……。事件のことは知っているけど、それ以上は話せないって。……子供って純粋だから、嘘をついててもそれとなく分かるものなの」
「それは確かに気になりますね……」
「収穫はそれ以外ゼロだけどね」
マリーがため息をつきながら、ケーキセットのミルフィーユにフォークを入れる。層状の生地が弧を描いたフォークによって一直線、斬れていく。
「それじゃあ、ウェザフィールドさんはその線で捜査を進めていくつもりなんです?」
「一応ね。わたしへの依頼は、騒音騒ぎの解決。並びに子供たちの解放。……っていう、本来警察と教師が結託してやるような仕事だし」
「そうですね……」
マリーがミルフィーユを頬張る。唇についた生クリームを手で拭き取ってから、紅茶を飲んだ。
「それなら、協力しませんか。どうせ目的は同じなんですから」
「協力?」
「ええ。共同捜査、とでも言いましょうか」




