攻城兵器勝八
「な、何が……」
「見ろ! 勇者神輿が真っ二つだ」
「キャー! 勇者様が生首に!」
煙幕が晴れ顕わになった光景に、観衆たちが悲鳴を上げる。
「いや殺してねぇって」
生首では無いことを証明するため、勇者ブレイブレストを大根よろしく引っこ抜く勝八。
すると、悲鳴が更に大きくなる。
首根っこを掴まれた勇者はだらんと体を弛緩させているが、息はしているようだった。
とりあえず勝八が彼をその辺にポイすると、失神するものまで現れた。
かんかんのうでも躍らせていれば全員倒れてくれただろうか。
考える勝八だが、異世界だろうと現実はそこまで甘くない。
「二等国民どもが逃げ出そうとしてるぞ!」
「両方捕まえろ!」
兵士たちが立ち直り、勝八と逃亡中のフリオ隊長達めがけ殺到してくる。
計画では煙幕にまぎれて逃げる手はずだった元ユニクール兵は大あらわである。
「あ、ちょ、そっち行くな!」
自分のせいで作戦をおじゃんにしてしまった勝八としては、彼らが捕まると非常に気まずい。
そのような自分本位の理由で彼らの元へ駆けつけようとする勝八だが、間に次々とペガスの兵たちが割り込んでくる。
「邪魔! 邪魔だ!」
それらの頭を掴んでは放り投げ掴んでは放り投げして近づこうとする勝八だが、兵士達の数が多く一向に前へ進めない。
「うひゃぁぁぁ!」
勝八が非効率極まりないことをしているうちに、しんがりを守っていたというかおそらく出遅れたであろう発明担当キュール君が追いついた兵士に捕まりそうになる。
その時――。
「うお!」
カカッという音がして、両者の間に矢が突き刺さった。
兵士が足を止め周囲を見ると、屋根の上で一人の少女が弓を構えていた。
「ゾマ!」
褐色肌の勇姿に気づいた勝八は、彼女に向かって声を上げる。
するとゾマは、勝八のほうをチラリと見ながらもう一射。
しっかりキュールくん側への援護をする。
恐るべき射撃精度である。
「ちょ、お前ら! どけっての!」
押し寄せる兵の頭へと無理やり上がった勝八は、彼らの兜を踏みつけながらキュール君たちが逃亡中の路地へと走る。
何時かの夏休みに練習した、水の上を走る理論がこんな所で役立つとは。
感慨深く思いながら、勝八は元ユニクール兵達とペガス兵達の間にドスンと音を立て降り立った。
踏みつけられた兵たちは、その衝撃に全員地面に倒れている。
「どうしたんだその弓!?」
彼らは放っておき、勝八はほぼ真上にいるゾマに問いかけた。
弓の上手さにも驚いたが、疑問なのはその入手先である。
女にはいくつも隠し場所があるという下品なジョークも聞いたことがあるが、さすがに身長の半分以上ある弓を隠せるようなスペースはなかろう。
「借りタ」
勝八の疑問に、ゾマはシンプルな答えを返した。
彼女がこの街で借りられる先となると、例の娼館しかあるまい。
しかし何故娼館に弓矢があるのか。
男女の営みにはまだまだ勝八の知りえない複雑なプレイがあるというのか。
考えながら勝八がボケッとしているのは、見上げたゾマの腰巻がヒラヒラとはためいているせいである。
あの下は一体どうなっているのか。
「か、かかれー!」
勝八がそちらに意識を向けている間に、号令が再度飛ぶ。
ゾマの弓に怯んでいた兵隊たちが一斉に押し寄せ、勝八は数々の疑問を封じ込め彼らを押し留めた。
「ほら、早く行け!」
そうしながら、キュール君以下元ユニコール兵を、隊長の言っていた狭い路地へと押し込む。
「ゾマ!」
それからゾマをもう一度呼ぶと、彼女は猫のようにしなやかな着地をして勝八の背後へ降り立った。
先程の勝八の着地とは雲泥の差である。
「足はもう大丈夫みたいだな」
「……ウン」
その様子を見て勝八が確認すると、彼女は足首をプラプラとしながら頷く。
