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あのお方は

「やっぱり面倒なことになった」


 その夜。異世界ウィステリアから帰った勝八は、開口一番言い放った。


「ふぇ、な、何が!?」


 急に上半身を持ち上げた彼に、緩が狼狽した声を上げる。


 別に裸という訳ではないのだから、そこまで慌てんでも。

 考えながら、一応自分が服を着ていることを確かめる勝八。


 もちろん緩に脱がされたりはしていないし、今日初めて着た平民服でもなければナンチャッテ教祖の服でもない。


「今俺らアイドル活動やってるじゃん」


 改めて確認してから、勝八は緩へと説明を始めた。


「ほとんど宗教活動だけどね……あ、あの、水の精霊に何かあったの?」


 それに応え、緩はハッと声を上げた。

 どうして彼女はドロシアをいまだに水の精霊呼ばわりするのだろう。

 思いながら、首を横に振る勝八。


「いや……大盛況過ぎるんだ」


 そうして彼が真剣な顔で呟くと、しばらくの沈黙があった。


「それって、何か問題なの?」


 ドロシアの存在を知らしめる関係上、信徒もしくはファンが増えるのは好ましい状況のはずである。

 だが、実際に彼らが集まっているのは地下水路の奥にある一室の中なのだ。

 そこに、最初は1人だったファンが3人に増え、そしてーー。


「今日は、50人近く押し寄せた」


「ごぢゅ!?」


 勝八が告げると、緩は潰れたマスコットキャラのような声を上げる。


 まぁ、そのような声が出ても仕方がない。

 勝八もこのまま9人27人と3の倍数で増えるのではと危惧していた。

 が、まさか一気に10倍以上の人間が集まるとは予想外だったのだ。


 原因は、間違いなくあの男である。

 あの男……貧乏貴族のゼンが、方々に水神教の噂をばらまいたらしい。


 食事が終わった後、彼はあっさり勝八を解放した。

 そしてそのまま、水神の情報を広めに行ったのだ。

 

「地下遺跡でこっそり人集めてるって言ったろ。このままじゃ騒ぎになって王国に遺跡の無断使用がバレる」


 ありがたいと勝八が思えたのは、彼を筆頭に40云名の団体様をマリエトルネがゾロゾロ引き連れて来てからだった。


 そしてその大半は、何処を怪我している人間でもなく、水神の力で本当に傷が治るのか賭けをしにきた冷やかしの酔っぱらいであった。

 どうやらどこぞの酒場で酒盛りした仲間を、そのまま連れてきたらしい。


 彼らの前で、勝八が酒場のマスターの古傷をすっかり治してしまったから大変である。

 賭け金が乱れ飛び、俺の酒癖も治してくれという人間が殺到。

 かつては戦士だったマスターは、また冒険の旅に出るかと意気揚々。


 混乱を収めるのに大変な労力を要した。


 その間ゼンは騒ぎを遠巻きに見守っており、教祖の格好をした勝八に一切接触しなかったのがまた不気味であった。


「フ、フリオ隊長の立場が無くなっちゃうね」


 勝八の苦い表情で何やら大変なことがあったのだと察した緩が、冷や汗をかきながら呟く。

 

 あの様子なら密教ではなく、酒盛りをしているのだと思ってもらえるかもしれない。

 だが、未発見の遺跡で酒盛りをしている人間もそれはそれで問題である。


「俺らの活動場所も無くなるしな。宗教の自由は認められてるって言うから、他に場所があればこっそり移動すんだけど……」


 神官であるニタルが別の神を支持しても平気であったように、ウィステリアでは特定の神へ熱心に信仰を捧げるゾマの里の方が異端に見られるらしい。

 

