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聖邪龍ウロボロスレイヴスレイヤー

「危なイ!」


 少女が叫ぶ。

 何が? と問う前に勝八は彼女を抱え前転していた。


 一瞬遅れてバクン。

 巨大な口が、彼の居た空間を喰らう。

 

 体勢を立て直しそちらを見る勝八。

 するとそこにいたのは、頭が勝八の体ほどもある巨大な蛇だった。


「これが……」


 とはいえ勝八がそれを蛇だと認識したのは、頭があって手足の無い胴体がそこに続いているからだという理由しかない。

 何せ全体が幼児の落書きのようにうごうごと波打っており、頭が極端に大きく体はその倍ほどしかないのだ。

 体に蛇腹を表すであろう横線とクリーム色で塗られた部分が無ければ、おたまじゃくしだと思っていたかもしれない。

 鎌首というよりしゃもじのような体を持ち上げ、相手は勝八を見据えた。


「聖邪龍ウロボロスレイヴ……」


「なんと禍々しい姿ダ」


「だが、どこか神聖ナ……」

 

 背後から声が聞こえる。

 先程勝八が殴った男たち起き上がり、しゃもじの異型を讃えていた。

 

 どうやら生きていたようでひと安心だが、悠長にしてもいられない。

 腕の中の少女に、勝八は呼びかけた。


「とりあえず逃げろ。俺が何とかするから」


 名前負けも甚だしい見た目だが、周囲のリアクションを見るにこれも凶悪な魔物のようだ。

 強化された体とはいえ、通用するかは未知数である。


 だが、最低でも時間稼ぎにはなるはずだ。

 そんな考えあっての言葉だったが、少女は首を横に振る。


「捕まる時に、足をくじいタ」


 それから、眉間に皺を寄せ呟いた。

 そういえば彼女は、先程からずっと座ったままである。


「あいつら後でもう一回ぶん殴っとくからな」


 女の子の体になんてことを。

 低い声で勝八が呟くと、背後の男達がガクガクと震える。

 こうなればもう、この何とかボロスを叩きのめすしかない。

 然るのち男たちも叩こう。

 

 決意した勝八は、すっくと立ち上がり少女を庇うように前へ出た。


「シャー!」


 蛇を威嚇する為両手を広げ、自らを可能な限り大きく見せようとする。

 立ち上がれない背後の少女は尻を見せつけられる形になるが、今は頓着していられない。


 そんな勝八に対し――。


「ぎしゃー!」


 ばさり。蛇の背後から突然扇のような物が飛び出た。

 よく見ればそれは、二対の翼である。

 しかも片方は白鳥のような、もう片方は蝙蝠のような別々の形をしていた。

 

 天使と悪魔と例えても良いが、相手が落書きのような姿なのであまり気は進まない。

 なるほどこれで聖邪龍か。


 納得した勝八だが、聖邪龍ウロボロスレイヴはすぐに勝八へ襲い掛かってくることはしない。

 むしろ警戒した様子を見せているようだった。

 あるいは孔雀のアピールのようなお見合いが続くこと数十秒。


 がらり。

 洞窟の壁面から石が転がり落ちた。


 それを契機に、蛇と勝八が同時に動き出す。

 勝八は蛇の首を押さえようと両手を突き出すが、蛇は再び低く這ってそれをかわす。

 そのまま蛇の体は足元から螺旋を描いて勝八の体を這い上がり、逆に彼の体ごと首を締め上げようとする。

 勝八には腕を引き戻し首をガードするも、頭部はその体にすっかり包まれてしまった。


「ふごおお……」

 

 ぎちぎちと。

 蛇がゆっくりと力を篭める。

 滑り込ませた腕を広げようとする勝八だが、強化された今の体でさえ両者の力は均衡しており上手くいかない。

 大気が震え、地響きが起こる。

 勝八には見えていないが、神話級の戦いがそこにあった。


 根負けを狙おうにも、この体勢は圧倒的に蛇のフェイバリットスタイルである。


 このままでは負ける。察した勝八は、何も見えないまま前方へと走り出した。

 体が恐怖でブレーキをかけそうになるも、それを押さえ込み壁にぶつかる。


 次の瞬間。

 ドゴォンと、砲弾のような音がして衝撃が体を走った。

 蛇の拘束が緩みかけるが、まだ甘い。

 反転した勝八は、先程より躊躇いのない勢いをつけて走り出した。

 

「うわ! こっちに来るナ!」


「やめロ!」


 何やら悲鳴も聞こえるが構ってなどいられない。

 ドガオォン!と、破砕音と共に地響きが伝わる。

 

