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奈落の先の先

「本当に覚えてないのか?」


「ないわよ……」


 突然緩めいた口調で呟いたドロシア。

 彼女に問いただす勝八だが、やはり本人に自覚は無いようだった。


「あれは本当に、神の声だったのカ?」


 隣に座るゾマが、勝八の顔を覗き込む。


 勝八だけが聞いたのなら、後ろめたい気持ちが生んだ幻聴かと思うことも出来た。

 しかし、彼女も聞いているのだからそうもいかない。


「あぁ、あれは緩だ」


「言い切るナ」


「長い付き合いだからな」


 長年幼なじみをやっているおかげで、声は違っても緩の口調だと察することは出来る。

 しかし、それがドロシアの口から飛び出る理由はさっぱり分からず、勝八は首を傾げた。


「他の宗派の巫女は、その身に神を降ろすと聞いたことがあル」


 何故だか一段トーンを落としたゾマが、眼鏡でもかけていそうな知的雰囲気で呟く。


「あぁ、イタコみたいなもんだな」


 他の宗派というと、勝八達が今でっち上げているような精霊信仰か。

 それともまるで見当違いの神を拝んでいるのか。

 ともかく自身の知っている存在に置き換える勝八に、異世界には恐山は存在しないらしくゾマは「タコ?


」と首を傾げる。


「おーい、緩いるのかー?」


 もし本当にイタコならば、まだドロシアと緩が繋がっている可能性もある。

 ドボンと泉の中へと戻った勝八は、ドロシアを通じて呼びかけた。


「マ、ママがいるの?」


 困惑しながらも事態を把握したらしいドロシアが、天井もしくは自身の頭を見ようとする。


「じっとしてろよ」


 そのこめかみをガッチリホールドした勝八は、彼女の額へと顔を近づけた。


「あ、ちょっと……!」


「ぼーび、ぼーん」


 そのまま口づけ――もとい口を半透明の体にめり込ませた彼は、糸電話のイメージでもう一度呼びかける


 振動でドロシアの体がブルブルっと揺れた。


「何すんのよこの痴漢!」


 すぐさま彼女の体から水流が迸り、勝八の体を吹き飛ばす。


「いや、通信状況が悪いんじゃと思ってだな」


 頭に入った気泡を絞り出すドロシア。

 弁明する勝八だが、ともかく悩んでいてもしょうがない。


「ま、あっちに戻れば分かるだろ。後回しだな」


 難しい事はいつも通り棚上げすることにして、彼は目の前の問題に取り組むことにした。

 水恐怖症は克服したのだから、まずはゼンからの依頼を果たさなければ。


「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」 


 軽く告げると、彼は水の中へと潜った。


「あ、行ってらっシャ」


 ゾマが心配する暇もない。

 頭を下へ向けると、腕で水をかき分けひと蹴り。

 それだけで体がぎゅんと加速し、地上では盛大な水柱があがった。


「ひゃぁー!」


 それに舞上げられたドロシアが悲鳴を上げる。

 泉の縁に落ちた彼女を、ゾマがしっかと受け止めた。


「……大丈夫なのアイツ?」


「信じて待とウ」


 腕の中にすっぽり収まったドロシアが尋ねると、ゾマは腕に力を込め呟いたのであった。



 ◇◆◇◆◇



 まるで魚雷になったかのよう。

 勝八の体は、すさまじい勢いを以て泉の底へと潜行していく。


 恐怖は大して沸いてこない。

 体についた酸素の泡が剥がれ落ちる度鳥肌が立つが、まぁ……その程度だ。

 

 水の感触故か。大地を走る時と比べ現実感の喪失が強い。

 現実感云々で緩に説教できないな。

 などと考えている内に、勝八の体は泉の底へとたどり着いていた。


 体をくるりと反転。

 反射的に水底を蹴り地上に戻りそうになるのを抑え、周囲を見回す。

 しかし目につくものは何もない。

 地上で祭壇を支えている円柱に沿い、ぐるりと泳いでいく勝八。

 すると彼は、ついにそれらしき物を見つけた。


 高さ4メートルほどの、巨大な板である。

 ただし幅は1メートルほど。

 勝八が想像していたよりも大分細長く、魔法のオーラで水を浄化しているわけでもポコポコ空気を吐き出


している様子もない。

 

 これを石碑と称して良いものか。

 首を捻りながら近づく勝八。

 すると彼は、板の表面、目の高さ辺りに、小さく文字が刻まれているのを発見した。


『の

 お

 は

 か』


 内容は四文字。それだけである。

 

