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アフタートーク

「んー、今日は楽しかったぁ」


 背筋を伸ばしながら、緩がそんな言葉を吐き出す。

 月並みな感想だが、伸びをしすぎてバランスを崩すはしゃぎ様を見れば、それが本心だと分かる。


「車に気をつけろー」


 彼女の姿を眺めながら、少し後ろを歩く勝八はついそんな声をかけた。

 駅から家へと帰る道。

 車道とはガードレールで仕切られているためそこまで危険はない。

 が、前を歩く緩を見ていると何故か父親気分になってしまい、勝八はそんな注意をした。

 先ほどまで夫婦ごっこをしていたことを考えると、我ながら不思議な心境変化である。


「大丈夫だよー。それより勝ちゃん重くない?」


 その扱いに少々むくれながらも、緩はお下げを揺らし振り返った。


「こんぐらい平気だっての。異世界じゃ馬車も引っ張ってるしな」


 軽く袋を掲げて見せ、そう答える勝八。

 実際に買った物は服などかさばる割に重量の少ないもので、見た目ほど大変ではない。

 

「でも、あっちとこっちの勝ちゃんじゃ筋力が違うし」


 が、緩は尚も心配そうな表情を続ける。

 アバターとはいえ、むしろ自分の分身だからこそ、劣っていると言われると反論したくなるのが男の子だ。


「どっちにしろそこまでひ弱じゃねぇよ。あと最近、あっちで体の動かし方覚えてこっちでも強くなった気がする」


 早足で緩に追いついた勝八は、そんな体感も併せてお出しした。


「勝ちゃんそれ絶対気のせいだよ。前みたいに高いところから飛び降りて骨折とかしちゃうよ」


 だが緩は、更に不安そうに口を曲げる。

 確かに例の骨折の際は、緩をひどく心配させた。

 しかし、今回は違うのだ。


「こう、強さの扉が開いたっての? 見取り稽古で奥義が使えるようになったとか、一回ゴッドになったことで神の領域にたどり着けたとかそんな感じ」


「うぅ、よく分かんないよ」


 何とか説明をしようとした勝八だが、さすがの緩でもその意図は伝わらなかったらしい。

 情報共有に隔たりがある。

 そう感じた勝八は、彼女に提案した。


「今度は映画でも見に行くか」


 こういう時は一緒に何か観るのが手早い。

 しかもガツンとインパクトがあるやつだ。


「え、良いの……?」


 すると、緩が目を丸くして勝八の顔をのぞき込む。


「言っとくけど奢ったりはしないぞ」


 もしや映画代はもちろんポップコーンやジュースまで奢ってくれると思いこんでいるのだろうか。

 そう考えて勝八が釘を刺すと、緩は「そうじゃなくて……」とごにょごにょ口元を動かしてから意を決した表情で彼に尋ねた。


「私とそんなに出かけてくれて、良いの?」


 揺れる瞳は不安げで、妙に胸をざわつかせる顔である。

 彼女が何を懸念しているか勝八には分からない。

 が、直視することはできず、目を逸らしながら答えた。


「夏休み入ってからでもお前の部屋入り浸りじゃ、さすがに婆ちゃんも怪しむと思うしな」


 ただでさえ緩の祖母には、部屋に二人きりで何をしているのかと疑われている。

 このままではおかしな誤解を受けかねず、勝八はともかく緩には迷惑だろう。


 勝八の言葉に似たような事を想像したのか。

 緩も勝八から目を背け赤面した。


「異世界にも、漫画喫茶とか、カラオケ店とか、そういう場所から行くほうがいいかもな」


 これはこれで妙な雰囲気だ。

 それを打破するため、勝八は早口で他の例を示した。


「カラオケは……一人にされたらどうすればいいのか分かんないよ」


 すると、頬を赤くしたまま緩が柔らかく笑う。

 どうやらいつもの調子を取り戻したようだ。


「歌ってればいいだろ。ふるさととか」


 勝八も内心でほっと息を吐きながら、そんな風におどけてみせる。

 中学生の時、一緒にカラオケへ行った緩が童謡を歌いだした事件は、勝八の中での鉄板ネタとなっていた。


「もう! それは忘れてってばぁ!」


「はっはっは、いーやーだねー」


 一方言われる緩にすれば、それは幼き日の小さな過ちである。

 紙袋を持った勝八の腕を揺さぶる緩に、あんな面白いこと忘れてたまるかと高笑いする勝八。

 自転車道を走る少年が、それを見て密かに「カップル滅べ」と呟いたがそれはそれとして。


「あ、勝ちゃんの家とかは?」


 勝八の腕を鈴緒のごとく揺らしていた緩だが、ふと柏手を打って彼に提案した。


「何で俺の家……」


 まるでお参りされているような気分である。

 急に上機嫌となった緩も不気味だ。


「しばらく行ってないし、私も勝ちゃんの部屋見たいなー」


 勝八にやり返せるチャンスだと見たのか。

 緩は楽しそうに勝八の顔をのぞき込む。


「アホか。女子供が入れる状態じゃないっての」


 その額を軽く小突いて、勝八は息を吐いた。

 足の踏み場もないほど汚れているわけではない。

 が、決まったステップを刻まないと足裏が痛いことになる現場なのも事実だ。

 何より……。


「じゃぁ勝ちゃんが異世界に行ってる間掃除するよ」


「ダメ、ゼッタイダメ」

 

