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破壊神は「にゃっ」と鳴いた

「数百年前、海をかき混ぜる神の指を見た者が数人いタ。それが我等の先祖ダ」


 少女――ゾマがたどたどしい口調で説明する。

 長台詞を言わせると声優初挑戦の看板を掲げたくなるような抑揚の危うさだ。

 そんな事を思いながら、勝八は彼女の言葉に頷いた。


「ほほう」


「彼らはそれを一目見た時から神と直感シ、崇める為の集まりを作っタ。それが破壊神ノンを信仰する部族、デイダル・タクンダ」


「タクンダ?」


「タクンダ」


 勝八が語尾に反応すると、ゾマはそれに首肯する。

 実際の部族名は「デイダル・タクン」なのだが、勝八はタクンダまでが名前だと認識してしまっている。

 しかしそんな固有名詞など10秒で勝八の脳からは消滅するので特に問題は無い。

 

「だが、信仰はじきに過熱。様々なものを壊す神の働きを見て、部族の人間は自分達も破壊活動や生贄を捧げるなど凶行に及び始めタ」


 それよりも比較にもならない大問題が、ゾマの口から語られていく。

 まさか、指を入れただけでそんな大事になるとは緩も思ってはおるまい。


「いや、だからあいつは好きで壊してるんじゃないんだよ。生贄も必要ない。あいつの好物は牛乳と豆大福だ」


 その誤解を解くべく、勝八はゾマへと再度説明した。

 牛乳のほうは成長戦略の一環である為純粋に好物とは言い難い。

 だが緩に褐色少女を好んで食すような趣向が無いのは明白である。


「あの破壊ハ、必要なことだったのカ?」


 勝八の言葉に、ゾマは金色の目を開いて彼の顔を見る。

 余程の衝撃だったのか。先程は訂正されたあいつ呼びも今はスルーである。

 この様子だと緩は、遊びで世界を崩壊させていたと思われていたのだろうか。


「世界の歪みを直すためらしいけど、ちょっと加減が難しいんだ」


 頷いて、勝八は緩の破壊行為についてフォローした。

 勝八がそうだったように世界の歪みと言われてもさっぱりだろうが、他に説明しようがない。


「だから、調節の為アナタが来タ?」


 しかしそんな勝八の予想とは反して、ゾマはきちんと成り行きを把握しているようだった。

 格好は野生的だが、頭は勝八より理知的である。


「勝八だ」


「カッパチ……」


 それは自己紹介した勝八の名前を、カッパチダと勘違いしないところからも見て取れる。


「そんな訳だから、これからはテロだの生贄だのしないように」


 ともかくそんなインテリ系蛮族であるゾマに負けないよう、神の使者らしく勝八は通達した。


「ウム。我々が勝手に破壊活動を行うのは間違っていル。私もそう訴えたのダ……」


 だが彼は、そもそもゾマが生贄にされていたことをすっかり忘れている。


「って、もしかしてそれが原因で生贄になったのか?」


 ゾマの答えで思い出した勝八は、もしやと思い彼女に問いかけた。

 するとゾマは目を伏せて首肯する。

  