どうやら、ひん剥かれた際に女の子の手ほどきを受けたとかそういうこともないようだ。
「こ、この……!」
自分達を無視して会話する勝八が癪に障ったのか。
苛立った様子で前列の兵士が剣を抜く。
「混雑した場所で刃物振り回すな」
低い声で告げた勝八は、その刀身を躊躇なく掴んだ。
そのまま力を篭めると、剣はガラス細工のようにあっさりと砕ける。
もちろん、勝八の手に一切の傷はない。
「バカな……」
うろたえて下がる兵士と、それでも士気を失わない兵士とで押しくらまんじゅうが発生する。
やはり勇者の剣が特別であり、通常の武器では自分に傷一つつけられないようだ。
確信した勝八は、一歩前へ出てゾマに告げた。
「お前は隊長達を援護してやってくれ。俺は用ができた」
「シカシ……」
躊躇するゾマ。
勝八に身を捧げたといった彼女だ。
ここに彼を置いていくことには抵抗があるのだろう。
「神の使い舐めんな!」
女の子が案じてくれるというのは気分が良いものだ。
ただでさえしばらく女の子成分が足りなかったのだ。
しかし、それに浸るよりも今の勝八にはやりたいことがある。
「分かっタ…・…無茶は、するナ」
勝八が一喝すると、ゾマはそう言い残してキュール君を追う。
彼らが細い通路の曲がり角に消えると、勝八は改めて前方に集中した。
彼は高揚していた。
どさくさ紛れとはいえ、緩の厨二設定の集大成である勇者も倒してしまえたのだ。
こうなれば力押しで行ける所まで行ってしまおう。
ここはボーナスステージだという間違った感覚が、彼を包んでいた。
「まずは王様ぶん殴る!」
しかも勝八にとってそれは、第一目標に過ぎない。
彼の脳内では、既に自分対世界の図がありありと思い浮かべられている。
ようするに彼は、かなり調子に乗っていた。
「この不埒者!」
もちろんそんなことを宣言され、王を守る役目である兵士達が黙っているはずはない。
一斉に襲い掛かってくる兵士達に向かい、勝八は両手を広げ突進した。
前列の二人にラリアットが入り、そのまま将棋倒しが発生する。
倒れてきた一人を複数人で受け止めようとするが適わず、衝撃は波となって伝播する。
その間にも勝八は倒れた兵士達を乗り越え、90度方向転換。
目指すは霞がかった位置に見える王城である。
「行かせるか!」
将棋倒しを免れた幾人かの兵が、勝八に向かって剣や棍を振るう。
しかしそれらは勝八に当たるとあるいは折れ、あるいは飴細工のようにぐにゃりと曲がり、彼の体に傷一つつけられない。
「化け物! 化け物!」
合間合間に中傷が聞こえるが、いたずら盛りだった頃クラス会で投げつけられた言葉に比べればなんということはない。
大股で勝八は前進を続ける。
「うわ、うわわわ!」
曲がった剣がフックのように勝八の体へ引っかかったらしく、引きずられた兵が悲鳴を上げる。
「手を離せ手を!」
めんどくさく思いながらも、まとわりついた剣をピンと弾いて取り去る勝八。
引きずられた兵はそのまま後方へと転がっていったが、彼の引きずられようがヒントを与えたらしく、勇敢な兵たちが今度は両手でしがみ付いてくる。
「いーかーせーんー!」
「ええい暑苦しい!」
太陽で蒸された鎧たちに抱きつかれると、剣で斬られた時よりも余程ダメージを感じる。
男達は次々に勝八の体中にまとわりつき、取り付いた男の足を他の兵士が引っ張り、しかしそれでも勝八は止まらず、まるでナメクジ怪獣が一つの通りを飲み込もうとしているかのような様相になる。
「ぬぐぐぐぐ!!」
さすがに足取りが重くなる勝八だが、それでも彼の前進は止まらない。
「ま、魔法だ!」
「ダメだ! 味方に当たる!」
「構わん! バリスタも持ってこい!」
そんな無茶な状態のまま進む勝八の耳に、物騒な言葉が飛び込んでくる。
