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デート

 水の精霊を連れ、大都市グリフへ向かうことになった勝八。

 彼は追っ手を逃れ、無事街へたどり着けるのか。

 そして、水の精霊の悩みを解決し、世界に清浄な水を取り戻せるのか。

 果たしてグリフでは、何が待ち受けるのか。

 様々な不安が道中を覆うが、それはそれとして。


「あ、勝ちゃーん!」


 琵名駅構内。改札の前に立つ緩が、勝八を見つけ手を振る。


 細ボーダーのニットにデニムのタイトスカート。

 ベーシックなスタイルにV開きのキャミソールを合わせ、少女らしさと肌見せ感を甘MIXしたコーデ。

 少女なりにオシャレと気合い入れ過ぎのバランスを取って考えられた服装である。

 

「恥ずかしいから大声で呼ぶなっての」


 が、その辺りの機微が勝八に伝わるはずもなく、彼は今日の緩を一段と子犬っぽいななどと考えていた。


「えへへ、時間ぴったりだね」


 緩もそこは大して期待していないし、急に勝八が服装を誉めたら真夏の雪を心配するほどだ。

 勝八に近寄った彼女は、子犬感MAXの笑みを見せる。


「待つのは嫌いだからな」


 衝動的に撫でくり回したくなるがそれを我慢し、勝八は妙に誇らしげに語った。

 緩は大抵5分前行動。

 勝八は大抵「こんぐらいに着くだろ」というどんぶり勘定で現場に向かうタイプである。


「ていうか、待ち合わせする意味無いだろ。どうせ家隣なんだから」


 この勘定が外れた事は何度もある。

 待つのも嫌いだが緩を一人で待たせるのも嫌な勝八は、どうせならこの場所まで一緒に来たかったのだが。


「良いの。こういうのは雰囲気だもん」


 彼女は上機嫌でお下げを振り回すと、改札へと進んでいってしまう。


「何が雰囲気なんだか……」


 発言の意図は分からない。

 だが緩の話を聞いていると、そういうことはたまに良くある。

 流すことにして、勝八はそれに続いたのであった。


 今日は異世界探索は休み。

 2駅先の街で、水着選びの買い物をする日である。



 ◇◆◇◆◇



 琵名市から電車に乗って2駅進むと南琵市へと到着する。

 そこは本家琵名市より商店が充実した、若者の――若干若者向けの街である。

 何より駅前に大きなショッピングモールがあり、大抵の買い物はそこで済ませてしまえるのが魅力だった。


「むぅ……」


 そんな品ぞろえ自慢のショッピングモール。

 水着売場の一角で、唸っている女子がいた。

 緩である。

 

「どした?」


 そんな彼女の後ろ姿に呼びかける男、勝八。

 自分の水着を安さとサイズとハートマークがついていないことを基準に選び、帰ってきたらこれである。


「サイズが無いの……」


 すると緩は、どよんとした顔でそう説明する。


「全部デカすぎ?」


 いつの間にか隠れ巨乳になって入るサイズが無い。

 そんな嬉しいサプライズは無いだろうと思いつつ勝八が尋ねると、緩は頷きそのままうなだれた。


「前まではどうしたんだよ」


 確か中学時代は、普通に水着を着て海に行ったはずである。

 勝八が問いかけると、緩は唇を尖らせて答えた。

 

「中学生の時は3号の水着も置いてあって、これって普通に売ってる物なんだと思ったんだけど……」


「特殊な趣味だったのか」


「しゅ、趣味で置いてたんじゃないよ! こう、幅広い需要に応えてたんだよ!」


 3号がどの程度の大きさかか分からないが、まぁ緩サイズだったのだろう。

 巨乳過ぎて自分がつけられるサイズのブラが中々売っていない。

 そんな嘆きをクラスの佐江田が漏らして男子を悶々とさせていたが、あれの逆バージョンだ。


 今時需要の無い商品を置いておけるほど、景気も良くない。

 一時入荷はしていたが、誰も買わないのでサイズ自体撤去してしまったらしい。

 世知辛さを感じる勝八だが、ふと思いついて緩に聞いてみた。


「あっちのジュニアサイズは?」


 指し示すのは、通路を挟んだ向こうにある子供水着のコーナーである。


「……ヤダ」


 が、結果はけんもほろろであった。

 

「ジュニアって響きで敬遠してないか? ほら、あれとか凝ってると思うぞ」


 ジュニアサイズ水着の沽券を守るため、勝八は売場に行ってそれらを指し示す。

 

