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勇者登場

「何を騒いでいる!」


 勝八を含めた偽蛮族の輪の外から、衛兵が鋭い声を飛ばす。


「部下の一人が誕生日だったのでね。お祝いをしてたんだ!」


 それに応えてフリオ隊長が堂々とそんな嘘をつく。


「後でやれ!」


 衛兵はもっともな言葉を投げつけたが、輪に入ってくることもなく勝八の存在はスルーされた。

 ……これが隊長を務めるものの人徳というものなのだろうか。

 それとも彼の奇行はいつも通りとスルーされているのだろうか。


「そろそろ時間だ! 全員配置につけ!」


 勝八が考えていると、兵士は代わりにそんな指示を飛ばす。


「隊長」


「うむ全員配置につけ!」


 すると側にいた偽蛮族が隊長を促し、彼が改めて指示すると偽蛮族十数名が一斉に動き出した。

 人波の間から、最初に指示を飛ばしたであろう兵士が苦い顔をしているのが見える。


 ここにいるのはやはり、元ユニクールの兵士達のようだ。


「すまんが、君にも付き合ってもらいたい。 持ち上げるふりで構わん」


 ぼけっと立っている勝八の腕を引いて、フリオ隊長が勝八を神輿の中頃……自らの後ろへと移動させる。

 破壊神神輿には樫のような材質で出来た担ぎ棒がついており、偽蛮族たちはそれを左右に分かれて持つ。


「演習で分かっているとは思うが貴様らの人数ではきつい重さだ! 勇者様と相対するまでは気を抜くなよ!」


 一列になったおかげで勝八の姿も顕わになったが、彼の姿を見咎める兵士はいない。

 自分がすっかり偽蛮族として馴染んでいることに複雑な気持ちになる勝八。


「よーし! 持ち上げろ!」


「持ち上げるぞ! せーの!」


 兵士が指示し、隊長が改めて言うと、男達は一糸乱れぬ連携で一気に神輿を持ち上げた。

 勝八もそれに倣って緩……もとい彼女を象った神輿を担ぎ上げる。


「うわっ!」


 軽く上げたつもりだったのだが勢い余ったらしく、勝八が持ち上げた側が一瞬ふわりと浮く。

 反対側がつぶれる前に、勝八は慌てて担ぎ棒を掴み直し固定した。


「コラー! 気をつけろといっただろうがー!」


 周囲の衛兵はただ単にバランスが崩れただけだと思ったらしく、彼らを叱りつける。

 演習とやらでこんなミスはなかったのか。その声色は何処か嬉しそうだ。


 一方加重がかかった側の偽蛮族たちは、困惑した表情をしながらも神輿を支えた。


「……凄いな。今のは君の力か。サンボル、リビデ、ジャンド! お前らは反対側に回れ!」


 先程の騒動が勝八の仕業だと気づいたらしいが大きな動揺は見せず、隊長が彼を見ないまま囁く。

 それから自分達の側を支えている部下達数人を、反対側へと移動させた。


 それでも勝八の肩には通学用鞄(ほとんど空っぽ)を担いでいる時ほどの重みしか感じられない。


「全員あっち側でも大丈夫だぞ」


「頼もしいが、それでは周囲に怪しまれる」

 

 勝八が思ったまま告げると、隊長は苦笑いで応えた。

 確かにこれ以上人数が減ると、勝八に注目が集まるのは避けられないだろう。


「よーし、そのままゆっくり前進しろ!」


「全体前進!」


 そうこうしている内に再び二重に号令がかかり、神輿はゆっくりと前進しだす。

 垂れ下がったお下げが揺れる様を眺めながら、勝八はフリオ隊長へと話しかけた。


「驚かないんだな」


 ドラゴンに消し炭にされたはずの勝八が生きていること。そして尋常ではない力を発揮したこと。

 それを当たり前のように受け入れているフリオの様子が、勝八は気になった。


「あんな活躍をした君だ。今更驚かんよ」


 すると、隊長はふっと男前に笑ってそう答えた。


「活躍?」

 

