表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/53

男は裸になりたがる

「誰が寝小便小僧だ……」


 朝からひと騒動あって、勝八は憮然としながら一階へと降り立った。


 とはいえ昨日は眠って一度地球に戻っている。

 緩に半年前の事を尋ねようと思ったが、早々に彼女の祖母から晩飯の誘い。

 学校では緩との買い物をうっかり口に出し、級友に温かい目を向けられる。

 緩も同じだったようで、妙に意識してしまってロクに話ができなかった。


「考え過ぎかね……」


 呟きながら、元酒場である一階を見渡す勝八。 


 すると勝八の膀胱をからかった娼婦以外は寝ているか何処かに出かけているらしい。

 一階には一人、掃き掃除をしている女しかない。


 何処から持ってきたのか。着ているのはメイド服というやつである。

 持ってきたのでなければ、所謂プレイ用と称されるものであろう。

 しかし、はて――。


「よぅ。えーっと」


「……リセエナだ」


 名前が出てこず勝八が惑っていると、彼女はじろりと彼を睨み、改めて自己紹介をし直した。


「あー! そうそうストーカーの女な!」


「名前だけでなく何者かすら忘れていたのか!? 私はストーカーではなく元ペガサスの牙諜報員、リセエナだ!」


 勝八がぽんと手を打つと、彼女は箒を掲げてそれを否定する。

 そう、彼女こそマリエトルネ達を尾行し、捕まり、調教の後なし崩しで着いてきた女、リセエナだった。


 沢山の女子が出てきてその存在をすっかり忘れていた勝八。

 だが彼女は、未だにここに留まっていたらしい。


「いやー、さすが忍びの者。気配を消すのが上手い」


「特にそういった努力はしていない……」


 とりあえず誉めた勝八だが、リセエナがそれに誤魔化された気配はない。

 さすが諜報員である。


「あれ? ってことはお前もドロシア教団の手伝いしてた?」


「……誰も何も言わなかったので、普通に参加していた」


 今更気づいて勝八が尋ねると、彼女は呆れた様子で答えた。

 警戒されていないのは良いことのはずなのに、あまりに存在を認知されていないので不安になっているのかもしれない。


「そりゃご苦労さん。逃げないのか?」


 何とも贅沢な悩みである。

 考えつつ、勝八は彼女へと問いかける。

 腐っても諜報員。

 逃げようと思えばいくらでも逃げられたはずだ。


 一人で掃除をしているこの状況が、その証左である。


「今更本国に戻ろうが任務失敗で処分されるだけだ。それに……」


 だがリセエナは首を左右に振ると、ポッと顔を赤くした。

 あ、何か聞かない方が良さそう。


「ローズフェリアの皆さん。彼女たちの逞しさ、優しさに触れ、私は考えを改めたのだ。姐さん達も、私に用心棒として暮らさないかと勧めてくれた」


 察した勝八だが、彼が話題を変えるよりリセエナが語り出す方が早かった。

 彼女は恍惚とした表情で胸の内を吐露していく。


 勝八の知らぬ間に、改心イベントが発生していたらしい。

 まぁ他にも問題を抱えている関係上、ありがたいと言えばありがたいのだが。


 微妙に釈然としない気持ちで勝八がリセエナの話を聞いていると、不意に彼女が表情を引き締めた。

 

「私はこうなったが、ペガサスの牙はあれぐらいでは諦めない。せいぜい気をつけることだ」


 自覚があるのか自虐を交えながら、リセエナは勝八へと忠告する。

 

「おう。任せろ」


 いつも通りの安請け合いで、勝八は無駄に力強く頷いた。

 無論マリエトルネ達を守る為の忠告だろうが、案外良い奴なのではないか。

 そんな感想まで浮かんでくる。

 

