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大体セクハラ

「ん、む……」


 むずがるような声を上げ、ゾマは瞼を開いた。


「おう、おはよう」


 それに気づいた勝八が、背負っている彼女へと声をかける。


「ハッ!」


 慌てた様子で右左と確認するゾマ。

 するとそこは、彼女の記憶がぷつりと途切れたゴミ捨て場ではなく、どこぞの林の中であった。

 朝もやの名残が辺りに漂っている辺り、そう時間は経っていないようだが……。

 いや、もしかして一日中寝ていたのかもしれない。


「落ち着けって」


 手の中で引き締まった太ももが暴れる感触がし、別の意味で慌てた勝八はゾマを宥めた。

 

「眠ってしまったのカ」


 状況を把握したらしい。

 勝八の背中に体を預けなおしたゾマが呟く。


「あぁ、つっても30分ぐらいだけど」


 そこに落ち着かれても勝八としては微妙に困るのだが、何しろ2徹明けである。

 まだ眠かろうと考えた勝八は、微妙に位置調整するだけに留めた。


 あれからゴミ捨て屋が去り、それでもゾマが起きないので仕方なく勝八は彼女を背負って歩き出していた。

 本当ならもう少し寝かしてやりたかった。

 だが、勝八の周囲に手のひら大のネズミが集い、彼の5本指を母親から乳を吸う子犬の如く並んでかじり始めたので仕方が無い。

 一匹もゾマのほうへ行かなかったのは幸いだった。

 だが、彼女が長い間勝八(の死体)の警護をしていたおかげで、自分はあのネズミ達から獰猛な野獣が守る美味しい餌として認識されていたのではないか。

 そんな妄想が勝八を複雑な気分にさせた。


「カッパチの匂いを嗅いでいると安心してしまって……ダメダ」


「そんなこと言われると俺のほうがダメになるわ」


 首元に額を押し付けながら囁くゾマが、勝八を憂鬱な妄想から引き戻す。

 しかしこのハッピーな状況はどうにも夢っぽさが拭えない。


「ところで、どこへ向かっているのダ?」


 夢の粉を振りまくゾマに問いかけられ、勝八は「うぅん」と考えた。

 この男、実のところ行き先が決まっていないまま歩いているのだ。


 最初はペガスに戻ろうかと思ったが、ゾマを背負ったままというのは無理がある。

 そうでなくとも潜入など勝八には向かない話で、正面突破をすればまた魔法を受け拷問室送りだろう。


 かと言って、他に行く当てもない。


「……デイダル・タクンの里へ行かないカ?」


 考えるふりを続ける勝八に、ゾマがそんな提案をした。

 実家の両親にご挨拶はまだ早い。


 などと一瞬寝ぼけたことを考えた勝八だが、そうではない事がすぐに説明される。


「神を観る者は私だけではなイ。我が里の長老も同様ダ」


 相変わらずのたどたどしさで語るゾマ。

 そう言えば、彼女の部族はそういう素質を持った人間が集まって出来たとゾマは語っていた。


 ゾマ以外にも、金色の目を持つ人間はいるのだ。


「長老は長く生きていル。勝八の探す世界の歪みをタクサン目撃している可能性も高イ」


 考える勝八の脳裏に、眼帯の下にあった宰相の瞳が思い起こされる。 


「タクサンあると困るなぁ……そうだ」


 珍しく関連事項を正しく連想できた勝八は、ゾマへと尋ねた。 


「神様が観られる人間って、ゾマの部族以外にもいるのか?」


「ワタシは、聞いたことがない。長老なら知っているカモ」


 するとゾマからは、長老推しの回答が返ってきた。

 彼女はどうにか勝八とその長老とやらを会わせたいらしい。