 勝八の部屋には、緩に見せられないグッズがたんとある。

 彼女にベッドの下や机の中を見られる訳にはいかない。


「うー……そんなに拒否しなくても良いのに」


「健やかな世界創造の為だ。自重しろ」


 緩は唇を尖らせるが、このお子様にアレやコレやらを見られたら、次の日から世界がどんな風に変化するか想像もつかない。

 女の子がみんなエロスに滾るなら万々歳だが、ヘタすると下ネタという概念が存在しない云々な世界になりかねないのだ。


「よく分かんないけど、分かった……」


 勝八の勢いに押され、緩は不承不承頷く。

 彼の言葉をどう理解したものかと、時折つむじが左右に動くのが可愛らしい。

 ……あくまで、小動物的な意味だが。

 脳内で誰かに言い訳してから、勝八はふと呟いた。


「何か不思議な感じだな」


「何が?」


 くりんと、緩の瞳が向けられる。

 身長差のおかげで距離が離れているのに、瞳がつぶらだからか、夕日を受けて光を反射しているからか。妙に近づいて見える。


「ここ最近全然話せてなかったのに、毎日家に上がるのが当たり前になって、一緒に出かけるようになって」


 ――こうやって、隣を歩いている。

 緩が放つ引力に無理矢理逆らい、前方を向きながら勝八は答えた。


 本当に、不思議な感じだ。

 こんなこと、半年前は想像できなかった。


「そう、だね」


 頷いて、緩が勝八の手――ではなく彼の持つ紙袋の紐を掴む。


「あのさ、緩……」


 遠慮することもできず、というか身長差のおかげで緩にはほとんど重量がかかっていないはずだ。

 無理にほどくことはせず、勝八は別の事を話そうとした。

 その時――。


「私、これからも勝ちゃんと色んなところに行きたい、な」


 切り替えるように、あるいは遮るように緩が口にする。

 細く揺れる彼女の声音を聞いて、勝八は言おうとしていた言葉を飲み込む。


「……とりあえず今度のプール、思いっきり遊ぼうぜ」


 代わりにそんな事を言って、彼は笑顔を見せた。


「うん!」


 緩もまた無邪気な笑顔でそれに応える。

 こつんと、同じ紐を掴む二人の手がぶつかった。

 夏は、まだ始まったばかりであった。 



 ◇◆◇◆◇

 


