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ソエンルート

 翌日、異世界へと戻った勝八。

 二日目の集会を終えた彼は、娼館付きの神官であるニタルに、異世界で信仰されている神について尋ねた。


「まーあんまり遠くのことは分からないけど、この辺の人間なら大体が大地慈母神テーラ様を信仰してると思うわね」


「大地慈母神……?」


 すると、またもや聞き慣れない名前が現地人の口から飛び出、勝八は困惑する羽目になった。

 既にとっぷり日が暮れている。

 元酒場である店内にはいつの間にか椅子が運び込まれており、それに座ったニタルが顎に指を当てながら説明した。

 周囲では娼婦達が思い思いの格好でくつろいでいる。

 隅には神官ごっこに使われたローブが重ねて置かれていた。

 

「この大地を作った人で、豊穣や再生を司るって話よ。お兄さんところの神様だと思ってたんだけど、どうやら違うみたいね」


 胸を寄せて上げて北半球を露出した服を着たニタルは、どう見ても娼婦である。

 だがしかし、ニタルはあくまで周囲から浮かないようこの格好をしているだけで、客商売とは無縁の存在らしい。


「あぁ、多分な」


 彼女の問いかけに、勝八は自信が無いながらも頷く。

 緩は自分を模した神を作ってはいないと言っていた。

 ということは、大地慈母神とやらと緩はイコールではないはずだ。


 そもそも緩が言うにこの世界は精霊信仰で成り立っているわけだから、きっと大地慈母神とやらも何らかの――普通に考えれば大地の精霊とやらであろう。


 豊穣を司る精霊という存在には、妙な聞き覚えがある。

 ……何だっけ。


「で、良いのか? 別の精霊……神様信仰してるのに別の神官なんてして」


 思い出せないということは重要事ではないだろう。

 あっさり思考を放棄して、勝八は別の事を尋ねた。


「今更?」


「ま、こうして魔法使えてるんだから良いんだろうさ。アンタん所の神様も別に禁止しちゃいないんだろ?」


 彼の問いかけにニタルが呆れた表情をし、マリエトルネは皮肉げに吐き出す。

 ニタルに神官の真似をさせようと提案したのは、マリエトルネであった。

 いや、もちろん彼女は正真正銘の神官なのだが。


 勝八としては前述の不安があったのだが、ニタルがあっさり了承したところから見て神官とは割とフリーな存在らしい。

 娼婦の格好をしようが別の神を担ごうがお咎めなしである。


「だな。むしろドロシアの味方が増えてくれて喜ぶだろ」


 勝八としても、その緩い規定は望むところである。

 答えて、彼は水桶に入れられたドロシアのぷよぷよとした頭を撫でた。


「気安く撫でないで」


 彼女はそう言って勝八を睨みながらも、抵抗はしない。

 あのまま地底湖に住まわせても良かったのだが、まだあの場所が安全とも言い切れない。

 ついでにドロシアが寂しがるだろうと勝手に判断し、勝八は彼女を宿へと連れ帰っていた。


「ま、二日目にしちゃ上出来だったね」


 マリエトルネは二人の様子を見てから、ふんと息を吐いて呟く。

 彼女の猫耳もとい猫かぶりが相当効果を発揮したようで、ゲイシャ=カブキは約束通り、体を悪くした人間を連れてきた。

 それも三人。

 

