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グリフでの誓い

「え、なに、どういうこと?」


 グリフへの入国があっさり許可されたこと。

 それにフリオ隊長が絡んでいるらしきことの意味が分からず、勝八はひそひそとマリエトルネに尋ねた。


「あの隊長さんが根回ししてくれたんだろ」


 それに対し、マリエトルネは前を向いたままそう答える。


「え、だって俺グリフに行くなんて言ってないよ?」


「だから、アンタが首尾良くアタシを確保できたら、向かうのはここだって予想してたのさ」


 そもそも、グリフに向かおうと言い出したのはマリエトルネだ。

 腰を屈めてなお疑問を呈すも、彼女はあっさりそう返す。


「言ってくれりゃ良いのに」


「アンタに他のアテがあることも考えたんだろ。だから保険の一種さ」


 可愛らしく唇を尖らせる勝八の尻を叩き、きちんと立つよう促すマリエトルネ。

 気づいてみれば、門番達も勝八の挙動に不思議そうな顔をしている。


 あの隊長、なかなか侮れない性格をしている。

 背筋を伸ばし直して、勝八は頭の中で考えた。


「とりあえず通って良いが、規則だから中は改めさせてもらうよ」


 すると、別に勝八が不審だからではないだろうが門番がそんなことを言い出す。


「えぇ、どうぞ」


 それに対し、マリエトルネが営業スマイルで答えた。

 勝八の部屋のように、見られて問題がある中身ではない。


 そう思って見過ごそうとした勝八だが、よく考えればあの中にはゾマがいるのだ。

 グリフの対蛮族感情がどうかは分からない。

 だが、隊長が勝八を近衛兵扱いにしたということは、好意的ではないはずだ。


「あ、ちょっと……!」


 遅まきながらそれに気づいた勝八が彼らを止めようとすると。


「せいっ!」


 マリエトルネが、彼の足を思い切り踏んだ。


「何すんだよ……」


 とはいえ体重が軽い彼女に踏まれても、無駄に頑丈な勝八はダメージを負うことがない。


「踏みがいのない足だね。モテないよ」


 勝八が平気な顔で抗議すると、マリエトルネはつまらなそうに言い返した。

 踏まれたときは良い悲鳴をあげるとモテるのか。

 覚えておこうなどと勝八が考えていると、その間に幌の中にいた娼婦達がゾロゾロと出てきた。

 その中に、褐色肌の少女がいる。


「ムゥ……」


 肌も露わな胸当てと腰巻きのみの格好ではない。

 彼女は襟ぐりの広い黒色のドレスをしとやかに着こなしていた。


 露出度は下がっているはずなのに、その姿を見た勝八は何故だか胸が高鳴る。


「ほら、全員出たんだからとっとと調べてよ」


 衛兵達も同様だったらしい。

 ゾマに見惚れる彼らを、娼婦の一人が急かす。


「あ、あぁ」


 動揺しながらも、彼らは馬車の中を点検しだした。


「カッパチ……!」


 彼らの視線から逃れたゾマが、小走りで勝八に近づく。

 途中で靴が脱げ裾を踏みバランスを崩した彼女を、勝八は手を取って支えた。

 衣装も相まって、まるでダンスのような姿勢である。


「そうそう。そういうのモテるよ」


 背後でやり手ババアのような幼女声が聞こえるが、とりあえず無視である。


「大丈夫か?」


 尚も落ち着かない様子のゾマへ、勝八は呼びかけた。


「あの、おかしくないカ? この服……」


 すると、ゾマは彼にぎゅっと体を寄せながら尋ねてくる。


「え、綺麗だ……と思う」


 寄せて上げる効果があるのか。普段より密度の上がった感触。

 潤んだ瞳の前ではいかなる嘘もつけず、勝八はストレートに答えた。


「そう、カ……」


 すると、彼女は胸元まで赤くして、更に勝八へと体を密着させる。

 どうしよう。これは正答者へのご褒美なのだろうか。

 勝八が据え膳を食うかどうかを、馬車の外に出た娼婦達が愉しげに見守っていたが、それはそれとして。

 淡い恋心を打ち砕かれた門番が振り向いて「アベック滅べ」と呟いたが、それはそれとして。

 馬車の確認も無事終わり、勝八達はグリフ国内へと通されたのであった。



 ◇◆◇◆◇



 自由都市グリフ。

 大きさではペガスに劣るものの交易が盛んであり、賑やかさは世界最大級の都市である。

 商売に関する規制が緩く、ここで手には入らぬものは無いと言われる場所だが、反面詐欺などにあっても自己責任で済まされることが多い。


「で、馬車の中に衣装が余ってたんで、咄嗟にゾマへ着せたと」


 通りの中央を、ゆっくりと馬車が通る。

 案内の兵士が馬で先導し、その次に娼婦達の乗った馬。

 最後に勝八のいる馬車といった隊列である。


「そうそう。サイズが合うのがあって助かったわー」

 