「……話は終わりだ。掃除の邪魔だから何処かへ去ね」


 微笑ましい気持ちになっている勝八へ、ぴしりと箒が突きつけられる。

 見直した途端これだ。


「へいへい。んじゃ夜までブラブラしてきますよっと」


 穀潰しの見本のような事を呟いて、彼はグリフ街へと繰り出すことにしたのだった。



 ◇◆◇◆◇



 刺客がグリフに入り込んでいるかもしれない。

 そう言われても街中で骨兜を被るわけにもいかず、勝八は貫頭衣に麻のズボンという村人スタイルで街を練り歩いていた。


 そう、ここに来て彼はついに、普通の服を着ることを許されたのである。

 長旅の汚れも洗い流したので、体も大分さっぱりしている。


 とはいえ日光にさらされ続けた肌はすっかり焼け、ゾマほどではないものの健康的な小麦色となっていた。


 ただ残念なことに、さっぱりした格好になった勝八を見て、娼婦達が「やだステキ!」だの「イケメン!」だの騒ぎ立てることは無かった。

 むしろ「しっくり来ない」だの「カタギの衣装は似合わない」だの散々な評価である。


「好き勝手言いやがって……」


 寝起きと同じような愚痴をこぼしながら、勝八は所狭しと並べられた露店を眺めていく。

 土産物の美術品。積み上げられた本。両替。何にでも効く軟膏。

 様々な物を商人達は声高らかに売り込み、街に活気を生み出している。


 この様子を見れば、緩もきっと喜ぶだろう。

 今までは、世界の良いところをあまり報告できなかった。

 それを思いだし、彼はグリフの様子を緩へ伝えてやろうと微笑んだ。


「に、しても……」


 眺めていて楽しい光景だが、どうにも腹が減ってきた。

 今までは残った保存食を摘んできたが、さすがにそれにも飽きたし今日はからかわれるのが嫌でとっとと飛び出してきてしまったのだ。

 

 娼婦達は器用に料理を作るようだが、釜戸も撤去された宿屋跡地ではそれも叶わない。

 ベッドと同じように2、3日中に何とかすると言っていたが、それまでは保存食か外食でどうにかするしかないのだ。


「どっか食えるとこ無いかな……」


 空腹に耐えかねた胃酸が胃袋を溶かす感覚を妄想しながら、勝八は周囲を見回した。


 塩漬けされた肉の塊を売るような露店もあり、大変食欲をそそる。

 だが、今回は屋根のある店でゆっくり食おう。

 勝八はそう決めていた。


「情報も集めなきゃいけないしな」


 この国に不審な動きはないか。

 もっと言えば、世界の歪みに繋がるような噂話は無いか。


 彼が外で食事を摂るのは、そういった意図も含まれている。

 勝八にしては頭を使った行動だが、それは彼に食事代を与えたマリエトルネの指示であった。


 娼婦に金をもらって朝からフラフラしている勝八の行動は、タチの悪いヒモと酷似している。

 が、それはとりあえず忘れ、彼は貫頭衣を縛る紐にくくりつけた巾着袋を確かめる。

 すると――。


「あっ」


「おっ」


 勝八の巾着袋へと手を伸ばす少年と、ばっちり目があった。

 もう片方の手には小さなナイフ。

 