「でも……ゾマを生贄にしようとした連中だろ?」


 しかし、勝八の気は進まない。

 何せ巫女であるゾマを蛇の生贄にしようとした人間達である。

 歓迎されるとは思えなかったし好きになれそうにない。


「アレは一部の過激派ダ。全員があぁではなイ」


 口を尖らせる勝八を諭すよう、ゾマはそんな説明をする。

 それでも勝八の耳朶にため息が吹きかけられたのは、彼女がその過激派に頭を悩ませている証拠だろう。


「それに……」


 憂鬱なトーンのまま、ゾマは言葉を濁す。

 促すように勝八が体を揺すって抱え直すと、彼女は少し力を取り戻して語った。


「里では今、風邪が流行っているのダ。彼らの為に薬を調合したイ」


「薬の調合って……そんな事できるのか」


 彼女の意外な特技に、首を廻らせる勝八。

 その耳に前髪をこすりつけ、ゾマは頷いた。


「両親が薬師だったからナ。ワタシも真似事ぐらいは出来ル」


「そっか……」


 彼女の言いようから、勝八でも既にゾマの両親がこの世にいないことは察することができた。

 が、こういった時どういう態度を取れば良いのか彼は知らない。


「カッパチは父様と似た匂いがすル。だから安心するのかもしれないナ」


 勝八がまごついていると、彼の首筋をくんくんと嗅ぎながらゾマが呟く。


「あんまり喜べないぞ、それ」


 まだ加齢臭香る年齢ではないはずだ。

 ゾマの里で水浴びできたら、耳の裏を思いっきり洗おう。

 そう決意する勝八。


「で、ゾマの里はどっちだ」 


 つまり彼は、デイダル・タクンの里へ行く決意もしっかり固めていた。

 彼女には世話になったし、ここらで恩返しもしておきたい。

 持ち前の何とかなんべぇという楽観主義もしっかり発揮している。


 勝八の言葉に、ゾマがはっと上半身を起こした。


「ここを真っ直ぐ行って、突き当たった河を下流に下れば里ダ!」


 彼女は弾んだ声で、勝八の肩越しに指を伸ばす。


「はいはい。じゃぁもうちょっと寝てな」


 すっかり眠気が覚めてしまったその様子に苦笑しながら、勝八は方向を変え歩いていった。



◇◆◇◆◇



 それから一時間後。


「ここが、ゾマ村か」


 緩やかな河の流れに寄り添って、黄土色のテントが等間隔に並んでいる。

 少し離れた小高い崖の上からそれを見下ろし、勝八は呟いた。


「ゾマ村違ウ。アト何ゆえ遠回りしタ」


 彼に背負われたゾマが、目をこすりながら勝八へ抗議する。


 確かに川沿いに歩けば着くはずの場所を、こんな所から見下ろしているのはおかしい。

 時間的にもこの半分でつく程度の距離だった。


 だがそれにも理由がある。 


「ゾマに少しでも休んでもらいたかったんだよ」


 ちなみにこれは嘘である。


 ゾマが言っていた河へとたどり着いた勝八。

 しばらくそこに沿って歩いていた彼だが、その途中で河が大きく湾曲しているのに気づいた。


 これは河に沿って歩くより、弓に張る弦のように一旦河を離れてでも真っ直ぐ歩いたほうが早いのではないか。

 悪魔の囁きが耳を掠める。

 あるいはそれは、背中で眠るゾマの寝息であった。


 そして勝八は河が綺麗な放物線を描いて湾曲していると信じ込み。

 川岸を離れその先にあるはずの「ちょうど良い感じに蛮族村付近の川岸」へと真っ直ぐ進み。

 小山にぶち当たって無駄な登山をし。

 それを越えた先に河が無いことに気づいて唖然とし。

 戻れば良いのに勘で進んだ結果河を再び見つけるまで時間を浪費し。

 