 ……神様が見えるという巫女様の話を聞かず、こんな立派な体を生贄にまでしてしまうとは。

 宗教の暴走というのは恐ろしいと聞くが、もはや本末転倒の域に達している。

 そんな信仰滅んでしまえ。

 心で唱えた勝八だが、さすがにゾマの前では口に出来ない。


「俺が緩……神様の言葉を伝えようか?」


「素直に聞き届けてもらえるとは思えなイ……」


「だよなぁ」


 こうなれば、ぶん殴ってやめさせるしかない。

 ほぼ暴力的な解決で考えを固めた勝八だが、しかしその前にと思い出した。


「で、この辺に股間隠すのにちょうど良い葉っぱとかない?」


 尋ねた勝八に、ゾマが呆れたような瞳を向ける。


 薄布一枚な格好のくせに丸出し耐性がまるでない誰かさんの為に隠してやろうとしているのに。

 そんな念を篭めて勝八が視線を返すと、彼女はぷいと顔を背けた。


 勝った。もしくはこの女俺に惚れている。

 などと勝八がニヤニヤしていると、ゾマは彼の股間付近を指差し言った。


「それを巻いたら良イ」


 巻けるほどは長くねーよと反論しようとした勝八。

 だが、後から彼女が指しているのは彼の股間を隠している蛇皮だと気づいた。


「これ、脱皮した皮だぜ?」


「それでも鹿や猪の毛皮よりずっと丈夫ダ。更に薄手で暖かイ」


 こんな物で俺の大事なところを隠せるかと眉間に皺を寄せる勝八。

 だが、ゾマの言うとおり蛇皮は勝八の全力人魚ごっこにも耐える丈夫さを持っており、被せている太もも辺りはじんわり温かい。


「かぶれたりしない?」


「シナイ」


 良いから早くしろと目線で語るゾマに押し切られ、勝八は渋々蛇皮を下着代わりにすることにした。

 とはいえこの長さである。巻くといっても工夫しなければならない。

 

 少々考えた末、勝八は蛇皮の尻尾部分をゾマに渡した。


「立たなくていいから。ちょっと端っこ持ってて」


 頭に疑問符を浮かべる彼女にそう言い、蛇皮を跨ぐ。


「えーと、股の間通してっと……」

 

 勝八が選択したのは、相撲のまわし――前面に派手な装飾のつく化粧回しをつける方法であった。


 長く思えるかもしれないが、相撲の化粧回しは長さは6メートル以上。

 つまり蛇の皮はちょうど良い長さだ。


 まわしというのはもろ出しで負けないよう、通常は2、3人がかりで締めるはずのものである。

 だが、今の勝八は筋力が並外れたことになっているのもあって、思った以上にきっちりと締まっていく。

 蛇皮だが付け心地も悪くない。


「どうよ、これ」


 最後に念のため、ゾマを縛っていた紐で腰の辺りを補強する。

 彼女に尻尾を離して良いとジェスチャーすると、勝八は夢見がちな少女が如く、くるりと回って見せた。


 後ろは若干尺が余り、勝八に尻尾が生えたようになっている。

 前面は聖邪龍ウロボロスレイヴの幅広な頭が前掛けとなり、敵を睨みつける形となった。


「……歴戦の戦士のようダ」


 金色の瞳をめいっぱい開いたゾマが、そんな感想を漏らす。

 おそらく彼女の中で最大の賛辞であろう。


 相撲部に助っ人した時に、部員の森山に教わった甲斐があった。

 

