表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/53

世界終焉の幕は少女の尻が敷く

 勝八が向かったユニクールの方向を、ゾマはじっと眺めていた。


「ゾマ。眠れないのですカ?」


 テントから出てきた長老が、彼女に声をかける。

 先程までアリュナの看病をしていたらしい長老の顔は、ゾマよりも余程休養が必要に見えた。


「イイエ長老。さっきまでゆっくり休めていタ。自分でも……驚いタ」


 彼女を気遣いながら、ゾマはゆっくりと首を振る。

 言葉自体はけして嘘ではない。

 両親の命を奪った病魔が自らを蝕んでいるというのに、ゾマは先程まで深い睡眠を取れていた。


 黒肢病は、寝ている間に手首まで進行していた。

 しかし、ゾマの心は妙に落ち着いていた。


 死期を悟って諦めている訳ではない。

 あの男なら何とかしてくれる。

 それを、ゾマは素直に信じることができているのだ。


「そう……なのですカ」


 彼女の肩に枯れ木のような手をかけ、長老が頷く。


 何故だろう。

 自身の心に、ゾマは問いかけた。


 あの男が神の使者だからだろうか。

 いや、多分彼に助けられたあの瞬間から――。


 彼を想い、ゾマが空を見つめていたその時。


「あれハ……」


 雲が割れ、その間から何かが落ちてくる。

 太陽ではない。

 

 もっと大きくて、黒くて……なんだかヒラヒラしている。

 尾を引く流れ星というものを、ゾマは見たことがある。


 だが、こんな真昼間に、しかもあんなに黒く大きく、ゆっくり落ちてくるものは見たことがない。 

 まるで、世界が終わるかのような光景だ。


「神の、怒りでしょうカ……」


 長老が、肩に置いた手にぎゅっと力を篭める。


「大丈夫。キット……」


 彼女の手を握り返して、ゾマはそれでも抑えきれぬ不安に胸を焦がしたのであった。

 


 ◇◆◇◆◇



「ぐおおお!」


 竜の命を吐き出すようなブレスに晒され、勝八は呻いていた。

 ロケットが宇宙に旅立つかのような、凄まじい炎の勢い。

 周囲の酸素と地面が溶け消え、更に動きを阻む。


 ぷつ、ぷつ、ぷつと肌があわ立つ感触がし、それが火傷になっていくのが分かる。

 一瞬で炭化したほうが幸せだと思えるほどの恐怖体験である。


 だが、ここで死ぬわけにはいかない。

 今勝八が焼死などすれば、緩がまた悲しむ。

 世界も歪むかも知れないが、何より緩のそんな顔を勝八は見たくないのだ。


 歯を食いしばり、勝八が一歩踏み出す勝八。

 すると、炎の照射がぴたりと止んだ。


「あれ?」


 不思議に思い、空を見上げる勝八。

 するとそこには、暗黒があった。

 いや、紺色のそれには折り目正しくひだが付いており、それが竜を巻き込みながらゆっくりと降下してみる。

 

「隕石だ!」 


 無事だったらしいキュール君が、目を◯いて空中を指す。

 どうやら彼には自分と違うものが見えているらしい。


 となるとアレは世界の歪み――いや、あのきっちりとした線は歪みとは別物だ。

 何より、その正体を勝八は本能で感じ取っていた。


「アレは……お尻だ!」


 高らかに声を上げる勝八。

 アレは緩の尻である。

 ベッドの下の本を取る際、座る勝八の前でドアを開閉する際、何度も見てきた勝八にはそれが確信できた。


 何故緩の尻が落ちてくるかは分からない。

 多分緩のことだから、トイレにでも行こうとした時机にドン臭くも足を引っ掛け、少々踏ん張ったが堪えきれず尻餅をついた――つきそうになっているのだろう。


「え、お尻?」


 困惑の声を上げるキュール君。

 説明している時間は無い。

 勝八は彼の元に走ると掻っ攫うように持ち上げ全力で逃亡を開始した。


 緩の尻に敷かれて圧死などごめんである。

 

「ユ、ユニクール城がぁ!」


 勝八の腕の中悲鳴を上げるキュール君。

 だが振り返っている時間も無い。

 とにかく遠く。

 遠く。

 それだけを念じて勝八は足を動かし続ける。

 大地が緩の尻に脅えるように揺れ、真っ二つに裂けるのではないかという音を立てる。

 やがて天が真っ黒になり、地平の先に見える光だけを頼りに、勝八は走った。


 そして――。


「うおおお!」


 目の前に岩壁が見え、勝八はそれを垂直に昇った。

 同時に、眩いほどの光が溢れる。


 自分たちはついに緩の支配から逃れたのだ。

 晴れ晴れしい気持ちのまま着地。


 その時、キュール君が再度叫びを上げた。


「癒しの至玉がぁ!」


「あ」


 それでようやく、勝八は地下にある癒しの宝玉の存在を思い出した。

 だが振り返ると、ちょうど緩の尻がユニクールの廃墟を押しつぶすところだった。


 体が浮かび上がるほどの振動。

 ユニクールの廃墟と共に木々が潰れ、その悲鳴が三重四重にも響く。

 勝八の目の前をスカートの端が通過し、崖を削り取り土砂崩れを起こす。

 凄まじい突風が吹き荒れ、土煙を巻き起こる。


「め、眼鏡がー!」


 キュール君の眼鏡だって飛ぶ。


 全てが終わった時、空には太ももの柱が真っ直ぐ伸びていた。

 着地の衝撃から少し遅れ、ゆっくりとスカートが広がる。

 