 底を切りつけ中身をすり取るつもりなのだと勝八が気づいたのは、少年が見つめあったまま手早くそれを実行した後だった。


「ちょ、お前……!」


 普通、見つかったらやめるだろう。

 勝八がそんな常識的な思考をしている間にも、少年はこぼれ落ちた硬貨をキャッチ。

 大人達をすり抜けるように走っていく。


 衝動的に周囲を突き飛ばして追いかけようとする勝八。

 だが、そんなことをすれば大惨事になってしまうという考慮も、彼は出来るようになってしまっていた。

 まるで文明の象徴である衣服が、彼に常識という枷を嵌めてしまったかのような状態だ。


「ま、待て!」


 もちろんナイフを持った少年を反射的に殴り飛ばしたり、逃げる少年にその辺の通行人を投げつければよりまずい事態になる。

 が、この後悔が勝八の焦りを増加させ、彼がまごついている内に少年は逃げていく。

 そのまま彼の頭が人混みに消えそうになった時――。


「ふべっ」


 そんな声と共に、突如彼の頭が沈み込む。

 と思えば次の瞬間、少年の体が通行人の頭上にふわりと浮いた。


「悪い! どいてくれ!」


 よく分からんが、ありがたいことに変わりはない。

 通行人を吹き飛ばさないよう注意しながら、勝八は現場へと駆け寄った。


「ちくしょ! か、勘弁してくれよゼンの兄貴!」


 するとそこには、何もない宙空に浮かべられたままもがく少年。


「なら手の中の小銭を落とせ。今回はそれで許してやる」


 そして、樫の杖を持つ青い外套を着た男がいた。

 勝八より5つほど上だろうか。

 少々厳ついが整った顔立ちをしている。


「あーっと……」


 どうやら彼が、少年を捕まえてくれたらしい。

 しかし勝八の関わらない所で許す許さないの話になっている。


「げっ」


 勝八が追いついたのを見、少年が呻きを上げ小銭を落とす。

 すると少し遅れて、彼の体が地面に落ちる。

 素早く逃げようとする少年。


 だがそれより早く、蛇のように地を這った勝八はその首根っこを掴んで持ち上げ直した。


「お、お。勘弁してやってくれないか。そやつには飢えた母と兄弟が……」


 目にも留まらぬ勝八の動きに唖然とした男が、我に返ると彼をなだめにかかる。


「ちょっと待て」


 それをもう片方の手で制して、勝八は少年の顔をじっと見つめた。


「わ、悪かった! 憲兵だけは勘弁して!」


「これ、お前が破った巾着袋。俺ぁここ真っ直ぐ行って、果物屋の所で曲がった先にある潰れた宿屋に住んでるから」


 懇願する少年に、勝八はいつもより低い声を出しながら、底の切れた巾着袋を押しつける。


「は?」


「お姉さんからの借り物なんだから、直して返せよ」


 ぽかんとしたまま少年が袋を受け取ったのを見、勝八は彼を今度こそ地面に落とした。


「いてっ! え、え?」


 尻餅をついた少年だが、それでも混乱が収まらないらしく勝八を見つめ続けている。


「ほれ、早く行け。しっしっ」


 周囲の視線も痛いことになっている。

 勝八が手振りで追い返すと、少年は巾着袋を握ったままようやく逃げ出した。


「……ったく」


 勝八がそれを見送ってしばらくすると、周囲の人間も多少ざわつきながらようやく動き出す。


「すまんな。余計な事をしたようだ」


 そんな彼に声をかけたのは、先ほど少年を魔法で捕まえた男だった。

 彼は硬貨を拾い集めてくれたようで、勝八の手を取りそれを受け渡す。


「いや、俺が直接文句言いたかっただけだから」


 男が想定していた美しい流れを妨害したようで、今更ながら恥ずかしくなる勝八。

 ああしたのは、自分が関係無いところで事が済まされるのが気に入らなかったからに過ぎない。


「アンタがいなきゃ昼飯代スられて終わりだったからな。ありがとう」


 硬貨を受け取りつつ、勝八は男に礼を言った。


「いや……あの少年は知り合いでな。犯罪はやめるように注意していたのだが」


「その辺はもういいよ。今度会ったらまた言っといてくれ」


 気まずそうな顔をしながら、男は少年の事情を説明しようとする。

 だがそれを遮って、勝八はとりあえず懐に硬貨を仕舞った。


 勝八にはこの世界の事情はよく分からないし、この場で長話もきまずい。


 巾着袋に関しても、返してもらえる確率のほうが低い。

 だが、個人的に痛めつけることも憲兵に突き出すことも出来ない勝八としては、あれが精一杯だった。

 やはり服を着ていると、この身は消極的になってしまうのではないか。


「そうか。ではおわびに飯でも奢ろう」


 勝八が真剣に検討していると、男がそんな提案をしてきた。

 

「だから礼を言うのはこっちの方だって」


 相手が知り合いだったとはいえ、金を取り返してもらって更に奢られるのでは気まずいにもほどがある。

 勝八が断ると、男は顎に手を当て少し考える仕草を見せた。


「ふむ、この先に俺の顔が利く店がある。そこを紹介するというのではどうだ?」


 何故この男は、そこまで勝八と飯を食いたがるのだろう。

 少々疑問に思う勝八だが、どうもこの男はこの街に詳しそうである。

 そういう人間から話が聞ければ、新たな世界の歪みを見つけられるかもしれない。

 ついでに、水神教の噂を勝八の巧みな話術でさりげなく広められるかもしれない。


 当初の目的にプラスアルファが加わる形である。


「分かった。じゃぁそれで頼む」


 完全に自らの能力を見誤った皮算用をして、勝八は男に同意した。


「俺はゼン。お主は?」


「勝八。よろしくなゼンさん」


「はっはっは。ゼンと呼ぶことを許可するぞ」


 年上と見て勝八が敬称をつけると、彼は気さくなのだか傲慢なのだか分からない返しをする。

 ともかく自己紹介を済ませて、二人は歩き出した。


「それにしても……」


 その途中で、勝八は自らの服を摘んで呟く。


「やっぱ服とか脱ぎたいな」


 それは現代人失格の発言であった。


「……往来でそういう発言はどうかと思うぞ」


 これから一緒に飯を食う人間が変態だと気づいたゼンは、彼を窘める。


「あ、変な意味じゃないんだ」


 どうもこの急拵えの服は勝八の体を縛り、行動を遅らせる気がする。

 だが、そんな勝八の乙女心を、男が理解できるはずもない。

 

「ま、気持ちは分かるがな」


 と勝八は考えたのだが、彼は勝八の傍目から見たら露出狂としか思えない発言に同意を示してしまう。


「分かるのかよ」


 やばい。変態だ。

 今更ながら彼と二人での食事に一抹の不安を覚えながら、勝八はゼンと名乗る男について行ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