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幼なじみが異世界神

「うきゃぁ!」


「うきゃっ!」


 猿のような悲鳴を上げながら、勝八(かっぱち)は飛び起きた。


 同時に小猿のような悲鳴も聞こえたが、それどころではない。

 目を見開き慌てて周囲を見回す。

 すると、ブサイクなぬいぐるみやら古びた勉強机やらを発見。

 間違いなくここは、見慣れた幼なじみの部屋であった。


「あうぅ……が、がっぢゃん、だ、大丈夫?」


 そして、その部屋の主である(のん)が、何故か仰向けになりながら勝八に問いかける。

 彼女は声を震わせながら、額を抑えていた。

 

 誰がガッチャンかと思いながら勝八が同じく額を確かめると、かすかな痛みがある。

 どうやら起きあがった勢いで、こちら側に回り込んできた緩とごっつんしたらしい。


「って、お前こそ大丈夫か!?」


 勝八の頭は、昔石段から転げ落ちても無傷だったほど頑丈である。

 しかし緩の額はそうでもないはずだ。


 青くなりながら尋ね返す勝八。

 すると緩は、ゆっくりと額から手をどけ答えた。

 

「だ、大丈夫。近かったから」


 言葉通り、多少赤くはなっていたが大きな怪我はしていない。

 彼女の言葉通り、勢いがつく前にぶつかったため大事には至らなかったようだ。


 自身の頭が寸勁を会得していなかったことを感謝しながら、勝八は緩を助け起こした。

 スカートがめくれていたことを指摘しないのは、武士の情けである。


「なんだったんだ? あれ……」


 ともかく気持ちを落ち着かせ、勝八は机の上を見た。

 するとそこには、先程まばゆい光を放った本が開かれっぱなしになって置いてある。

 そこから放たれる光は弱まってこそいたが、代わりに……。


「なんなんだ? これ……」


 城が、建っていた。

 遙か昔、幼児だった頃に勝八も買い与えたもらった覚えがある。

 本を開くと絵が飛び出すというアレを精緻にしたような物体である。


 西洋風の外壁に、窓の一つ一つまで作り込まれ、尖塔には旗が揺らめいている。

 中庭には勝八の爪ほどもない大きさの兵隊達が規則正しく整列しており、バルコニーには王様らしき人間が立っている。

 

 城の形と言い、兵隊の格好と言い、何やら見覚えがある。

 だが、あの城は炎に包まれて……。 


 呆然と考えていた勝八だが、ふと、本の異変に気づいた。

 頁の端から、黒いタールのようなものが染み出しているのだ。


「うわっ!」


 それはじわじわと頁全体へと広がってゆき、城壁を乗り越えると中庭を満たしてゆく。


「こ、この!」


 よく分からないままそれを拭おうとする勝八。

 だが、彼の手は液体どころか城壁をもすり抜けてしまい、盤上に何の影響ももたらさない。

 そうこうしている内にタールはまるでナメクジのように城の先端まで昇り、やがて、ぼっと火がついた。


「やっべ!」


 背後に緩を庇いつつ、勝八は何か消火出来るものを探す。

 部屋に並ぶぬいぐるみの中で一番大きくかつブサイクなものを彼が選定したところで、緩が声を発した。


「だ、大丈夫! ここが燃えてるわけじゃないから!」


「ここが……って?」


 彼女の言葉に動きを止め、勝八はおそるおそるぬいぐるみを火にかざしてみる。

 しかし、ブサイクなぬいぐるみには焦げ痕一つつかない。

 

 その内に炎は収まったが、後には無惨な姿になった城とそれにへばりつく黒いゲルが残った。


「ちょっとごめんね」


 勝八の後ろから、緩が慎重に手を伸ばす。

 彼女が尖塔についたゲルをすくい取ろうとすると尖塔自体がぼきりと折れ、更に根本の城が砂の如く崩れ去った。


「ひゃっ」


 不可抗力だったのか彼女がびっくりと声を上げると、その息で城壁もぱたりと倒れる。


「オォーウ……」


 彼女の小さな指が起こした惨劇に、勝八は思わず外人のような声をあげた。

 自分には城に触れられもしなかったのに。


 信じられない気持ちで勝八が見つめると、緩はまるで悪戯が見つかった子供のよう。

 恐る恐る勝八の顔を窺いながら尖塔をぽいっと捨て、ゲルをスカートで拭った。


「こ、こら!」


 それやっちゃダメってお母さんいつも言ってるでしょ!