 今日はパステルブルーか。

 そんな感慨を尻――いや胸に、勝八は終末の光景を眺めたのであった。

 


 ◇◆◇◆◇




 衝撃の大きさに対し、世界の被害は比較的小さく済んだ。

 それはあくまで本が異世界への介入ツールであり、衝突の強さをそのまま世界へ伝えはしなかったこと。

 緩がユニクール周辺地図を彼女に出来る最大まで拡大投影していた為、突入位置が低めかつ狭く済んだこと。

 地球での2時間が異世界での24時間になっていた為、速度も12分の1になっていたこと。


 様々な要因が重なっていたが、勝八は単に「緩が小尻で助かった」と理解し、尻……ではなく胸を撫で下ろしていた。

 結果としてユニクールは更地――厳密に言えば楕円形の窪地になってしまったが、ともかく。


「おーい、あったぞー」


 ユニクール城跡の土をモグラもかくやという勢いで掘り進んでいた勝八は、地下5メートルでついに目的の物を見つけ、地上のキュール君に呼びかけた。

 

「あれだけの質量を持った隕石が、破裂して欠片も見つからない……これは一体」


 だが、キュール君は突如現われ突如消えた隕石の謎に心を奪われているようで、勝八の声が聞こえていない。


 突如世界に現われた緩の尻だが、同じような唐突さで――いや、落ちるより数段早い速度で天空へと去っていった。

 おそらく事態に気づいた緩は慌てて本から尻をどかし、勢い余ってまた何処かに倒れこんだりしたのだろう。


 勝八には、それがありありと想像できた。

 だが、答え合わせは後回しである。


「おーいってば……ったく」


 礼拝堂のあったらしい位置の周囲を掘り、地下宝物庫の痕跡らしきものを見つけた勝八。

 その後、彼はその場所の土をずっと掘り返していた。

 所要時間は一時間ほど。

 おかげで周囲は緩につけられた以上の窪地になっており、勝八の体は火傷と土で真っ黒になっていた。


 炙られたおかげか体も何やらスースーする。


「一人で開けちゃうぞー……と」

 

