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フリオ探検隊

「キュール君ってさー」


 グリフ地下にある下水道。

 自身の二倍ほどの大きさを持つ竹竿を抱えた勝八は、後ろに立つ青年――キュール君へと語りかけた。


「なんだひ?」


 下水道の中が臭いのは異世界も変わらず。

 燭台の灯りの中、鼻を押さえるキュール君がおかしなトーンで返事をする。


「蛮族スタイルもだけど、鎧も似合わないよな」


「余計なお世話だよ」


 勝八の鼻はとっくに麻痺してしまっている。

 慣れちまった方が楽だとキュール君にも進言したが、彼は鼻を摘んだ指を外そうとしない。

 そしてキュール君は以前のような蛮族スタイルではなく、兵隊らしい鎧に着替えていた。

 ただし、そもそも顔の造作が研究者だの博士だのという風貌なので、どちらにしろ絶望的に似合っていない。

 両方似合うフリオ隊長とは大違いである。


「そうだな、キュール君はもっと鍛錬を積むべきだ。今度スペシャルコースを用意しよう」


 件の隊長が、キュール君の隣でうむうむと頷く。

 こちらは鼻に大きな詰め物をしていた。

 それでも妙な威厳があるのがさすがである。


「ぼ、僕は頭脳労働担当ですから!」


 すると、よほどスペシャルコースとやらが嫌なのか。

 キュール君は必死でそれを辞退する。


「頭脳労働で考え出した作戦がこれかよ……」


 彼の様子を尻目に、勝八はぽつりと呟いた。


 現在、場にいるのはむさ苦しい男三人組。

 それが下水を前に竹竿を構えているのだから、勝八も文句を言いたくなる。


 隊長とともに元ユニクールの部隊へと合流した勝八は、マリエトルネの進言通り彼らの作戦を手伝うことにした。

 作戦は少数精鋭の方が好ましい。

 そう言われ、この三人で下水道へとやってきたわけだが――。


「今回のターゲットであるモザイクフィッシュは、砂漠豚の肉をよく好む。ここが商業の街で助かったよ。バンブー製の竿も含め」


 キュール君は今回の作戦に自信満々なようで、ペラペラと件の作戦に関して説明しだす。

 つまり彼の計略は、魔物の一本釣りというシンプルなものだった。


「……魚が砂漠の生き物好きっておかしくね? しかも豚」


 あまりにもシンプルで、勝八にもツッコミどころが見つかった。

 どう考えても接点の無さそうな生き物の組み合わせである。


「いや、この事は超古代文明超図鑑にも載っているのさ」


 だというのに、キュール君はむしろ余計得意になって更に胡散臭いソースをぶちまけた。


「超古代文明ねぇ……」


「あ、何か知ってるのかい!? そういえば君は神の使徒なんだよね!」


 確かに、そんな物を緩が設定した覚えはある。

 竿を上下しながら勝八が思い返していると、それを察してキュール君の声がひときわ大きくなった。

 

「一応な」


「超古代文明ってどんなものだったんだい!? 神様なら知ってるだろう!」


 緩の尻――もとい隕石に潰されそうになったのに、よく忘れられるものだ。

 まくし立てられて、勝八はふぅむと考えた。


「……えーと」


 そもそも超古代文明とは、緩にとって便利倉庫である。


 例えば緩が、自身の作った世界にガトリングガンを出したいと考えたとする。

 だがそれは当然、銃も無いウィステリアの世界観とそぐわない。

 そんな時、登場するのが超古代文明である。


 つまり、かつてこの世界には文明が遥かに進んだ時代が『あったこと』にして、その遺物が『偶然発見』されたことして、目的の時代にあるはずのないブツを無理矢理登場させてしまうのだ。


 緩の悪癖は時たま物凄く加速。

 ファンタジーにこれ出したい! でも時代設定にそぐわない! そうだ超古代文明のせいにしちゃおう!