 首を傾げる勝八。

 すると隊長は「おいおい私に言わせるのかい?」と太い眉を動かして語りだした。


「あぁ、ドラゴンに焼かれた君は、上半身が消し炭になったように見えた。まずあそこが敵を油断させる罠だったのだな」


 やはり自分は竜によって消し炭になっていた。しかも上半身だけ。

 知りたくなかった事実に勝八は顔を歪める。

 敵を油断させるために自分の上半身を切り捨てるなどという豪快な囮があろうか。

 そうはつっこもうとした彼だが、それより早く隊長が更に言葉を続ける。


「君の下半身を咥えたドラゴンは、心なしか嬉しそうに上空へと舞い上がった。そしてそのまま再び急降下するかと思えば突如空中爆発。あれは君が魔法でも使ったのだろう?」


「いや、魔法っていうか……」


 竜が死んだのは、ゾマ曰く緩が指で潰したからであろう。

 だが、ゾマのように神様の手が見えない隊長にとっては、突然竜が爆発したように見えたらしい。


「結果として破片が城にぶつかり倒壊してしまったが、仕方あるまい」


 そして、その際に緩が壊した城は竜のせいにされたようである。

 どうやら緩が例の本を弄った結果がこの世界に反映される際、辻褄合わせのため事実が一部改ざんされるらしい。


「なんていうか……ごめん」


 城を壊したのは勝八ではないし、緩がやらかしてしまったのも竜を取り除くためだ。

 分かっていても、 つい居た堪れなくなって勝八はフリオ隊長へと謝った。


「なぁに。城からの避難は完了していたから問題は無いさ! 命があってこそだ!」


 すると彼は、豪快に笑って勝八を励ます。

 緩がしでかした事で犠牲者はいなかったようで、一応は安心する勝八。


「それでえーと、アンタ達はこの国に移住したってことか」


「……移住というよりは居候だな。我々はユニクール再建を諦めていない」


 だが、その緩んだ気持ちのまま放った言葉には、思いの他低い声が返ってくる。

 それは勝八の言いようが気に障ったというより、彼自身の硬い決意表すような声音であった。


 そんな事を話している内に、やがて馬車道の先に曲がり角が現れる。

 そこから、一際強い歓声も響いてきた。


「ここから先は市民も神輿を観戦出来るエリアとなる。……君はこの街の内情に詳しいか?」


「いや、全然」


 隊長の質問に、勝八は正直に答える。

 街どころか、この世界のこと自体よく分かっていない。


「ならば戸惑うかも知れないが、なるべく平静にしていてくれ」


 勝八の来歴についてどう考えているのか。

 やはり特に驚くこともなくフリオ隊長はそんな注意喚起をする。


 平静という状態そのものにあまり馴染みのない勝八としては、その言葉自体にそわそわしてしまう。


「曲がれ、曲がれー!」


「曲がるぞー!」


 そうしている間にも曲がり角に差し掛かり、号令とともに破壊神神輿がターンする。

 外側からゆっくりと回る勝八。

 すると大きな噴水と先程の馬車道より広い通り。そして、両脇の人垣が順々に目に映った。

 背後には巨大な城が霞がかって聳え立っている。


 一方ずらっと続く人々の群れは、等間隔に配置された兵士たちとロープによって神輿と仕切られていた。


「来たぞ神輿だ!」

 