 ほとんど奇跡的な偶然で、デイダル・タクンの里へとたどり着いたのであった。


「嘘良くなイ」


 ゾマも勝八の適当さは分かってきたようで、体を揺すりながら彼の後ろ頭を睨む。

 降ろせのサインだと気づいた勝八は、腰を屈めてからゾマの太ももを解放した。


「とりあえず、ワタシの家に行こウ。見つからないようニ」


 さらば太ももと勝八が感触を忘れないよう手をにぎにぎしていると、ゾマが彼を促す。

 もう少しゾマを休ませてやりたいのは本音だが、既に帰還まで30分を切っている。

 今のままでは緩に持ち帰る情報が太ももの感触しかない。


 農家なら起き出しているような朝方だが、丘の下に人影はない。

 それでもゾマが姿勢を低くし物音を立てないように歩くので、勝八もそれに倣った。


「アレが、ワタシの家ダ」


 そして河を少し遡った辺り、他のテントとは少し離れた場所にゾマの家はあった。

 他より一回り大きなそのテント。

 だがその前に、蛮族の男が一人立っている。


 視線は外向き。

 どうやら見張りのようだった。 


「過激派の男ダ。ワタシが帰ってくると予測されていたのカ」


 悔しげにゾマが呟く。

 あれもゾマを生贄にしたりペガスに嫌がらせをしたりしている連中の仲間らしい。


「ぶっ飛ばすか」


「ダメ。騒ぎになル」


 即座にバイオレンスな提案をする勝八を、ゾマが制する。

 んじゃどうすんだよと勝八が視線を向けると、彼女は自身の胸元――乳当てと呼んだほうが良さそうな一枚布の谷間に手を突っ込む。

 そして、その下から赤色と黄色の実を何粒か取り出した。


「……どうやって保持してたんだそれ」


 裏にポケットという説もあるが、散々彼女を背負っていた勝八がコリコリとした感触を感じてドギマギするというハプニングはなかった。

 となると乳間……そこが異次元になっている可能性が高い。


「ペクの実とソキアの実。片方ではただの食用の実だが、混ぜ合わせると即効性の麻痺薬となル」


 だが勝八の疑問には答えず、ゾマはそちらの解説すると実を彼へ渡した。


「こういうのって後遺症とか出るんじゃねぇの?」


「麻酔にも使われる嗅がせ薬なので無害ダ」


 クロロホルムって嗅がせすぎると死んじゃうんだぜ!

 とクラスの西山が何故か自慢げに語っていた。


 それを思い出して勝八が尋ねると、ゾマは事も無げに答える。

 地球ではそういったものも長時間嗅がせることで効果が出るのだが、ここは緩の創った異世界である。


 捕らわれのお姫様等のシチュエーションを作りやすくするため、緩がそういう薬を創作したのかもしれない。

 適当に納得して、勝八は手の中の実を見た。


「なるほど。で、これどうすれば良いんだ?」


「潰して混ぜ合わせル。それを適当な布にすりつけテ……」


 勝八の疑問に、ゾマは手でこする仕草をしながら説明する。

 が、その動きが途中で止まった。


「適当な布?」


 その理由は勝八にも分かった。

 彼女の言う適当な布とやらが、この場には無いのだ。 

 崖下にはテントがあるが、それを取りに下へ行くのは本末転倒である。

 ゴミ捨て場のシーツでも拾ってくれば良かったかもしれないが、またあそこに戻ろうとすれば遭難する自信が勝八にはある。

 

 そう言えば、同じように布を求めた事が以前にもあった。

 初めてゾマと出会った時、勝八の丸出しを何とかする為だ。


 あの時は蛇の抜け殻を下着とすることで急場を凌いだが、今回はそういう訳にもいかない。

 そうだ。下着と言えば……。

 勝八とゾマの視線が、一斉に同じ場所へ向く。


「ぶっ飛ばすでも良いんだぞ」


「……ダメ」


 勝八の提案を躊躇いながら蹴ったゾマは、右手で胸元を押さえながら左手で乳当ての結び目を解いた。



◇◆◇◆◇



「5秒ほど嗅がせれば、動けなくなるはずダ」


 自らの胸を手ブラで隠したゾマが解説する。

 乳当てをしているのとしていないのでは羞恥度が雲泥の差らしく、褐色をした肌が赤味を帯びている。


「はいよー」


 彼女の説明を聞き流しながら、「ゾマの乳バンドをてにいれた!」状態の勝八はそれを裏返したり日に透かしたりする。

 だが、やはりポケットはない。

 乳間ブラックホール説が確実性を帯びてきた。


「ジ、ジロジロ見るナ!」


 持ち主であるゾマがセクハラを叫ぶ。

 自身よりも下着に興味を示したので怒っているのかもしれない。

 