 よほどカルトでなければ余所での宗教活動は黙認されるらしいので、出来るなら勝八もそうしたいところだ。


「アゼータ王に、許可を貰うとか」


 どうしたものかと改めて勝八が考えていると、緩がそんな提案をしてきた。

 なるほど。確かに国のトップから認めてもらえば、活動には何の支障もなくなる。


「逆に聞くけど、王様ってそういうの認めてくれる人か?」


 だが、一国の王が勝八達のような、胡散臭い連中を取り立ててくれるだろうか。


「アゼータ王は好奇心旺盛で利に聡く、柔軟な考えを持ってる王様だから認めてはくれると思うよ」


 勝八の問いかけに、緩は設定集をパラパラとめくりながら答えた。

 やはりグリフの設定も、あの中に記載されているらしい。


「利ねぇ……」


 勝八達が彼に渡せる利と言えば、もちろん水の浄化だ。

 だがそれを渡すと言うことはドロシアの力を国に委ねることになり、彼女が権力闘争の道具にされる恐れがある。


「王様の弱点とかないのかよ」


 それを避ける意味でも、国から隠れて活動をしているのだ。

 ベッドから緩の対面へと移った勝八は、手元の資料を覗き込んだ。


 せめて対等な関係を築けなくては、愛娘ドロシアの身を守れない。


「怪獣じゃないんだから……」


 「弱点:火×」とか、「はがね4倍」だのを想像したらしく、緩が苦笑する。


「後ろ暗い秘密とか」


 別に殴って倒そうというわけではないのだから、物理的な弱点でなくて良いのだ。

 むしろ特殊な性癖等の精神的な弱点があれば、それをネタにドロシアの存在を伏せたまま水神教を続けられるはずだ。


 邪悪な皮算用をしながら、勝八が上下逆になった文章に目を通していると。


「秘密といえば……王様には一般人に変装して街を歩く趣味があるよ」


 何やら聞き覚えがある設定が、緩から提供された。


「へぇ、貧乏旗本の三男坊みたいだな」


「ちょ、ちょっとだけ参考にしました」


 誰からだっけ。そうだ某時代劇だ。

 合点して勝八が声を上げると、緩は少々恥ずかしそうに肩をすぼめた。


 素直にパロりましたと言えば良いのに、そういうのは恥ずかしい年頃なのだろうか。

 とりあえず緩の拘りは余所に置き、勝八はふむと考えた。


 一般人に変装した国王……これは。


「ゼンなら知ってるかな?」


 酒場の人間を丸ごと引っ張ってこれるほど、顔の広いあの男。

 彼ならば、そんなどうやっても目立つ存在と知り合いでもおかしくない。


「あれ、今ゼンって言った?」


 そんな勝八の呟きに、緩がぴょこりと顔を上げ反応した。


「あいつも設定付きなのか?」


 緩が知った名前と言うことは、あの男も彼女が作った「設定付き」なのか。


「そう……っていうか勝ちゃん、本当に気づいてないの?」


 勝八がそう思って見つめ返すと、緩は少し気恥ずかしげに顔を逸らし、もう一度彼の顔を窺った。


「何が? お前のほっぺに、うつ伏せで寝た痕がついてること?」


 思い当たらず、とりあえず言ってみる勝八。


「え、ウソ!? ね、寝てたんじゃないよ!?」


 すると緩は慌てて頬を押さえ、ゴシゴシとそこをこする。

 嘘だ。勝八が異世界に行っている間、うとうとしていたに違いない。

 暇だろうから仕方ないが、それにしても勝八が帰ってきた時、彼女はベッド脇にいた訳で。


「お前もしかして、俺を枕に……」


「そ、それより勝ちゃん!」


 勝八がズバリ言いかけた時、緩はそれを遮って話題を戻そうとする。

 何の話だっけ。そうだ、緩はゼンに関して何も気づかないのかと尋ねたのだ。


「あいつが何なんだよ」


 まぁ何処をヨダレで濡らされた訳でも無し。勘弁してやるか。

 どちらかと言えば、こんな堅い物を枕にした緩の柔らかほっぺの方が心配である。

 

