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趣味の事になると早口になる

「で、アバターって何だ」


 緩が取り出した分厚いファイル。

 それに嫌な予感を覚えた勝八だが、逃げ出すわけにも行かず、目の前の少女へと尋ねた。


「異世界で使う、勝ちゃんの分身……って感じかな」


 すると緩は、異世界へと繋がるほうの本を机からどかして説明する。


 ドサッとベッドへ落とす様を見ると、異世界に地震でも起きていないか心配になる。

 が、それだけ興奮しているということだろうと納得して、勝八は彼女との会話に集中することにした。


「調査用ロボットみたいなのか」


 宇宙だの深海だの、未知の世界探査には定番のモノである。

 ついに自分も鋼鉄のマニピュレーターを操作するときが来たかと感慨に耽る勝八。


「ロボじゃないよ。さっき異世界に入ってもらった時と一緒で、姿形は人間と変わらないの」


 それに対し、困り笑いで緩はそう説明した。

 彼女はファイルを開くと、それをパラパラとめくっていく。


「あくまで魂の入れ物。向こうで死ぬような目に遭っても、この世界の勝ちゃんには影響が無いから安心して」


 なるほど。自分が消し炭になってもこうして生きているのは、アレがアバターとやらだったからなのか。

 とりあえずそこは理解して、勝八は今日の自分は冴えているようだと頷いた。


「さっきのは汎用村人設定だったけど、今から作るアバターはちょっと強くします」


「ほほう」


 自画自賛している間に緩が何やら説明していたが、適当な相槌でそれを受け流す。 


「それで、どんな性能にする? せっかくだから魔法も使えたほうが良いよね?」


 そんな彼を、緩が上目遣いで見つめてくる。

 説明は聞き逃したが、彼女の口元が綻び始めているのを勝八は見逃していなかった。


 あの設定資料集は異世界を作る為のものだった。

 緩はそう説明していたが、この少女は元々ああいう設定やキャラクターを作ることが好きなのだ。

 