 という蛮行がたびたび行われ、もはや超古代文明は実体のないまま大量破壊兵器だのどこでもドアだのを詰め込まれた違法建築と化していた。


「一言で説明するのは難しいな。うん」


 その辺りの事情をキュール君に解説するのは、非常に困難だ。


「そうか……やっぱり高度で複雑な歴史があるんだね……」


 ついでに、超古代文明に関して憧れの表情で語る彼の夢を壊すのも心苦しい。

 とりあえず勝八は、緩に改めて聞くまで超古代文明に関してはぐらかすことにした。


「釣れないな……」


 こんな事を話していても、竹竿には一向に獲物がかかる気配がない。

 そもそも肉を縄で巻いた後竹竿にくっつけただけの物に、食いつく魚がいるかは大いに疑問である。

 肉を縛る際に娼婦達の手を借りた結果、妙に艶めかしい縛り方にはなった。

 が、それが原因とも考え難い。


「こんなんに食いつくのなんて、ザリガニぐらいじゃねぇの?」


 やはり、超古代文明なんぞに頼るのは間違いではなかろうか。

 勝八が尚もその有用性を疑っていると。


「引いているぞ」


 隊長の声とともに、ぐっと竿に手応えがあった。

 いや、そんな生易しい物ではない。

 勝八の持った竹竿が、ぐぐいっとアーチを描いている。


「お、お、お」


「ホントに来た!」


 勝八が慌てて立ち上がると、キュール君が聞き捨てならない声を上げる。


「本当に来たってなんだ!?」


「それより竿だ!」


 抗議しようとする勝八だが、隊長がそれを遮り指を指す。

 確かに竹は限界までしなり、今にも折れそうになっていた。


「一気に釣り上げるんだ! あ、上にじゃなくて横に竿を振ってね!」


 これ幸いにという訳ではないだろうが、キュール君が隊長の後ろに隠れるように移動しつつ指示する。

 彼の言うように、この天井では竿が振り上げられない。

 勝八は竿を引きつつ横向きへと持ち替えた。


「そっちじゃない! 反対に!」


 が、どうもキュール君の逃げた方向へ竿を向けたようで、彼は悲鳴混じりに体を伏せる。

 隊長もそうしたようなので、勝八は気にせず竿をスイングすることにした。


「そおりゃぁ!」


 バッティングセンターでストレス解消をする会社員のような、力任せの振り。

 竹竿がキュール君の頭をかすめ、その先についた縄が遠心力で加速し。


 ビタァン! と、その先に食いついていたものを下水道の壁へと叩きつけた。

 それは確かに魚であった。

 もちろん魔物である以上、本体はうねった線の楕円形、尾びれは三角で表された簡単造形である。

 鱗の部分が井桁状になり、赤白の模様が交互についている。

 これがモザイクの由来であると察せられた。

 大きさは勝八が両手を広げた程度である。


 壁に叩きつけられた魚が、無感情な目で「ぐはー」と肉を吐き出す。

 そして魚を中心に、蜘蛛の巣のような亀裂が壁を走っていく。

 勝八はそれを、何故だかスローモーションな感覚で眺めていた。


「ほ、ほぉうぅらぁくぅするぅぅ」


 頭を抱えたまま、しかし顔だけを上げたキュール君が叫ぶ。

 それすらもスローモーションである。

 彼は何を言っているのだろう。

 ほうらくする?

 崩落?

 崩れるということか。


「やべっ!」


 今更衝撃で下水道が崩れる可能性に気づいた勝八は、竹竿を手前に引く。

 だがそれは、魚が分厚い壁を突き破り、向こう側へと落ちた後だった。


 耳に痛いほどの沈黙。

 唾を飲み込むのも忘れ経過を見守る勝八達だったが、どうやら崩落はせずに済んだようだった。


「ちゃんと手加減してくれよ!」


「いや、キュール君が一気にやれって言ったんじゃん!」


「まぁまぁ、全員無事だったのだから良かったではないか。……いや、待てよ」


 安心した途端、醜い言い争いを始める勝八とキュール君。

 彼らを宥めつつ、隊長は魚がめり込んでいった先の闇を見つめた。

 

「あの先って何かあるのか?」


 下水道の構造についてよく知らない勝八が尋ねると、隊長は首を横に振った。

 そうか隊長にも分からないのか。

 納得しかけた勝八に、ランタンを顎の下にやったキュール君が告げた。


「何もない土の壁のはず、なんだよ……」


「いや、だって……」


 何故ホラー調に迫るのかは分からない。

 だが、現に魚は壁に穴を開けて「向こう側」へ落ちた。

 これは一体どういうことなのか。


「まぁ良いや。見りゃ分かるだろ」


 考えていても始まらない。

 勝八は自らのポリシーに従って、直接穴の先を確かめることにした。

 頭の骨兜に手をやり、そこに嵌まった癒しの至玉にタッチ。

 柔らかい白光が、下水道を照らした。


「……うちの国宝をランタン代わりにしないでくれ」


「道具は使い手次第ということだ」


 キュール君が小さく抗議する。

 が、フォローを隊長に任せた勝八は穴の中をのぞき込んだ。

 すると――。


「なんだこれ」


 壁の先は、長い階段の半ばであった。

 至玉で照らしても階下の様子は見えず、上方を見るも蓋がされている。


 壁は先ほど崩れた漆喰と違い、黄土色のブロックが積み重なりできていた。

 内側を見ると、そのブロックとともに魚型の魔物がゴロンと横たわっている。


 まるで異世界に紛れ込んだような有様だ。

 などと、自分が異世界人であることも忘れた勝八がぼんやり思っていると。


「ふむ、これは遺跡だな」


 背後から歩み寄ってきた隊長が、そんな言葉を口にした。


「遺跡ぃ?」


 そんな物が壁をつついただけで出てくるのか。

 勝八が疑問を持って振り返ると、キュール君が眼鏡を輝かせ口をあんぐり開けていた。


「ちょ、ちょ、超古代遺跡だ! 間違いない! こんな所にあるなんて!」


 彼は勝八を押しのけるように穴の中へ入ると、ペタペタと壁を確かめ歓喜の声を上げる。


「……やっぱ珍しい物なのか?」


「いや、超古代遺跡自体はこの世界の随所に存在している。ある地方では、その中を探索する冒険者や彼らを支援する組合まで存在するぐらいだ」


 半ば呆れつつ勝八が尋ねると、隊長は冷静に答えた。

 そういえば緩の奴がダンジョン探索をやらせたいが為に、そのような設定を作っていた記憶が勝八にもある。

 魔物の設定は実装しなかったが、遺跡自体は残してしまったのだろう。

 しかも複数。

 これも超古代文明の乱用だ。


「でもこんな大都市の地下に、超古代文明の遺跡が眠っていたなんて事例は無いですよ! これは世紀の大発見だ!」


「……そうなの?」


「遺跡から発掘される超古代文明の遺産を目当てとした人々が集まり、村や街が出来ることはある。だが、既に大都市になった街の地下から遺跡が見つかった例は聞いたことがないな」


