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隊長の無茶ぶり

「これハ……」


 勝八の被った骨兜に、ユニクールの宝である癒しの至玉が嵌め込まれる。

 それがガッチリと食い込んだ様に、前へ回り込んだゾマは目を丸くした。


「え、何? ガム?」


 だが、嵌められた当事者である勝八はガムでも貼り付けられたのかと勘違いし、狼狽した声を出す。


「癒しの至玉は君が持っていてくれたまえ」


 そんな彼の様子に構わず告げる隊長。

 横にいるキュール君は、眉間に皺を寄せ不安そうな顔をしていた。


「癒しの至玉って……マジで?」


 ようやく事態を飲み込んだ勝八が尋ねると、隊長はマジだという風に大きく頷いた。


「あぁ。我々が持っているより君が持っていてくれたほうが安全だ。それと……」


 更に、そんな風に解説をする。

 いつまでも腰をかがめている訳にも行かず、勝八はテントから体を出した。


「それと?」


「これは賄賂だ」


 それから続きを促すと、隊長はニッと笑って言い放った。


「国宝を賄賂にすんなよ!」


「ハッハッハ。先ほど頼み事があると言っただろう?」


 その大胆さは、勝八にまともなツッコミを入れさせるほどである。

 隊長は笑いを大きくすると、勝八が落ち着くのを待つように間を取る。


「……反乱軍に参加してくれとかだったら、悪いけど断わるぞ」


 その間に、勝八は彼が頼みそうな事柄を先回りして辞退した。

 蛮族に捕まって中断していたが、隊長達の目的はペガスを転覆させる組織を作る予定だったはずだ。


 そんな気の長い話には付き合っていられないし、組織に拘束されると世界の歪みを正すという勝八の目的も果たせなくなる。

 宰相に仕返ししたい気持ちはあるが、優先したいのは緩のお願いだ。


「そうではない。確かに君の力は魅力的だが」


「僕らの手に余るしね」


 勝八の言葉に、隊長は分かっていたとばかりに頭を振る。

 隣のキュール君はやはり複雑そうな表情で、彼の言葉を補足した。

 キュール君は間近で勝八の力を見た。

 だからこそそれを惜しいと思う気持ちと、手元に置いておいたら何をしでかすか分からない恐怖があるのだ。


 一方彼の気持ちを推し量れない勝八は、「きっとキュール君は別れを悲しんでくれているのだなぁ」とぼんやり考えていた。


「様子を見てきて欲しいのだ。我らが姫の」


 そんな勝八の耳を、隊長の言葉がすり抜けていく。


「ヒメ?」


 危ういところで言葉尻を掴んだのはゾマだった。

 彼女に頷くと、隊長は説明を開始する。


「あぁ、ドラゴンによるユニクール襲撃で、王と王妃、そして王子の御命は失われてしまった」


 太い眉を眉間で繋げた沈痛な表情。

 彼らを守る近衛隊長としてだけでなく、敬愛するものを喪った悲しみがそこには表れていた。


「だが、ユニクール王族の中で一人だけ難を逃れた方がいる。それこそが我らの姫、チナリス・アデマイア・ユニクール様だ」


 だがしかし、と隊長は顔を上げる。


「ユニクール様でいい?」


「チナリス様の方を覚えてくれ」


 脳容量の関係で勝八が尋ねると、キュール君がこっそり訂正した。


「我々がペガスに従っていたのは、半分はユニクール市民の為だが、もう半分はチナリス様を人質に取られていた為だ。我々がいなくなった今、姫様の身に危険が及ぶかもしれない」


「ようするに、市民、僕らの部隊、姫の三角形でお互いが人質になっていた形だね」


 更に隊長の説明に対しても、キュール君は引き続き補足を入れてくれる。


「なるほど。その三角形が崩れたと」

 

