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溺れる恋

 勝八が目を覚ますと、そこは蝋燭の灯りだけが灯る地下牢の中だった。

 いや、正確には違う。

 部屋の中には棘のついたペンチ、錆びた鋏、巨大な水車などが配置されている。


 そこはペガス城地下室の更に奥。

 拷問室と呼ばれる場所だった。


 そこに運び込まれた勝八は、それから既に3時間拷問を受け続けている……。


「なー、いい加減に解放してくれねぇ?」


 全身に包帯を巻かれ大の字で鉄製の台に拘束された勝八は、目の前に拷問官にねだった。


「そういう訳にはいかんよキミ」


 すると鳥のようなマスクをつけた拷問官は、爪の間に刺そうとしてひん曲がってしまった鉄串を手にそう返す。

 勝八が巻いている包帯にはヘタクソが書いた梵字のような物が等間隔に書き込まれており、それが魔術的作用を持っているらしく体がひどくだるい。


 やはり勝八が魔法に弱いことは間違いないようだ。


「でもさー。俺別になんか隠してる訳じゃないし。ほら、穴開けた城壁の修理も手伝うから」


「私に言われてもねぇ」


 拷問官は、この3時間勝八に様々な肉体的拷問を試してきた。

 だがそのどれもが、彼の常識はずれの体に阻まれ失敗している。


 最初は新しい道具が出る度内心戦慄していた勝八も、今はすっかり飽きてしまっていた。


 目を覚ませば地球に戻ると勝手に思い込んでいたのだが、どうもそういうものではないらしい。

 帰還までの時間を緩と話しておかなかったことを、彼は後悔していた。

 このままでは、あちら側での出来事こそ夢だったのではないかと思ってしまいそうだ。


「んー、次は持久戦で行ってみようか。顔に水滴垂らし続けるのと映写魔術10選視聴どっちが良い?」


 そんな最悪のタイミングで、拷問官はそんな最悪の選択を迫ってくる。

 映写魔術とは、おそらくテレビだの映画だのの代用品だろう。

 普段の緩の発想から、勝八はそれを察した。


「10選の選考基準は?」


「なるべく退屈な……盛り上がりそうなタイミングで何も起こらない作品を選んである」


「……刺激がある分は水のがマシだな」


 勝八が眉根を寄せると、拷問官はそれもそうだと頷いて、勝八の前に真っ白なスクリーンを用意しだした。

 やはり拷問なので、嫌がる方を選択されるらしい。


「なぁに。5作品目の水鳥が飛び立つシーンは比較的綺麗だよ。もっともそれが映るのは48時間後だが」


 彼女は勝八の隣に椅子を持ってくると、背もたれに胸を預けて語った。

 鳥マスクのせいで分かり辛いが、立派な胸を見るに女性である。


 水鳥とやらのシーンも比較的というだけで、期待して見るとガッカリするのだろう。

 しかしそんな物に期待せざるを得ないほど、それまでの48時間は苦痛なのだろう。


 想像した勝八が既に辟易としていると、ギィィと重苦しい音がして扉が開いた。

 勝八がそちらに顔を向けると、そこには真っ赤な髪をした眼帯の女。

 宰相スカーレットが立っていた。


 彼女を見ると、何故だか勝八の体が勝手に緊張する。


「経過はどうだ」


 スカーレットはそんな勝八を煽るかのように、高い足音を立て彼らの方へと歩んでくる。

 が、勝八には目もくれない。


「信じられない頑丈さですね。これを壊すとなると攻城兵器が必要になるかと」


 すると椅子から立ち上がった拷問官が、勝八をこれ呼ばわりして彼女に説明した。


「この通り、拘束系の呪文にはかかります。耐性皆無と言って良いでしょう。ただし、魔法なら全て通じるわけではありません」