 大丈夫。乳バンドから解放された胸がより大きく溢れそうになっている様だってきちんと見ている。

 ただ思春期の男子がそれを大っぴらに言うわけにはいかないのだ。


「よし」


 本人が聞いたとしてもまるで喜ばない謝罪をして、勝八は一旦乳当てを大地に置いた。

 右手左手に赤と黄の実をそれぞれ持つと、手の中で一斉に潰す。

 そして、粉末になったそれらを拝むようにして混ぜ合わせると、乳当てへと塗りこんだ。


「……そのぐらいで良イ」


 自身の乳当てがもみくちゃにされる様に複雑な表情をしながら、ゾマが告げる。

 勝八も別に乳当てをまさぐって興奮する性癖はない。

 あっさり彼女に従って立ち上がった。


「それじゃ、行ってくる」


「し、静かにナ」


 色々と心配そうなゾマに頷くと、「とうっ」と掛け声を出し跳躍。

 「コラッ」というゾマのお叱りを背に太陽に乳バンドを捧げるかのように両手を伸ばして滑空すると、着地目標を定める。


 一方、地上で見張りをしていた男は、空中にいきなり現われた乳当てで風に乗る怪物の姿に口をあんぐりと開いた。

 そんな彼の目の前で勝八は半回転。

 大きく開いた口をそれでも問題なく包めるサイズの乳当てで塞ぐと、更に半回転し男と背中合わせに着地。

 足首膝腰で衝撃と音を全て殺し、背中合わせになった男を二人組で準備運動をするが如くブラを支点に持ち上げた。


「ふぐ、ぐ」


 気分は必殺仕事人である。


 こんな幸せな死に方が出来ることを幸せに思うが良い。

 などと思いながら背負っていると、男はすぐに動かなくなった。


 凄まじい即効性である。

 まさか本当に死んでしまったのではないかと勝八が顔を窺うと、男は何だか幸せそうに寝息を立てていた。


「なんかムカつく」


 のだが殴るわけにもいかない。

 仕方なく勝八は男の両足を首の後ろに持っていき、ヨガのポーズで固定しておいた。


「何をやっていル……」

 

 同じく降りてきたゾマが、呆れた顔で彼の行為を見る。

 しまった。着地の瞬間は両手が乳から離れていたかもしれないのに。


「いや、憎しみって虚しいなって」


 ちっぽけな感情で大事なシーンを見逃したことを悔やみながら、勝八は男から離れた。

 完全にヨガって少しは苦しそうな表情になったが、男は眠ったままである。


 やはり恐ろしいほどの効果だ。

 魔法には耐性が無いと分かった勝八だが、そういえば薬物関連は試していない。


「後でこれ嗅いでみて良いか?」


「絶対ダメ」


 乳バンドを手に今度のためにも勝八が尋ねると、ゾマからは冷たい目線が返ってきた。

 やはり危険薬物か。

 思いながら、勝八は諦めて男が見張っていたテントの中へ入る。

 すると――。


「君は……」


 そこには、先客がいた。

 原住民ではない。

 蛮族の扮装はしているが、くっきりと太い眉毛は彼らを超越した野性味と力強さを感じさせる。


「な、何故君がここに!?」


 そして、隣の男は蛮族スタイルにまったく似合わぬ眼鏡をかけていた。


「ノッ!?」


 中に人がいると気づいて、テントに入りかけたゾマが慌てて足を止める。


「フリオ隊長。それに……えっと」


「キュールだよ。キュール」


 ゾマの家であるテントの中には、ユニクール近衛騎士団隊長フリオ。

 そしてその部下のキュール君が、後ろ手に縛られ転がされていた。 

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