「うぅ」


 するとお人好しである緩は、躊躇いながらもちらりとそちらに目をやる。


「これなんか、今日着てる奴と同じシマシマだぞ」


 よしよしと考えながら、勝八はその内の一つを手に取った。

 自分でも何故ジュニアサイズをここまで推すのかは分からない。

 だが何となく引きがたい物を感じ、緩にアピールを続ける。


「べ、別にシマシマが好きな訳じゃないよ。ていうかこれボーダーで……」


「これとか可愛いと思うけどなぁ。ジュニア達に着させるなんて勿体ないなぁ」


 抵抗する緩だが、畳みかけるように勝八は言葉を重ねる。

 店舗の隅では店員さんが握り拳を作り、勝八の売り込みを応援していた。


「……可愛い?」


 ぴくり。緩が反応する。

 女の子はいつだって可愛く思われたいものなのだ。

 好意を持っている相手には特にという注釈はつくが、勝八にそれは察せない。


「おう、夏の視線を独り占めだな」


 緩がとことこと近づいてくる。

 更に調子の良いセリフを追加する勝八。

 だがその辺りは興味がないらしく、緩は水着を確かめて、くりんと勝八を見上げた。


「子供っぽくならないかな?」


 その仕草が既に子供っぽい。

 衝動的に言ってしまいたくなる勝八だが、そんな事を言えば更に子供っぽくむくれるに決まっている。

 それはそれで見たいが、今はとにかくこのジュニア的な水着を緩に着せるのが第一目的である。

 繰り返すが、自身が何故ここまで意地になっているか勝八には分かっていない。

 しかし――いや、根拠のない拘りだからこそ勝八の頭はフル回転した。 


「それは安易な考えだ緩。子供っぽいと言われるのを一番気にするのは誰だ? そう大人になりたい子供だ。えーと、だからジュニアサイズの水着こそ、そう思われないように工夫を凝らしているのだ」


 唐突に思いついた理論を、特に検証もせず緩へとぶつける勝八。

 本人もそこまで言い切ってから「もしかしたら一理あるかもしれない」と考えるほどだ。

 緩の頭越しに店員さんを見ると、「どうかなぁ」と苦笑しているがまぁそれはそれとして。


「……じゃぁ、勝ちゃんはどれが良いと思う?」


 勝八の饒舌さにしばらく目を丸くしていた緩。

 だが、立ち直った彼女は上目遣いで彼に尋ねる。

 期待を込めた彼女の瞳に、種類など大して興味が無かった勝八もまじめに水着と向き合う。


「あーっと……これなんか似合うと思う。白いし」


 そして彼は、その中では別に大人びた訳でもない、むしろ可愛らしいデザインの水着を選んだ。

 勝八なりに、本気で緩に似合う水着を考えた結果である。


 緩はそれを見て、しばらく悩んでいたが。


「まぁ、勝ちゃんが選んでくれたなら……いいかな」


 と、高校生にしてジュニアサイズの水着を着る決意を固めた。

 その口元はスマイルマークのごとく口角が上がっている。


 何故彼女が嬉しそうなのか。

 勝八には分からなかったが、ともかく買い物が無事済んだことを店員とともに喜んだのであった。



 ◇◆◇◆◇



 ショッピングモールの二階にあるフードコート。

 そこで勝八は、緩へと昨日のあらましを説明していた。


「そっか……水の精霊がそんなこと……」


 話を聞き終えた緩は、深いため息を吐いてストローからシェイクをすする。


「あぁ、何とかしてやりたいよな」


 向かいに座る勝八は、呟くとハンバーガーを噛みちぎった。


 昨日の探索は、勝八が起きたところで緩の婆様に飯だと呼ばれ、終了していた。

 よって報告するまでに日をまたいでしまったわけだが――。


「そうだね。私が横着したせいで、そんな風になっちゃったんだし」


 昨日の内に報告しなくて良かった。

 勝八は心中でそう思っていた。


 水精霊の事を先に聞いていたら、緩も買い物を気分良く楽しむことは出来なかっただろう。

 勝八の足下には、その他彼女とともに買った小物が紙袋に詰めて置かれている。


「いや、俺が……まぁその辺は一旦置こうぜ」


 水精霊の件は、自分が余計な事を言ったせいだ。

 そう主張しようとした勝八だが、言い合っていても堂々巡りである。


「とりあえず水精霊のパパママとして、娘を助けてやらないとな」


 切り替えて、勝八は緩にママとしての自覚を促すことにした。


「へ……?」


 すると、緩は間抜けな顔を晒して勝八の顔を見る。

 リアクションの意味が分からず、同じく間抜け面で見つめ合うこと数秒。

 ようやく勝八は自分がパパだと精霊に話した件を、緩に伝え忘れていたのだと気づいた。


「お前の設定に俺がツッコんで精霊ができた。そういう意味じゃパパママだろ」


 異世界と同じパターンだ。

 とはいえ緩への説明は比較的容易である。

 あまりに容易すぎて、下ネタに聞こえることを危惧しなければならないレベルだ。


「あ、そっか……言われてみれば、そう、とも言えるよね」


 言葉の意味を飲み込んだ緩は、しかしもごもごと歯切れ悪く口にする。


「嫌だったか?」


 思えば思春期の少女をママ扱いなど、セクハラにもほどがある事案だったかもしれない。

 今更気づいた勝八が撤回しようとすると、緩はおさげをぶんぶんと振ってそれを否定した。

 

