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にゃーにゃーにゃー

「さて、と。この近くに人里はあるか?」


 緩の巨大な手も空から去った後、首を回しながら勝八は尋ねた。

 ずっと見上げっぱなしだったために関節がポキポキと鳴る。


「私達の集落の他は、ペガスという国があるガ……」


 同じく首をコキコキと流しながら、ゾマが答える。

 その国名は、勝八にも何やら聞き覚えがあった。

 確か平和の国だったか。


「んじゃ、そこ行こう。ほれ」


 座り込む彼女に背中を向けた勝八は、膝を曲げてチョイチョイと彼女を手招きした。


「何ヲ……」


「何ヲって、足の治療しなきゃダメだろ。俺にゃ無理だし集落とやらに今帰るとめんどくさそうだしな」


 困惑するゾマに説明する勝八。

 例の集落に行き、生贄制度を無理やりやめさせた後で彼女を治療するという手もある。

 だが今行ってもこじれそうだし、神は平和を望んでいると大きな手で伝えられたばかりだ。


 こういう場合は一旦時間を置いて帰ったほうが良いと、緩にカミキリ虫をけしかけたあの日が言っている。


「我々デイダル・タクンはペガスの人間から嫌われていル」


 だが、勝八の背中にゾマは中々おぶさろうとしない。


「あぁ、破壊活動してるとか言ってたな」


 彼女の言葉を聞いて、そういえばと思い出した勝八はおんぶのポーズを解いた。

 破壊活動の規模がどんなものかは聞いていない。

 だが、自村の住人を生贄に捧げるような連中がする破壊活動なのだから、壁に落書き程度の悪戯では済んでいないのだろう。


「大丈夫だ。俺ナントカ族じゃないし」


 しかし、そんなものは異世界から来た勝八には関係ない。

 怪我をしている女の子を見れば、平和の国の人々ならきっと手当てしてくれるだろう。


 そう思い、彼はよっこらせとゾマを持ち上げた。


「ナゥア!?」


 発情期の猫のような悲鳴を上げる少女を、米俵の如く肩に担ぐ。


「お、降ろセ!」


「暴れんなって。自力で立てないだろ」


 担がれたゾマが悲鳴をあげ勝八に抗議する。


「だ、だからってこんナ格好……!」


 彼女は勝八のたすきになりそうな体を背筋力で懸命に起こし、勝八の背中を叩いた。


「だってお姫様だっことか……キザしすぎて恥ずかしいし」


 背中と膝裏に手をまわす案も考えた勝八だが、高校生男子がそんな気取ったことをすれば翌日学校で噂になってしまう。


「ウゥ、頭に血が上ル……」


 背筋が限界になったらしい。

 少女がぐたりと勝八の背中に胸をつける。


 ぼよよんと、確かに勝八の背中で何かがバウンドした。


「ふっふっふ、ならば我がおんぶの餌食になるが良い」


 もしかしたら緩は素晴らしい世界を創造したのかもしれない。

 考えながら、勝八はゾマを背負いなおして歩き出した。


 泥で汚れた体に蛇の腰巻。

 自分の姿が蛮族そのものだということを自覚しないまま。


 

 ◇◆◇◆◇



「こっち?」


「アッチ」


 ぽよぽよと、勝八はゾマの指示に従って歩いていた。

 時折勝八が調子に乗って走り出そうとすると、ゾマはその首をぐいと引いてそれを止める。


 神の使者だというのは例の巨女緩で証明したはずなのだが、どうにも扱いが雑だ。

 何故だろう。先程から顔の締りがなくなっているのがバレたのだろうか。


「そこで止まレ」

 

 考えと背中の感触に没頭しながら勝八が進んでいると、その内鬱蒼とした森を抜け、視界が開けた。

 足元は高さ十メートルほどの崖である。


「うおっと」


 そのまま転げ落ちそうになり、慌てて体を引く勝八。

 殺す気か。もしくは心中する気か。

 そう思って首を廻らしゾマを見るが、彼女は何故かため息をついてから、勝八の肩越しに指を伸ばした。


「あれがペガスダ」


 ブレーキかけたときに背中に当たった感触に免じて彼女を許すことにして、勝八はその先を見る。

 すると広がる樹海の押しのけるよう、森の中に円形の壁に覆われた大きな街が存在していた。

 その中央から少し後ろ辺りには高く尖塔が立っており、それが城だと察せられる。


「へぇ、でかいんだな」


 見たままの感想を漏らす勝八に、「ウム」と頷くゾマ。

 距離感が正確に掴めず詳細は分からないが、外壁をぐるりと回るだけで一日かかりそうな大きさである。

 