 とばかりに、しゃがみ込んだ勝八はスカートを摘み、痕を確かめる。

 だがそこには何の液体も付着しておらず、投げ捨てられた城の一部もいつの間にかどこかへ消え去っていた。


 いまだに夢でも見ているのではないか。

 スカートを掴んだまま硬直する勝八。


「か、勝ちゃん。離して」


 そんな彼に、緩が頬を赤くして抗議をする。


 明らかにスポブラとセットっぽいグレーのもっさい下着なんか見えても興奮するか。

 などと内心で言い返し、勝八はようやく現実に戻ってきた。


 スカートが開放された緩は、ほっと息を吐いて机の反対側へと戻る。 


 二人の間にある本の上は、緩の所業もありすっかり瓦礫の山である。

 生々しく煙が上がっているが、匂いがあるわけでも咽せるわけでもない。

 黒いタールはページにへばりついたままであり、凄惨さをより強調していた。 


「これはなんだ」


 色々な事が起こりすぎて、脳はだいぶ前から考えることをやめてしまっている。

 それでも流れ上聞かない訳にはいかず、勝八は問いかけた。


「ちょっとタイムラグがあるけど、私が異世界の状況を知ったり、ちょっと大ざっぱになっちゃうけど、異世界を作ったり修理したりするためのツール」


 最初から答えを用意していたのか。

 勝八の質問に対し、緩は淀みなく答える。


「ふむ、なるほど」


 顎に手を当て納得の仕草を見せる勝八だが、これに騙されてはいけない。

 こう返事をしながら、彼の脳には緩の言葉の2割しか入っていないのだ。

 更に理解できた単語と言えば、その中の一語である。


「異世界っていうのは俺がさっき居た場所か」


 それについて、勝八は尋ねた。

 さすがにあれが夢だったとはもう思ってはいない。


「うん。ここじゃない世界。私たちが作った街……ユニクールだよ」


 勝八の理解度に対して不安の表情を見せていた緩。

 彼女は息子を見守る母親のように頷いて勝八に答える。


「なんで、お前の妄想が現実になってるんだ?」


 それに導かれるようにして、勝八はついに確信へと迫った。


「勝ちゃんあのね。怖がらないで聞いてほしいんだけど」


 すると緩は、自分自身が怯えたような表情を見せながら、そんな前置きをする。

 一体どんな話が飛び出すのか。

 唾を飲み込むと共に、勝八は頷く。 

 すると――。


「私……神様なの」


 厳かな口調で、緩は確かにそう言った。


「はぁ」


 だが勝八は、最大級の生返事でそれに応える。


「もー信じてよ!」


「いや、だってお前が神様だって言われてもなぁ」


 憤慨した緩が、迫力のない声で勝八に抗議した。

 しかし、この桃のような頬を見て神様だと思える人間はそうおるまい。

 もっさい下着を履いていれば尚更である。

 

「だから先にあの世界を見せたのに……」


 考える勝八に、緩は下を向き唇を尖らせた。

 

