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アイドル・プロデュース(物理)

 勝八達が衛兵に案内されたどり着いたのは、元は酒場兼宿屋だったらしい建物であった。

 聞けば一ヶ月ほど前に店主が店を畳み、それ以来空き家になっているらしい。

 あちこち老朽化し埃が溜まっているが、床や壁に穴が空いているわけではない。


「フリオ隊長は現在グリフ王アゼータ様と謁見中です。ここでお待ちください」


 案内役はそう説明し、しばらくの間はここで寝泊まりして良いと語った。


「随分な好待遇ねぇ」


「私は王宮の方に通されると思ってたわ」


「そこで王様に見初められて、後宮にまで通されちゃうのよね!」


「あら素敵」


「アホ言ってないで早く馬車の荷物降ろしな」


 キャイキャイとはしゃぐ娼婦達を、マリエトルネが急かす。


「女子が妄想逞しいのはどこも一緒だなぁ」


「ちょっと揺らさないでよ!」


 呟いた勝八は、ドロシアの入った水桶を手に宿屋へ入ったのであった。



 ◇◆◇◆◇



「で、アイドルってのはなんだい」


 一通り荷物を降ろし終わった後、マリエトルネが勝八へと尋ねてきた。

 埃っぽいホールの中、娼婦達は馬車から出した敷物やら荷物の上やらへと座っている。

 元々酒場にあったテーブルや椅子は売却されてしまっていた。

 木枠の窓と入り口のサルーンから射し込む光が、室内をほの明るく照らしている。


「えーと、こう、舞台で歌ったり踊ったりするやつ」


 アイドルとは何か。

 その哲学的な問いをしばらく考えた勝八は、とりあえず一般的なアイドルの概念をマリエトルネへと説明する。

 バラドルだのグラドルだのもいるが、まずアイドルと言えばこれだ。


「アタシそれ得意よ」


 すると、娼婦の一人が肩を出してしなを作り、勝八にウィンクしてみせる。


「娘を何にしようとしてんだい」


「服は脱がない奴だよ!」


 マリエトルネがジトっとした目で見てくるので、勝八は慌てて弁解する。


 桶から上半身だけ生えているドロシアと、いまだドレスを着ているゾマ。

 彼女達には意味が通じていないようなのが救いだ。


「じゃぁ何なんだい」


 勝八がほっと息を吐いていると、なおも半眼を続けるマリエトルネが聞き直す。


「えーと、つまりアイドルっていうのは偶像って意味で……皆に慕われる存在ってことだ」


「偶像崇拝……カ?」


「それそれ」


 勝八が中空を見ながらあぶあぶと答えると、かしこいゾマがそれを翻訳する。

 さすが。と手を打った勝八は、改めて自身の計画に関して説明をした。


「だから、ドロシアの事をみんなに応援してもらって、ゴミを捨てないようにとか河の掃除をしてもらおうって話だよ」


「つまり、水神信仰を復活させるということだナ」


「おぉ、そんな感じ」


 すると、ゾマがまたも要約し、勝八は頭を何度も縦に振った。

 ふふんと、ドレス姿のゾマは鼻から息を吐く。


「つまり新しく宗教を作るってことだろ。アイドルどこに行ったんだい」


 二人のやり取りを呆れた表情で見て、マリエトルネも種類の違う鼻息を吐く。


「いや宗教ってよりはもうちょっとフレンドリーな感じで……会いに行ける精霊をモットーにするみたいな。こいつの友達を作りたい訳よ」


 大体は合っているのだが、ドロシアを祀り上げてしまうと彼女の友達を作るという目標からは遠ざかってしまう。

 その辺りの機微をうまく説明できない勝八は、隣にいるドロシアの頭をかいぐりかいぐりしながら言葉を綴った。


「わ、私は友達なんて……!」


 される側のドロシアが強がり抗議をするが、一旦無視である。


「友達増やすったって、アタシら以外は見えないだろその娘」


「いや、緩パワーを使えば誰でも見えるようになる」


 もはや疑りの目がデフォルトとなりかけているマリエトルネに、今度はドロシアの頭をグニグニと揉みながら答える勝八。


「えっ?」


「わっぷ」


 すると彼の言葉に、ドロシアが勢いよく顔を上げる。

 ばしゃりと彼女の頭が弾け飛び、勝八へと水が飛び散った。


「……ただ誰にでも見えるようにすると、悪い奴に騙されたり誘拐されたりするんで条件を付けようって話になって」


 顔についた水を拭いながら、勝八は昨日緩と話した内容を説明した。


「そんな事されないわよ!」


 ドロシアはそう主張するが、大丈夫を連呼するお子様ほど危なっかしい物はない。

 