「じゃ、行くか」


 場所を確認した勝八は、腰を沈め膝にぐぐっと力を篭めた。


「チョット待テ!」


 彼の意図を察したゾマが、慌てた声を出す。


「何だよ」


「崖沿いに回り込めばペガスへ着ク。飛び降りる必要なイ」


 狼狽のためかいつも以上に口調をカタコトさせながら、ゾマは説明する。


「……でも行けそうじゃね?」


「ムリ、ダメ、キケン、イケナイ!」


 こう、飛び降りてから膝の屈伸力で勢いを殺せば、ゾマもノーダメージで行けそうな気がする。

 イメージトレーニングも兼ねてスクワットをする勝八の首をゾマはぎゅうぎゅうと絞める。


「えー、そうかなー……ん?」


 無駄に耐久力を増した勝八の首は大木の如く揺らがない。

 崖下との距離を改めて確認しようと視線を落とした勝八は、そこに馬車が止まっているのを発見した。

 少し先に街道も見えるが、そこからは外れて停馬しているようだった。


「ちょっと悪い」


 ゾマに断わって、彼女を背中に乗せたまま腹ばいになる勝八。

 背中につぶれ饅頭の感触がやってくるが、彼はそれを何とか無視して崖下の様子を観察した。


 すると、馬車の周囲には数人の男女がおり、女性達のほうが壁際に追い詰められているようだった。


「ドウシタ?」


「いや、なんか揉め事臭くて」


 彼の肩に顎を乗せるようにして、ゾマが同じように下を見る。

 ちょっと野性味に溢れた匂いだと思いながら、勝八は彼女に応えた。


 何か話しているようだが、ここからでは聞こえない。


「ヘッヘッヘ。イイ体シテルジャネーカ」


 どうにかして様子を探ろうとしていた勝八の耳元で、ゾマがいきなりそんな言葉を呟いた。


「え、あ、ありがとう?」


 何故彼女は急に欲情しだしたのだろうか。

 幅広な自分の背中とより密着したことで野生の本能が目覚めたのか。


 いやでもこんな場所ではダメだ。最初はきちんとデートした後いい雰囲気になってからと心に決めているのだ。

 しかしこの感触には抗いがたい。


「違う。私じゃなイ。下の男達が言っていル」


 もぞもぞとする勝八に、呆れた声でゾマが告げる。


「え? あぁ、よく聞こえるな」


 ようやく理解して、勝八はゾマを褒めた。


「デイダル・タクンの巫女は目も耳も良いのダ」


 すると、ゾマは彼の上でフフンと反る。


 この娘、意外とお調子者かもしれない。

 考えながら、勝八は改めて男達の声に耳を澄ます。

 が、内容まではやはり聞き取れない。


「おっかしいなぁ」


 筋力を強化しても耳が良くなるわけではない。

 その理屈は分かる。

 だが自分は、洞窟の奥にいたゾマの声を聞き取って彼女を助けたはずだ。

 あれは何だったのだろう。


「まぁいいや。んで、あいつら何なの?」


 とりあえずそれは後で考えよう。

 疑問を脇に置いて……正確には頭から完全消去して、勝八は問いかけた。


「俺達のアジトでタップリ愉しもうじゃねーカ……どうやら山賊のようだナ」


「ほほう。んじゃぶっ飛ばすか」


 相変わらずドキドキするようなセリフを口にするゾマ。

 彼女の下からズルズルと這い出して、勝八は即決した。


「神は平和を望んでいるのではないのカ?」


「放っておいたらもっと平和じゃなくなるだろうが。ま、説得はしてみるけど」


 隣で寝転がるゾマがじっと見つめてくるが、それに言い返して立ち上がる。

 説得はしてみるが、こういう場合聞いてはくれないだろうな。

 思いながら、勝八は改めて屈伸をした。


「すぐ戻ってくるから。一緒に飛び降りても良いけど」


「ごめんこうむル」


 ごろりと仰向けになったゾマの乳もとい姿を見てニヤリと笑った勝八は、崖から勢い良く飛び降りたのであった。



◇◆◇◆◇



「だ、誰か来てー!」


「げへへ。誰も来やしねーよ」


 一方地上では、そんな定番のやり取りが繰り広げられていた。

 身なりを整えた妙齢の女性5人程を、薄汚れた衣服を着た男達が十人で囲んでいる。

 男達の腰には短剣。彼らは下卑た笑みを浮かべ、包囲の輪を狭めていた。


 その時である。


「お頭! 空から男が!」


「あ?」


 手下の一人に言われ空を見上げる山賊の頭。

 彼を、上空から勢い良く落ちてきた何かが踏み潰した。


 どしゃ。っという音とともに、落ちてきた何かこと勝八が山賊の頭を下敷きに地面へ降り立つ。


「あ、やば」


 勝八としてはけして、先制攻撃を仕掛けるつもりはなかった。

 途中で落下先に気づき手で羽ばたいたが、彼の筋力量を以ってしても空中浮遊は為し得なかったのだ。

 それでもある程度減速した感触があったのは頼もしいが、勝八に潰された男は起き上がる気配を見せない。


 周囲の人間は、突然の闖入者に皆唖然としている。


「えーと……ぴーす」


 場を和ますため、勝八はとりあえず指で平和を訴えてみた。

 しかも両手を使ってだ。


「お、お頭ー!」


「ふざけんなー!」

 