さすがに巻き添えが出るのは気分が悪いので、彼は前方に見えた噴水へと入りその水面を叩いた。
ザパァンという音と共に周囲の水がはじけ飛び、その勢いで勝八にまとわりついていた兵士達が吹き飛ばされる。
それを確認するや否や、勝八は噴水の中心にある塔に登るとそこから跳躍。
民衆の人垣を飛び越え屋根の上に着地すると、赤瓦を吹き飛ばしながらその上を疾走した。
噴水の水と屋根の上を吹く風が、ずっと纏っていた泥汚れを洗い流してくれる。
「ウホホホホホホ!」
その気持ち良さが、格好としては現代人に近づいたはずの勝八を原始人まで退行させた。
長い大暴れの末彼はようやく自分の体の操縦法を理解し、どの程度の無茶が出来るかも把握しかけていた。
体を動かすだけで楽しくてたまらない。
「や、屋根に登ったぞー!」
「ペガサス部隊用意!」
「セレモニー後休憩中でーす!」
下では兵士達が大わらわである。
そちらを無視して勝八が前方に目を向けると、向かう城の白くのっぺりとした壁面が見えてきた。
城壁の先、複数の尖塔が聳える城の中頃にはバルコニーが設置されており、そこに人々が集っているのが分かる。
あぁいう場所にいるのは大体偉い奴だ。
あたりをつけた勝八は、筋肉の力だけで更に加速する。
屋根の上を走り、城壁との間を羽でも生えたかのような優雅さを以って飛び越える。
そのまま城壁に蹴りをかますと砲弾でも当たったかのような爆発音がし、大きな穴が開く。
瓦礫と共に内部への進入を果たした勝八は中庭を四足歩行で駆け抜け、本丸へとたどり着くと外壁に両手両足で取り付く。
そして、類人猿からゴキブリめいた動きに進化し壁を這い上がった。
「王! 避難を!」
しばらく這い上がると、上のほうからわざわざ目的の人物の位置を知らせてくれる声が聞こえた。
逃がすか。
スピードアップした勝八は、バルコニーの底に手をかけるとムーンサルトをしてその中へと降り立った。
「貴様!」
するとそこには、立派な鎧を身に着けた騎士。
「きゃぁぁぁ!」
後ろで悲鳴を上げるメイド達。
「うわわわわわ」
そして、仰向けで転がるふくふくした頬を持つ金髪の少年がいた。
少年は自身の倍はあるマントを身に着けており「多分コレ踏んづけたせいで転んだんだろうな」と勝八に察せさせる。
「王様ってのはどれだ」
しかし、肝心の王が見つからない。
勝八が尋ねると、騎士がずんずんと前進しながら口上をかます。
「失礼な! ここにおわすのが今年戴冠したばかりの少年王! ペガス14世様で……」
彼の前進に合わせて股下に腕を潜らせた勝八は、肩車の要領でテラスの下へ投げ落とす。
「うわあああ!」
悲鳴を上げて落下する騎士。
この世界の住人は妙に丈夫だから、まぁ死にはしないだろう。
楽観視して、勝八は少年と向かい合う。
「お前が王様か」
そして、和式便器に座るが如く腰を下ろした。
子供と話す時は目線を合わせた方が良いと、大体の子供と屈まずに話が出来る緩も言っていたからだ。
「そ、そそそそうだ! この無礼者!」
すると、少年は動揺しながら勝八に言い放つ。
度胸が据わっているのか据わっていないのか判断がつき辛い。
が、よく見れば彼の頭には小さな王冠まで乗っている。
この少年が本当の本当にペガス王で間違いないようだ。
緩も無茶な設定をするものである。
後で叱ってやろうと考えながら、勝八はまず目の前の少年に説教することにした。
当初は一発殴ってやろうと思っていたが、この体格で勝八の拳を食らうと空の果てまで飛んでいきかねない。
「お前なぁ。小さいって言っても王様なんだから変な祭りで隊長達見世物にするのやめろ。あと緩ってあんな顔じゃないかんな。お下げはあってるけどもっともちもちした頬っぺた目はくりっとしてて……」