「お前……ゾマも今度やってみればいい」


「ナルホド。そうしてみよウ」


 勝八が名前を確認するついでにそそのかすと、彼女は真面目な顔で頷く。

 蛮族ファッション界にニューウェーブが巻き起こりそうだが、それはそれである。


 さて次はと考えて、もう一つ大事なことを勝八は思い出した。


「そうだ。ゾマの足も直さなきゃな」


 すっかり後回しになっていたが、これからどう動くにしても彼女の足をこのままにはしておけない。


「神の力で直せるのカ?」


 だが、言い方が悪かったようで、ゾマは何やら瞳を輝かせて勝八を見る。

 その表情は、何となく設定を語っている時の緩と似通っていた。


「いや、無理」


 できる。と言ってやりたくなるが、勝八が授かった……というより要求したのはこの筋肉だけである。

 さぱっと彼が答えると、ゾマはうぬぅと唸った。


 あれだけの醜態をさらしたにも関わらず、彼女の中で勝八はいまだ万能な神の僕として期待されていたらしい。

 やはり回復魔法ぐらいは覚えるべきだったかもしれない。

 勝八の脳裏にそんな後悔が浮かんだ。


 そんな時である。


『ちゃん……勝ちゃん』


 何処からか。勝八を呼ぶ声が聞こえた。

 聞きなれた緩の声である。


 同時に、勝八の体へ昼食後の授業が如くふわふわとした感触がまとわりついてきた。

 約束の一時間には少し足りないが、もしかして例の帰還時間だろうか。


「ドウシタ?」


 自らの手をじっと見る勝八の顔を、ゾマが覗き込む。


「あー、ちょっと神様のとこ行ってくる」


「ナンダト!? 神に会えるのカ!? 私も行けるカ!?」


 彼の答えに、ゾマは足を引きずりながら勝八に詰め寄った。


「それも無理。ってだから無理すんなよ!」


 今にも倒れそうな彼女の体を支えながら、勝八は慌てて答えた。


 ふにふにした感触に我を忘れそうになるが、受け止めたゾマが「ソウカ」と残念そうに呟くのを見て尋ねる。


「何か、聞きたい事あるか?」


 彼の問いかけに、ゾマはハッと顔を上げた後、しばらく沈黙した。


「神は、本当に平和を望んでいるのカ?」


 それから、何か禁忌に触れるかのような態度でそんな質問を口にする。


 そんなの当たり前じゃないか。

 反射的に答えかけて、勝八は自らの言葉を飲み込む。


 この世界を何とかしたいと緩が望んだからこそ、勝八がやってきたのだ。

 だが、ゾマは長らく破壊神の巫女として生きてきたのである。

 生贄に反対していた彼女だが、どうしても信じきれない気持ちがあるのだろう。 


 もちろん勝八の頭で瞬時にそこまで理解できたはずはない。


「分かった。聞いてくる」


 それでも、彼女の体をそっと引き剥がしながら彼はそう答えた。

 ゾマの潤んだ瞳が、勝八をジェントルメンにしたのだ。


 そして答えた瞬間、バチンという音とともに勝八の目の前が真っ暗になった。

 ぐるり。暗闇の中で自らの眼球が360度回転する感触がし――。



◇◆◇◆◇



 ゆっくりと目を開いた勝八は、自らを覗き込む少女の顔を見つけて微笑んだ。


「よぉ、破壊神」


「にゃっ!?」


 『破壊神は「にゃっ」と鳴いた』

 何かのタイトルに使えないだろうかと思いながら、勝八は体を起こす。


 すると、件の猫もどきが慌てて顔を引く。

 どう見ても破壊神の風格は感じられない。


「は、破壊神って何!? あっちで何があったの?」


 一度引いた緩が、慌てて勝八に詰め寄る。


「お前の尻尾が蛇になってたんで、ぶん回して最終的に俺のパンツにしてやった」


 どこから話すべきかと悩んで、とりあえず勝八は一番衝撃的だった出来事を彼女に告げた。


「……あの、勝ちゃん。普通に寝てたわけじゃないよね?」


 もちろん緩には伝わらず、彼女には寝ぼけていると勘違いされる始末である。


「違うっての。……あっちでの時間は本当に止まってるんだよな?」


「うん。そういう認識で大丈夫だよ」


 洞窟の中に置きっぱなしのゾマは気になる。

 が、様々なことが起こりすぎて簡単に説明できる気はしない。

 確認が取れた勝八は仕方なく、腰を据えて異世界での出来事を語ることにした。

 そして――。


「勝ちゃんが女の子の胸ばっかり気にしてたのは分かった」


 話を終えたとき、緩が発した第一声がこれであった。

 ぷくぅと膨らむ頬を見ると、つついて空気を抜き出したくなる。


「いや、他に注目すべき場所があるだろ!?」