「く、崩れるゾ!」


「助けテー!」


 さすがにこれには勝八も頭がくらくらとした。

 だが、彼と壁面のクッションとなった蛇はもっとたまらない。


「ぐげー!」


 気の抜ける悲鳴と共に巻き付く力が更に弱まる。

 その隙に巻き込まれた腕を広げた勝八は、眼前の蛇腹に思い切り噛み付いた。


「ぎょげげげげー!」


 まるで粘土を噛むような感触。そしてクレヨンを食ったあの日の味が口の中に広がる。

 その甲斐あって、ウロボロスレイヴは勝八の頭から完全に剥がれた。


「こんにゃろ!」


 勝八の反撃はそれで終わらない。

 解放された両手で蛇の尻尾を掴んだ勝八は、その体を思い切り地面へと叩きつける。

 床が割れ舞い上がった土が熱量で蒸発しクレーターが出来る。

 落書きのはずだった白い翼から羽毛が飛び散った。


 ぐったりとした蛇。

 やったかと視線を外し、へたりこむ少女に視線を向ける勝八。

 その瞬間、ぐるぐると書き殴られた蛇の目が光り、再び勝八に襲い掛かろうとする。


 同時に勝八の目に、洞窟の天井が崩れ、岩塊が少女の頭上へと落ちるのが見えた。


「こんの!」


 咄嗟に、勝八は握っていた物を岩塊めがけぶん投げる。

 ハンマーのような形状をした聖蛇ウロボロスレイヴは勢いよく飛翔し、岩塊にぶつかるとそれを粉々に粉砕した。


 再び羽が舞う。

 洞窟の天井が抜け、光が射す。

 純白の羽を纏わせた褐色肌の少女を、「天使のようだ」と勝八はぼんやり思った。


「ひぃぃィ」


 彼がぼんやりとしている間に、腰ミノの男達、そして小刻みに震える蛇が仲良く逃げ出そうとする。


「逃がしてやってくレ」


 むっとそれを睨む勝八を、天使が諭す。


「良いのか?」


「蛇は森の主だ。いなくなれば森を荒らす者が出てくル」


 尋ねると、少女は散らばった羽を弄りながらそう話した。


「あいつらは?」


「部族の重要な働き手ダ。……いなくなれば飢える者が出ル」


 勝八が重ねて問うと、彼女は先程より歯切れ悪く答える。


 自分を生贄にしようとした人間達を心配するとはどういう事情なのだろう。

 様子から察するに、彼女は進んで生贄になったわけでもなさそうだというのに。


 やはり天使か。天使なのか。


「あーと、一人食われちまったみたいだけど……ごめん」


 ともかく、その重要な働き手は一人失われてしまったようだ。

 そして、その原因は自分にもある。


 若干申し訳ない気持ちで勝八が謝ると、彼女はゆっくりと首を横に振る。

 だが、すぐに顔を上げると、洞窟の奥に首を巡らせた。


「ウロボロスレイヴは目覚めてしばらくは食事を摂らないはずだ。奥を見てみ……っ」


 急いで立ち上がろうとし、足の痛みに少女は顔を歪める。 


「俺が行くから。ちょっと待ってろ」


 この優しさ。多分彼女は本当に天界の生き物なのだろう。

 少々呆れた気持ちをそんな風に納得させて、勝八は自分が様子を見に行くことにした。


「スマナイ」


 重ねて感謝の言葉を口にする少女にヒラヒラと手を振り、辺りを見回す。

 すると、部屋の隅は先程勝八が折った松明が未だ燃えていた。

 その短い棒の末端を摘むようにして拾い上げた勝八は、男が逃げ込んだ穴倉の中を照らす。

 するとその中は、細長い通路が続いていた。


「んじゃ、ちょっと見てくる」


 少女に言い置いて、勝八は洞窟の中の洞窟へと入っていった。


 暗い通路を進んでいくと、まず警戒するべきなのだろうが様々な思考が脳裏に浮かぶ。


 中でも気になるのが、破壊神という単語だ。

 どういうことなのだろう。彼女が口のするノンとは、勝八の知っているちんちくりんと同一の存在なのだろうか。

 戻ったら彼女に聞かなければ。


 そう考える勝八が、薄暗い足元に目をやった時であった。


「うわ」


 にょろりと細長い物体が横たわっている。

 もう一匹いたのかと反射的に蹴りつけようとした勝八。

 だが、足を引いたところでそれが生きた蛇ではない事に気づく。


 それは、蛇の抜け殻であった。

 しかも先程のような落書き蛇ではない。

 頭こそ膨れ上がっているが、幾分スマートな輪郭もはっきりしており凶悪な目つきの造詣まで見てとれる。


「さっきの蛇の抜け殻……か?」


 先程の落書き生物とこの物体をようやく脳で結びつけることに成功し、勝八は呟いた。


 元は普通の蛇だったのに、脱皮してあんな姿になったのか。

 いや、そういえば蛇を叩きつけたときも、飛び散った羽は落書き状態から変化していた。

 体から離れるとこの世界の住民が見ているような『本来の姿』に戻るのか?


