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ワールド・ブレイカー

「よーし、じゃぁ蛮族討伐の前に一曲歌っちゃおうかな!?」

  

 ついに勝八の前へと姿を現した勇者。

 彼は絶好調のようで、神輿の上で自作の歌を披露しだす。


「俺は勇者ー。ばんぞく倒すぞばんばん倒すーぞ」


 銀髪オッドアイの美形が奏でる幼稚園児のような歌は、勝八の正気度をガリガリと削るに充分な威力を備えていた。


「なんて麗しい歌詞……」


「ちくしょう。涙が止まらねぇ」


 一方周囲の聴衆はハラハラと涙を落とし、祭りは調子はずれな歌と人々の鼻をすする音が響く異様な空間となった。

 誰も動こうとしない。ばら撒かれたコインを拾おうともしない。

 まるで彼が歌っている間は動いてはならないと、世界が決めているような有様であった。


 一方、稚拙な歌への衝撃から立ち直った勝八は、隊長へと尋ねる。


「……なぁ、今なら逃げられるんじゃね? なぁって」


 しかし、隊長は勝八の問いかけに気づかない。

 勝八が肩を揺すると、隊長はようやく振り向いた。

 彼は濃い眉毛の下から、花粉症かと思われるほど滂沱の涙を落としている。


「う、お、ダメだ。ひっく、肝心の勇者が自由のままだ」


 鼻水をすすりながらそう答えるフリオ隊長。

 敵対していてもこれほどの影響があるとは、緩の「設定」の強制力はかなり凄まじい。

 彼の姿に若干引きながら、勝八は考えた。

 