「え、そうなの?」


 思わず声を上げた勝八の胸に、拷問官は先程までエグい拷問器具を操っていたとは思えない白く長い指を置く。

 そして、そこについた一筋の傷跡をつつつと撫でた。


「うひゃひゃひ」


「キミも勇者に斬られたのは覚えているだろう? あれだって魔力を帯びた魔剣なのにこのザマだ。もっとも、普通に殴ったり斬りつけるよりは効果が出るようですが」


 全身をくすぐられたかのようなその感触に身をよじる勝八。

 指をもう一往復させると、拷問官は勝八と宰相の両方に説明した。


「あひっ……そ、そうなのか」


 見事に喘がせられながら、どういうことなのだろうと勝八は考えた。


 例えば、普通のRPGで言うと耐久力は、所謂HP(ヒットポイント)というやつにも相当するはずだ。

 色々と解釈が分かれるアレだが、今回の場合勝八のHPが100万あるので100程度のダメージを食らっても小さな傷で済むということだろうか。

 それで剣は折れるかは不明だが、そもそも6つ程度のステータスで人間を表現しようというのが間違いなのだ。


 ……後で緩に聞いてみよう。

 そう誓って、とりあえず勝八は納得することにした。


「おや、快楽には素直なようだね」


 そんな彼の顔を、鳥マスクが覗き込む。

 何かまずい事がバレた気がして勝八が冷や汗を流していると、沈黙を守っていた宰相が彼女を嗜めた。


「あまり蛮族と戯れるな」


「蛮族じゃねぇ」


 何度目か分からない誤解だが、勝八は律儀につっこむ。

 それでようやく宰相は勝八に目線を向けたが、すぐに拷問官のほうを向いていないもの扱いを再開した。


「お言葉ですが、私も彼が蛮族だという説には反対です。彼らは旧ヤムダ大陸の流れを汲む骨格、人相ですが、この男はどちらかと言うとジーペンの……」


 勝八の主張を、驚くべきことに拷問官が支持してくれる。

 あるいは、間違ったことが許せない正義感溢れる性格なのかもしれない。

 拷問されていたことも忘れて考える勝八。


 ちなみにジーペンというのは、緩が異世界にサムライやらニンジャやらを登場させるために作ったエセ日本である。

 最初はヤマトという名前だったのをあまりにも安易過ぎると否定した記憶が勝八にも残っていた。

 が、ジーペンもジーペンで安易過ぎると未だに彼は思っている。


「……蛮族に加担するものは全て同類だ」


 緩のネーミングセンスに関してももう一度物申そう。

 勝八が思っていると、宰相がそこに氷柱を差し込むような声音で言い放った。


「おい」


 自分とてあの腰ミノ達には良い印象が無いが、それでも一まとめは双方に失礼だろう。

 ムッとした勝八は何か言ってやろうとしたが、それよりも早くスカーレットは言葉を紡ぐ。


「私が命令したのはこの男の生態調査ではない。情報を引き出すことだ」


 相変わらず勝八を見ない。

 しかし、間違いなくこの男とは呼ばれた。 


「だ、そうだ。素直に話したまえ」


 宰相が彼の存在に触れざるをえなかったのが面白かったのか。

 拷問官がマスクの下で楽しそうな声色を出して勝八を促す。


「何を?」


 だが、そもそも勝八は何か隠している覚えは無い。

 体だって腰巻以外は全てさらけ出しているのだ。


 本気で疑問に思った勝八が首を傾げると、宰相はついに彼を怒り……憎悪すら篭った瞳で見つめた。


「貴様の背後には、誰がいる」


 そして、今にも爆発しそうな何かを抑えた声で尋ねてくる。


「背後って……」


 彼女の疑問に対し、勝八は傾げた首を背後へと向ける。

 あるのは、彼を拘束している鉄板だけである。


「怖いこと言うなよ」


 スパァン!