「条件?」


「うむ。つまりドロシアが信頼できそうだなって思った人間にだけ、こいつが見えるように細工をするんだ」


 彼女の頭をぺちぺちと叩いて落ち着かせ、勝八はマリエトルネに答えた。


「どういうこと?」


「緩との、話で出たのは、新しく、アイテムを作るとかだったな。はめると精霊が見えるようになるリングとか、飲むと……見えるようになる石清水とか……


 ぺちぺちが逆効果になり、こちらを締め上げて来ようとするドロシア。

 それに抵抗しながら答える勝八。


「黒肢病の時と似たようなものカ」


 彼の話を聞いて、ゾマが納得した様子で頷く。

 確かにこの手法は、既存の宝玉に黒肢病治療の効果を与えた前回と近い。


 が、今回は所在の把握と緩の創造力テストの為、完全に新規のアイテムを作ろうという計画であった。


「問題が二つ」


 そんな二人を見て、マリエトルネが二本指を立てる。


「アンタの計画だと、河掃除やらの為に沢山信者集めなきゃいけないんだろ。どうやって集めるんだい」


 もちろんそれはピースサインなどではない。

 彼女はそれを一本指にすると、勝八の前で振った。

 

「それはこう、地道な勧誘で」


「その後お友達審査までするんだろ? 何年かかんだよ」


 とにかくがんばるというような、あやふやな答えを返す勝八。

 それを追いつめるように、マリエトルネは正論を重ねる。


「むぅ……」


 それもそうだと、勝八はむぅと唸った。

 あまり悠長にやっていると、世界がどうなるか分からない。

 ドロシアとて、気長に待ってくれるとは限らないのだ。


「……ドロシア、に手伝ってもらう訳にはいかないのカ?」


 件のドロシアへと、ゾマが視線を送る。

 初めて呼ぶその名前に、一瞬のためらいが生じた。


「嫌よ。任せろって……約束したでしょ」


 だが、ドロシアは取り合わない。

 彼女はちらりと勝八を見てから、ぷいと横を向く。

 

 その瞳に込められていたのは、疑心と期待。

 気が遠くなるほど長時間の労働。そして孤独。

 

 それでもドロシアは、勝八はともかく緩の事を、もう一度信頼したいと考えているのだ。

 彼女に応えるためにも、ある程度までは勝八がファンクラブ……教団を大きくしなければならない。


 と、そこまで勝八が論理的に考えられたはずもない。

 だが不思議と、彼女の為に頑張らねばという気持ちが勝八の中には沸いていた。

 しかし、気持ちだけではどうにもならない。


「それに、おおっぴらに勧誘活動なんざしたら国が黙ってないだろ。その辺は娼婦と一緒さ」


 第一の問題も解決していないというのに、マリエトルネは第二の問題をぶち上げようとする。

 ちょっと待て脳の許容量が限界だと勝八が彼女を止めようとした時。


「遅くなってすまない」


 酒場のサルーンをくぐり、一人の男が現れた。

 威厳のある声、濃い眉毛を見ても、しばらく勝八は男が誰であるか判別がつかなかった。


「おや、フリオ隊長」


 マリエトルネが顔を上げ、鎧を着た男へと声をかける。


「謁見が終わった後、兵士から連絡があってな。やはりこの街へ来たか」


 入ってきたのはやはり、各所で勝八が世話になったフリオ隊長であった。

 彼は上半身裸の蛮族スタイルから立派な鎧へと着替え、隊長の呼び名に相応しい風貌となっている。


「すごく似合うな。前のも似合ってたけど」


「ハッハッハ! ありがとう、君はさっぱりした顔になったな」


 ナチュラルに失礼な勝八の言葉を豪快に笑って流し、隊長はウィンクする。

 ドロシアに散々水を引っかけられたおかげで、勝八は水も滴るいい男になっていた。


「話を通しといてくれて助かったよ。で、謁見の方はどうだったんだい?」


 二人のやり取りを何か納得行かない表情で見守っていたマリエトルネ。

 だが、そこは触れないことにしたらしい。

 彼女は隊長に礼を言って、首尾を尋ねた。


「王と謁見しペガスの窮状を伝えてきたが、やはり表立って動くのは難しいようだ」


 すると隊長は床にどかっと座り込み、そんな話をした。

 勝八の不確かな記憶では、彼はユニクール復活のため打倒ペガスに燃えているはずだ。

 しかしグリフ王の返事は思わしくなかったらしい。

 とはいえ勝八達がこうして住処にありつけているのだから、門前払いというわけでもなさそうだが。

 