 まぁいいやその辺は覚えてたら緩に聞こう。

 考えて、勝八はすぐにその疑問を忘れた。


 暗さで気づくのが遅れたが、抜け殻の横に男が一人転がっていたからだ。


「おい、起きろ」


 先程の太鼓持ちである。体には目立った外傷も無い。

 座り込んだ勝八は、彼の頬を叩いた。


「ぶへッ……うゥ」


 ぺちっと叩くはずが、手加減を間違えてバチンと良い音がなる。

 ともかくその一撃で、男は目を覚ました。


「ふぉ? ぎゃー! 食われルー!」


 そうして、勝八の顔を確認するなり飛び上がって逃げ出す。


「お、おい!」


 止めようかと思った勝八だが、これ以上恐怖が重なると部族の働き手とやらが本気で使い物にならなくなりそうだ。

 諦めておそらく蛇の寝床であろう場所を確かめ、他に何も無いことを確認するとなんとなしに蛇の抜け殻を見る。


「そうだ」


 頭に閃きが走り、彼はそれを手に取った。



 ◇◆◇◆◇



「がおー」


「何をしていル」


 蛇の抜け殻を足から履き、人魚ごっこで登場した勝八を、少女が冷たい視線で見る。


「いや、びっくりするかと思って……」


 緩なら驚いてひゃーとかうみゃーとか鳴いているところだ。

 彼女の冷めた反応に落胆しながら、勝八は蛇皮を脱ぐ。


「脱ぐナ!」


 すると少女から悲鳴が上がり、勝八は改めて腰まで蛇皮を戻した。

 期待していたリアクションが引き出せたのは嬉しい。

 が、脱げばこの反応が返ってくると脳が学習してしまうと取り返しのつかないことになる。

 皮を履いたまま、彼はぴょんぴょんと跳ね少女へ近づいた。


 この皮、存外丈夫である。

 寝袋に良いかもなどと考えながら人魚座りで腰を下ろす勝八。


 周囲を見回すが、洞穴から逃げ出した男は少女をスルーしてそのまま逃げ去ってしまったようだ。

 ひと段落ついて勝八が天井に開いた穴を眺めていると、少女が彼に尋ねた。


「あの言葉。あの力。アナタは、神の使いなのカ」


 先程露出行為を咎めたものとは違う、神妙な声だった。


「あー、似たようなもんかな?」


 神の使いっていうかただの幼なじみです。

 と説明してもややこしくなるだけなのは、勝八にも想像できる。


「神様に頼まれて、ちょっとこの世界を見回る予定だ」


 とりあえずざっくりと、勝八は自らの目的を少女に告げた。

 秘密にしたほうが良いかと考えもしたが、右も左も分からない状態なのでとにかく協力者がほしい。


「神判の時が近づいているのカ」


「は?」


 そんな事を考えていた勝八の前で、少女が興奮した緩のような台詞を呟く。

 女の子ってみんなこうなのかしら。

 勝八が目を丸くすると、少女は可愛らしく首を傾げて彼に問いかけた。


「世界を見て回り、結果次第で破壊神ノンが世界を滅ぼすのではないのカ?」


 その言葉で、勝八は彼女に聞かなければならないことがあったのだと思い出した。


「その破壊神ってのは何なんだ? 何であいつそんな呼ばれ方してんの?」


「アイツって言うナ」


 少女に問い返すと、行儀の悪い彼を叱るようにぴしゃりと彼女は言う。

 勝八がゴメンナサイと謝ると、彼女はヨロシイと頷いて説明した。


「破壊神ノンは時々世界に津波や嵐を起こしたり、城を破壊したりすル」


 その話には、勝八にも思い当たることがあった。

 緩は何度か自分で世界を弄ろうとして失敗したと言っていたはずだ。

 そして、その結果を、勝八は直接見ている――。


「2年前のユニクールもそうダ」


 回想に入りかけた勝八の前で、少女が呟く。


「2年前!?」


 その日付があまりにも自分の記憶とかけ離れており、勝八はひっくり返った声を出した。

 確かに緩は異世界のいつ頃に送り込むとも言っていなかった。

 だが、こうも気軽に時を加速されると勝八も混乱せざるをえない。


「ドウシタ?」


 そんな勝八の顔を、猫のように目を丸くした少女が窺う。


「あ、いや……」


 どう説明したものか。勝八が惑っていると、少女はまぁいいかと切り替えたようで、話を続けた。

 もしかしたら奇行をして当たり前の人間だと思われているのかもしれない。


「あの日、上空から巨大な指が現れ、街を壊すのを、私は見タ」


 ――もしくは、勝八の奇行程度気にならないような生活を送っているのかもしれない。

 彼女の発言は、勝八にそんな事を思わせるに充分だった。


「普通に見えるもんだったんだな。あの指って」


 勝八も緩が城を勢い余ってぶち壊すところを見た。

 だが緩があくまで本は操作ツールだと説明していたので、この世界に指が降臨するわけではないと理解していたのだ。

 認識を改めなければ。


「普通の人間には見えなイ」


 そう考えていた勝八に対し、少女は首を横に振って答えた。


「お前は、違うのか?」


 誰しも自分が特別な人間だと思い込むことがある。

 だが勝八は、先程ちょっと小さな普通人だと思っていた幼なじみが神様であったと知ったばかりだ。

 

 恐る恐る尋ねると、彼女は勝八の目をじっと見て言った。


「私はゾマ。デイダル・タクンの巫女で、神を観る瞳を持つ者だ」


 黄金の輝きを放つ虹彩が、一際強く輝いた。

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