 眼鏡を光らせ、興奮した様子でまくし立てるキュール君。

 凄さが分からず勝八がまたも隊長に丸投げすると、彼は腕組みをし解説する。


 これは珍しいらしい。

 それだけは理解して、勝八はなおも首を傾げる。


「何で今まで見つからなかったんだろう」


「そうだな。井戸やこの下水道を造った際に発見されていてもおかしくはないはずだが……」


「これは凄いよ! 早速グリフ王に報告しなきゃ!」


 隊長も同じように思ったようで疑問を口にするが、キュール君のそんな声が遮った。


「その前に、ちょっと奥に行ってみないか?」


 早速、というには少々時間が経っている。

 というかこんな面白そうなものを見つけてUターンは寂しい。


 そんな軽い気持ちで、勝八はキュール君へと提案した。


「えぇ……魔物とか潜んでたら危ないよ」


 だが、キュール君はあまり乗り気ではない様子だ。

 勝八とユニクールへ向かったときの記憶が、すっかりトラウマになっているらしかった。


「だからこそ、壁を開けっぱなしにして離れるわけにはいかないだろう。それに、調査となれば我々ではなくグリフの調査隊が差し向けられるはずだ」


 しかし、意外にも遺跡などには興味が無さそうな隊長が勝八をフォローした。


 緩お手製の超強力アイテムが眠っている可能性がある遺跡だ。

 確かに部外者である隊長達が、調査に同行できる可能性は低い。


「そうか! それは確かに困りますね!」


 それを聞くと、キュール君がハッと声を上げる。

 どうやら後で調査出来るものだと思いこんでいたらしい。


 彼は華麗にターンを決めると、勝八へと一歩二歩踏み出す。


「そうと決まったら早速行こう! ほら、君もっ……!」


 その踏み出した両足が、先ほど勝八がぶん投げ転がっていた魚型の魔物の上にぴったりと収まった。


「おわっ、おわわわわわわ!」


 結果、キュール君の体はスケボーに乗ったが如く、すさまじい勢いで階段を滑り落ちていく。


「楽しそうだなアレ……」


 後で自分もやらせてもらおう。

 そんなことを考えながら、勝八は彼をぼんやりと見送った。

 しばらくして、ドポン。

 水音のようなものが、階下から響く。


 ……下は一体どうなっているというのか。


「とにかく追おう!」


 一足先に正気に返った隊長が、勝八を促す。


「お、おぉ!」


 頷いて、勝八は地下へと降りていったのであった。



 ◇◆◇◆◇



 階段は途中から緩やかな左曲がりとなり、円を描くように勝八達は下っていった。

 その円が三周ほど描かれた頃だろうか。

 やがて、階段の先に苔の生えた大地が見えてくる。


 そこへ降り立った勝八は、目前の光景に目を見張った。


「ここは……」


 円形の、半径五十メートルほどの広間である。

 とはいえ、幅二メートルほどの足場が外周に沿って配置されている以外は全て水。

 それも覗き込むと吸い込まれてしまいそうになるような、エメラルドグリーンの輝きを放つ地底湖であった。 

 周囲の壁にその煌めきが反射し、黄金のような色合いを見せる。


 中央には祭壇のようなものが置かれているが、そこに行くまでの橋などは存在しない。

 用途は分からない。

 が、妙に神聖な空気が内部に満たされていた。


「はぁーはぁーはぁー」


 おそらくあの勢いで湖へダイブしたのだろう。

 岸にすがりついたキュール君が、荒い息を吐く。


 サーフボードの代わりとなった魔物が、その横にぷかりと浮いていた。


「これは凄いな……」


 勝八の後ろから現れた隊長が、感嘆の声を漏らす。


「はぁ、はぁ、でもここで行き止まりみたいですね。他に道は……」


「割と大丈夫そうだな」


「君の背中に乗ってた時と比べればね」


 早くも息の整い始めたキュール君に尋ねると、彼は疲れた表情で笑った。

 思わず「私よりそんな魚類の方が良いの!?」と問いつめたくなる勝八だが、それは後にして改めて周囲を見回す。


「どうした?」


「なぁ、この場所ってさ」


 隊長に問われ、勝八は自身の考えをまとめながらそれに応える。

 この場所。この状況。

 これは、『使える』のではないだろうか。


「ちょっと国への報告、遅らせられないか?」


 振り向いた彼は今までに無い思慮深き顔で、隊長へと尋ねたのであった。

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