「オー勇者ー。この右目が全ての邪悪を見抜くー」


「彼の力は兵士十万人分に匹敵すると言われている。無視はできない」


 件の勇者とやらは壇上でAサビに突入し、障害度としてはかなり低く思える。

 だが、見た目で判断してはいけないのは同じく「歪み」の産物である魔物と一緒である。

 勝八達以外の動きがぴたりと止まったこの状況も逆に不気味だ。


「それじゃぁ……」


「この神輿を、奴らの神輿にぶつける」


 どうするつもりだ。勝八が尋ねようとすると、フリオ隊長は目をごしごしと拭って言った。

 だが、彼我の戦力は神輿の大きさだけで考えても単純に1/3である。

 ぶつけたところでどうにかなるようには思えず、勝八は眉根を寄せる。


「神輿の中には我々が作った煙幕が仕込まれているのだ。こちら設計担当のキュールくん」


 だが、隊長はそんな勝八の疑問はお見通しとばかりにそんな説明をした。

 更に勝八の後ろに控えていた青年をさらりと紹介する。

 青年もまた涙をとめどなく流れさせていたが、しばらく見つめていると我に返ったように勝八へと挨拶をする。


「え、あ、あの時はお世話になりました」


 蛮族スタイルであるのに不釣合いなメガネをかけた青年である。

 あの時――ということは燃え盛るユニクール城に彼も居たのだろう。


「いえいえこちらこそ」


 覚えがないままとりあえず勝八が適当な挨拶で誤魔化すと、彼は力の無い笑いでハハハと笑った。


「ともかく煙幕でかく乱した隙に、観衆の後ろに見える路地から一斉に逃げる」


 彼らのやり取りをどう思ったのか。

 隊長が説明しながらチラリと路地のほうを見ると、一番前にいる市民が涙を流しながら頷く。


 どうやら市民の協力者のようだ。

 なるほど。煙幕の仕込みといい、行き当たりばったりではなく周到に用意された作戦のようである。


「ところで君は、この場所にどんな用事だったのかな?」


 二点見ただけでそんな判断をして感心する勝八に、隊長は今更とも言える問いかけをした。


「何だっけ……」


 あまりに時間……異世界時間で20分ほども経過してしまったので、勝八は自らの用件をすっかり忘れてしまっている。

 だが直前に協力者というキーワードがあったおかげで、彼は何とかそれを思い出すことに成功した。


「あぁそうだ! マリ姐からの伝言だ!」


「マリエ嬢から?」


 勝八が声を上げると、隊長は毛虫のような眉を片方ピクリと上げる。

 あの猫耳は嬢という年齢なのだろうか。

 いや、風俗的な意味での呼び方なのかもしれない。


「盆栽の世話は任せろだっけな? 意味は分からん」


 考えながら、彼女からの伝言をうろ覚えな形で隊長に伝える勝八。


「なるほど……彼女はそんな事を」


 すると隊長には意味が伝わったようで、彼は神輿を支えながらも器用に片手を顎に持っていき、ふむと考え込んだ。


「これってどういう意味なんだ?」


 しかし、勝八のほうには何も伝わっていない。

 メッセンジャーをして神輿まで担いだのだから教えてくれても良いだろう。

 そう考えて勝八が尋ねると、隊長はうむと頷いて説明をした。


「我々が逃亡すれば、同郷のユニクール民は当然迫害される。人質として使われることも考えられる」


「なるほど」


 そんな可能性は微塵も想定していなかった勝八は、とりあえず定型句を使って頷く。


「それを、彼女が防いでくれるつもりなのだろう」


「……あのちっこいのにそんなこと出来るのか?」


 感動したとばかりに頷く隊長に、勝八は縦に振っていた首を傾げた。

 彼女が幼女の姿だから疑っているわけではない。


 それもあるが、一介の娼館経営者に国から個人を守ることなどできるのだろうか。

 勝八の頭に疑問が過ぎるが、フリオ隊長は彼女を微塵も疑っていない様子である。


「そもそも、何であの猫耳はアンタらに協力してるんだ?」


 フリオ隊長が答えてくれそうにないので、勝八は質問を変える。

 よく考えれば、ユニクールを拠点とする彼女がその転覆計画に加担する必要はなかろう。

 いや、娼館の扱いに関して不満があるとは言っていたか。


「彼女の一族もまた、ペガスによって滅ぼされたからだ」


 ぼんやりと考える勝八の耳に、隊長の衝撃発言が滑り込んだ。


「滅んでんのかよシャシャ族!」


 思わず勝八が叫ぶと、背後のキュール君が慌ててその口を抑えようとする。

 だが、勇者の歌はCサビの最高潮に達しており、勝八達の声を聞くものはいなかった。


「そんな名前だったか。今は種族名自体残っていないからな」


 自らも周囲を見回し確認してから、隊長が悼むよう呟く。


「そう、なのか……」


 彼の声を聞いて、勝八も何だかしょんぼりとしてしまった。


 せっかく生み出した種族が滅んでしまったと聞いたら、緩もさぞがっかりするだろう。

 シャシャ族のことだけではない。

 平和の国として作ったユニクールが攻め滅ぼされてしまったこと、武の国ペガスが無茶な侵攻を繰り返していること。

 そして何より、クールさもニヒルさもかなぐり捨て、そんなペガスの傀儡となった勇者のあのザマ。


 緩が作った世界は、彼女を落胆させることばかりだ。

 それを考えると、落ち込んでいた勝八の胸にぐつぐつと滾る物が生まれ始める。


「そろそろ時間だ」


 そんな勝八を引き戻すかのように、隊長が凛とした声を上げる。


「君も一緒に逃げよう! その力があれば百人力だ」