「ま、そうだろうね」


 国と国とがぶつかるとなれば戦争である。

 そう簡単には事を起こせないだろうとマリエトルネが頷く。


 勝八に政治は分からぬ。

 ので、とりあえず黙っていることにした。


「しかし走ってきたので喉が乾いたな……」


「走ってきたのかよ」


 代わりに分かり易いポイントへとそのままのツッコミを入れる。

 そのまま過ぎてマリエトルネに呆れた表情を向けられた。


 いやしかし、隊長ともあろう人が。

 しかもこんな暑苦しい格好で、わざわざ走ってくることもあるまい。


 そりゃそのままツッコむわいと抗議の視線をマリエトルネに向ける勝八。


「おぉ、ちょうど良いところに水が」


 そんな彼の脇に置かれた水桶を、隊長がひょいと持ち上げた。


「ぴぃ!」


「ま、待て!」


 言わずと知れたドロシアの入っている水桶である。

 いきなり大男に飲み干されそうになったドロシアが悲鳴を上げる。

 気づかず水桶を傾ける隊長から、勝八は慌ててそれをぶんどった。


「おや、掃除用だったか? 私は気にしないぞ」


「うちの娘は誰にもやらん!」


 いや気にしろよという言葉も忘れ、ドロシアもとい水桶を抱え込む勝八。

 混乱したのか感動したのか。

 ドロシアも勝八へとひしとしがみつく。


「娘とは……何のことだ?」


 一方精霊の姿が見えないらしい隊長は、太い眉毛の下にある目をパチパチとしぱたかせる。


「あー、いや、色々複雑な事情があってだね……」


 説明しようとするマリエトルネだが、どこから話して良いか分からないようだ。


「しかしきれいな水だな。魔法で浄化したのか?」


「魔法デ……?」


 魔法での浄化。

 その言葉にゾマがピクリと反応する。


「誉めてもやらん!」


 だが勝八は彼の言葉を勘違いし、ついに水桶を背後へと隠す。

 

 もちろん、隊長はドロシアの容姿を誉めているわけではない。

 彼は分かった分かったと笑ってから、真剣な表情を作る。


「ペガスでも水の汚染は深刻だったが、こちらは事情が違ってな……」


 何となく厄介事の気配だ。

 そんな雰囲気は、勝八にも察する事ができるようになった。


 勝八が水桶を置いてフリオ隊長へと向き合うと、それを待っていたかのように彼は語り出した。


「うむ。ペガスと同様、グリフでも上水道下水道を介して水が供給処理される」


「え、水道?」


 だが早々に違和感を覚え、勝八は口を挟んだ。

 水道の整備は地球において約200年ほど前から普及したものであり、中世を模したこの世界には似つかわしくない。

 水道の歴史は分からずとも、それに違和感を覚える程度の知識は勝八も持っていた。


「うちの店は蛇口捻るとシャワーが出るだろ。あれを水道っつうのさ」


 水道自体が分からないと思われたらしい。

 マリエトルネが得意げに解説をする。

 

 そんな勝八の背中から顔を出しながら、水のことなら何でもお任せなはずの水精霊ドロシアが「へー」と声を上げた。

 

 確かにペガスの娼館にも、シャワーが設置されていた。

 ただ、勝八はそれを浴びることができなかったのだが……。

 

 ともかく異世界ウィステリアの水道事情は、意外と発展していたらしい。


「その下水道に魔物が住み着いたらしく、処理施設が破壊されている。修理しようにも、やはり魔物が危険で近づけない」


 そう言えば緩の奴は、一日でも風呂に入れないと我慢できないタイプである。

 しかも風呂で設定考え過ぎてのぼせてしまうタイプである。

 板の間に寝かせられてあーうー唸る緩。

 彼女をパタパタとうちわで冷やした思い出が、勝八の中に蘇る。


「そこで王は、我々ユニクール部隊に魔物の討伐を依頼した。成功すれば、しばらくグリフの食客として迎え入れるという条件でな」


 これも緩の前で話すと怒られる思い出列伝の一つだ。

 勝八がしみじみと回想している内に、話は先へ先へと進んでいた。


「だってさ」


 ぼんやりとしていた勝八に、マリエトルネが視線を向ける。


「何で俺に振る」


 もっともらしい返事をした勝八。

 だがもちろん、彼は隊長の話など聞いていない。


 断片的な情報を繋ぎ合わせ、話を復元しようとしている最中である。


「アンタは今、元ユニクールの近衛兵扱いだろ。追い出される時は一緒じゃないか。アタシらがこの宿を借りられたのも、隊長の権力あってこそ」


 マリエトルネはそんな勝八の状態を分かっているのかいないのか。

 ポンポンと新しい情報を追加する。


「えー、と、なるほど」


 拾えた情報は「水道、権力、追い出される」。

 何のこっちゃという有様である。


「活躍さえすれば、王様に宗教団体の営業許可貰えるかもしれないだろ」


 が、どうも隊長を手伝うと、良いことがあるらしい。


「だから宗教団体じゃねーって」


 とりあえずそこだけは否定しておいて、勝八はふむと考えた。

 ドロシアお友達作戦は暗礁に乗り上げかけているが、殴って解決する問題ならば得意中の得意だ。


 ――よし。殴ろう。誰をかは知らないが全力で殴ろう。


「……君たちは一体、何をしようとしているのだ?」


 決意を固める勝八を前に、怪しげな単語を聞いた隊長が首を傾げる。


「アイドルプロデュース!」


 立ち上がりながら、勝八は力強く宣言したのだった。

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