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私たちって何?

「そうかー、ジェロミーっていうのかお前はー」


 パカパカと、二頭立ての馬車が街道を進んでいく。

 いや、片方は人間……クリーム色の外套を身につけた勝八である。

 縄で己の体を結んだ彼は、隣にいる馬と共に馬車を引いていた。 


「いや、彼女はシャルネ……」


「そうかそうか。飼い葉の量に不満があると。え、味も?」


 御者のお姉さんが抗議するも、彼は聞いていない。

 光のない目で馬と会話し続ける。

 時折すれ違う人もいるが、さすがに人間が馬車を引いているとは思わないらしい。

 不審な顔はすれど、そのまま通り過ぎていく。


「あー! あ゛ぁーーー!」


 馬車の中からは、獣めいた悲鳴が聞こえる。

 いや、聞こえない。

 そんなものは聞こえない。

 勝八には今現在、馬の言葉しか分からないのだ。


 左右の森林を揺らす風が心地良い。

 そうして彼らは、表面的は穏やかに街道を進んだ。



 ◇◆◇◆◇



「はい……私は上司からの命令で、マリエトルネお姉さま達を監視していました」


 しばらく後、普段使っている街道から逸れた小道で馬車は止まった。

 馬車の中へ戻された勝八は、そこで追跡者の話を聞いていた。


 肩には再びゾマが寄りかかっている。

 先ほどまでひどい悪夢を見ていたようで、よちよちされても苦しそうにしていた彼女。

 だが、勝八に頭を預けると、ゾマは再び安らかな寝息を立て始めた。


「上司ってのは?」


「王国にとって邪魔な者を排除する裏の組織――ペガサスの牙の幹部です」


 腕組みしたマリエトルネが尋ねる。

 すると、女――リセエナは陶然とした声で答えた。


 瞳は潤み、着崩れた黒衣が妙に艶めかしい。

 彼女はもう、拘束されてはいなかった。


 ペガサスに牙は無いだろう。

 そうつっこむもうか迷った勝八だが、今のリセエナと話すのはちょっと怖いのでとりあえず放置する。

 

 ――快楽堕ちした人間を、初めて見てしまった。

 えっちな本等ではグッとくるシチュエーションだ。

 しかしその豹変ぶりは実際に目にすると、どん引きする気持ちの方が強い。

 

「へぇ、やっぱりあの連中かい」


 マリエルトネはその不思議な連中の事を知っているらしく、鼻白んだ様子で声を漏らす。


「山賊をこっそり解放したのも彼らです。山賊達を焚きつけ、お姉様を始末する手はずでした」


 彼女の表情を伺いながら、その一員であるリセエナはおずおずと話を続けた。

 哀れな子犬のような顔は、魅了魔法をかけられたときの自身を勝八に思い出させる。

 あの時の彼はそんな可愛いものではなかったのだが、本人は気づいていない。


 マリエトルネは魔法が使えると言っていたし、彼女もそれをかけたのかもしれない。

 ……ていうか、そうであって欲しい。


「アンタはそれを見届ける役だったと」


「ひっ、そ、そうです」


 勝八が願っている内に、大体の説明は終わったようだった。

 マリエトルネが深いため息を吐く。


「ったく、こんな可愛いだけの子猫ちゃんを、どうして狙うかねぇ」


「わ、分かりません。私は監視する役目を与えられただけなので」


 自身をプリティーキャット呼ばわりするマリエトルネに、リセエナは釈明するように繰り返す。

 ハイハイばかりに、手をヒラヒラと振るマリエトルネ。


「やっぱ、隊長とか俺とかと繋がりが疑われてるからじゃねーの?」


 勝八はともかく、フリオ隊長には実際支援めいた事をしていた節がある。

 だが、証拠は握れず強攻策にということではないか。


 横から口を挟む勝八。


「疑惑だけでそこまで……するかもしれないけど、それにしたって大げさじゃないか」


 しかし、今度は首を横に振り、マリエトルネはそれを否定する。

 確かに不穏分子候補というだけで、いちいち罠を張って始末するのは効率が悪すぎる。

 しかし、他の理由となると……。


「じゃぁ、シャシャ族だからとか」


 そう言えばと思い出し、勝八は考え得るもう一つの理由を提示した。

 