 彼らはいずれも勝八に治療され、水神様の奇跡に驚愕していた。

 この調子なら、ねずみ算式に『入信者』が増えてもおかしくはない。


「……そうだ、な」


 だがそれよりも、勝八はマリエトルネが一瞬寂しげな笑みを浮かべたのが気になった。

 彼女がドロシアに対してどんな想いを抱いているのか。

 勝八には慮ることができない。


 自身の故郷をある意味で見殺しにした神の娘への恨みか。

 先祖が彼女を忘却してしまった事への懺悔か。


 マリエトルネが口にした、拠り所のない辛さ。

 ドロシアのそれを解消してやることで、自身の人生に救いのようなものを求めているのかもしれない。


 ――が、などといった考察も、勝八の頭には荷が重い。


「なんだい。アタシに惚れ直したかい?」


 その分彼がじっとマリエトルネを見つめていると、彼女は怪訝そうな顔で勝八を見返す。


「一度たりとも惚れたことなんてねぇ」


 言い返す勝八だが、マリエトルネに関しても、彼は一つサプライズを手に入れてきたのだ。


「じゃぁなんだい」


 しかし、それを伝えて良いものか。

 勝八が悩んでいると、彼の後ろに控えていたゾマが口を開いた。


「神に、何か言付けを賜ったのカ?」


 びくり。

 勝八の体が正直に震える。

 振り向くと彼女の髪はいまだにしっとりと湿っており、いつもとはまた違う色気を発していた。

 水面に隠れて勝八にカンペを出す関係上仕方ないことなのだが、風邪をひかさぬよう気をつけなければ。

 勝八の思考はスムーズに逸れかけたのだが――。


「ほぉう。神様がアタシにね」


 ぐりんと、ゾマに見惚れていた勝八の首を、マリエトルネは強引に戻す。

 造形はまるきり幼女なので。興奮はしない。

 が、悠久の時を連想させる琥珀色の瞳に見つめられると、全て見透かされているようで落ち着かない気分になる。


「えーと、ちょっと変な話なんだけどさ」


 仕方なく、彼はマリエトルネに緩の設定の話――つまりはユニクール創生の経緯について話した。

 耳は受け継がれなかったが、元王女のチナリス王女までシャシャ族の系譜が連綿と続いていた事にはなった訳だ。

 彼女にとっては一応喜ばしいニュースのはずなのだが……。


「傲慢だね」


 マリエトルネの感想は、にべもないものだった。 

 断じられ、勝八は言葉を失う。


「昔里から出た奴がいたからって、なんだってんだい。んなことすんなら集落ごと救っとくれよ」


 それに乗じて。

 あるいは反論を促すように、マリエトルネは言葉を重ねる。


 緩とて出来るならそうしている。

 言い返しかける勝八だが、それでマリエトルネに納得しろというのもおかしい。

 彼女の表情は、今度こそ拗ねた子供のようだった。


 この世界において、緩は間違いなく神なのだ。

 彼女の憤りに関しては、自分が受け止めるしかない。


「それは、そうだな」


 さぁ来いと覚悟を決めてマリエトルネを見つめる勝八。


「……ま、神様が万能じゃないってのは、アンタを見て大体分かってたよ」


 それに拍子抜けしたかのよう、マリエトルネは息を吐くと目を伏せた。


「え、何それどういう意味?」


「アンタみたいな脳味噌筋肉送ってくるぐらいだからね」


 何か失礼な事をいわれた気がして問いつめると、やはりそういう意味だったようで彼女はニヤリと笑う。

 

「う、うるせぇ! これはあくまで仮の体で、本体の俺はインテリメガネなんだよ!」


「本当にぃ?」


 勝八が反論すると、周囲の娼婦達が一様に疑いの目を向けてくる。


「ごめんメガネは嘘ついた」


 地球でも勝八の視力は両方2.0である。

 そこは訂正し、彼は「インテリでもねぇだろ」という周囲の視線は意図的に無視した。


「ようするに、アンタも神様もあっちの世界……で良いのかね。あっちじゃ一人の男と女って事だろ」


 言っても無駄だと悟っているのか。

 マリエトルネが再度まとめ直す。


 異世界という概念を飲み込むのには苦労しているようだ。

 しかし、勝八が言いたかった緩も一人の女の子であるという部分は理解してくれたらしい。


「なんかやらしいんだけど」


 しかし「子」の部分を取って勝八を絡ませるだけで、どうしてこんなに含みのある言葉になるのだろう。


「で、その後神様とはどうなんだい」


 それとも自分の脳が思春期に突入しているのがいけないのだろうか。

 勝八がぼんやりと考えていると、マリエトルネが唐突に問いかけてきた。


「は? 昨日はあの後……普通に晩飯食って帰ったけど」


 ぼんやりした頭のまま、勝八は彼女に答えた。

 彼女らに話した以上のことは緩とも語り合っていない。


「はぁー?」


 だが、それに対して娼婦達から不満の声があがる。


「部屋で水着披露して『どう、似合う……カナ?』みたいなイベントはー?」


「緩はそんなセリフ言わない」

 

