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父娘交流

「隠し子……」


「育児放棄……」


「しかも汚物処理……」


 馬車の中から次々と不名誉な声が上がる。

 水の精霊に、自分がパパだと名乗った勝八。

 彼のほうを見て、娼婦達がひそひそと言葉を交わしていた。


「ほ、本当なのカカッパチ!?」


 金色の目を潤ませながら、ゾマがカカッと勝八の腕にすがりつく。


「いや、こう物の例えというか……」


 勝八は端的に、自分と精霊の関係を説明したはずだった。

 が、さすがにいろいろ省き過ぎたらしい。


 自身の腕を挟む双丘の感触にドギマギしながら、勝八は答えた。


「おーおー修羅場ってるねぇ」


 その様子を、マリエトルネは愉しげに見守る。

 周囲の娼婦達を見ても似たような表情なので、どうやら彼女らもただ楽しんでいるだけのようだ。


「……あ、貴方が、私のパパパパパパパ」


 一方、水の精霊が音飛びしながらプルプル振動する。

 若干卑猥な光景である。


「ごめん。やっぱり最初から説明していいか?」


 自分の能力では収拾がつけられない。

 己の軽率さを恥じた勝八は、謝罪の末最初から事情を説明することにした。

 そして――。


「アンタ本当に説明がヘタだね」


 少しして、勝八はマリエトルネにダメ出しをされていた。

 勝八の説明はやはり伝わりにくいものらしく、娼婦達も一様にグッタリとしている。


「大体は分かっタ」


 こう言ってくれるのはゾマだけである。

 そして勝八の説明を、半透明の眉間に縦筋を刻みつつ聞いていた水精霊。

 彼女は話を聞き終えると、その顔をググっと勝八に近づけて言った。


「つまり、私が毎日毎日汚物処理なんてさせられてたのは、アンタのせいなのね」


「……それさっき言ったじゃん」


 それは、先ほど勝八が発した言葉だ。

 自分に似て、理解力が乏しいのではないだろうかこの娘。


 疑いの眼差しを向ける勝八の顔へと、水精霊の手が伸びる。


 口ではこんなことを言いつつ、本当は父親が恋しいのだろう。

 ちょっぴり甘えさせてやるか。

 そう決めつけ、瞳を閉じる勝八。


 するとそんな彼の口に、水精霊の手がベタリと張り付いた。


「ボガっ!?」


 何事かと勝八が狼狽している内に、彼女の体からどんどん水が供給されいく。

 やがて体積の増した水は、潜水服のヘルメットの如く勝八の顔を完全に覆った。


「がが、がぼぼぼ!」


 慌ててもぎ取ろうとする勝八だが、水は掴んでも掴んでもどこからか――というか水精霊の手首から湧いてき、一向に顔から剥がれない。


「え、何?」


「急に水が!」


 娼婦達には溢れ出した水だけが見えるらしい。

 不思議な光景に狼狽する声が、くわんくわんと歪みながら勝八の耳に届く。


 心肺機能も強化されている勝八だが、吸える空気がなければどうしようもない。

 彼の意識が地球に還りかけたところで、水の球はバチャリと弾けた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 魔法に少し耐性ができたとはいえ、やはりこの弱点は変わらない。

 周囲から必死で酸素を取り込みながら、勝八は喘いだ。


 すると沼の腐った臭いが鼻いっぱいに広がり、更にむせかえる。

 胸の動悸が激しく、呼吸がまるで整わない。


「大丈夫カカカッパチ!?」


 ゾマが慌てて彼の背中をさする。

 あまりの動揺にカが一つ多い。


「いや、ちょっと、この前の溺死、思い出して……」


 大丈夫だと手で制して、勝八は呼吸を整えながら説明した。


 いつもの勝八ならば、これぐらいでそこまで慌てることは無い。

 だが宰相の魔法にかかり、自ら溺死したあの事件。

 あれが、いつの間にかトラウマになってしまっていたらしい。


 三日月塔潜入の際泳いだときの嫌な感じや、山賊を川へ突き落とすことへの躊躇いはここから生まれていたのだ。


「ムゥ」


 勝八の様子を見、ゾマが水の精霊を睨む。

 それは憎悪の瞳ではなく、やらかした娘を窘める母のような視線だった。

 