「魔法とかもあるのか」


「うん、でもさっきも言ったけど、あんまり強い存在を生み出しちゃうと世界に良くないの。だからポイント上限を決めて、それを割り振ってアバターを作ろ」


 その証拠に、緩は先ほどよりも饒舌で早口だ。

 本をめくるペースも軽快である。

 勝八も視線を落とすと、そこには丸っこい字で治療魔法だの剣の才能だのという文字がお品書きの如く書き込んであった。


「いやポイントって何」


「ステータスやスキルを取ったり上げたりする時に消費するポイントだよ。これがアバターシート。ここに書き込んでいこうね」


 尋ねる勝八に、緩はファイルの中頃から取り出した紙一枚を渡すと、再びそれをめくり出す。

 既に大分取り残された気分で、渡された紙を見る勝八。

 するとそこには、筋力耐久力スキル魔法、更には性別血液型出身地その他諸々様々な項目がずらりと並んでいる。

 そしてその右側の空欄が、誰かの記入を待っていた。


「魔法使いを名乗るなら、魔力は第二級魔法が使えるぐらいまでは上げたいよね。第一級魔法が一つは使えるように秘奥義魔法のスキルも取って……」


 その説明を求めようとする勝八の前で、緩はブツブツと呟き熱を増していく。


「あの、緩?」


 呼びかける勝八だが、緩は完全に自分の世界へと没頭している。

 これから文字通りの彼女の世界へ行くわけだから良い傾向なのかもしれない。

 が、それにしても実際に異世界へ行くのは勝八なのである。


「伝来武具でインテリジェンスウェポンを取るのも良いよね……どうせなら剣士の要素も入れて……そうなると堕天の血脈も入れれば……あぁこれだとポイントが足りない!」


「……こら」


 とうとう勝八の出自まで改ざんしだした緩。

 そのでこを、勝八はピンと弾いた。


「ぴぷっ」


 通常ショット一撃で落ちる雑魚敵のような悲鳴を上げて、緩の進撃が止まる。


「俺のロボなのに全部お前が作ってるだろうが。っていうか勝手におかしな血筋入れんな」


 うちは平凡なサラリーマン一家だ。顔を寄せて抗議する勝八。


「だからロボじゃなくてアバターだもん。って、あの、で、でも、ごめんね。ちょっと熱中しすぎちゃった」


 それに対し緩は少々の抵抗を見せたが、彼我の距離に気づき勝八に慌てて謝った。

 先ほどごっつんこしたのが余程効いたのか。

 背中をベッドにつけてまで後ずさる緩に、若干傷つく勝八。


「えっと、勝ちゃんはどんなことがしたいのかな?」


 額をさする彼に、佇まいを直した緩が改めて問いかけた。


「どんなことって言われてもなぁ」


 だが、そう聞かれても勝八に思いつくことなどない。

 将来の進路もまともに決まっていない彼である。

 いきなり異世界に行って何がしたいですかと聞かれても困ってしまう。


「こんな戦い方がしたーいとか。例えばこの封印されし邪眼っていうのはどうかな? オッドアイにもなれちゃう……じゃなかったなっちゃうけど片翼の天使のスキルも併せれば……」


「ほほーなるほどなるほど」


 即座に再起動を始めた緩の説明を、勝八は全力で聞き流した。

 実は異世界云々の話だけで勝八の脳はとっくに許容量を超えているのだ。


 スキル云々の説明など格納できるはずがないと、普段の緩ならば気づくはずだ。

 だが今の彼女は完全に暴走してしまっており、その判断はできていない。


 どうしたものかと考え目線を落とした勝八は、机の上に視線を落としてふと気づいた。


「よく分かった。で、緩」


「ただし呪いで右腕にねじ切れそうな痛みが襲うけど……何?」


 声を発した勝八に、中々物騒なことを説明していた緩が顔を上げる。


「この筋力とか耐久力ってどういう数値だ」


 問いかけながら、勝八は件の部分にスッと指を滑らせる。

 そこには筋力耐久力知力敏捷力器用と、ゲーム等で見たことのある項目が並んでいた。


「えーとね。アバターの能力を示す大まかな指標だよ。って言っても筋力は便宜上の名前で、この数値の比率で筋肉量が上がるわけじゃないの」


「ほうほう」


 勝八の質問に、緩は手で不器用にリズムを取りながら、ゆっくりと説明しようと試みる。


「この世界の人間には鍛錬によって体に魔力を取り込む機能があってね。同じ見た目でも魔力が織り込まれた筋肉は地球の人の数倍の力があってね。耐久力も同じように魔力を練りこめば体が凄く硬くなって……」


