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赤錆色の霧  作者: 機乃 遙
ブルー・マンデー
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霧は色濃く立ち込める (3)

 エガートン・コーディアル。そこは、ブロクスタイン中央区から北へ行ったほうにある小さな街だ。住宅街というにはあまりに古臭く、いまでは老人しか集まらない。かつてはラリュングにやってきた若者たちがそこを開拓していったとの話だが、いまやその痕跡もずいぶんと淡いものになっている。いまのエガートンにあるものといえば、前世紀の採石場を掘り返したものや、簡易的な教会ぐらいなものだ。それ以外は、何もないと言っても過言ではない。それぐらい質素な街だ。

 ブロクスタイン中央署から出撃したであろう軍警察は、エガートンの採石場に到着していた。彼らは巨人を迎撃せんと待ち伏せ(アンブッシュ)。アーミーグリーンの装甲車。軍警察は、その後方に隠れてライフル銃を構えている。

 しかし、それでフォグを止められるはずがなかった。

 青色のフォグが採石場に入った。砂利道の中を、二足歩行の巨人が闊歩していく。

「発砲許可。フォグを押し倒せ!」

 スピーカーの向こう側。警察無線で、軍警察の指揮官らしき者が叫んだ。

 刹那、銃声が轟いた。何重にも重なって奏でられる火薬たちの爆音。パン、パン、パパン……と小気味良い音が響く。しかし、まもなくそれは甲高い音に変わった。金属が金属を弾く、まぬけな音だ。

 軍警察が使うLM88ライフルは、五・五六ミリ弾を使用する。それではフォグの装甲板を貫けるはずがない。銃弾なぞ、痛くも痒くもない。

 フォグは涼しい顔をして、採石場の砂利道を行く。石と瓦礫との上に黄金色の銃弾が転げ落ちていく。

 ――だから警察は無能なんだ。

 わたしは心の中で吐き捨てる。

「……無能な警察でも、少しばかりの時間稼ぎにはなるといいけど」

 それは予測と言うよりも、希望的観測。祈りを言葉にしただけに過ぎない。

 しかし、いまはそれに賭けるよりない。

 わたしはステアリングを握っていた左手を、口元へ近づけた。そして、手の甲に意識を集中させる。鋼鉄の義手に。

 すると途端、甲を覆っていた鋼色の外殻が音を立てて変形。カメラのしぼりのように展開し、その奥から内部構造を露呈させた。そこには真紅のエンブレムが描かれている。宝冠ティアラのような赤い円だ。

 わたしは、それへ向けて囁いた。

「……霧は来たれり、霧の女皇(ミストレス)


 その刹那、わたしの前方、蒼白の巨人の周囲に霧が立ちこめ始めた。しかし、それはただの霧ではない。

 『赤錆色の霧』

 まるでスプレーか何かのように。赤く着色された煙が、採石場に立ちこめ始めた。その霧は、エガートン採石場の周囲一帯を包み込んでいく。

 軍警察の装甲車両は、霧を恐れて後進。無線でも、「赤い霧だ!」、「やつだ! 赤錆色の霧だ!」と怒号が飛び交っている。

 わたしはしかし、彼らの言葉に逆らって、霧の中にクルマを突っ込ませた。足場の悪い採石場で、サイドブレーキ全開。車体をドリフトさせながら停車。

 そしてわたしは、クルマを降りた。

 彼女ーー霧の女皇(ミストレス)に乗り換える為に。

 霧の中は一種の異次元。そこで何が起きているかは、観測するまでわからない。霧とは、一種の転送装置である。

 彼女は待っていた、わたしを。

 わたしの巨人フォグ。赤錆色の巨人、ミストレス。


 赤錆色の巨人――霧の女皇(ミストレス)。全長一〇メートル以上はあるその巨体は、例の青の巨人と違って実に特異な形状をしている。その最たる例が、巨大な左腕だ。右腕の倍近い大きさを持つ左手。身の丈近いサイズの豪腕が、ミストレスの特徴だ。