「な、何よ。…………その、ちょっとやり過ぎたわ」


 勝八よりよほど親らしいその表情に、あっさり負けた水の精霊が謝罪する。

 根は良い子なのだ。

 だからこそ、勝八にも罪悪感が募る。


「いや、俺が悪かった」


 改めて謝罪して、勝八は自身の顔を拭った。


 考えてみれば、今トラウマが発覚して良かった。

 これが緩とプールに行く時だったら、勝八の死に責任を感じている彼女は余計苦しんだことだろう。


 となると、今度は緩とプールに行くまでに、このトラウマを克服しなければならないわけだが……。


「風呂で潜水ごっこしてれば治るかな……?」


「アホなこと言ってんじゃないよ。んな事よりこれからどうするかだろ」


 勝八がぼんやり呟くと、マリエトルネが彼を小突く。

 それから彼女は「アンタも」と、水の精霊へと視線を向けた。


「わ、私?」


 謝罪した勝八にもごもごと口を動かしていた彼女。

 だが、マリエトルネに呼びかけられると、ぷるんと体を震わせる。


「他人のクソの世話なんざ誰だってやりたくないさ。親がなんて言ったって、やめたけりゃやめちまいな」


 腕組みをし、彼女は鼻息も荒く言い放つ。


 それは突き放すような、それでいて彼女を解放するような。

 正に姐さんの風格である。


「そうそう」


「楽しくやるのが一番よ」


 事情を聞いていた馬車の娼婦達も、水の精霊が見えないなりに頷いたり微笑んだり、彼女を自分たちなりに励まそうとしている。


 うわぁ、ここお母さんがいっぱいだ。

 つい羨ましくなって、水精霊を見る勝八。


「私は……」


 すると彼女は、またも水槽のような顔の中で目を泳がせた。

 そしてチラリ。

 彼女の瞳が勝八へとすがるように向けられる。


 彼女はこんな素敵なお姉さんやらお母さんやらが集う中、ダメダメパパである自分に何を期待しているのだろう。

 分からず、勝八が困惑していると――。


「カッパチ」


 お母さんの一人であるゾマが、それにそぐわぬ低い声を出した。


「ど、どした?」


「誰か来ル……5人ダ。全員足音を殺していル」


 彼女は動揺したままの勝八に体を寄せ、ひそひそとそんなことを告げる。


 殺されたはずの足音も、ここまで聞き取って貰えれば草葉の陰で喜んでいることだろう。

 特徴のある金色の目はもちろん、特段大きいわけでも尖っているわけでもない彼女の耳もまた、尋常ではない精度を誇っている証左である。


「逃げられそうか?」


「スマナイ……既に囲まれていル」


 勝八が尋ねると、彼女は申し訳なさそうに頭を振った。

 勝八一人なら包囲を突破する自信があるが、この足場ではジェロミーが速度を出せまい。

 それに、このまま追われる旅をするのは面倒だ。


「みんな、馬車に隠れててくれ」


 そう考えた勝八は、娼婦達へと呼びかけた。

 ゾマへも視線を送ると、彼女は頷く。


 勝八があれこれ指図するより、ゾマの裁量に任せた方が上手く立ち回ってくれるはずだ。


「ちょっと騒がしくなる」


 どう動くかは彼女に任せて、勝八は次に水精霊へと呼びかけた。


「……人間って、いつも争ってばかりね」


 すると彼女は大地の一部らしき超自然的なコメントを残し、沼へとズブズブ沈む。


 ……何となくそういうセリフを言ってみたい年頃だったのかもしれない。

 が、この誤解は娘の情操上良くない。


 判断した勝八は、手早く連中を片づけることにした。


「いるのは分かってる。出てこい」


 まるで自分の手柄かのように、位置も分からぬ者達へ呼びかける。

 すると、草陰に隠れていた男が一人、ガサリと立ち上がった。


 一見ただの村人風だが、顔には布で覆面をしている。

 だらりと下げた手の下には短剣。

 くぐもった声で、相手は勝八達へ呼びかけた。