「どっから降ってきたこの蛮族!」


 だが、自分達のお頭を踏み潰されて冷静でいられる山賊がいるはずもない。

 彼らは一斉に腰の剣を抜き臨戦態勢に入る。


「いや俺蛮族とかじゃないし!」


「ふざけんなー!」


「お前みたいな格好の奴が蛮族以外の何だってつうんだ!」


 否定するも聞き入れてはもらえない。

 やはり山賊相手に説得は無理だったかと、勝八は彼らの群れに自ら突っ込んだ。


「うおっ!?」


 いくら蛮族でも武器を持った相手に自分から突っ込んでくるとは思わなかったのか。

 山賊たちは狼狽した声を上げる。


 その間に勝八は、かなり手加減した拳を手前の男に叩き込む。

 すると男の体がぶわっと浮き上がり、そのまま周囲の男二人を巻き込んで後方へ吹っ飛んでいく。


 それを信じられない瞳で見送る山賊の一人に狙いを定めた勝八は更に一撃。

 低い体勢から空中へ打ち上げられた男は、そのまま3メートルはある樹の頂上へ引っかかった。


「こ、この!」


 我に返るのが早かった見所ある山賊が、勝八へ剣を振り下ろす。

 だが、剣はずむっと鈍い音を立てて勝八の皮膚で止まると、そのまま折れてしまう。

 柄を握ったまま硬直する男の頭をぽかりという気持ちで勝八が殴ると、相手は地面に叩きつけられバウンド。

 

 もっと見所のある山賊数人が逃亡しようとするが、その内二人の襟首を掴んだ勝八は彼らの頭をごっつんこと打ち合わせた。

 更に気絶した彼らの体を投げ、先を逃げていた別々の二人の体へぶつけて転倒気絶させる。


 残った一人はへたり込み、勝八の腰についた聖邪龍ウロボロスレイヴに睨まれるとそのまま倒れた。

 びゅうっと、勝八が暴れまわったことで発生した嵐が、少し遅れて止む。


「大丈夫ですか。お姉さんがた」


 歯を光らせ、勝八は背後を振り向いた。

 その表情は正に紳士のそれである。


「ひゃー!」


「食べられるー!」


 が、助けたはずの女性達は悲鳴を上げ、ある者は逃げるため崖を登ろうとまでしだす。


「えっと、ちょいと?」


 蛮族は嫌われていると聞いていたがここまでか。

 ていうか自分は蛮族ではない。


 飛び出た犬歯を仕舞いながら内心抗議する勝八だが、こうも怯えられるとどう説明して良いかわからない。

 彼が途方にくれかけた、そんな時。


「ふぅ、どこの誰か知らないが助かったよ」


 集団の中から、勝八の胸まで届かない背丈のチビ助が一歩前に出、勝八を労った。


「はぁ、いやどういたしまして」


 なんだろうこの幼女は。なんと頭にはネコ耳が乗っている。

 緩より更に平坦な胸を大胆に反らし、やたら偉そうである。


「アタシはマリエトルネ。こいつらの元締めさ」


 不思議に思う勝八に対し、チビはふふんと鼻を鳴らして自己紹介をした。


「え、何こういう冗談言う子ってこと?」


 どう見ても何かを締めているという雰囲気ではない。

 幼馴染みが神様ってぐらい信じ難い。


 勝八が扱いに困って背後のお姉さんを見ると、落ち着きを取り戻したらしい彼女は苦笑して首を横に振った。

 相手にするなということだろうか。


「何が冗談なものかい」


「分かった分かった。怖くてつい変な事言っちゃったんだな」


 適当に受け流すことにして、勝八は幼女に近づくとその頭を撫でてやる。

 頭に生えた耳は驚いたことに本物のようで、彼が触るとピクピクと動いた。


「それ以上撫でるならお代貰うよ」


 その楽しい感触に勝八が夢中になっていると、ネコミミが憮然と彼を睨んだ。


「お代て」


 確かに金の取れそうな触り心地だが、なんとも世知辛いことを言う。

 この子なんでこんなに擦れてんの?

 勝八がそんな視線を背後に向けると、今度は複数のお姉さんがたが一斉に首を振った。

 そもそも彼女らは、何故女ばかりで馬車に乗っているのだろう。


「コイツらは移動娼館ローズフェリアの娼婦」


 そんな勝八の疑問を読んだかのように、手の下にいる幼女が答える。

 

「あら。娼婦」


 勝八が目を見開くと、お姉さん達は髪を掻き上げたり投げキッスしたりでそれに応えた。

 先程まで脅えていたのに随分ノリが良い。


「そして、アタシが元締めのマリエトルネさ。よろしく蛮族」


 ぽかんとする勝八に、猫耳ことマリエトルネがもう一度自己紹介を繰り返す。


「え、これも娼婦!?」


 信じられず、勝八は彼女の頭をわしわしと撫でた。


「だから撫でるにゃ!」


 それっぽい語尾で叫んだ猫耳は、勝八の手にがぶりと噛み付いたのであった。

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