 ミストレスは、黒いバイザーに隠された二つ眼を輝かせた。そして直後、巨大の左腕を差し出して、手の平にわたしを乗せた。彼女はわたしを拾い上げ、胸元まで運んでいく。

 赤く染め上げられたボディ。装甲に覆われた二つの丘陵。胸部に設けられたコックピットハッチが開いて、そしてわたしはその中へ飛び込んだ。

 コックピット内部は、はじめは照明もなく暗黒だった。だが、わたしが内部に入り込んだと認めると、ミストレスは体内に明かりを灯し始めた。

 暖色系。いや、もはや赤色をした非常灯がごとき光。それがコックピット内を満たす。

 まもなく、わたしの周囲を囲っていた壁面が、映像へと切り替わった。さながら、霧が晴れるように。

 周囲の映像が映されると同時、赤錆色の霧も消えていった。

 霧散したその向こうに、採掘場が映される。前方には、蒼白の巨人も、もちろんそこにいる。胸元に黒髪のヒューマノイドが磔にして。

 蒼いフォグ。その胸元に張り付けられたヒューマノイド。そのこめかみにはプラグが刺さっている。巨人フォグのメインコントロールユニットは、彼女ということなのだろう。

 それは、わたしも同じだ。

 わたしは、背もたれと腰あてだけのシートに座った。するとまもなく、左腕にめがけてケーブルが飛んできた。まるで意志を持った触手がごとく、ケーブルはわたしの腕に巻き付く。そして、鋼鉄の腕の手甲、エンブレム中央にあるコネクター部に、電極が差し込まれた。

 刹那、左腕からミストレスの感覚が伝わってきた。神経コネクト。機体とわたしとが同期。

《Welcome back, Lt. Mistress.》

 ーーおかえりなさい、ミストレス中尉。

 霧の女皇は、わたしのことをへイズルとは呼ばない。懐かしい呼び名をする。わたしがまだ、探偵ではなかったころの名前だ。もっとも彼女との付き合いはそのころからなので、そうであって然るべきなのだが。……まあ、いまとなってはどうでもいい話だ。

 それからミストレスは、警察無線を開いた。音声はスピーカーをからではなく、ケーブルを介して直接わたしの聴覚野にフィードバックされる。脳に声が響いた。

『やはり出てきたわね……赤錆色のフォグ。……やつも拘束して!』

 聞き覚えのある女の声。リリーだ。

 彼女は、わたしがこのミストレスの操縦手であることを知らない。すべては、霧の中に閉ざされている。

 そう、すべては霧の中の出来事なのだ。

 わたしは、左腕に神経を集中させる。そして、深く息を吐いた。精神を集中させるように。

「はじめましょうか、アオイのまがいもの。あなたの殺人願望は、残念だけどわたしで終わりになる」


     *


 フォグとの戦いは久しい。しかし、体は戦いを覚えていた。

 わたしは背を持たれ、しかし足だけは地に着けた状態でいた。足下にはフットペダル。それを踏みつけることで、機体を進ませる。

 ミストレスは前進を開始。前傾姿勢で左腕を構える。一歩進むたび足下で瓦礫が爆ぜ、ホコリをまき散らす。

 青い巨人。その胸元には、おそらく識別用のコードネームらしき『BLUE MONDAY』の文字があった。皮肉なものだ。

 ブルー・マンデーの工作機械のような豪腕には、機関銃が備え付けられていた。両腕を前に突き出すと、袖口に備えられた機関銃が震え始める。鉛玉の掃射。それも毎分一〇〇〇発という調子。

 わたしはその射撃を受け止めんと、左腕を前に突き出した。手の平を大きく手を開く。ミストレスの腕が連動。巨腕を前へ。胸部装甲板ぐらいの大きさはあろう掌。盾と化したそれが、乾いた金属音を響かせて銃弾を弾く。跳弾があたりいっぺんに飛び散った。