「娼婦マリエトルネと、その仲間の蛮族だな……貴様らをっ」


 そして、その間抜けが言い終える前に、筋肉砲弾と化した勝八は相手を殴り倒していた。

 覆面男はそのまま真っ直ぐに、ぬかるんだ地面を転がりながら吹っ飛んでいく。


「これ、殴っていい奴か?」


「殴ってから聞くニャ! いいよ!」


 振り返って尋ねると、マリエトルネがニャっとお墨付きをくれる。

 足音を殺し、覆面をした人間だ。

 問題は無いとは思ったが、たまに勝八の判断は間違っているのでこういう後押しはありがたい。


 ヨシと言われた彼は、餌を前にした獣のように跳躍。

 すると、草の陰に隠れていた人間が露わになった。


 1、2、3、4。

 ゾマの情報通りだと確認すると共に、投げナイフが飛んでくる。

 なるほど。これが例の秘密組織の奴らか。


 ようやく察しがついた勝八は、ナイフを筋肉で弾きつつ着地。

 泥をまき散らしながら次の標的へと飛びかかった。

 が――。


「くのっ」


 勝八が一撃を加える直前、覆面男は一歩退いてそれをかわした。

 勝八の攻撃は彼の並外れた筋力を使って行われるため、恐ろしい速度で相手に迫ったはずだ。

 しかし、相手も素早い。


 勝八は知る由もなかったが、男達――ペガサスの牙の追跡者は、一人目が殴り倒された時点で、道中で使用した加速魔法をかけ直していた。

 加速してもまだ速度は勝八に劣る。

 だが思考が体に追いつかない分、勝八の動きは直線的である。

 目線等で事前に来ると分かっていれば、手練れの暗殺者にとって回避は難しくなかった。

 もう一度至近距離から拳を振るうも、やはり避けられる。

 そんな事をしている間に、他の暗殺者達は彼へと距離を詰めてくる。


「ふぅー……」


 理屈は分からないが、ともかく攻撃が当たらないことを察した勝八は大きく息を吐いた。

 先ほど溺死しかけたことに比べれば、動揺はない。

 実はユニクールで戦ったときも、犬型の魔物に勝八の攻撃は何度も避けられていた。


 その時自分がどうしたのかを思いだし、勝八は吠えた。


「ワンッ!」


 四つん這いになり、相手を威嚇するように唸る。


 するとビクリ。

 勝八の奇行を警戒し、覆面の男達が立ち止まる。


「んんー……」


 が、どうもこうやって虚をついた訳ではなかった気がする。

 勝八はポーズを変え、再び吠えた。


「ニャー!」


 握り拳に手首を丸め、腰を突き出す。

 

「ふざけやがって!」


 さすがに今度は硬直などしない。

 むしろ激昂して男達は襲いかかってくる。


「ちょっと待て今思い出してるんだから!」 


 勝八の手がそれを無意識に捌く。

 触れられた男の体が一回転し、地面へと落ちる。

 その体を流れで踏み抜いて、勝八は気づいた。


 ――そうか、考えなければ良いんだ。


 猫の反応が素早いのは、人間より頭が良いからではない。

 ゴキブリが新聞叩きをかわせるのは、人間より進化した生物だからではない。


 思考を介さなければ、勝八の体は反射神経だけで動くことが出来る。

 ユニクールの時は何時間も戦いそれに飽きたところで、この境地にたどり着いたのだ。

 そして、そんな思い出も捨てた彼は、獣の如く次の男に突進した。


 狙いもつけずただ殴る。

 それだけで拳は数段加速し、体を捻ってかわそうとした男の体にかすっただけで相手の体をギュルギュルと回転させる。

 そのまま目を回し倒れる男の末路も確認せず、背後に裏拳。

 すると彼の背中へナイフを落とそうとしていた男の腹にそれが当たり、悶絶させる。


「ぐるる」


 うなり声を上げて首を巡らせると、残った一人は勝八に背中を見せ逃げ出していた。

 逃がすかという気持ちよりも、動く物を追わずにいられない習性を発揮し、それに四つ足走りで迫る勝八。

 