 だが、そんな場合ではない。

 それを緩に思い出させるため。

 更にゾマの胸描写に力を入れ過ぎたことを誤魔化すために勝八は声を張った。


「むぅ……確かに、変な宗教が出来てたのはショックだったかな」


 そんな意図は緩もお見通しである。

 彼女はなお不満顔ではあったが、結局話題転換に乗った。


「あの連中自体、お前が設定を作ったわけじゃないんだよな?」


 これ幸いに。という訳ではないが、改めて勝八は緩に問いかける。


「うん。私が作ってるのは世界の大まかな設定だけだから」


 すると緩は、改めて神妙な顔をし頷いた。

 確かにあの世界の人口が何千人何億人かは分からないが、ひとりひとりの設定など作っていられないだろう。

 だからと言って例の魔物のように、明らかに不自然な「世界の歪み」という訳でもなさそうである。


「俺ってあいつらを何とかして良いのか?」


 となると、気になるのは自分の立ち回りだ。

 勝八としてはぶん殴ってでも止めたい。むしろぶん殴ってやりたい彼らである。

 だが、神様パワーを貰った代理人が好き勝手暴れて良いのかという懸念もある。


「基本的には、勝ちゃんが思うとおりに動いてくれれば良いよ」


 そんな彼の顔を見上げ、緩はそう答える。


 ――神は言った。汝の思うままにせよ。

 この上ないお墨付きをもらい、やったろうと決意する勝八。


「私は勝ちゃんのこと、信じてるから」


 だが、緩はそんな言葉を続けて微笑む。


「うぉ……そうか」


 両親にも言われたことのなかったセリフを言われ、勝八は呻き声を上げ狼狽した。

 自分が彼女の信頼に応えたことなど今まであっただろうか。

 緩の心配に対して大丈夫と答えた末、結局宿題が間に合わず写させてもらった等の信頼を損ねるエピソードしか、勝八には思い出せない。


 ともかく今度こそ話し合いから始めようと決めて、勝八は別の疑問について緩に尋ねた。


「そういや、俺って今から捻挫を治す魔法とか覚えられねぇの?」


 と、いうのはゾマの足に関してである。

 特に捻挫に限定する必要はないが、これからどこへ向かうにしても彼女をあのままにはしておけない。


「無理だよ。一度作ったアバターに何か追加しようとすると……最悪壊しちゃうかもしれないし」


 だが、緩は合わせた指をくにくにと動かしながら恐ろしいな回答をする。

 壊れるとはどういう状態だろう。

 考える勝八の脳裏には、緩の巨大な指でぷちっと潰される自分の姿が浮かんでいた。


「えーと、じゃぁ異世界の中に湿布持ち込むとかは?」


「物質を直に入れるのも、私には無理かな……どれだけ小さくてもそこから重力崩壊しちゃうかも」


 頭を振った勝八は代案を出してみるも、そちらは世界滅亡級の行為らしい。


「いっそ、二年前から再スタートして最初の国も救っちまうとか」


「そうするとパラドクスが起きて……えーと、宇宙が爆発しちゃうかも」


「うん、ダメだな」


 ついに規模が宇宙まで広がり、勝八は緩からの直接支援を諦めた。


「ごめんね。私が不器用だから」


 彼の様子を見、緩がかくりと肩を落とす。


 世界作りに器用も不器用もあるものなのかと反射的につっこみかける勝八。

 だが、小さい体を更に縮ませた緩を放ってはおけず、とりあえず励ますことにした。


「落ち込むなって。さっきの台詞、もう一回言ってやろうか?」


 そんな緩を助けるために、自分がいるのだ。

 出立前に言った台詞を思い出させるため、冗談めかしてそんな言葉を口にする勝八。


「言って、ほしいかも……」


 すると、緩は潤んだ瞳で彼を見上げる。

 こんな言葉でも必要なぐらい、緩は追い詰められているのか。


 それぐらいならいくらでも言ってやろう。

 いやしかし、改めて言うとなると恥ずかしい。

 期待に輝いた緩の瞳もそんな気持ちを助長させる。


「ええと、じゃぁだな」


 少しの逡巡の後、意を決した勝八がその言葉を発しようとしたその時である。

 トントン。と軽いノックの音が聞こえた。


「ふぃぇ!? あ、はーい!」


 びくりと体全体を震わせ、緩が振り向く。

 その驚きように勝八がビビっている間に、彼女はドアを開け何やら会話し出した。


「あ、ご飯? えーと、勝ちゃん食べる? うん、食べるって。べ、別に変な事なんてしてないって!」


 彼女の祖母が、勝八も夕飯を一緒に摂るか聞きに来たのだ。

 ついでに何やら勘繰られたようだが、緩はそれを慌てた声で否定した。