 意味が分からず勝八が周囲を見回すと、ニタルが小芝居を始め、周囲の娼婦がやんやとはやし立てる。

 いや、本当は言うかもしれないぐらいのギリギリのラインではある。


 分かりづらいと評判の勝八の説明にも関わらず、娼婦達は緩の人格もしくは神格を大分把握してきたようだった。


「ナニも、なかったのカ?」


「ナニもカニもない。あ、晩飯にカマボコはあった」


 ゾマまで何故か不安そうな顔をしたので、勝八は動揺してギャグにもならない事を言う羽目になった。

 周囲に疑問符が浮かんだのを感じ、彼は息を整える。


「大体俺と緩はそこまで親密じゃないっての」


 口にしたのは、もはやお決まりになってきた文句だ。


「またまた」


 娼婦達はもちろん納得せず、半笑いで勝八の言葉をさらりと流す。

 だが、勝八の認識はこれで間違いがない。

 少なくともここ最近までは――。


「高校上がる前には普通に家とか行かなくなってたし。っていうか少し前までなんか話せなくなってたし」


 一緒に買い物をしたりしていると、ずっとこんな感じでやってきたような勘違いをしそうになる。

 だが、勝八と緩の関係には、半年ほどの緩やかな断絶があった。


「え、何で?」 


「ケンカ? ケンカ?」


「ケンカっていうか……アイツが俺を避けてたって言うか」


 にわかに現れたゴシップの匂いに、娼婦達が俄然活気づく。


 しかし、問いかけられても勝八に原因など分からない。

 話しかけられれば笑顔で返答もするが、その顔がぎこちない。

 話が弾まない。

 緩は落ち着かない様子を見せ、勝八から離れようとする。 


 鈍感な勝八でも、彼女が心理的にも距離を取りたがっているのは分かった。


「最初はこう、好きな男でも出来たのかなーとか思ってたんだ」


「勘違いされたら嫌みたいな?」


「それそれ」


 目当ての男でも出来て、勝八との事を勘ぐられたくないというのなら……まぁ分かる。

 そんな度量の狭い男なんてやめちまえとは思うが、まぁそれはそれとして。


「でも、アイツの友達にそれとなーく聞いてみたら殺意を持った目で睨まれたんだ。どうも原因は俺っぽい」


 それとなく「緩って彼氏でも出来たのか?」とストレートに聞いた結果の出来事であった。

 勝八としてはいくら幼なじみとはいえそこまで踏み込んで良いのかと悩んだ結果、二ヶ月ほど経ってからのソフトコンタクトのつもりだったのだが。


 小学生時代の女子総スカンを思い出させる、冷たい空気。

 早くお前が何とかしろといった文脈も返ってきたので、勝八のせいということで恐らく間違いはないのだろう。


 ただ、いくら聞いても理由は教えてくれず、甲斐性無しの変形語を幾度も投げつけられるばかりであった。


「……心当たりハ?」


「無いではないけどどれも時期がズレてるし、怒ったときはアイツ分かりやすいし」


 ゾマに尋ねられ、勝八は首を捻った。

 緩に虫やらをけしかしたのは遠い昔である。

 今更それで怒ったりすまい。

 そもそも彼女の状態は、怒っているというのとは違う気がした。

 遠慮、というのだろうか。

 そう言えば緩は、この間買い物以外にも出かけようと誘ったときも「いいの?」などと何かに遠慮していた。


「それが急に部屋に連れ込まれたと」


「語弊はあるけど大体あってる」


 相変わらず引っかかる言い方をするマリエトルネ。

 憮然としながら、勝八は彼女に頷いた。


 だからあの日、緩に「家に来てほしい」と頼まれたときは本当に驚いた。

 しかし久しぶりにまともに話せば、断絶など無かったかのように話は弾み、今度は買い物やプールにまで行くことになった。


 親密になった、と言っても良いのかもしれない。

 勝八からもう少し、踏み込んでも良いのかもしれない。

 だが、いまだに理由の分からない疎遠期間が、それを躊躇わせる。


「ママが……」


 気が付けばドロシアが俯き、自らの腹から水をすくっては桶に戻すを繰り返していた。

 一応の父である勝八と母である緩の微妙な関係を、どう飲み込んで良いのか戸惑っているようだ。


「ま、今は仲良くやってるし……本人にも理由聞いてみるから安心しろ」


 親密ではない。

 という件から始まったのにそれと矛盾するような慰めを口にしながら、勝八はドロシアの頭に手を置いた。

 ぱしゃり。頭から水が飛び散る。


 考えみれば、こんな話子供に――というか異世界の人間に話す事ではない。

 折を見て勝八が自分で聞けばいいのだ。


 反省して、勝八は話を切り上げることにした。


「とりあえず寝るか。ゾマが風邪ひいたら可哀想だしな」


 そうなると、今日はもう寝るだけである。

 勝八がゾマの名を挙げたのは、何だか熱っぽい目で彼女がこちらを見ているのに気づいたからだ。


「なんかトロンとしてるけどマジで大丈夫か?」


 褐色の肌ゆえに分かりづらいが、頬も熱を持っている気がする。

 心配になった勝八は、彼女の額に手を置いた。


「ン……」


 それを素直に受け入れるゾマ。

 水の中にいた影響で、その表面はひんやりとしていた。

 体の内から発せられる熱が心地よい。


「ワタシは、卑しい女ダ」


 しばらくそうしていると、彼女は小さく呟いて頭を垂れた。


「えっと、腹でも空いた?」


 意味が分からず、額からズレた手で軽く頭を撫で、勝八はそう尋ねた。

 だが、彼女は頭を振るとズンズン二階へと歩き出してしまう。


「あ、待て俺も行く!」


 女子に腹具合の質問はタブーだっただろうか。

 考えながら、勝八は慌てて彼女を追う。


 勝八の寝所は、いつの間にかゾマと同室になっていた。

 ゾマは勝八のボディーガードをすると説明していたが、その実未だに置いていかれる事を危惧しているようだ。


「ちょっと! 私を忘れてるでしょ!」


 とはいえドロシアも一緒であり、間違いが起こる可能性はない。

 と、勝八は思っている。


「おう、悪い! そんじゃな!」


 連れだって部屋へ向かう勝八達。

 残された娼婦達に、しばしの沈黙が落ちる。


「アイツ……本気で気づいてないんだろうねぇ」


 それを見送ってマリエトルネが呟くと、周囲の娼婦達は一斉に頷いたのであった。

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