 考えを切り替えて、勝八は改めて緩に尋ねた。

 すると緩は、もう一度からかってやりたくなるようなホッとした顔をしてから大きく息を吸う。

 溜めた息を長く吐き出しながら、彼女は答えた。


「ゼンっていうのは、アゼータ王が変装する時の偽名なの」


「マジかよ!」


 一片も予想しなかった彼女の言葉に、驚きの声を上げる勝八。

 貧乏旗本三男坊まで連想しておいて彼の正体に思い至らなかった勝八に、緩が唇を尖らせる。


「私、この設定前に話したよ?」


 どうやら緩は勝八の察しの悪さだけでなく、記憶力の悪さにも怒っているようだった。


「あー、何か聞き覚えがあるような」


 良くない風向きだ。とりあえず適当な事を言い、この場を凌ごうとする勝八。

 

「本当に?」


 普段なら緩がここまで食い下がることはない。

 勝ちゃんだから仕方がないで大抵諦めてくれるのだが、先ほどからかわれた腹いせか。

 彼女はじとっとした疑いの目を向けてくる。


 が、その迫力のない半眼は、おねむなのかと勝八に疑わせるようなものであった。

 それをじぃっと見返して、勝八は彼女に告げた。


「王様の愛鳥はブルーのオウム」


 瞬間、緩の目が見開かれドングリ眼になる。

 今ーー正確には緩の顔を見つめていたら唐突に思い出したのだが、どうやら正解だったらしい。

 緩の顔は、勝八の外部記憶装置になっている感があった。


「名前はピィトだ。ココナッツが好物」


 言ってやると、今度は口がポカンと開いた。

 分かり易い。音声認識の玩具のような有様である。


 得意になってしばらくその表情を堪能していた勝八だが、やがて緩はハッとなり顔を引き締める。


「勝ちゃんの覚えかた、絶対変だよ……」


 悔しいような。

 それでいてどこか嬉しいような。

 複雑な顔で緩は呟く。


 もっと見つめていたら、前世の記憶まで蘇らないだろうか。

 などとアホな事を考えていた勝八だが、見つめている内に照れた緩の体がどんどん小さくなっていくのでそれをやめた。


「つまり俺は知らん間に王と接触してたわけだな。しかも一緒に蕎麦食って水神教の売り込みもしてたと」


 代わりに、ずいぶん脱線していた話を元に戻す。


「そ、そんなことしてたの!?」


 するとゼンと勝八の関わりなどまるで聞いていなかった緩が、縮こまっていた体をビョンと伸ばして裏返った声を出した。


 すっかり通じた気になっていたが、緩はゼンとの蕎麦を食ったことなどまるで知らないのだ。

 それに気づいた勝八は、朝からの出来事を説明することにした。

 その後ーー。


「じゃぁ勝ちゃんの正体って、王様にバレちゃってるのかな」


 一通り話し終えた後、緩が早速疑問を向けてきた。


「それは……ええと」


 集会の後、集った酔っぱらいどもはきちんと帰った。

 ゾマに気をつけてもらったが、勝八達の跡をつけてきた人間も無し。


 だが、ゼンがグリフ王だというのなら、フリオ隊長に地下水路の掃除を依頼したのは彼である。

 その場所を怪しげな宗教団体が使っており、元ユニクール兵(だと思われている)の勝八が彼らの話題を出したとなれば、余程でなければ感づかれている可能性が高い。


「相手がよっぽどのボンクラ王であることを祈ろう」


 こうなると、できるのは神頼みしかない。

 両手を額の前で組んだ勝八は、目の前の小さな神様にむむむっと祈った。


「アゼータ王はちょっと傲慢なところがあるけど、頭は悪くないよ」


 が、神の返事はつれない。

 設定した本人が言うのだから、間違いないだろう。


「やっぱ傲慢ではあるのか」


 その中に自身の感想と一致した情報があり、勝八は祈りのポーズをやめた。

 あの上から目線は、培われたものではなく産まれた時……いや、それ以前から仕込まれたものだったのだ。


 王族と言えば定番の性格設定だ。