 変な事はしているが、別に婆ちゃんが期待しているようなものではない。

 口を挟もうとした勝八だが、余計にこじれそうなので頷くだけにして緩に任せることにした。


「もう……お婆ちゃんってば」


 鳥類のように口を尖らせた緩が、スカートを払い座り直す。

 さすがに台詞がどうとかの雰囲気ではなくなったことは、勝八にも察することが出来た。


「えーと、あとちょっとでご飯だって」


 その証拠に、緩が残念そうな口調で勝八に告げた。


「んじゃ、その前にもう一回あっち行っていいか?」


 飯を食うにしても、怪我人を放ったままというのは心情的に良くない。

 あちらの時間が止まっていると分かっていてもだ。


「うん……分かった」


 そんな勝八の気持ちを察してくれたのか。

 緩が頷く。


 間にあった沈黙が少し気になったが、追求はせず勝八は一つ頼み事をすることにした。


「そうだ、お前にやってほしい事があるんだけど」


「え、何かな?」


 顔を寄せると、緩が元々丸い目を更に開く。

 それに構わず、彼は囁いた。



 ◇◆◇◆◇



 再び異世界へと旅立った勝八を迎えたのは、緩とは似ても似つかぬ炸裂乳……もといゾマであった。


「ただいま」


 彼女の体から目を剥がした勝八は、紳士的に挨拶をする。


「白目剥いてタ。大丈夫カ?」


 だが、そんな彼をいぶかしむよう眉間に皺を寄せ、ゾマが問いかけてきた。

 ついでに顔を寄せられ両腕に挟まれた胸も寄せられる。


「……どのぐらいだ?」


「1、2、3、4、5。このぐらイ」


 それに惑わされないよう、わざとしかめ面を作りながら問い返す勝八。

 すると、ゾマは指で形を作って律儀にカウントアップした。


「普通に5秒でいいだろ」


 もしかしたら勝八が時間の概念を理解していないのでは危惧し、こういった真似をしたのかもしれない。

 だとすれば相当な気づかい屋さんだ。

 もしくは勝八の知能レベルが相当低く見積もられているのか。 


「それで、どうだっタ?」


 とにかく異世界に行って帰ってくるまで、勝八の体には無防備な時間が出来るらしい。

 5秒。いや、戻って胸を見ていた時間を含めると4秒ほどか。

 覚えておこうと肝に銘じて、勝八はゾマに告げた。


「神様からの答え、持ってきたぞ」


「本当カ。 神はナント!?」


 迫りくる彼女の肉に内心慌てながら、勝八は洞窟の天井を指差す。

 そこには先程聖邪龍ウロボロスレイヴが空けた穴が、変わらずあった。


 目線をそちらにやるゾマ。


「……何もないゾ」


 が、変わったところは何も発見できないようで、彼女はポツリと漏らす。


「もうちょっと待つゾマ」


 同じく勝八も天井……正確にはその先を見上げながら彼女を抑えた。


「首が痛くなってきたゾ」


「我慢するゾマ」


 が、3分待っても何も起こらない。

 勝八もいい加減開けっ放しの口が渇いてきたところで、変化が起きた。


 異世界はまだ昼頃である。

 だというのに、その空が急に陰りだしたのだ。


「あれハ……」


 だが、急な雨雲がやってきたわけでも願いを叶える玉が七つ集まったわけでもない。

 その原因は、突如現れた世界を覆うほどに巨大な手だった。


「おぉ……マジで見えるんだ」


 この世界にとっての異物だからか。

 勝八にもその神の手を見ることが出来た。


 手は段々と世界に近づいてき、そのまま地上を押し潰しそうになる。


「って、ちょっと待て緩ストップ!」


 思わず止まって欲しいのだか欲しくないのだか分からない悲鳴を上げる勝八。

 彼の声が届いたはずはないが、降下する手が途中でぴたりと止まる。


 そうして、ごっごっごっごっごという音を立てながら手は段々と遠ざかり、同時に指が曲がっていった。


「あの、形ハ……」


 作られたのは、人差し指と中指を伸ばし他を折りたたんだ形。


「ピースサイン。神様の世界で平和を象徴する形だ」


 微妙に指が伸びきっていない、不器用なピースサインを眺めながら、勝八は微笑んだ。


 ぶきっちょな神は、それでもこの世界に平和を望んでいる。


 ――そして、自分もそれを手伝いたい。


「そうカ。そうだったのか……」


 金色の瞳から涙を流すゾマを横目に、初めてはっきりと、勝八はそう願ったのであった。

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