 勝八が真面目な顔で抗議した瞬間。その頬が叩かれた。

 特にダメージも無いまま勝八が見れば、宰相の手にはいつの間にか九条鞭が握られており、彼女はそれで勝八を叩いたようだった。


 鞭にはやすりのように細かい凹凸がついており、勝八でなければ頬肉がこそげ落ちていただろう。


「……宰相。確かに面白くないボケでしたが物理攻撃では効果がありません」


 危うく自身にも当たりかけた拷問官が、抗議の意味も兼ねてかスカーレットに注意する。


 なるほど今のはツッコミだったのか。確かに鞭の形状がハリセンに似ている。

 とはいえ自分はボケたつもりもないので理不尽だ。

 その辺りをまとめて抗議しようとする勝八。


 しかし、そんな彼の前で宰相がなにやら目を伏せ唱えだした。


「彷徨う風の精霊よ。我が召喚に応じかの者の心を揺らし惑わし我が物とせよ」


 この痛々しい文言は、間違いなく緩考案の魔法詠唱だ。

 宰相スカーレットも詠唱短縮をしない性質らしい。


 しかし、この言い回しは何か不穏なものを感じる。

 何とか逃れようと、身をゆする勝八。

 だが、抵抗虚しく――。


「チャーム」


 最後の言葉が唱えられ、呪文が完成する。

 桃色の光が勝八の体を包み込み、彼の体がしっかりと浸かった湯上りの如く、ほかほかと温かくなる。

 

 だが、それ以外何も変わっていない気がする。

 ドジっ娘宰相なのかと勝八が彼女を見上げると。


「う、美しい……!」


 そこには、絶世の美女がいた。

 今までも美人には見えていたはずだが、それとは比べ物にならない。

 長い睫毛、スッと通った鼻梁、短くありながらこの位置からでも下着の見えない計算され尽くしたスカート丈の長さ。

 

 どうして自分は彼女の魅力に気づかなかったのだろう。

 地位も名誉も服さえも脱ぎ捨てたくなるほど、勝八にとって彼女は美しく見えた。

 もちろん勝八はそのどれも持ち合わせていない。


「魅了の呪文ですか。思い切りましたね」


 乙女のように潤んだ瞳をした勝八を見て、拷問官が気味悪げに呟く。

 あんな大きいだけの乳の何が魅力か。

 スカーレットほどスレンダーなほうが、ずっと清々しい。


「貴様をこの街へ送り込んだのは誰だ」


 拷問官の言葉を無視して、スカーレットは勝八へと尋ねた。

 勝八の視線に対しても、彼女は無表情を貫いている。


 答える。答えよう。別に隠し立てすることではない。

 そして彼女の質問になら何でも答えたい。

 