 リーダー格らしきその男はぬかるんだ地面を低く滑り、彼の前肢を間一髪かわす。

 だが、その体勢では次の攻撃は避けられない。


「ぎにゃー!」


 再び飛びかかった勝八の視界で、男の胸元がキラリと光った。

 苦し紛れか。男がその姿勢のままナイフを投擲したのだ。


 本能のままにそれをかわす勝八。

 だが彼は、自分の任務をすっかり忘れていた。


「おや?」


 暗殺者が逃げた先。そこは馬車の真正面であり、マリエトルネがそこから身を乗り出していたのだ。


「しまっ!」


 理性を取り戻した勝八が振り返るも、もう遅い。

 ゾマが止めようとするも間に合わない。

 ナイフはマリエトルネの眉間へと迫り――。


 ふよん。

 その直前で、突如宙空に出現した水の塊に阻まれる。


「なっ!?」


 驚きの声を上げる覆面男。

 勝八が見れば、沼の中から水精霊の手がぬめりと出て指をこちらへ向けていた。

 彼女がマリエトルネに迫ったナイフを防いだらしい。


「がぼぼ」


 ただし腕だけ出したせいか目測を誤り、マリエトルネは水の塊に溺れていたが。

 ともかく勝八が優先すべきは男の方だ。


 リーダーが動揺している隙に、勝八は彼がナイフを投げた手を握った。


「んの野郎!」


 そして力強く一歩踏み出すと、それを思い切りぶん投げる。


「うわああー!」


 男の体は回転しながら泥の上を水切りの要領で飛んでいき、そのまま見えなくなった。

 ……さすがに死んだだろうか。

 まぁ考えないようにしよう。

 

「助かった」


 ともかく男達の処理が終わった勝八は、精霊へと礼を述べた。


「別に……私の泉が血で汚れるのが嫌だっただけだし」


 すると彼女は、ぷいとそっぽを向きテンプレを少々いじった言葉を吐き出す。


「泉って言うか沼じゃねぇか。汚れきってるじゃねーか」


 安易なツンデレは良くない。

 そんな気持ちを込め、勝八はツッコミを入れた。


「うるさい! 私は赤が嫌いなの!」


 すると水精霊は握り拳をぶんぶんと振り回し、訳の分からない主張をした。

 若干退行を起こしかけている。

 