 それはそれとして。


「へぇー。で、買い物行って帰ってきただけ?」


「今度プールにも行くっての」


 翌日、再び異世界へと意識を降ろした勝八は、馬上の娼婦に振り向かず答えた。

 娼婦集団には馬が5頭加わっており、マリエトルネを筆頭に娼婦達がそれぞれ搭乗している。

 これらの馬はペガスからの追っ手が乗ってきたもので、元追っ手のリセエナ曰く暗殺馬だの毒馬(毒が仕込んであり乗ると死ぬ)ではないらしい。

 誰にでも聞き分けが良く、娼婦達が乗っても不満を見せず従っている。


「そうじゃなくてー。毎日部屋で二人きりとか絶対誘ってるわよ。むしろ何もしないほうが失礼よ」


 むしろ不満そうなのは、それに乗る娼婦達である。

 どこで覚えたのか、彼女達は馬を立派に乗りこなしていた。


「何もしないって……この世界の平和を守ってるんですけど?」


 好き勝手言う彼女達に辟易しながら、勝八は馬に歩調を合わせる。

 彼女らに地球のことを聞かれ、分かりやすく昨日の出来事から話したのが間違いであった。


「楽しそうだナ……」


 馬車の幌からゾマが顔を出し、憮然と呟く。

 まだ睡眠が足りないのか見事な半眼だ。


「いや、緩だってこの世界を適当に扱ってるわけじゃないんだぜ? むしろ頑張りすぎてるぐらいで……」


 神の所行を確かめ、彼女を信じたいと語ったゾマである。

 緩が遊び歩いていると誤解を受けるのはまずい。

 そう考え、勝八は必死で弁明する。


「……別に、そんな事を気にしている訳ではなイ」


 だが、ゾマはぷいと顔を逸らすとやはり不機嫌そうに語る。

 では何を怒っているというのか。


「おやおや、青春だねぇ」


 巧みに手綱を操るマリエトルネが、彼らを冷やかす。

 彼女は緩以上のちびのくせに、一番大きな馬を御している。

 まるで世紀末覇王かと思えるほどの貫禄だ。


「だから俺と緩は……」


 代わる代わるからかってくる娼婦に、勝八は改めて自分と緩の関係を説明しようとする。

 だが昨日の会話のおかげか。

 前回のようにただの幼なじみと言い切るのに、少々のためらいが生まれる。 


 その隙に、ちゃぽんと。

 馬車の奥に置かれた木桶の水が揺れた。

 そしてそこから水が盛り上がり、半透明の少女の姿が形作られる。


 水の精霊。彼女は沼から汲み上げられ、木桶の中に棲んでいた。

 水が無くとも生きられるが、あったほうが居心地は良いらしい。

 汲み上げられた途端透明になった水に、娼婦達は驚いていたが……。


「ママとは仲悪いの?」


 ぶっきらぼうに、水の精霊は問いかける。

 勝八のことはパパと認めてくれないのに、緩はしっかり生みの親と認識しているらしい。


「お前もかよ……だから仲が悪い訳じゃなくて」


 どちらにしろ、緩との仲を問いただされる形である。

 自分と緩の関係は、それほど不自然なものなのだろうか。


 少々不安になる勝八だが、いつまでもこんな話をしているのはバツが悪い。

 それとじっと見つめてくるゾマの視線が辛い。


「そのママと話したんだけどな、ドロシア」


 少々強引に話題を変えた勝八は、『彼女』に呼びかけた。


「ドロ……シア?」


 誰のことかと娼婦達が顔を見合わせるが、彼女らではない。

 勝八にじっと見つめられた水の精霊は、自身を指さし目を丸くした。


「やっぱり知らなかったか、お前の名前だよ」


 頷き、勝八はそれを肯定する。

 買い物の終わり際、勝八が緩へと頼んだのがこの件であった。


「いつまでも水の精霊じゃ収まり悪いからつけてくれって、緩に頼んだんだ。そしたらアイツもう考えてあるって……」


 だがしかし、設定魔の緩が名前の付け忘れなどしているはずがない。

 自分が聞き忘れていただけということを棚上げし、勝八は息を吐いた。


「ママが、つけた名前……」


「嫌だったら適当に改名してくれ。俺はドロシアって呼び続けるから」


 呆然とする水の精霊に、一方的に告げ前を向く勝八。


 おそらく彼女は、この世界の誕生から存在している。

 名前の一つや二つ、イッパイアッテナという感じかもしれない。


 それでも、勝八の脳には水の精霊ドロシアの名前がバッチリ刻まれており、他の名前はしっくりきそうにない。

 おそらく、生みの親である緩がつけた名前だからだ。

 そんな風に彼は考えていた。


「……別に、それでいい」


 彼の背後で、水の精霊――ドロシアがそれを肯定する。


「へぇ、ドロシアねぇ」


「よろしク、ドロシア」


 二人のやり取りが聞こえるマリエトルネとゾマが、口に馴染ませるようにその名を呼ぶ。

 すると娼婦達も次々に「ドロシア」と口にし、最後には全員での「ドーロシア!」コールとなった。


「何やってんだか……」


 どう反応して良いか分からず、体を寒天のごとく振るわせる水精霊。

 口を波打たせる彼女を伺いながら勝八が歩いていると、やがて大きな城壁が見えてきた。


「ほれ、ついたよ」


 マリエトルネが周囲を落ち着かせ、自身の馬を前に出す。

 その手綱さばきと馬の尻に勝八が見とれていると、その内アーチ型の門とその左右を守る門番の姿が現れた。


「止まれー!」


 片方が大きく手を振り、勝八達に停止を促す。

 マリエトルネを筆頭に、娼婦達はザッと一斉に静止した。

 ……本当に、彼女達はどこでこういうことを習ったのだろう。


「お前達は……一体」


 門番達もそう思ったらしく、胡乱げな目で勝八達を観察する。

 ただでさえ明らかに乗馬用ではない格好で馬に乗った女性集団に、骨兜の上からフードを被った怪しげな男だ。

 警戒されて不思議はない。


「えーとだね」


 ひらりと華麗に馬から降り、マリエトルネが事情を説明しようとする。


「そこのお前、フードを取れ」


 それよりも早く、前に出たほうの門番が勝八に声をかける。


 ドロシアにひっかけられた泥のせいで汚れてはいる。

 だが、特に見られて困る顔ではないはずだ。


 考えた勝八は、ゆっくりとフードを取る。

 すると――。


「やはり……」


 勝八の顔を見て、門番が声を上げる。

 自分は指名手配でもされていたのだろうか。


 勝八が身構えた時。


「元ユニクール近衛隊カパッチ。それに、協力者マリエトルネ一行だな」


 門番が、彼らをそんな風に呼んだ。

 勝八はユニクールに所属したことなどない。

 それに、何となく聞き覚えのある呼称である。


「フリオ隊長から話は聞いている。案内しよう」


 どこでだっけと勝八が悩んでいると、門番はそんな名前を出して道端に退いた。

 

「うん?」


 何が起こっているのか把握できず、勝八はやはり首を傾げたのであった。

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