 警察無線が「流れ弾に注意しろ!」と慌ただしくも声を上げた。むこうはパニック状態だ。なにせ霧に、二体のフォグと来ている。仕方あるまい。

 一方で、わたしは冷静だった。相手の動きが三流以下の素人だったからだ。

 ペダルを押し込み、さらに前進。巨大な石ころを踏みつぶしながら、真紅の巨体が進む。左手を振りかぶり、懐へと飛び込んだ。

 ミストレスの巨大な左腕。それは決して、相手を威圧するための飾りなどではない。バランスを著しく狂わせるこの巨腕にも、しっかりとした意味がある。

 巨腕が、わたしの鉄腕と連動し、彼女アオイを殴りつける。左腕に確かな手応え。反動はわたしの脳にフィードバックされる。

 もう一度、わたしは左手を振りかぶる。まがい物を叩き潰してやる、そんな気概で。

 しかし相手も黙って攻撃を食らうわけもなく。二本の豪腕で、わたし=ミストレスの左腕を受け止めた。そして、袖口の機関砲に火が灯る。ゼロ距離射撃だ。

 ――しかし、もちろんそう簡単にやられるわたしでもない。

 腕を大きく開くイメージ……すると腕に格納されていた四本の鉤爪クローが展開された。クローはブルー・マンデーの両腕を鷲掴みにし、完全に固定。さらにわたしが拳を固く握るようなイメージをすると、クローは出力を増加。機関銃を紙のように押し潰した。

 ――拘束を解く。堅く握った拳を、ゆっくりと開いていくイメージ。クローは腕の中へと戻る。

 機銃と腕とを奪われたブルー・マンデー。為す術もなく、ゆっくりと後退。アイセンサーがわたしを苦々しげに見た。

「終わりにしましょう。その顔は、あなたみたいなのが持っていていいものじゃない!」

 拳を固く握り締める。ペダルを踏みつけ、一歩前へと踏み出した。

 大きく振りかぶり、鉄腕をいま、亡き彼女のまがい物目掛けてぶつける。直後、巨腕が霧をまとう。赤錆色の霧。濃い霧をまとった拳が、ブルー・マンデーを粉砕した。

 衝撃。低い唸りがごとき地響きが採石場に鳴り響いた。そして轟音と共に、屑鉄ラビッシュと化したブルー・マンデーが瓦礫の崩れ落ちた。

 採石場には、押しつぶされた青い鉄くずだけが残された。わたしはそれを見て、これでいいのだと思った。

 アオイの美しさは、常に彼女とともにあった。彼女だけのものだった。誰かの都合で、男の都合でどうにかなるようなものではない。だから、これでいいのだ。

『各部隊、目標アルファを確保しつつ、ブラボーの包囲にあたれ』

 警察無線がまた騒がしくなってきた。

 巨人たちの騒ぎに乗じて、どっちも拘束しようという魂胆なのだろう。だが、もちろんわたしも捕まる気はない。探偵免許を剥奪されるのは勘弁だ。

 わたしは左腕の時計型端末で、ニナに通信。

「ニナ、あとはよろしく」

「はい。回収しますね!」

 それからわたしはコックピットから這い出た。そしてその瞬間、採石場はまた霧に包まれ始めた。

 赤錆色の霧。この空間だけは、誰にも観測することの出来ない、未知の領域だ。


 霧を通じてミストレスは、事務所の地下へと転送された。もちろん警察がそれを確認出来るはずもなく、結局巨人(フォグ)騒ぎは未解決のまま収束した。

 わたしもまた、採石場に遺された巨人の残骸を確認すると、霧のように現場を去った。そこに残る必要は、わたしにもなかったから。

 ラリュング市警は、採石場を血眼になって捜査していた。殺人課のリリーは言うまでもなく、エガートン採石場は久しく人でごった返すことになった。

 しかし、そこではもう何も見つからないだろう。すべては霧とともに消えてしまったのだから。


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