 土の下には、鎖でぐるぐる巻きにされた手のひら大の小箱が埋まっていた。

 箱を引っ張り上げると鎖は土の下に繋がっており、勝八が引っ張っても中々千切れない。

 神自身のヒップアタックに耐えた封印である。

 それも当たり前かもしれない。


 納得した勝八は、箱の前で手を掲げた。


「えーと、鎖解き放ち開け封されし扉。エル・チェイネン・エン・ドアラ」


 それから呪文を唱えると、鎖は小箱から滑り落ちるようにして解けた。

 扉じゃねぇじゃん箱じゃん。

 内心で突っ込む勝八だが、多分扉に鎖をつけた後箱のほうが厳重だと誰かが気づいたのだろう。

 そう解釈して、許してやることにした。


「さてと……とうっ」


 無事封印が解けたことを確認した勝八は、箱を持って飛びあがった。

 そしてキュール君の前に着地。


「おうわっ!?」


 垂直飛びで5メートルの高低差を無視した勝八に、キュール君が尻餅をついた。


「ほれ、あったぞ。これだろ」


 そんな彼に、勝八は手に入れた小箱と左手を差し出した。

 どちらを取ろうか迷うキュール君を左手で掴み起こすと、改めて勝八は箱を差し出す。


 別に意地悪がしたかったわけではない。

 封印が解ける姿は見せることが出来なかったが、これぐらいは一緒に楽しもうという勝八の気遣いが逸った結果であった。


「あぁ……これだ」


 もちろんそんな独りよがりなものが伝わるはずも無い。

 それでも、初めて目にするであろう亡国の至宝にキュール君の目は輝いた。


「それじゃ、開けるぞ」


 勝八が告げると、生唾を飲み込むと共に彼は頷く。

 小箱の上部が開かれ、中から光が溢れ出す。

 すると――。


「これが、癒しの至玉……」


 その光を眼鏡で反射させながら、キュール君が呟く。

 中にはピンポン玉大の真珠のような宝玉が収まっており、眩い光もそこから発生していた。

 物の価値など分からない勝八でも、これが宝石としてもかなり価値のあるものだろうとは察することが出来た。


 だが、それだけではない。

 光を浴びた勝八の体にある変化が起こる。


「火傷が……」


 ドラゴンに炙られ、表面がこんがりレアになっていた勝八の肌。

 その火傷が、じわじわと治っているのだ。


「これが、癒しの至玉の力なんだ……」


 キュール君も気づいたようで、彼は恋焦がれる乙女のような表情で勝八の前腕に付いた火傷を見つける。

 勝八も魔法による治療というものを見るのは初めてだ。


「ほぅぇー」


 ふっしぎーという阿呆面でそれを眺めていると、急にキュール君が「はっ」と声を出した。


「ちょ、閉じて閉じて!」


「え、何?」


 せっかく治る様子を面白おかしく観察していたというのに、何を言い出すのだ。

 勝八が躊躇っていると、キュール君は彼の手から小箱をもぎ取った。


「癒しの宝玉は、傷を癒す度に内部の聖気を消費するんだ! 使い過ぎると黒肢病が治らなくなる!」


 彼は早口で説明すると、大事そうに箱を抱え込む。


「火傷ぐらいで大げさな……」


 その態度を見て、勝八は呆れた声を出した。

 聖気というのはよく分からないが、軽い火傷を治したぐらいで力尽きる国宝など薬局で買える薬にも劣る。


 ちょっと大事にしすぎじゃないかしらん。


「本来癒しの至玉は、重症患者も即座に治すほどの力があるんだ。それなのにこんなに時間がかかるって事は……」


 勝八がそう思っていると、キュール君は眉を寄せブツブツと呟く。


「緩のケ……さっきの衝撃でどっか壊れた?」


 緩の尻がそんなに重かったのか。

 言いかけて伝わらない事に気づいた勝八は、咄嗟に言い換えて尋ねる。


「いや、君の体力が並外れてるんだ」


 それに対し、キュール君は一応箱の具合を確かめながら答えた。


「ふむ……なるほど」


 言われ、勝八は納得したフリをしながら考えた。


 まず、脳をRPGモードに切り替える。

 癒しの至玉は、多分HP的な物を回復してくれるアイテムである。

 普通の人間のHP100ぐらいは簡単に回復できるが、勝八の場合はHPが53万ぐらいある。

 で、先程の竜のブレスは魔法の攻撃だった為、魔法耐性の無い勝八は軽い火傷に見えて1万ぐらいダメージを受けている。

 なので中々治らない。

 更に至玉は5000ダメージぐらい治すと使えなくなる。

 治セナイ、オレ、困ル。


「分かってくれたかな?」


「ウホ」


 キュール君が何故か不安そうな顔をして問いかけてくるので、勝八はそれに頷いた。

 考えすぎて原始人になってしまったが、とにかく勝八がこれを持っている訳にはいかないのは理解した。


「じゃ、それしっかり持っててくれよキュール君」


 言い置いて、勝八は再び穴の中へ戻った。

 紛失した背負子の代わりに先程の鎖が使えるかもしれない。


「帰りも飛ばすからなー。気絶とか絶対するなよ」


 箱に絡み付いていた鎖を引っ張ると、封印が解けた影響かあっさり引きちぎれる。

 これなら使えそうだと頷き、勝八は穴の中からキュール君へ呼びかける。


「え、また真っ直ぐ行くの!?」


「ゆっくりだと手遅れになるかもしれないだろー」


 すると、外からキュール君の悲鳴が響いた。

 タイムリミットまではまだ時間があるとはいえ、急ぐに越したことはない。


「うぅ、それは……うぐぐぐぐ」


 勝八の正論に、キュール君は煩悶の呻き声を上げる。

 それから――。


「言っておくけど君、下半身丸出しだからな!」


 ささやかな反抗をするかのように、彼は空へ向け叫んだ。

 勝八が自身の体を見下ろすと、竜の炎に耐え切れなかったらしくウロボロスレイヴの腰巻は燃え尽きていた。


「あらやだ」


 まぁ、神である緩もスカートの中身をど派手に晒した訳だし、勝八もこれでおあいこだろう。

 よく分からない理論を脳内で構築し、勝八は鎖の選別に戻った。


 さらば相棒。

 ちょっとだけ気に入りかけていた腰巻に、そっと別れを告げて――。



 ◇◆◇◆◇



 時間は少し戻る。


 武の国ペガス。城下町を展望できる位置に、宰相の執務室はあった。

 敷き詰められた豪奢な絨毯よりも、なお鮮やかなあ朱い髪。

 宰相スカーレットは、この世界では珍しいガラス張りの窓から、厳しい顔で外を見つめていた。


「ついに、来たか……」


 左目の眼帯は外され、黄金色の瞳が顕わになっている。

 彼女の右の瞳には、山よりも大きな岩がユニクール廃墟辺りにゆっくりと落ちる様。

 そして左の目には、まるで世界に幕を下ろすかのような緞帳が降りる様がはっきりと映っていた。

 ――いや、これは幕引きではない。


「神の無い世界が、ついに始まるのだ」


 長く伸びた彼女の影が、ゆらゆらと蠢いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