 王様のくせに市民の生活を体験していますというのも、見方によっては傲慢と言えるだろう。

 彼が浄化魔法一家への援助を断られたというのも、その辺りが見透かされたのかもしれない。


 しかしそんな難儀な設定、わざわざ作らんでも良かろうに。

 勝八が目で訴えかけると、緩は頷いて指遊びをした。


「うん……だけどそれは勇者ブレイブレストに諭されて改心する予定……だったの」


 彼女は歯切れ悪く、設定の意味を説明する。

 過去形なのは、それが不可能だと悟っているからだろう。


「傲慢さでアイツに説教されたくはないわな。反面教師ならともかく」


 勝八にも、緩がそんな調子になる理由は分かっている。

 あの天上天下唯我独尊男にそんな内容で高説を垂れられれば、お釈迦様でも平静ではいられないだろう。


 そういえばあの男、今は何処で何をしているのだろう。

 一瞬思いを馳せた勝八だが、すぐにそれを忘れた。


「で、その性格って直さなきゃまずいのか?」


 問題は、王の性格が矯正されなかったという部分だ。

 記憶の地平に消え去った勇者も、性格が設定と食い違ったせいでひどい騒動を巻き起こした。

 そのまま負の連鎖が続く可能性はある。

 

「ペガスとグリフが緊張状態にあるっていうのは、知ってるよね?」


 勝八の問いかけに、緩は彼の顔を窺いながら尋ねた。


「おう」


 バカにするなと鼻息荒く頷く勝八。


 そのぐらいは勝八でも覚えている。

 だからこそ、グリフへと逃げ込んだのだ。


「両国はこのままだとお互い一歩も引かないんだけど、アゼータ王が謙虚になることで会談の機会が生まれて、和平が結ばれるの」


 すると緩は、再び顔を伏せて設定集の文字をなぞった。

 彼女が語ったのは、「起こるべき」未来の話だ。


「つまり今のままだと?」


「戦争になるかも。……ううん、多分近い内になる」


 嫌な予感がし、冷や汗を流す勝八。

 そんな彼の考えを、緩は妙な確信をもって肯定した。


 おそらく彼女の本には既にそのシチュエーションがーー戦争一歩手前になるシナリオが書き込まれてしまっているのだろう。


「だから何でそんな物騒な展開作るんだよ!?」


 自身の置かれた状況が割とのっぴきならないと知り、勝八は思わず悲鳴を上げた。


「ご、ごめんなさい……」


 対面に座った小動物は、その声に縮んで謝った。

 彼女の態度を見て我に返った勝八は、ため息に聞こえないよう静かに息を吐き、自身を落ち着かせる。


「いや……どんな設定作っても俺が何とかするって言ったもんな」


「勝ちゃん……」


 勝八がなるべく柔らかく告げると、緩はそろそろと顔を上げ、彼に水分量多めの瞳を向ける。


 緩はこうして、山あり谷ありの設定とストーリーを元にしなければ世界を創造できないのだ。

 そしてそれを分かってやれるのは、二つの世界中でも勝八だけなのである。

 その自分が、彼女を萎縮させてどうする。


 緩の暗い気持ちが黒死病を生み出してしまったのとは逆に、彼女が自信をつければ世界はきっと良くなる。

 勝八はそう信じていた。


「ようするに俺がゼンを改心させれば良い訳だろ! そうすればドロシアの事も認められて万事解決だ!」


 熱い思いが滾った勝八は、意味もなく立ち上がると握り拳を作って言い切った。


 最悪ゼンの設定自体を書き換えてしまうという手もあるが、勝八はあの男がそんなに嫌いではないのだ。

 蕎麦屋も紹介してもらったし。


「うん……お願いね、勝ちゃん」


 具体案も何もない言葉だが、緩は彼を信頼し、託してくれる。

 これ以上、彼女を追い込む要素を増やしたくはない。


「おう、任せとけ」


 半年前に何があったか。

 それを聞くのは、今回の件が片づいてからにしよう。

 勝八は、密かにそう決めたのであった。

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