という訳で何が悪いかと懇々と語る勝八だが、どうにも内容がまとまらない。
ほとんど緩神輿の造詣に関して語っている自分に気づいた勝八は、コホンと咳払いして話をまとめることにした。
「ともかく、これからは良い王様になること。でないと……」
尻をひっぱだいてもらうぞ。マリエトルネ辺りに。
勝八がそう言おうとしたその時である。
「パパパパラライズ!」
そんな声と共に、彼の体がビクンと震えた。
それだけに収まらず、体中の関節という関節が痙攣を始め、座っていられなくなった勝八は少年王のマントの上に這い蹲る。
「え、効いた……」
何が起こったかもわからず勝八が見上げると、そこには手のひらを勝八の方へ構え、唖然とした顔をしているメイドの姿があった。
どうやら自分は、彼女に魔法をかけられたらしい。
それにしても、自分を一撃で行動不能にするとは余程とんでもない魔法の使い手……。
「貴方、魔法なんて使えたの?」
「い、いえ、護身用の微力なもの……のはずなんですけど」
考える勝八。そこに、メイド達の信じられない会話が耳に入る。
何故、そんなものを食らって自分は動けなくなっているのだ。
自分は勇者の剣を食らっても平気な耐久力を身につけたのではないのか。
-―混乱する彼の脳に、緩との会話が蘇った。
例えば同じく限界まで上げた「筋力」は、実際の筋力量ではないらしい。
で、あるなら「耐久力」という数値も、物理的な耐久力を示すものであり、魔法は範囲外なのではないだろうか。
もっと言ってしまえば、勝八自身RPGをプレイしていて「魔法防御力」なる数値を見たことがある。
……もしかして、自分には魔法に対する耐性が一切備わっていない?
痺れながら、勝八はついにその結論へと至った。
「パパパパラライズ! パパパパラライズ! パパパパラライズ!」
その間にも、メイドの少女は勝八へと無慈悲に呪文を連発する。
どうやら彼女はどもっているわけではなく、例の短縮呪文とやらを使っているようだ。
体の自由がどんどん利かなくなっていく。
逃げるか。いや、それももはや叶わない。
少年王のマントを握った勝八は、彼に語りかけた。
「いいいいか坊主ずずず王様って言うのはははははは」
「王様って……いうのは?」
すると意外にも、少年王は目をぱちくりとさせ、勝八の言葉に耳を澄まそうとする。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「うわーーーん!」
が、言葉の続きを特に考えていなかった勝八はすぐに音飛びCDのようになり、ペガス王は恐怖のあまり泣き出してしまった。
どうにも場の収集がつかなくなってきた、そんな時――。
「スリープ」
背筋を冷たくするような声が、勝八の脳に響いた。
体の痙攣が小さくなっていき、代わりに昼食後の授業よりも抗い難い倦怠感と眠気が彼を襲う。
必死でまぶたを開けようとする彼の目に、メイド達の間からスラリと長い足が現われるのが見えた。
同時にビィィィという音がして、勝八の掴んでいたマントが破れる。
「ぴぃぃぃ! スカーレット! スカーレットぉ!」
破れたマントと同じような声を出し、ペガス王がメイドの間から現われた足に縋り付く。
勝八が朦朧とした意識の中顔を上げると、そこには中世ファンタジーに似合わぬタイトスカート、燃えるような赤い髪。
そして左目に眼帯をした、凍えるような美貌を持つ美女がいた。
彼女は汁物のゴミでも見るような嫌悪のまなざしで、勝八を見ている。
「宰……相……」
初めて会った人間だというのに、勝八にはそれがこの国の宰相であると、何故か理解できた。
何故だっけ。その原因を、自分は知っているような気がする。
思考を自らの内側に向けた途端、勝八の意識は途切れた。