 ――確かに信じ難い話だ。

 だが、勝八は既にあの不思議な世界を体感してしまっている。

 そしてその証拠とも言うべき不思議な本が、目の前に存在してしまっているのだ。 


「分かった。分かったよ。信じる。信じるから!」


 何よりしょぼくれた緩に罪悪感を刺激され、勝八はそう答えた。

 途端、ぱっと顔を上げた緩が瞳の中で光を踊らせる。


 意外と現金なんだよなぁこいつ。

 考えながら、とにかく勝八は一番重要なことを緩に尋ねることにした。


「神様って……えーと、ノン様とか呼んだ方が良いのか?」


「そこ!?」


 勝八としてはかなり考え抜いた質問だ、

 だというのに、緩は口をあんぐりと開け驚愕の表情を見せる。


「いや、大事なことだろ。バチとか当たったら困るし」


 彼女が何故そんな事を驚いているのか分からないまま、勝八はこの重要性を緩に説いた。

 勝八は特定の宗教に傾倒しているわけではない。

 だが、神罰仏罰という物へ恐れは強く抱いていた。

 原因は勝八の祖父にある。

 彼は勝八が悪戯をする度にバチが当たるといって、そういう類の怖い話をこんこんと聞かせたのだ。


「だ、大丈夫だよ! 私、この世界では普通の人間だし!」


 回想する勝八に、緩はあわあわと手を振って応える。

 先程は神様だと名乗ったのに、今度は普通の人間だという。


「ここは管轄外ってことか?」


 不可思議な緩の言動に、勝八は自分なりの解釈で歩み寄った。

 西の界王神とか東の界王神みたいなもんだろうかというノリである。


「うーん、ちょっと違うかな? 世界っていうのはある程度大きくなると、新しい世界を生むために神様を作るの」


 が、これも違うらしく、緩は首を傾げながら説明した。

 世界は大きくなっているらしい。

 確かに宇宙は膨張すると勝八も聞いたことがある。

 しかし世界が妊娠出産するとは……自らの認識を調整するため、勝八はしばし黙考した。

 