「いや、俺は残る」


 その衝動に身を任せ、勝八はキュール君の誘いを断わった。


「な、何だって……」


「俺はあの勇者ってのをぶん殴って、それからこの国の偉い奴に説教かます」


「無茶だ!」


 勝八が自らの計画を打ち明けると、キュール君が裏返った悲鳴を上げる。


「時間稼ぎが必要なんだろ?」


 隊長には期待できないそのリアクションを小気味良く思いながら、勝八は彼に笑って見せた。


「……分かった。君に任せよう」


一方、件の隊長は重々しく頷くと、勝八の軽挙を許諾した。


「隊長!」


「彼はあの絶望的な状況から我々を救ってくれた。今回も、何か考えがあるのだろう」


 勝八に考えや計画などあるはずもない。

 だが、隊長が買いかぶってくれるのを良いことに力強く頷く。


「……じゃぁそこの房を持って神輿に登ってくれ」


「お下げな」


 キュール君はまだ納得はしきっていないようだが、それでも破壊神神輿についたお下げを手渡してくる。


「その発想はなかった」


 勝八が指摘すると、彼はそう言って気弱に笑った。

 誰が悪いわけではないけれど、この世界の誰もが緩の本当の姿を知らないのだ。

 ……ならばこのお下げ、誰がつけたと言うのだろう。


 勝八が神輿から手を離して考えていると、そちら側がぐらりと沈み込む。


「ぐんぬ……よし、今の内に! バベル! そちらの房を彼に!」


 それを支えながら隊長が叫ぶ。

 勝八が慌てて輿に乗ると、隊長は反対側の部下に呼びかけた。

 彼からもお下げを手渡され、両方のお下げを手綱のようにしてバランスを取る勝八。

 言われるままに上へ昇ってしまったが、これからどうすれば良いのか皆目見当がつかない。


「おい貴様ら! 何をしている!?」


 同時に、衛兵が神輿の異変に気づき声を上げる。

 破壊神神輿へ一斉に注目が集まり、その頂点にいる勝八はその中でも一層悪目立ちしていた。


「どうすれば良い!?」


 このような注目の浴び方をすれば、肝の太い勝八でも狼狽する。


「そのままだ! 振り落とされないようにしてくれ!」


 彼に対し叫んだキュール君が、神輿の背中側に移動する。

 更に持ち手が減った神輿を隊長が血管の切れそうな顔をしながら支え、周囲の兵たちがこちらへ駆けてくる。


「振り落とされるって、え?」


「着火! 空気孔に巻き込まれるな!」


 シュバァという音がして、のん神輿の後頭部から悪戯をしすぎた花火のような凄まじい炎が噴射される。

 それは魔法薬を調合したロケット燃料のようなものであったが、勝八にそんなことが分かるはずもない。


「行けぇぇぇ!」


 ただ彼は、一斉に伏せをしたフリオ部隊の叫びを受け真実ロケットの如く前方へと射出された。


「おわああああ!」


 常人ならばあばらが折れる加速G。

 神輿のお下げを握り締める勝八の脳に「昔、緩のお下げを好奇心で引っ張ったら婆ちゃんにしこたま怒られたなぁ……」などという走馬灯が去来する。


 直後、緩神輿の額が勇者神輿の鼻っ柱に衝突。

 破砕音と共に、ゆっくりと縦回転しながら勇者神輿の上を舞うのん神輿。


 尻からは煙が撒き散らされ、辺りを白く染め上げる。 

 まるで月と地球のような構図で、勝八は勇者と天地逆さまに対面した。


「お前は誰だ!?」


時枡勝八(ときますかっぱち)だ!」


 一回転。問われた勝八が勇者ブレイブレストに応える。


「おのれ蛮族!」


「誰が蛮族だ!」


 二回転。にも関わらず蛮族呼ばわりされ、勝八はそれに抗議する。

 せめて二等国民扱いだろう。そして実際自分は、そのどちらでもない。

 

「ふっ、貴様の名前などどうでも良い! 我が聖剣グリードスマイルの贄となれ!」


「じゃぁ聞くな!」


 三回転。勇者が腰から剣を引き抜き、勝八は破壊神神輿のつむじを蹴って勇者神輿へと降り立つ。

 ぐわんぐわんと神輿が揺れるが、支えている兵士たちが優秀なのかバランスを取り戻す。

 辺りは煙幕に包まれ、完全に二人の世界だ。


「お前勇者だろ。こんな事やめさせろ」


 勇者をぐっと睨みながら、勝八は彼に忠告した。

 祭りは良い。勝八も大好きだ。

 だが、特定の人種を蔑んだり貶めるためにそれを使うのは間違っている。


 そんな事に緩の理想の勇者が加担するのは、なおさら良くない。


「ふん、蛮族風情に指図される謂れはない」


 が、勇者ブレイブレストは人形のようなその顔をフンと意地悪く歪めると、手に持った剣を無造作に振る。

 3回、4回……ともかく常人と変わらぬ勝八の目には追いきれない速度だ。


「だから蛮族じゃねっての」


 今度こそまずいかもしれない。

 思いながら勝八はそれだけ答える。


「蛮族だろうと二等国民だろうと一緒だ! この俺様に意見するものなどあってはならない! これは俺が生まれたときから決まっていたことだ!」


 勝八の怯みを感じ取ったのか。勇者は大仰に両手を広げ言い放った。

 ……完全に歪んでいる。

 世界がどうとかではない。人間としてだ。


 それはまぁ、幼い頃から大きな力を持たされて、何をやってもカッコイイと賞賛される人生を送ればこうなっても仕方がないかもしれない。

 緩がこいつの来歴に悲しい過去とか人格的に素晴らしい師匠とかを加えなかったのが悪い。


「これは、宰相が企画した俺様による俺様を讃える祭りだ! 蛮族も破壊神も俺を盛り立てる踏み台に過ぎない!」

 