「緩だ」


 ぽぉっとした頭のまま、勝八はスカーレットに答えた。

 この街というかこの世界へ送り込んだのが緩だが、この街に入ったの自体は自分の意思なので間違ってはいないはずだ。


「ノン? 破壊神の?」


 彼の返答に、鳥マスクが首を傾げてカァと鳴く。


「緩は破壊神じゃなくて俺の幼馴染みだ。お下げでちっこくて隠れ厨二病の」


 スカーレットを見つめたまま、勝八は緩の正しい姿について説明した。

 今は彼女から、一瞬でも目を離したくない。

 件の彼女といえば、やはり眉一つ動かさず勝八を見下ろしている。


「……記憶を改ざんされているのでしょうか」


「貴様は何者だ」


「時枡勝八。琵名市立陽南高校2年。両親共にサラリーマンの共働き。好みは貴方のような人です」


 そのまま続く質問にも、勝八は正直に答えた。

 さりげなくアピールすることも忘れない。

 勝八の愛が通じたのか。スカーレットの眉がピクリと動く。


「ダメですね。完全に錯乱している」


 視界の隅で拷問官が肩をすくめるが、知ったことか。

 あぁスカーレットちゃん可愛い。可愛いよ。


「では……貴様に協力者は」


 可愛いスカーレットちゃんが、先程より低い声で何か尋ねてくる。

 勝八の脳にあの猫耳マリエトルネの顔が思い浮かぶが、それよりもスカーレットちゃん可愛い。

 彼女こそが勝八のずっと追い求めてきた理想の女性だ。

 そうだ。勝八はずっと彼女を探してきたのだ。

 可愛い、可愛い、可愛い。


 あまりの可愛さに、勝八の体が震える。


「宰相、彼の様子が……!」


「答えろ蛮族!」


 注意する拷問官に構わず、宰相が鞭を振るおうとする。

 その瞬間――。


 ピリ、ピリと微かな音を立て、勝八の体に巻かれた包帯の一部が破れる。

 勝八の体へ一気に血が巡る感覚がし、その勢いで彼は鉄製の手かせ足かせを引きちぎり立ち上がった。


「なっ!?」


 超可愛いスカーレットちゃんの顔が驚愕に染まる。

 愛しさが溢れた勝八は彼女を抱きしめ――唐突に唇を奪った。


「んー! んー!」


 舌を入れるわけでもない。合間に愛を囁く訳でもない。

 唇と唇を密着させ、思い切り吸うだけの経験の無さを露呈した稚拙なキスである。


 もちろん今の勝八の力でそんな事をすれば、骨は砕け肺は潰れてしまう。

 だが、愛の力か魔法の力が残っているのか絶妙な加減が出来ており、宰相の体は骨が軋み肺には一切空気が入らないだけで済んでいた。


 あぁ、接吻とは素晴らしい。

 浸る勝八とは反対に、宰相スカーレットの顔は真っ青になっていく。

 そんな表情も美しい。

 もはや何もかもを肯定する境地に至った勝八は、彼女の頬を挟みこんで更に息を吸おうとする。


 だがその時、指が宰相の眼帯に引っかかり、それをするりと押し上げた。

 すると、その下に――。


「金色の目……」


 金色に輝く瞳があった。

 勇者と同じオッドアイだが、この時勝八が思い浮かべたのは彼ではない。

 彼女の片目は色合いや虹彩に入った紋様まで、「神を観る瞳」を備えたゾマを髣髴とさせるものだった。


 だが、勝八が唇を離したのは、その事の意味を探ろうとしたからではない。

 ただ美しいものに備えられた更に美しいものを見て、呆然としてしまったせいである。


「き、貴様……!」


 眼帯がずれた事に気づいた宰相が、慌てて手のひらで自らの目を隠そうとする。

 止まっていた空気の確保より優先したせいで、彼女はゲホゲホと咽た。


「綺麗だ……」


 勝八が重ねて呟くと、スカーレットが憎悪に染め上げられる。

 こうして見れば、彼女は十代とも思えるほどあどけない顔立ちをしていた。


「死ね!」


 新しく発見した彼女の側面に勝八がボンヤリとしていると、スカーレットの口からシンプルな命令が下された。

 勝八の体に電撃が走る。


「はい、死にます……」


 そして、普段なら何があっても拒否するような命令だというのに、今の彼は素直にそれに従おうとしてしまう。

 彼女との思い出を長い息と共に吐いた勝八は、拷問用の水車へと歩を進めた。


「なるほど、くすぐり死以外にも溺死という手もあったか。って、まだ死んでもらっては困るよキミィ!」


 拷問官が慌てて止めようとする中、肺を空っぽにした勝八は張ってある水の中へ顔を突っ込む。

 特に意識していたわけではないが、こうすれば死ねると体が教えていた。


 もちろん苦しい。顔を上げたい。喉が酸素を求めてグゴグゴと稼動する。

 だがそれを、勝八はスカーレットへの愛で乗り越える。


 嘘だ。乗り越えられはしない。

 死への恐怖からか精神は正気に戻り、今すぐこの馬鹿げた行為を止めようとする。

 だが、体のほうは未だにスカーレットへ服従しており、一向に動こうとしない。


 半端に魔法が解けた分、勝八には地獄が待っていた。


 まずい。死んでしまう。

 死んでも大丈夫? いや、苦しい。誰か助けて。

 このタイミングで緩が引き上げてはくれないか。

 そうだ。助けて緩。


 必死で願うが、都合よく緩が助けてくれることはない。

 スカーレットは命令を撤回しない。

 拷問官の非力な腕では勝八を救出できない。


 次第に瞑ったまぶたの裏が白く染まり、意識が遠のき。

 

 ――そして、勝八は二度目の死を経験した。

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