 街の活気は凄まじく、通りに並んだ布天井の商店を目当てに、馬のスレスレにまで人が押し寄せている。


「胸は窮屈で、お腹は余ってたけどね」


 幾分広くなった幌の中で、勝八は娼婦達の話を聞いていた。

 隣には黒いドレスを身につけたゾマが、スカートを広げぺとりと座っている。


「やっぱここでも、ゾマの部族って嫌がられるのか?」


「直接被害に遭うわけじゃないから、ペガス程じゃないけどね」


「何だかんだ渋られて入国拒否にはなるかも」


 勝八が問いかけると、外の方を向いた娼婦が答える。

 時折笑顔で手を振っているのは、地道な営業活動だろう。


「アイツらもう悪さはしないって誓ったんだけどな」


「長年破壊活動をしてきた報いダ。仕方がなイ」


 何とかならないものかと息を吐く勝八。

 その横で、ゾマは目を伏せ自らの扱いを受け入れる。

 肩を抱き寄せたくなるが、先ほど我慢して散々娼婦達に意気地なしだと罵られたので我慢である。


 確かに勝八がもう大丈夫だと言っても、信用する人間はいないだろう。

 勝八が女子殴り野郎の汚名をすすぐのに三年近くかかったように、こういった評判も時間をかけて払拭していくしかない。


「ま、肌の色はそう珍しくないし、格好さえ何とかすりゃ平気さ」


 考え込む二人を、マリエトルネがフォローする。

 幌の外を見ると、確かにゾマと似たような肌色の人種もぽつぽつ行き交っている。


「猫耳ロリ婆のほうがよっぽど目立つよな」


「……アンタはどんな格好したって蛮族なんだから外出禁止ね」


 勝八が茶化して言うと、マリエトルネはギロリと彼を睨んで言い返す。

 自分はゾマの部族と何の関連もないジャパニーズなのに、何故彼女より蛮族めいていると言われるのか。

 今度スーツでも着て見返してやろうと決意する勝八。

 