 だが、すぐに我慢できなくなった彼女はテンポをアップさせビートを刻みだす。


「どうどう」


 勉強を教えてくれるときはそうでもないのに、好きな事となるとすぐにこうなってしまう。

 幼馴染の悪癖に呆れながら、勝八は彼女を宥めた。


「あーうー……この数値を大きくするとすっごい力持ちになって、頑丈になります」


 すると、赤面した緩から非常にざっくりとした説明が返ってくる。

 しかしそんなもので良いのだ。

 勝八はウムと頷き、本題に入った。


「これ、スキルとか関係なく直接上げられねーの?」


「え……できる、けど」


 すると、緩は戸惑いながらそう答える。

 なるほどと頷いた勝八は、とんとんと指を置いて彼女に要請した。


「じゃ、この筋力と耐久力に例のポイントとやら全部使ってくれ」


「えぇ、これに全部!?」


「だって魔法とかよく分かんないし。スキルとかも沢山あっても使える気がしない」


 驚愕する緩に、勝八は理由を説明する。

 別にスキルだのの説明をいちいち聞くのが面倒くさくなったわけではない。


 実用品を買う時と一緒である。

 よく分からない機能やオプションの分安くしてくれと勝八は言いたいのだ。


「それは、そうだけど……」


 同じく庶民派の為か。

 それとも勝八に多彩なスキルなど使いこなせるはずがないという部分に同意してか。

 緩が渋々ながら彼の意見に頷く。


「そもそも俺の目的は大活躍して勇者とかになるとかじゃなくて、異世界の調査だろ? 確実に生き残ることが重要な訳よ」


 ダメ押しとして、勝八はこの発想をした最大の理由を述べた。

 よく考えれば前提が盛大に間違っているのだ。


「し、死んでも大丈夫だよ」


「アホか死んだら痛いだろうが。消し炭になるのはもうごめんだ」


 七つのボールを集めれば生き返れるからセーフ的な緩のセリフにも、ぴしゃりと言い返す。

 あの時は痛みが無くて助かったが、普通に死ぬときは死ぬほど痛いはずなのである。


「消し炭!?」


「……言ってなかったっけ?」


「聞いてないよ! 死んじゃったの勝ちゃん!?」


 勝八の言葉に、緩が芸人のような勢いで机を叩き上半身を乗り出す。


 そういえば、自分は異世界での出来事を緩に話していなかった。

 今更気づいた勝八だが、まさか死んでも大丈夫とのたまった本人にここまで驚かれるとは想像しておらず面食らう。


「た、多分な。よくよく思い出すと目の水分が蒸発してぷちゅって……」


「ひゃぁぁぁ!」


 思い出しながら勝八が説明すると、緩は耳を塞いで突っ伏した。

 そう言えばこの少女。魔物と人間が戦う世界設定を作っていたくせに痛いとかグロい話を聞くのは苦手なのだ。

 だからこそ魔物を実装はしなかったし、されてもあんな形になったのかもしれない。 


「あーっと、とにかくそんな訳でなるべく頑丈な体が欲しいわけよ」


 脅かしすぎただろうか。

 そう感じた勝八は誤魔化すように強引に話をまとめ、アバター作成表を緩に返した。


「……うぅ、分かった」


 すると、小さな体をカタカタと振動させながら、彼女はそれを受け取る。

 そしてそこに何やら記入を始めた。

 無駄に想像力も豊かだし、刺激が強すぎたかもしれない。


 反省しながら勝八が緩の様子を見守っていると、5分ほどで彼女は顔を上げた。


「で、出来たよ」


「おう」


 緩に言われ、用紙を覗き込む勝八。

 すると、筋力と耐久力という項目に50というキリの良い数値が書き込まれており、他には1ばかりが並んでいた。


「知力とかは最低値の1だけど、中に入っても勝ちゃんの頭が悪くなるわけじゃないから安心して」


 全体の半分を占める呪文とスキルの欄は見事に真っ白だ。

 勝八がそのことを多少申し訳なく思っていると、緩がそんな説明をする。


「他の項目も、本人の能力を下回るような能力は自動的にアバター元を参照するようになってる……はずだから」


「ほう、なるほど」


 今の自分は数値にすると知力いくつなのだろうか。

 少々気になりはしたが、シャレにならない数値が出ると怖いので勝八は尋ねず大人の処世術で流す。

 

「それで、これを……」


 一方緩は、ベッドの上に置いてあった古びたほうの本を再び机の上に置く。

 彼女がそれを開くと、そこは先程も見た世界地図のページである。


「こうして……」


 更にその上に、彼女はアバター作成表をそっと置いた。


「こうやって」


 ぱたん。音を立てて本が閉じられる。

 それでは飽き足らず、緩は本の上で手を重ね、ぎゅうぎゅうと体重をかけた。


「お、おい」

 