 なんだこりゃ。更に首を捻って水中一回転を決める勝八。

 しかし、彼には何となくこの形状、様式から連想する物があった。


 ――それは幼い日に作った、ザリガニの墓である。

 土の下に遺体を埋め、アイスの棒を突き刺したシンプル極まりない代物。

 石造りの遺跡の中だが、石碑は何故かそれを連想させた。

  

 これは、何か『の、お墓』なのではないか。

 そんな考えをもって勝八が観察すると、件の四文字の上に、何か削られたような痕がある。

 水の中で目を凝らすが、そこに何が描かれていたかは判然としない。

 ともかく勝八の予想通り、この石は何かの墓標でほぼ間違いないようである。


 超古代遺跡であるからして、超古代人の墓だろうか。

 となるとこれは墓荒らしになるのではないか。

 そんな考えが勝八の頭を掠める。


 ゼンが部外者の勝八に依頼をしたのも、バチが当たるのを恐れてかもしれない。

 いや、だがしかし、これを何とかせねば事態は先に進まぬわけで。

 地球の遺跡調査とて、偉い人の墓を暴いてなおかつミイラの展示をしたりもしてるわけで。


『なんまんだぶ、なんまんだぶ』


 心の中で念仏を唱え、勝八は石碑に抱きついた。

 祈るべき神は地球で彼の帰りを待っているのだが、あくまで気分の問題である。


 足に力を込めると、彼は墓標を真上に持ち上げようとする。

 根本で折っても良いのだが、そこも気分の問題である。


 勝八の腕に血管が浮き上がり、足が地面にめり込む。


「んんぐぅぅ!」


 剥き出しにした歯の間から呻きと空気が漏れ出す。

 同時にピキピキと、石碑の根本から周囲と剥離する音が聞こえてくる。


 土に刺さったアイスの棒。彼が最初に抱いたイメージ通り、墓標は上へと引き抜かれていく。


「ほんなくそっ!」


 ある意味伝説の勇者と彼にしか引き抜けぬ剣にも見える光景。

 抱擁から姿勢を変え、石碑の下部両端を手で持った勝八は一気にそれを押し上げた。


 すると――。

 ずじゅぽんと音が鳴り、ついに石碑は地面から大根のごとく引き抜かれる。


『やった!』


 4、5メートルはあろうかという石碑を頭上に掲げ、脳内でアイテム取得のSEをかける勝八。

 しかしその直後、彼の足元で水流が巻き起こった。


 アイスの棒だか伝説の剣だか大根だか。

 それが引き抜かれた穴に水が吸い込まれ、勝八をも巻き込もうとする。

 

 泉全体に渦が巻き起こり、掲げた板を翻弄する。

 