「しっかし、久々に来たけどゴミゴミした街だね」


 彼を尻目にマリエトルネはジェロミーの方まで行き、尻尾を振りながら呟いた。


「ここでは商売してなかったのか?」


 移動娼館を名乗っていたマリエトルネ達である。

 ここはうってつけの街だろうと疑問に思い勝八が尋ねると、彼女は呆れたような表情で振り向き説明した。


「こんだけ商売が盛んって事は、ほとんどの場所は他の娼婦の縄張りになってんだよ。アタシらが巡ってたのは娼館の無い小さな村さ」


「かち合うと面倒なのよねー」


「かといって残った場所は客層が悪いし」


「後は色んなトコで商売してる姐さん目の仇にしてる同業も多いし」


 マルエトルネの言葉を、娼婦達が次々に補足する。

 どうやら業界特有のしがらみがあるらしい。


「んじゃ、これからどうすんだよ」


 だが、仕事ができませんのでゴロゴロしますという訳にもいくまい。


「しばらく休業さね。へそくりはある程度持ってきたし、拾った馬も売ればしのげるさ」


 勝八の問いに、マリエトルネはゴロンと寝転がりながら答えた。

 拾ったというか奪った馬なのだが、命を狙われたのだからこのぐらいの報酬は良かろう。

 などと考える勝八。


 馬を売ると聞いて、正面の馬車馬ジェロミーが不安そうに振り向く。


「アンタは売らないから安心しな」


 それを宥め、マリエトルネは大きく息を吐いた。


「どした?」


「……これを機に、料亭にでも鞍替えしようかねぇ」


 勝八が尋ねると、彼女は天井を見上げてそんなことを言い出す。

 本店への帰還は絶望的。追っ手は来るわ、故郷の荒れようを見るわで少々弱気になっているのかもしれない。

 もしくは更年期。


「ちょ、正気なの姐さん!?」


「姐さん人には花嫁修業させるくせに自分は料理なんて作れないじゃない!」


 勝八が考えていると、娼婦達が一斉にマリエトルネを止める。

 彼女の良い面と悪い面が一斉に見えたが、勝八はとりあえずそれを流す。


「うっさいね、アンタらもいい加減トウがたってきただろ! とっとと旦那見つけないと手遅れになるよ!」


 振り返ったマリエトルネは、シャーと鳴き声を上げながら娼婦達を威嚇した。


「まだ化粧でどうにかなるよ!」


「一番年上は姐さんだろ!」


「アタシは生涯現役だよ!」


 すると、娼婦達はマリエトルネに言い返し、馬車の中はぎゃあぎゃあと一斉に騒がしくなる。


「人間って、争ってばかりね」


 桶の水面から顔だけを出し、先ほどまで黙っていたドロシアが呟いた。

 何やら以前にも聞いたセリフである。

 やはり言いたいだけの可能性が高い。


「あぁいうのはじゃれ合いって言うんだよ」


 機微の分からない彼女に教えてやった勝八は、水面を指でぐるぐるかき混ぜた。


「や、やーめーなーさいよー!」


 浮かんだ顔が木の葉のごとく回転し、悲鳴を上げる。

 これもまたじゃれ合いだ。


 勝八が考えていると、やがて通りを抜け石橋へと差しかかる。

 その下を流れる河。

 それもやはり、茶色く変色していた。


「……私は、浄化なんてしないんだから」


 勝八を桶渦に巻き込もうと体を起こしたドロシアが、ぽつり呟く。


「何も言ってないだろうが」


 自意識過剰な思春期娘に言い返す勝八。


「分かってるわよ。どうせアンタはママに言われて私をあのつまんない仕事に戻そうとしてるんでしょ」


 しかし、ドロシアはなおも膨れた面で腕を組む。

 確かに勝八は、なんだかんだでドロシアに水の浄化業務へと戻ってもらいたい。


「ママは、お前一人に仕事を押しつけてごめんって言ってたぞ」


 だが、緩がドロシアに責任を感じているのも、また事実である。

 買い物の時も沈んだ様子を見せていた緩は、別れ際にも勝八へとドロシアのことを頼んでいた。


「そんなの……嘘よ」


 千年単位で放置されていたドロシアが、それを素直に信じられるはずがない。

 むしろ未だに緩をママと呼んでいるのが不思議なぐらいだ。

 それでも――。


「お前が好きなのはリンゴ。それも果汁たっぷりの奴。それから魚と戯れるのも好きで、彼らが棲む綺麗な水も好き」


「なんで……そんな事知ってるの?」


 羅列する勝八に、ドロシアは目を丸くする。

 普通ならストーカーやらを心配する事案だ。

 しかし、そうではない。


「お前の母ちゃんに聞いた」


 これらはすべて、緩が考えた設定である。

 勝八にドロシアの好きな物を尋ねられた緩は、手元に設定資料が無い状態にも関わらず、これらの設定や彼女の趣味などを暴走機関車のごとく答えたのだ。


 趣味趣向が勝手に決められるということに対し、気分良く思わない者もいるだろう。

 ましてドロシアは、なまじ人格を与えられてしまったばかりにこうして苦しんでいる。

 ……それでもこれが、緩がドロシアに愛着を持っている証拠なのは間違いない。


「ママ……」


 痛みに耐えるように、ドロシアは胸に手を置く。

 この事をドロシアがどう受け止めたのか、勝八には分からない。


「お前が辛い思いや寂しい思いをしないように、俺が何とかする。だから、任せてくれないか?」


 だが今の勝八は、彼女が感情を与えられて――生み出されて良かったと思える世界を作りたいと心から思っていた。


 その決意を込め、彼はドロシアを見つめる。


 勝八の言葉を信じて良いのか計りかねているのだろう。

 恐る恐る、ドロシアは顔を上げた。


「お前の好きな魚や林檎が苦しむのも悲しいだろ」


 自分たちがこんな状況を作っておいて傲慢だろうか。

 考えながら、勝八はそんな言葉を付け足した。


 元凶の勝八達や水を汚す人間にも責任はある。

 だがそれに、この世界の動植物達も巻き込まれているのだ。

 ドロシアとて、それに気づいていないはずがない。


「それは……」


 心根の優しいドロシアは、彼の言葉に俯き下唇を噛む。


「って、ことで提案なんだけど」


 ズルい言い方だったかもしれない。

 そう反省した勝八は、切り替えるように明るい声を出しながら人指し指を立てた。


 彼女がそこまで悩まずとも、勝八が考えたこの完璧な作戦さえ成功すれば、ドロシアも人間も……世界自体が救われるはずなのだ。

 その作戦とは――。


「お前、アイドルにならないか?」


 自信と野心に満ち満ちた顔で、勝八はドロシアへと提案した。


「アイ、ドル……?」


「あいどル?」


「アイドルぅ?」


 アイドル。その未知の単語に、ドロシアが目をしぱたかせ、彼らのやり取りを見守っていた周囲も、一斉に怪訝な声を出したのであった

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