「う、ううん。別に嫌とかじゃないよ! パパと、ママ……いいと思う」


 そして、妙に感慨を込めて呟く。

 ほにゃらっとした笑顔を見ると、勝八は何だかとても恥ずかしい事を言ったのではないかという気分になった。


「よし、そしたら解決策探そうぜママ」


「わ、分かったわパ、パパ」


 誤魔化すため緩をそう呼ぶと、彼女もそれに乗り……損ねて噛んだ。

 口調まで無理に変えようとしたのが、彼女の敗因だろう。


「これ前もやったよな」


「うん……やったね」


 仕切り直すことにして、勝八は恥ずかしげにハンバーガーをついばむ緩に尋ねた。


「設定足すのは無理そうか?」


 水精霊がみんなに見える。

 そんな設定を書き足してしまえれば、彼女の孤独も癒せるはずだ。


「今なら頑張ればできるかもしれないけど、大きな設定変更はちょっと怖いかも……」


 すると緩は、小鳥のような唇を突きだして答える。

 「今なら」というのは、彼女が買い物で高揚していることを示しているのだろうか。

 薄らぼんやりと考える勝八。

 だが確かに、一時的な高揚で設定を追加すれば、気分が元に戻るとそれがそのまま「歪み」になってしまう可能性もある。


「それに、水の精霊が誰にでも見えるようになると、いろいろ問題も起こるし」


 勝八の理解が追いつくのと同時に、緩はそんな言葉を追加した。


「どういうことだ?」


「世界の水質を全部管理してるのは彼女だから、悪い人がそれを利用するかもしれないの」


 今日の思考力は水着選びで大抵品切れである。

 その辺りは放棄してそのまま勝八が尋ねると、緩はそんな風に説明した。


「そんな事できるのか?」


「例えば、うちの水だけ綺麗にしてくださいって頼むとか。魔法で無理矢理言うことを聞かせるとか」


 もう一度よく考えもせず質問する勝八。

 それに慣れっこという風に説明する緩。


 異世界ウィステリアの魔法は色々と改造され、詠唱短縮など、緩の関知していない使用法も確立されている。

 その悪用となると、緩にも予測がつかないのが現状である。


「なるほど……あ」


 半分ぐらい理解して頷く勝八だが、ふと思い浮かぶ顔があった。


「どうしたの?」


「水の精霊が宰相と関係してるか聞くの忘れた」


 勝八を一度殺した女。ペガス宰相スカーレットである。

 彼女が水の精霊と結託しているか、すっかり聞き忘れていた。


「大丈夫じゃないかな? それだったら、ペガスの水を汚させたりはしないと思うし」


 そんな勝八を前に、緩は考えもしなかったという風に首を傾げる。

 彼女はママとして、水の精霊をずいぶん信用しているようだ。


「そうだよな。両親の俺らが信用してやらにゃ」


 戒めるようにため息を吐き、勝八はそう口にした。


 両親、という響きにはまた違った感触があるのか。

 緩の背筋がぴぴぴっと伸ばされたが、勝八はそれに気づかない。


「となるとあの宰相のほうか……あいつは何やっててもおかしくないからな」


 彼の思考は、宰相の企みへと向けられていた。

 反乱分子を始末するためには、裏の組織だろうが山賊だろうが利用する人間だ。

 先ほど緩が言っていたように、他の精霊を魔法で無理矢理従わせていてもおかしくない。

 何せ彼女は、ゾマと同じく精霊を見ることができる黄金の瞳を持っているのだ。

 一度殺された恨みも評価に関係している節はあるが……。


「あ、でも宰相さんも勝ちゃんの……」


 考え込む勝八に、緩が何やらフォローめいたことを言いかける。

 その時――。


「何か聞こえるな」


 フードコートの外で、歓声が響いた。


「ええと、アイドルのステージがあるらしいよ」


 勝八がいぶかしんでそちらを見ると、緩は出掛かった言葉を飲み込んで説明する。


「へぇー」


 こんな田舎町にもアイドルが来るのか。

 という意を含んだ息を吐き出し、しばらくそちらを注視する勝八。


「あの、行ってみる?」


 そんなに興味があるのならと断腸の思いで緩が提案すると、勝八は首をぐりんと戻してそれを左右に振る。

 アイドルの類に興味があって見ていた訳ではない。


「あ、そうだ緩」


 それから、彼は緩へと顔を近づけ呼びかけた。


「は、はい」


 変幻自在の勝八の首に、思わず敬語になる緩。


「一つ頼みたいことがあるんだけど」


 そんな彼女の様子に構わず、勝八は指を立て提案をする。

 

 足下の紙袋がガサリ。

 二人の足とぶつかって音を立てた。

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