 ――このままではまずそうだ。

 判断した勝八は、水底を蹴り巨大な石版ごと飛び立とうとした。 だが、その時。


 力を入れた両足から、返ってくるべき感触がない。

 慌てて足下を見ると、そこからもひび割れが広がりボコリと穴が空いた。

 足を別の場所に移そうとする勝八だが、底面はバナナの皮如くめくれ崩壊していき、まさに底の抜けたバ


ケツのような有様で勝八の体を『下』へと押し流していく。


「ふのっ、ふのっ!」


 立ち泳ぎで抵抗しようとする勝八だが、自身の二倍以上ある石版を掲げた姿勢では分が悪い。

 結局彼の体は、地下遺跡の水底の更に奈落へと堕ちて行ったのであった。



 ◇◆◇◆◇



「ぶべべべっ!」


 大量の水と共に、勝八の体は地面へと叩きつけられた。

 衝撃で水がコンクリートのように固くなり、四方から勝八の体を裂こうとする。

 同時に体がぐるりと回転。上下感覚を喪失しかけた勝八だが、その途中で手に持っている石碑がガキリと


何かに引っかかる。

 その頼りない手応えを頼りに石碑へとしがみつき、後から落ちてくる水深40メートル分の水と床の残骸


を受け止め続けること数秒。


「ぶはぁ!」


 ようやく呼吸できるようになり、勝八は荒く息を吐いた。


 辺りを見回すが、周囲はほとんど暗闇で閉ざされている。

 かろうじて見える床は、先ほどまでいた祭壇と同じ材質で出来ているようだった。

 共に落ちてきた水も大部分はいずこかへ流れ去っている。


「こりゃ……どうしたもんかな」


 呟きながら、続いて大事に握りしめていた棒もとい石碑を確かめるが、大きな破損はないようだ。

 これも特別な素材で出来ているのかもしれない。


「つってもなぁ」


 石碑が無事なのはありがたいが、問題はどうやって上へ戻るかである。

 勝八が見上げると、そこには遙か遠く、三日月の如き光。

 手を横にやると丸みを帯びた柱の感触。


 上のフロアで祭壇のような役目を果たしていた円柱は、こんな所まで長く続いているようだった。

 円柱に半分遮られた光の大きさから察するに、水底から更に10メートルは落下したらしい。

 改めて自身の頑丈さに感謝する勝八。


「戻れはする、か……」


 円柱が上へ続いているということは、これを登っていけば地上に戻れる理屈だ。

 カリン塔よりよほどイージーミッションである。

 しかし、石碑を小脇に抱えてとなると若干難しい。

 股に挟む、あるいは歯で咥える。

 色々シュミレートしてみたがしっくり来ない。


 勝八がしばし、阿呆な想像に身を任せていると――。


「カッパチーー!」


 天井から、聞き覚えのある声がこだまとなって響いた。

 あの独特の発音はゾマに違いない。


 そういえば、先ほど崩落したのは床だけとは限らないのだ。

 彼女は大丈夫だろうか。


「ゾーーマーー! 無事かー!?」


 そんな不安もあって、大声で応える勝八。


「ブジダーー! ソチラハーー!?」


「無事だーー!」


 すると山びこのような言葉が戻ってくるので、叫び返した後で彼はほっと息を吐いた。


「ちょっと周り調べてくっから、明かり投げ込んでくれー!」


 となれば、次に行うべきはこの場所の調査だ。

 そう判断し、勝八は遥か天井へと呼びかけた。


 よくよく考えればこの石碑がバカデカいので、よしんば歯か股で上に運べたとしても階段につっかえるの


は必至である。

 ゼンの野郎が分かってて依頼したのかは判断つきかねるが、どちらにせよ他の出口を探す必要があるのだ



「……分かった。落とすゾー!」


 勝八が珍しく論理的に思考を進めていると、彼を心配したのか若干の間があった後ゾマが告げた。


 少し遅れ、煌々と燃えた松明が高度分のエネルギーを蓄え落下してくる。


「はいよっ、ほっ、はたっ! サンキュー!」


 それをお手玉しながらキャッチし、勝八は礼を言った。

 最初から火がついているのは、勝八には火口箱で点火など出来まいという心遣いだろう。

 完全に当たっているので、文句などあろうはずもない。


「三十分ぐらいで戻ってくるーー!」


 彼女をあまり心配させられない。

 言いおいて、勝八は地下遺跡の更に奥を探索することにした。

 松明で照らされる範囲はそう広くないが、とりあえずここはがらんどうとした広間のようだった。

 棺がある訳でも骨が転がっているわけでもない。


 まっすぐに数十歩進んだ勝八が「あ、これ目印無いと方向見失うな」と気づいたところで、松明の範囲内


に黄土色の壁が映った。


 助かった。あそこに目印の岩でも置こう。

 そう考え、勝八が壁に近づくと――。


「なんだこれ」


 そこに落書きがされているのに気づき、彼は声を上げた。

 遺跡に落書きというのも大分不謹慎だが、そうとしか言いようがない。


 のたくったガタガタの線で描かれた蛇の体に、クレヨンをぐりぐりしたような瞳。

 三角形で表現されたおそらく翼のようなもの。


 それが、数メートルほどの大きさで壁面に刻まれている。


「魔物……?」


 勝八が一瞬身構えたのは、その落書きがこの世界の魔物に似ていたからだ。

 じっと待つが、壁の中から出てきてこちらに襲いかかってくるということもない。

 ただの落書きのようだ。


「なんで、こんな所に……」


 不思議に思い松明をずらすと、隣にも同じような落書き。

 今度は二つの頭を持つ犬の魔物である。


 目印をつけることも忘れた勝八が壁沿いに歩くと、そこにはズラリと同じような落書きが続いていた。

 人型のブロックの固まり。ちっともリアルではない骨。たぶんカラス。

 勝八はそれを……生き生きと動くそれらを一度見たことがあった。


 『おはか』。例の石碑に描かれた言葉が、頭にリフレインする。

 

「魔物の……お墓?」


 二つを繋げ、勝八は呆然と呟いた。

 意味は分からない。

 何故魔物が、緩も知らない超古代遺跡の奥底に埋葬されているのか。

 そんなことをしたのは、いったい誰なのか。


 まるで舞台の裏側を覗いてしまったような居心地の悪さを感じながら、勝八は先へと進んだのであった。

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