 中の世界は大丈夫なのだろうか。

 本の中に世界などありませんよと説明されたこともすっかり忘れた勝八が心配していると、やがて緩は一仕事終えた風に額を拭った。


「ふぅ。よいしょっと」


 そうして、彼女は本を逆さにするとばっさばさと振る。

 だが、不思議なことに間に挟まれていたはずの紙が落ちてこない。


 まるで手品のようである。


「おー」


「これで、勝ちゃんのアバターが世界に組み込まれたよ」


 勝八が拍手すると、緩が満足げに本を置き薄い胸を張る。


「じゃぁこれで本の中に入れるようになったわけか」


「え? あ、うん」


 俺降臨の儀式が整ったということだ。

 そう理解した勝八が緩に尋ねると、彼女は困り顔で笑いながら肯定した。

 本の中ではなく異世界だという説明を、彼女は諦めたようだった。


「よし、それじゃ早速」


 そんな緩にも気づかず、勝八は屈伸をすると飛び込みのポーズを取る。


「か、勝ちゃん待って! 入るのは魂だけだから! 勝ちゃんは寝てくれればいいの!」


 慌てて机の上にある本を頭上に掲げる緩。


「なるほど。そういうもんか」


 彼女の反応で間違いに気づいた勝八は、ふむふむと頷き体を起こす。


「ベッド……使っていいよ。さっき入った時は後ろに倒れてゴンってなったし」


 じゃぁどうすれば良いと勝八が目で問いかけると、緩がそんな申し出をしてきた。


「マジか」


 コブでも出来ていないかと後ろ頭を探る勝八だが、特に痛みも膨らみもないようだ。

 しかし遠慮するのもなんなので、彼女の提案はありがたく受け取ることにした。


「勝ちゃんが異世界に行ってる間、体は抜け殻みたいになってるの。あ、呼吸はもちろんしてるよ」


 勝八がベッドのほうへ回りこむ間、そんな緩が説明する。

 見下ろす彼女の体には、特に丸みも膨らみもない。


「そういや後一時間ぐらいで飯の時間になるけど、大丈夫か?」


 ふと思い出し、勝八は緩に尋ねた。

 そろそろ夜の帳が落ちようとしている。

 こうなると階下の老婆が夕餉の支度を始め、少し経って晩餐になるのが緩家のしきたりであった。

 その前に勝八も食っていくか否かというやり取りも入るがそれはそれとして。


「異世界の時間の流れは私が調節できるから。こっちの十分が異世界での一年とかにもできるの」


 勝八の質問に、緩は神様らしい壮大な事を言った。


「……すごいな。修行し放題じゃないか」


 急なセル来襲にも余裕を持って対処できる勢いである。

 感心して声を上げる勝八に苦笑を漏らした緩は、「修行はともかく」とさておいて説明を続けた。


「アバターがちゃんと出来てるか心配だし、異世界側で一時間……こっちで十分ぐらい経ったら戻すね。ちょっとズレが出ちゃうかもしれないけど」


「そういや、さっきも五分にしちゃ長かったな」


 彼女の言葉に、ベッドに腰を下ろした勝八は思い出してぽつりと呟いた。

 計っていたわけではないが、勝八が飛ばされて焼かれるまでに倍の時間は流れていたはずだ。


「うっ、ごめんね。慣れてなくて……」


 勝八の指摘に、緩が呻いてしょげた声を上げる。


「気にすんな。それを助ける為に俺が呼ばれたんだろ」


 放っておけず、勝八は緩の頭に手を置いた。

 眼前にあるつむじがあまりに良い位置にあったという理由もある。

 

「勝ちゃん……」


 身をよじる緩だが、手を払いのけたりはしない。

 その触り心地は幼少の頃とまるで変わっておらず、乱暴に撫でようとした勝八の手を躊躇わせるような繊細さだった。


 勝八とて高校生にもなった幼馴染の頭をいつも気安く撫でている訳ではない。

 この行為自体中学生に上がるか上がらないかでやめた覚えがある。


 だがそれを、今自分は当たり前のように行い、緩も当たり前のように受け入れている。

 不思議な感覚だった。

 今なら何をしても許されるのではないか。

 そんな錯覚が生まれ始めた勝八は、怖くなってその手をはがす。


「その、ありがとう」


 彼の手を受け入れていた緩が、潤んだ目で勝八を見上げた。

 柔らかなその笑顔は、勝八の保護欲やら父性やらその他あれこれを盛大に刺激し、衝動的にベッドへ引きずり込みたくなる。


「勉強見てもらったからな。持ちつ持たれつってやつよ」


 それを誤魔化すため、勝八はそう言ってベッドに倒れこんだ。

 まずい存外いい匂いがする。


「そんじゃ、ちょっと異世界見てくるわ」


 深呼吸をした勝八は、台風の後の爺ちゃんのような気軽さで緩に告げる。


「うん、お願い」


 目尻を拭って、緩が立ち上がる。

 勝八が目を閉じると、まぶたの裏で柔らかな光が溢れた。


 そして、勝八は再び異世界へと旅立ったのである。

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