 それから、ぽんと手を打って緩に問いかける。


「同じ女王蟻生まれだけど、俺が働き蟻でお前が新しい女王蟻候補みたいな感じか」


 以前野生の営みみたいな番組で見たことがある。

 女王蟻は沢山の蟻を生むが、その中で新しい子供を産むのは一匹の新しい女王蟻だけなのだ。


「そんな感じ……でいいや」


 ようやく完全に理解した。

 そう思った勝八だが、まだ見解の相違があるようだった。

 もしくは蟻で例えられたのが嫌なのかもしれない。


「で、お前は産まれたときから世界という名の卵を生む運命(サダメ)を背負っていたと」


 諦めてもらうのも癪なので、勝八なりに緩へ歩み寄ってみることにする。


「そう……昔から世界を作る異能力(チカラ)は持ってたんだけど、うまく行かなくて」


 しかし緩のツボとは若干違うようで、彼女には軽く乗った上でスルーされてしまった。

 ぼんやりと考える勝八の前で、緩はとつとつと語り続ける。


「勝ちゃんに手伝ってもらって作った設定を軸にして、ようやく世界を形にすることができたの」


「いや、俺は手伝ったって言うか……」


 茶々を入れていただけである。

 少々申し訳ない気持ちになる勝八の前で、緩は「でも」と声のトーンを一段下げた。


「私、世界を作るのがヘタで、色々問題が出ちゃって……」


 ちんちくりんな声を更にくしゃくしゃにしながら、緩は呟く。


「問題?」


 勝八が促すと、彼女は頷いて続きを話した。


「あのね。魔物って本来あの世界にはいないの」


「そうなのか?」


 姿形はともかく、世界観としては魔物がいてもおかしくないような気がして、勝八は疑問の声を上げた。

 そもそも緩が作っていた「設定」は、人間が魔物を倒す英雄譚のはずだ。


「うん……魔物を倒す勇者さまのお話には憧れるけど……本当に出すとひどいことになっちゃうから。設定は作って封印したはずなの」


 長い付き合いと分かりやすい勝八の表情で察したのか。

 緩は少し疲れたような笑顔でそう答える。

 彼女なりに出したい気持ちと現実……異世界の現実との兼ね合いを考慮した結果なのだろう。

 それに……。


「確かにひどいことに……なってたな」


 竜などという生き物が存在すると、どんな事になるのか。

 勝八はそれを体感したばかりである。

 彼女の決定はどんな英雄譚よりも英断だったはずだ。

 しかし――。


「それが、いつの間にか世界に現れるようになってて……」


 しょんぼりと、緩は肩を落とす。


「しかも落書きみたいな形になってて……と」


 なるほど。予定外の登場だったからあんな間に合わせみたいな姿だったのか。

 今回は理解できた。そう思って緩の後から言葉を足す勝八。


「落書き?」


 だが、彼の言葉に緩はびっくりと顔を上げた。


「え、こうクレヨンで書き殴ったみたいになってたぞ。ただ、そう見えてたのは俺だけだったみたいだけど」 


 予想外の反応にうろたえながら、勝八は緩へ説明する。

 創造主たる彼女にも周囲にもそう見えていなかったなら、自分の目がおかしかったということなのだろうか。

 いやそもそも、これまで見てきた物の大半は信じ難い代物ばかりだったが。


「私の方からは、この本を通じてしか異世界を見ることができないから」


 狼狽する勝八を安心させるよう、緩が困り顔でフォローをする。


「へぇ、神様なのに不便だな」


「普通の神様ならできるのかもしれないけど、私は未熟だから……世界を無理やり見ようとしたり弄ろうとすると、世界を壊したり歪めちゃうの」


 壊すというのは先程のように、ちょんと触れただけで城が倒壊してしまうような現象か。

 つまりあの本を弄ると、中の異世界にまで影響があるらしい。

 そして、歪めるというのは……。


「竜の見え方が違うのもその影響か」


 勝八が呟くと、緩の指が重ねられた自らの手を二度叩いた。


「多分……他にも色々、おかしなところが出ちゃってるみたいで」


「へぇ……」


 その仕草に気を取られながら、気づかないふりをしようとして失敗した勝八は生返事を漏らす。


「勝ちゃんがさっき入った時代から十年後、この世界は滅びることになってる」


 そんな彼の意識を戻そうとするかの如く、緩がぐっと息を詰め呟いた。


「え?」


 尚も抜けた声を出す勝八の前で、彼女はパラリとページをめくる。

 そこには世界地図のような物が描かれていたが、大陸の形が地球とは異なる。

 そしてその隅、左端に黒い汚れが落ちていた。


 勝八がそれに目を留めたのを確認した緩は、パラパラと本をめくっていく。

 描かれているのは変わらず世界地図だ。

 しかし黒い汚れは生き物かのように蠢き、その範囲を広げていく。

 そして数十ページ後には、世界は黒一色で染まってしまった。


「これが、この世界の歴史」


 パタン。と本を閉じながら、緩は息を吐いた。

 本はページをめくる度に緩が見たいものを写し、緩は時間軸さえ可逆で管理している。


 この現象はそれを意味していたが、そんな事は勿論勝八には理解できていない。

 だがそれでも、かの「異世界」が危機的状況に陥っているということは理解できた。

 

「なんでだ……?」


 そうなれば勝八の意識が行くのは、その原因だ。


「分からない。だから、調べてほしいの」


 勝八の問いに対し、緩はゆっくりと首を振る。

 そして上目遣いに勝八を見ると、意を決した様子で彼に頼んだ。

 

「勝ちゃんに、私の世界を見て回ってほしいの。そうすれば、原因が分かるかもしれない」


 つまり彼女は、勝八に先ほどのように自分の異世界に入り調査をしてほしいということか。


「うーん、でもなぁ」


 そこまでは理解した勝八だが、どうしたものかと天井を仰ぐ。


 先ほどの出来事が夢ではないということは、自分はあの世界で死んだはずである。

 だが今ここに生きているということは、死んではいなかったのかもしれない。

 なら良いか。でも炎が熱かったということは、叩かれたり噛まれたりしたら痛いという事だろうし。


「お願い! 歩き回りやすいように力もあげるから!」


 悩む勝八。

 彼に対し、パンと手を打ち合わせ、緩は頼み込んでくる。

 嫌だと反射的に答えかけた勝八だが、後半部分に気になる単語があった。


「力?」


 勝八がそれに反応すると、緩の目がキラリと輝いた。

 ……ような気が、勝八にはした。


「うん、ただしあんまり強い力を介入させるとやっぱり世界が歪んじゃうから……っ!」


 勝八の嫌な予感を肯定するように、急に早口になった緩はまたもやベッドの下へ手を伸ばす。

 そして、そこから取り出したものを振り被った。


「これで勝ちゃんのアバターを作ろっ!」


 ドン! という音がして、先ほどの古びた本より分厚い紙束が机の上に置かれる。


 異世界アバター作成表。

 その表紙を見た時、勝八は面倒事が始まったという実感を初めて持ったのであった。

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