 ペガス宰相スカーレットには、精霊と通じている疑惑がある、

 そしてマリエトルネは、水の精霊と意志疎通できる水の巫女シャシャ族の生き残り……らしい。

 勝八はそもそも、その水の精霊がきちんと働いていない理由を探るため、マリエトルネに接触を試みたのだ。


 彼女が生きていると、その精霊がらみで宰相にとって不都合があるのではないか。


「……どこでその名を知った」


 勝八にしては論理立てた推理である。

 しかしそれを聞いたマリエトルネは、ギラリと剣呑な視線を彼にやった。 


 殺気を察知し、勝八に寄りかかっていたゾマがうっすらと目を開ける。


「えーと、ちょっと長い話になるぞ」


 頭を撫でて彼女をあやし、勝八はマリエトルネへと事情を話すことにした。


 神の使いなどという怪しい身分は、例え本当だとしても隠しておきたかった。


 だが、こうなっては仕方ない。

 娼婦達の視線が集まる中、勝八は全てを打ち明けたのだった。

 そして――。


「とりあえず、アンタの説明がヘタクソなのはよく分かったよ」


 大体の説明を終えたとき、マリエトルネはゲッソリとした表情で肩を落とした。


「ウソッ!? 緩は大体分かってくれるぞ!?」


 驚かれるより先に肩を落とされ、勝八は目を剥く。

 だが、周囲の娼婦達を見ても感想は同じようだった。


 馬車も休憩を終え、既に歩き出している。

 勝八が戻ってこないと、馬がご機嫌斜めだ。

 御者のお姉さんがそんな事を言ったが、それは後回しである。


「そりゃアンタの幼なじみ……神だっけ? その娘が異様に辛抱強いかアンタの扱いに慣れてるんだよ」


 勝八の抗議に、マリエトルネは頭を振って言葉を返す。


「彼女、大切にしなきゃダメよぉ」


「こういうの当たり前ーとか思ってると、かっさらわれちゃうんだから」


「ゾマちゃんは二股なの? 現地妻なの?」


 娼婦達が次々に反応し、幌の外でジェロミーがいなないた。


「だから、問題はそこじゃないっての!」


 神としてではなく勝八の幼なじみという部分に異様に食いつく女達を制して、勝八はマリエトルネに半眼を向けた。


 まったく、ゾマが寝ていて助かった。

 ……緩への感謝は、後で本人へ伝えるとして。


「水の巫女って言われてもねぇ……」


 多少強引に話題を切り替えた勝八。

 しかし、マリエトルネの反応は今一つだった。


 シャシャ族と呼ばれた時の視線は何だったのか。

 そう思える程である。


「もしかして、違うのか?」


 緩が設定に関して、勘違いをしていたのだろうか。

 例えば水の巫女なのは、シャシャ族ではなくシャカ族だとか。


「いや、確かにアタシが小さい頃は……えい。水神を称える祭りとかした覚えがあるよ。そん時に巫女役の人間もいた」


 そんな勝八の不安を、マリエトルネはひとまず否定する。


「なんで途中で俺の頭叩いた」


「アンタが「今も小さいだろ」って顔したからだよ」


 言葉の合間に叩かれた勝八が抗議すると、彼女は腕組みをしてそう答える。

 ……客商売の察しの良さは恐ろしい。

 などと考える勝八。


「でも、アタシ自身は水の精霊なんて話したことも見たこともない。ガラでもない」


 それを余所に、マリエトルネはその姿勢のまま息を吐いた。


「つまり、水神信仰なんてすっかり廃れてたわけか」


 マリエトルネだけ産まれたときから巫女適性がゼロだったとか、そういう話ではあるまい。

 だとしても、存在ぐらいは彼女も知っていたはずだ。


「しかもアタシが小さい頃にね……えい」


 セリフの途中、マリエトルネが再び勝八の顔色を読んで叩きにくる。


「それって何十年前だ」


 それ受け止め尋ねる勝八。

 今度は自分でも意識していたため、素早く反応できた。


「乙女の秘密だよ……!」


 すると、彼女はぐぬぬと唸りながら答える。

 とりあえず、遠い昔のことらしい。


「じゃ、水の精霊がどこにいるかも分からないか?」


「……水神が棲むっていう伝承のある泉はあったよ」


 勝八が手を解放しつつ尋ねると、マリエトルネは憮然としながらそんな情報をもたらした。


「それっぽいのあるじゃんか。場所は?」


 望み薄かと思っていたところに舞い込んだ手がかりに、勝八は喜色を見せてせっつく。


「あそこに行くのかい……」


 すると、マリエトルネは難色を見せた。

 何か問題があるのか。

 勝八がいぶかしんでいると、彼女は不意にリセエナへ視線を向けた。


「ちょいとアンタ。追っ手を差し向ける手はずは?」


「え、あ、わ、私が1時間ほど帰ってこなければ、組織の者が差し向けられる予定です」


 すっかり話題から置いてきぼりになったリセエナが、狼狽しながら答える。


「何でそういうの早めに言わないんだよ!?」


「うるさい! 聞かれなかったからだ!」


 これがまた重要な情報である。