 それで半分ぐらいは理解して、勝八は頷いた。


「そうだ。なので君にはペガス郊外にいるチナリス様の様子を見、彼女へ我々の状態やこれからの行動を知らせて欲しいのだ」


「……連れ去ったりしなくて良いのか?」


 ペガス郊外――というのがどういう状態なのか勝八は知らない。

 だが、無事に潜入できたのなら、人一人抱えて運ぶぐらい大して手間は変わらないはずだ。


 そう考えて勝八が尋ねると、隊長は首を大きく横に振った。


「おそらく彼女はそれを良しとしないだろう。姫様もいなくなれば、民達は今度こそ完全に後ろ盾を失くす」


 姫というのは中々高潔な人物らしい。

 打倒ペガスの為とはいえ一時期民衆を見捨てる形となった隊長は、心苦しげな様子である。


「国が無いとはいえ彼女は王族だ。手荒な事はされないはずだよ……多分」


 勝八を安心させるように、あるいは隊長を慰めるように、キュール君が言葉を足す。

 自信がなさげなのは、現在も蛮族の格好をさせられている自らの境遇を省みてだろう。


 その辺りの不安もあって、彼らは勝八に姫の様子を見てきてほしいと言っているのだ。


「どうだろう。頼まれてはくれないだろうか」


 一通り事情を話し終えた隊長が、熱い瞳で勝八を見た。


「分かった。行ってくる」


 それに対し、勝八はお使いぐらいの気楽さで答えた。

 元々目的も無かった訳だし、賄賂を渡されては仕方が無い。


「ありがたい! 癒しの至玉と封印の言葉を告げれば、彼女は信用してくれるはずだ!」


 すると、隊長が暑苦しい手でぐっと勝八の手を握り感謝を述べた。

 近衛隊長と王族しか知らないはずの封印の言葉……勝八はまぁ、緩の設定を見て知っていたが確かに証拠にはなるはずだ。


「で、郊外って具体的な場所は?」


 思いつつ隊長の手を剥がし、勝八は尋ねた。

 郊外と言われても、勝八にはこの世界の地理などまるで分からない。

 そもそも郊外というのがどこを指す言葉かも分からないのだ。


「あぁ、姫が幽閉されているのはペガスから南へ半日ほどの距離にある、絶望の三日月塔という場所だ」


 勝八の問いかけに、隊長は嬉々として答える。

 賄賂なんて受け取るもんじゃなかったかもしれない。

 勝八がそう思ったのは、その不穏な名前を聞いた後だった。



 ◇◆◇◆◇

 