 そう考えながらも、勝八に湧いた憐憫の情はわずかだった。


「うっせーピーチクパーチク囀りやがって。音痴のくせにコンチクショウ」


 一歩前に出ると、彼は拳を強く握り締める。


「お、音痴……だと?」


 今までそんな罵倒を受けたことがなかったのか。

 勇者は逆によろよろと後ずさる。


 だが、勝八がもう一歩距離を詰めると、彼の目にギラリとした光が宿る。

 それとほぼ同時だった。


「きえい!」


 短い気合と共に、勇者が聖剣とやらを振るう。

 ぱしゅっという音がして、勝八の胸から血が飛び散る。


 だが、斬れたのは彼の厚い胸板の表面のみであった。


「なっ!?」


 体を両断したという確信があったのか。

 勇者は目を丸くして振りぬいたはずの聖剣を見る。

 するとそれは、途中でぽっきりと折れていた。


「いひぃぃぃ!?」


 その現象の訳の分からなさに、彼は美形らしからぬ悲鳴を上げる。


「こんの野郎!」


 一方で怒りに我を忘れた勝八は、胸を切られた事も気にせず勇者に手加減無しで右フックを放つ。

 ひゅごうと突風が吹き、辛うじて避けた勇者の髪数本と共に煙幕が竜巻になりながら後方へ流れた。


「……なん、なんだお前は」


 それを肌で感じつつ、勇者は呟いた。


 おかしい。間違っている。勇者である自分がこんな目に遭うのは。

 そんな思いが胸の底から怨霊のように湧き上がってくる。


 先程折れたグリードスマイル。

 あれは倒した相手を金銀宝石に変える、彼お気に入りの一本だ。

 切れ味強度とて市販の剣とは比べ物にならない。

 だから、こんな風にあっさり折れるなんておかしい。


「だから時枡勝八だって」


 偽者とすり返られた?

 いや、彼が切った――傷つけた男の血は赤いコインになって神輿の上に散らばっているから本物に間違いはない。

 ならどうしてこうなる。

 考えている間に男の第二撃が飛んできて、ブレイブレストはそれを避けた。


 自分は勇者だ。誰もが見惚れる美貌と魔王すら退ける力を持ち、それをいつも楽しく行使してきた。

 自分が悪と決めたものは成敗されるべきであり、自分が歌えば人々は聞き惚れ動きを止める。

 当たり前のことだ。

 それが世界のルールだ。法則だ。

 それを何故この粗野な二等国民――いや、蛮族は破る。


「この世界から消滅させてやるぞ。蛮族」


 そんなものは存在してはならない。許せない。

 

「さっきもしただろこの会話」


 呆れ顔でじりじりと距離を詰める蛮族に、ブレイブレストは両手を構えた。


「我が神よ魔力の原初よ。赤き雪となりて深々と溶かせ」


 朗々と、腹筋を使って詠唱を開始する。

 下賎の者が使う詠唱短縮など必要ない。


 何故なら勇者ブレイブレストは、どんなに長い詠唱をしたところで途中で攻撃を受けたことなどない。

 それはどんな人間も、魔物も、魔王でさえ彼の詠唱中は動きを止めてそれを待っていたからだ。

 彼が詠唱中に攻撃するなど有り得ない。

 

 世界は「そういう風に」できている。

 勇者ブレイブレストにとって、それが常識だった。


「ネ、ネーヴェ、ロッ……」


 だが、男は構わずに前進してくる。

 ブレイブレストの常識が音を立て壊れていく。

 男はまるで――。


「世界の破壊者めーーー!」


「うるせーーーー!!」


 呪文の完成を待てず叫びだしたブレイブレストの頭へ、蛮族がげんこつを叩きつける。

 ブレイブレストのつむじを中心に衝撃波が巻き起こり、戦いの舞台であった勇者神輿が彼をくさびにして真っ二つ。

 勇者神輿の目の代わりになっていた赤と緑の宝石がシュポーンと吹き飛ぶ。

 体が石畳を突き抜け地面に潜っていくのを感じながら、ブレイブレストは気絶した。


 そして――風が去った後。


「あ、やべ……」


 地面へと着地した勝八は、周囲を見回して声を上げた。

 発生したはずの煙幕は、先程の衝撃で綺麗さっぱり吹き飛んでいる。


 そしてそこには真っ二つに割れた勇者神輿と、その下敷きになった兵士達。

 地面に埋まり顔をだけを出した勇者に、それに拳骨をかました勝八。


 更に、逃亡を始めていた隊長たちの姿が、ばっちり白日の下に晒されていた。

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