 勝八が詰問すると、彼女は出会った頃の狂犬に戻り言い返した。

 どうやら勝八は、服従の対象外らしい。


「このままだと追いつかれる……か」


 ともかく、マリエトルネ達が出発して一時間は優に過ぎている。

 今頃は異常を察知し、ペガサスの牙なる組織が動き出している頃だろう。


 数秒考え込んでから、マリエトルネは顔を上げた。


「よし。アタシが泉まで案内してやる」


 そして、勝八を見据えながら宣言する。


「本当か!?」


 遠い昔に滅ぼされた土地ともなると、さすがにゾマでも知らない場所だろう。

 マリエトルネの申し出は、勝八にとってありがたいものだった。


「ただし、水の精霊とやらがいようといまいと、しばらくの間アタシらを守ってもらうよ。それが条件だ」


「もちろん……あ、いや、分かった」


 付け加えられた条件も、勝八が元々そうしようと思っていた事柄である。

 追っ手が差し向けられている彼女らを、このまま放ってはおけない。


 だが他の条件を加えられても困るので、勝八は取引に応じたという雰囲気で頷いた。


「ったく、大丈夫かねぇ」


 そんな勝八の猿芝居などお見通しという態度で、マリエトルネは彼に半眼を向ける。


「豪華客船地球一周に乗ったつもりでいてくれ」


 勝八が自らの胸を叩いて保証すると、何故か懐疑的な視線が更に強まる。


「……まぁ、んじゃ、ジェロミーと仲良くしといで」


 切り替えるように、マリエトルネは「しっしっ」と勝八を追い出そうとした。


「えー」


 勝八としては、もう少しこのお姉さま方でいっぱいの空間を味わっていたい。


「このままだと追いつかれるって言ったろ。国境に近づけば近づくほど組織の奴らが滞在し難くなるんだから早くしな!」


「へーい……」


 だが、マリエトルネに叱咤され、彼は渋々幌の外へと出た。


「ヒヒィン!」


 勝八の姿を認めた馬が、嬉しげにいななく。


「がんばろうなジェロミー」


「だからシャルネ……」


 御者のお姉さんの抗議は、今の勝八には聞こえなかった。



 ◇◆◇◆◇



「つう訳で、俺とジェロミーは風になってペガス街道を爆走してやった訳よ」


 異世界ウィステリアで半日。

 地球で言うと2時間ほど経過してから、そちらへと戻った勝八。

 それから彼は、事のあらましを向かい合う緩へと説明した。

 隊長へとの会話。ゾマの役立ちっぷり。水精霊信仰の廃れっぷり。

 そして、ジェロミーの勇姿。


 改めて意識すると、確かに勝八の説明はあまり正確ではない。

 そして、よくわき道に逸れる。


「それ、幌の中の人たちは大丈夫だったの?」


「道は平坦だったし、御者のお姉さんがジェロミーをよく御してたからな。俺は馬車が重くならないよう合わせてただけ」


 だが、緩は勝八の話に真剣に相づちを入れ、不安なところは自ら質問してくる。

 きちんと理解していなければ、できない芸当である。


 誰の説明だろうがボンヤリと聞き逃してしまいがちな勝八には、もはや特殊能力に思えてくる。


「あの、どうしたの勝ちゃん?」


 自らの顔をじぃっと見つめてくる勝八に、緩がもじもじと体を揺する。


「お前ってすごいなと思って」


「な、なにかな急に!?」


 勝八が思ったままを告げると、緩は猫のように目を見開いた。

 舌っ足らずな発音も「にゃにかにゃ急に」のほうが近い。


「いや、彼女を大切にしなさいってお姉さんに言われたから。ちゃんと伝えとこうと思って」


 こいつは神の化身ではなく、猫の化身なのかもしれない。

 考えながら、勝八は発言の理由を説明した。


「彼女!?」


 すると、緩は更に甲高い声を出す。

 人間の可聴域を超える勢いである。


「彼女って……そういう意味じゃないっての」


 そこまで動揺されるとこちらの方が恥ずかしい。

 御者のお姉さんに倣って、勝八はどーどーと緩を宥めた。


「そ、そうなんだ……あはは」


 誤魔化すように緩は笑う。

 どうも先ほどから、世界の行方より、二人の関係の方が重要視されていないだろうか。


「ゾマにも夫婦だの恋人だの勘違いされたな。訂正しといたけど」


 考えてみれば、ゾマにもそんな事を聞かれた。

 やはり自分の説明はヘタクソなのか。

 

「そう、なんだ」


 若干へこみながら勝八が考えていると、緩もまた複雑そうな表情を見せている。

 緩としても、変な勘違いをされるのは不本意なのだろう。

 多分。きっと。


「ちゃんとお前が小動物だって説明しといたから、安心しれ」


「しょ、小動物じゃないよ!」


 勝八がからかうと、緩は机を叩いて抗議する。


 ようやく緩がいつもの調子に戻った。

 そのことに安堵しながら、勝八は考えた。


 緩と自分は、結局ただの幼なじみ。

 本当にそれで、良いのかと。

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