 絶望の三日月塔。

 それはペガス前王時代、彼の兄弟が幽閉されていた事に由来する。

 深い谷に隣接して立てられた塔は先が湾曲し、そのまま谷底にある急流へと倒れこみそうな形をしている。


 正面は兵士による厳重な警戒。

 裏は崖と急流、その間を吹く猛風によって侵入者を防ぐ半エコな作りとなっており、下手な要塞よりも鉄壁の守りを誇っている。

 権力闘争に敗れたペガス前王の兄弟達は、救出も叶わずここで生涯を終えたという。


 ――そんな話を、異世界から戻った後で勝八は緩に聞いた。


「この前王の兄弟っていうのは双子でね。息のあったコンビプレイで剣術大会でもペガス王ガルテイルを追い詰めたの」


「いや剣術大会でコンビプレイしちゃダメだろ」


 何せペガスから半日の距離。蛮族の里からもほぼ同じ時間経過を必要とした。

 ユニクールへ行った時のように、ゾマを背負い全力疾走するのも可哀相だ。

 キュール君は差別だと叫んだが、もちろんスルーである。


 徒歩でたったと歩いている内に帰還時間となり、勝八は緩へ報告。

 それから三日月塔とやらについて尋ねたわけだが――。


「そこはペガスの双翼の策略なんだよ。そもそも剣術大会の発端がね……」


「分かった。分かったから。とりあえず三日月塔関連の情報は無いのか?」


 ネーミングセンスから勝八が察したとおり、絶望の三日月塔はやはり緩が「設定」を作った代物だった。


 自身が作った設定に勝八が興味を示したのが嬉しかったらしく、緩は早口で語る。

 しばらくはそれを見守っていた勝八だが、さすがに話が脱線著しくなったので彼女を宥めた。


「ええとね……隠し通路があるよ」


 するといまだ物足りなそうな顔をしている緩が、ぽろりと重要な情報を漏らす。


「そう! そういうのだよ!」


 今までほとんど関係の無い話を聞かされてきた勝八は、膝を打って彼女に叫んだ。

 その勢いに「ひゃっ」と悲鳴を上げる緩。

 だが彼女は、気を取り直して説明を開始した。


「三日月塔には地下も存在するんだけど、一般の兵士が知っているのは地下一階の牢獄までなの」


「ほうほう」


 相槌を打ちながら、妙な方へ脱線するなよと視線で念を送る勝八。


「でも本当は地表に出た塔と同じように湾曲した地下通路が通っていて、下の岸壁に続いてる。それが三日月塔の本当の由来なの」


 その視線を受け何故かもじもじとしながら、緩は話した。


「なるほど。そこから入れる訳だな」


 短い説明で助かった。そう思いながら頷く勝八。


「水面より少し上辺りに三日月の印が刻まれた岩があって、それが入り口の目印だよ。そこを左に捻れば入れるようになるから」


「え、あ、三日月を左だな……三日月……左」


 が、続いて追加情報が入り、彼は慌ててそれを脳に刻み付けた。

 その途中で、ふと思いつき勝八は笑みを浮かべる。


「しかし……何かこれ、裏ワザ教えてもらってるみたいで楽しいな」


 貴方だけにお得情報を教えますというのは、古今東西人間の心をくすぐる魅惑のワードである。

 小学生の時、無限金稼ぎやら小数点以下の確率でレアアイテムゲットやらの方法をこっそり聞いたときも同じようにワクワクしたものだ。

 まぁ、半分ぐらいは嘘テクであったが。


「そうだね。私もせっかく作った設定を活かしてもらえるのは嬉しいよ」


 回想する勝八の前で、緩もほにゃと微笑む。

 思えば勝八は彼女の設定を聞いては忘れしており、それは探索に役立てられそうなのは今回が初めてだ。


「お前の情報使って、華麗に潜入工作してきてやるからな」


 せっかく世界の創造者がいるのだから、これからはもっと緩の情報を活用するべきだろう。

 魔法が効かなくなるアイテムも、この世界にはまだまだ眠っているはずだ。

 一通り考えて、勝八は彼女に尋ねた。


「ところで、回すのって右だっけ左だっけ」


「……勝ちゃんにはまずメモ用紙が必要かもね」


 一分前の会話も覚えていない勝八に、緩が深いため息を吐く。


 高価なアイテムより、一枚のメモ用紙。

 それが今の勝八に必要なものだった。



◇◆◇◆◇



「つう訳で、潜入する目処はついた」


 忙しくも再び異世界ウィステリアに立った勝八は、並び歩くゾマへと隠し通路について伝えた。

 帰ってきた途端「左回し!」と叫んだ彼に大層驚いたゾマ。

 だが、事情を飲み込んだ今は落ち着いて森の中を歩いている。


 周囲はそろそろ夕暮れ。

 もう少し経てば、潜入にちょうど良い時間になる算段だ。


「そんなことまで知っているとはさすが神だナ……ダガ」


 知っているというか奴が作ったのだが。

 訂正しようか勝八が迷っていると、ゾマはフムと考える。


「どうした?」


「イヤ、あの川を下るのカ……」


 勝八が尋ねると、ゾマは言葉を濁す。

 どうしたのかと勝八が考えていると、大きな川が目の前に見えてきた。


 この辺りの地理に詳しいゾマを連れて来て良かった。

 などと考えながら件の川を見る勝八だが、すぐさま異変に気づく。


「うわ、なんだこれ……」


 川の色が、緑色に染まっていた。

 底に藻が生えている為ではない。

 

 外国の海のように、エメラルドに輝いている訳でもない。

 夕日の加減のせいでもない。


 まだらに茶が混じったその色は、明らかに生活排水がそのまま垂れ流されていた。


「ペガス河は近年汚染が進み、泳ぐには不適格な水質となっていル」


 インテリ蛮族らしい言い回しで、ゾマが解説する。

 川には泡も浮かんでおり、確かに肌に悪そうな事をうかがわせる。


「この世界にエコの概念はないのか……」


 ファンタジー世界の水質汚染。

 また緩がガッカリする要素が増えたと思いつつ、勝八はため息を吐く。


「エロ?」


「ゾマ。そのボケ聞かなかった事にしてやるからな」


 すると、ゾマが色んな意味であんまりな勘違いをするので、勝八はそれを優しく流した。


「ここ数年で急に科学が発展したとか?」


「生活はそう変わらなイ。ただ、昔は放っておいても勝手に水が綺麗になっタ」


「ふぅん」


 代わりに尋ねると、不思議そうな顔をしたゾマは首を傾げたまま答える。

 まぁこうして考えていたところで、環境汚染の原因など勝八に分かるはずもない。


 後で緩に聞いてみようと心にメモし、勝八は川を目の前に唾を飲んだ。


「……じゃ、行ってくるわ」


 勝八が今戦うべきは、その環境汚染が生み出した汚濁である。

 せっかく新調してもらった腰巻きを脱ぎ捨てた彼は、そのばっちぃ水の中へと体を沈めた。

 卵が腐ったような匂いに辟易しているうちに、体はどんどん流されていく。


「ワタシハ!?」


「遠くから砦監視しといて! 俺の死体でも運び出されたらこっそり回収して!」


 置いていかれたと勘違いしたのか、ゾマが川岸を走りながら呼びかけてくる。

 それに答えて、勝八は顔を上げたまま平泳ぎを開始した。


 さすがに女子をこの汚濁に浸からせる訳には行かない。


「あとパンツも拾っといてー!」


 一蹴りで勝八の体がバヒュンと加速し、ゾマの姿が遠くなる。

 最後に言いつけると、彼は再び加速した。

 いつまでもこんな腐った卵の臭いがする水に浸かっていられない。


 蛙より鮫より素早く、彼は目的地へ進んだのであった。

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