 これは危険な兆候だ。


「……熱くなってるぞ」


 つぷり。勝八は寒天状の二の腕に指を入れると、そこが人肌程度に暖まっているのを確認して注意を促す。


「どこに指突っ込んでんのよこのエロ親父!」


 それは乙女の聖域を侵す行為だったのか。

 水精霊は今度こそ頭から湯気を噴きながら憤る。


「娘の水温をしっかり確認するのも親の努めだ!」


「ある訳ないでしょそんなもん!」


 さりげなく親父と呼ばれたことに嬉しくなり、胸を張る勝八。

 水精霊はボコボコと煮立った体で、彼を窒息させにかかる。


「あのー」


 種族のかけ離れた親子喧嘩に口を挟んだのは、娼婦の一人だった。


「どした?」


「姐さんが窒息しそうになってるんだけど」


「あっ」


 気づけば、マリエトルネの顔には水の球が張り付いたままだった。

 勝八と同時に水の精霊もそれに気づいたらしく、ばしゃり。

 マリエトルネの顔面からナイフと共に水が落ちた。


「はー、はー、はー……三途の川でご先祖様達がニャーニャー言ってたよ」


 ようやく呼吸ができるようになったマリエトルネは、すぺぺぺと首を振り猫耳から水滴を飛ばす。

 それを被るゾマは迷惑そうな顔をしていたが、彼女を守れなかった負い目からか何も言わない。


 ある程度毛繕いをすると、マリエトルネは文句でも言おうとしたのか大きく口を開く。

 が、途中で思い直したようで口をモゴモゴと動かし。


「ま、助かったよ。ありがとね」


 結局、水精霊へと素直に礼を言った。


「貴方が、その、マーリトリエに似てたからよ」


 すると、素直ではない方の水精霊は聞き覚えの無い名前を出してそっぽを向く。


「マーリトリエ?」


「アタシのご先祖かい?」


 件の人物と三途の川で出会ったのか、察し良くマリエトルネが尋ねる。

 が、水精霊は顔を背けたまま答えない。

 

 水神信仰が廃れていなかった頃は、水の精霊と巫女とに交流があったらしい。

 だが、その思い出を聞く為には好感度が足りないようだ。


「さて、と」


 マリエトルネも勝八と同じ判断をしたらしい。

 深くは聞かず婆臭くも腰を右左と捻る。


「こいつら始末しても、新しい追っ手が来るだけだろうね」


 それから彼女は、泥だらけで転がっている男達を見下ろし物騒な事を呟いた。


「それに、一人はカッパチが遠くまでぶっ飛ばしタ」


 それをゾマが半眼で補足する。

 小石のように飛んでいった男は、ゾマでも行方を追えなかったらしい。


 あぁなると、もはや始末できたと考えて良いのではないだろうか。


「グリフの街に行こうか」


 勝八がぼんやり考えていると、マリエトルネが急にそんな提案をした。


「それって……」


 何やら聞き覚えがある名前だ。

 どこでだっけと勝八が首を捻っていると、彼を呆れた顔で見ながらマリエトルネが説明する。


「グリフはペガスと冷戦状態にある大都市さ。ペガスに追われた人間がよく逃げ込む場所で、奴らも簡単には手を出せない」


「追われた人間……」


 やはり何か聞き覚えがあるシチュエーションだ。

 が、絵の具のチューブが如く首を捻っても、どこで聞いた単語か絞り出すことが出来ない。


「フリオ隊長達が先に行ってるなら、アンタの格好も奴の部下って説明できるだろ」


 ついにしびれを切らし、マリエトルネは直接的な人名を口にした。


「あぁ、隊長が行った街か!」


 それを聞き、勝八はようやく首を元の位置に戻して叫んだ。


「……脳味噌入ってんのかいアンタ」


「違うって。今フリオ隊長の「フ」のところで思い出したんだって」


 呆れるマリエトルネに釈明するも、その時点で大分遅いことは変わらない。


 ともかく、勝八一人では護衛し切れないことがあるのは、今回の襲撃で分かった。

 そうなれば、彼女の言うようにひとまず大都市に紛れ込むのが得策だ。

 後は……。


「お前もついてくるだろ?」


 解決しなければいけない大きな問題は、もう一つある。


「な、何で私が!?」


 それは彼女――勝八の呼びかけにどもる水精霊の件だ。


 勝八は緩に、世界の修正を頼まれた立場である。

 故にマリエトルネのように水精霊へ「やめちまいな」とは言えない。


 しかし、彼女をこのまま汚水処理に戻す気になれないのも事実だ。

 何より。

 勝八は水精霊の顔をじっとのぞき込む。


「何よ……」


 見つめられる機会などしばらく無かったのだろう。

 水の精霊は勝八を睨み返そうとして果たせず、目を右へ左へ泳がせる。


「だってお前……寂しがり屋だろ」


 彼女の顔を見、勝八はいきなり断定した。

 もちろん根拠は無い。

 だが、そうであろうという確信は、長年一緒に暮らしている親子の如く持てた。


 まずはこれまで続いてきた彼女の孤独を癒すことが先決だ。

 そう思い、彼女を誘った勝八だが。


「余計なお世話よ!」


 激昂した水精霊が、再び彼の顔を水で包む。


「ががぼ」


 思春期の娘にこういった決めつけは、例え事実だろうと禁句だったらしい。

 再びの水責めにパニックを起こしながら、勝八は頭の隅で考えたのであった。

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