「まがまがしいっ!」


「滅べ蛮族ども!」


「似合ってるぞ二等民ども!」


「いいザマだ!」


 人々の間から、好き勝手な野次が飛ぶ。


「……むんっ!」


 途端に平静を失った勝八は、衝動的に神輿を頭の上まで持ち上げる。

 そのまま神輿をぶつけてやろうかと思った彼だが、あからさまにこちらをなじる人間と同程度に、気の毒そうに眉をひそめる人間もいた。

 それらをどう受け止めて良いか分からず、彼は神輿を肩に担ぎなおす。


「うごごご」


「こっちに荷重が!」


 勝八の一連のアクションのおかげで神輿がグラングランと揺れる。


「今一瞬、神輿が浮いたような」


「ば、バランスを崩しただけだろ」


 それを見て野次を飛ばしていた人間達が青ざめ、勝八は少しだけ溜飲を下げた。


「……武の国ペガスは他国を侵略し取り込むことで勢力を拡大してきた。だが、いたずらに戦線を広げた代償として、実はかなり疲弊している」


 勝八が落ち着いたのを見、隊長が何事か解説しだす。


「国策の失敗を増えた難民の責任にし、我々を二等国民と呼び蔑むことで不満の捌け口にしてきたが、それも限界に近い」


「えーと?」


 多分、それが大衆の顔色に顕れていると説明しているのだろう。

 そこまでは理解できるが、着地点が分からず勝八は首を傾げる。


「よ、よーしお前ら! ゆっくりと前進しろ! 掛け声を忘れるな!」


「全体前進! 掛け声始め!」


「わーっしょい! わーっしょい!」


 だが、その説明を求める前に神輿が再び前進を始める。

 蛮族風の格好をした男達が禍々しい神輿を上下させながらわっしょいと叫ぶ。


 異世界というより異界の光景である。

 

「わーっしょい! わーっしょい!!」


 何だか妙に楽しくなりながら勝八も掛け声を出していると、前方にいる隊長がポツリと呟いた。


「つまり、革命をするなら今が好機ということだ」


 ざっくりとした、かつ不穏当な説明に勝八の声が止まる。


「我々はこれから、この場より逃亡する。その後レジスタンスとして、ペガス是正の為活動するのだ」


「と、逃亡ってこんな囲まれた場所から?」


 自らの志を語る隊長だが、それを成し遂げるには最悪の状況に見える。

 何せ兵士達に見張られている上、観客のバリケードもあるのだ。

 勝八がきょろきょろと周囲を見回していると、「平静に」と短く声が飛んできた。


「ワッショイ! ……この状況から逃亡することで、ペガスの衰退を周囲に知らしめることができる。ワッショイ! それに無理難題という訳でも……」


 自身も周囲に不審を悟られないためか。掛け声を出しながら隊長は語る。

 しかし、それが急に途切れた。

 気づけば、勝八達の進む先に日輪のようなものが見える。


「あれは……」


 首を伸ばし、そちらを凝視する勝八。

 すると、輝くものの正体が見えてきた。


 神輿である。

 黄金に輝いている。

 詳細がよく分からず自分の目が悪くなったのかと危惧した勝八だが、そうではない。

 自分達の神輿と同程度の大きさだと思ってたのでピントが合わなかっただけで、その神輿は勝八達が担いでいるものの3倍は大きかった。


「よーし! 止まれー!」


「全体行進やめー!」


 衛兵と隊長の指示があり、邪神神輿と黄金の神輿――勇者神輿が少し距離を空けて停止する。


 輝きと大きさだけで威圧感を放つ勇者神輿は、その名の通り人間の顔を形どって出来ていた。

 鼻筋のスッと通った、下品な黄金でできていなければ涼やかな印象を受ける美形である。

 両目の部分にはそれぞれ赤と緑の勝八の頭ほどはある宝石がはめ込まれており、大きいツバメになって幸福の王子様ごっこに興じたい衝動を興させる。


 担いでいる兵は悲惨である。

 人員も勝八達の3倍以上いるが、彼らは太陽の照る中律儀に鎧を着込んでおり、今にも死にそうな顔で黄金の重量に耐えている。

 そして、その神輿の頂上に、神輿と同じ顔をした男が仁王立ちしていた。


 いや、実物は神輿より彫刻めいた顔を持つ、怜悧なまでの美貌を持つ青年である。

 赤と緑のオッドアイは宝石より神秘的で底深い光を離れた距離からも感じさせる。

 たなびく銀髪は光に輝き、不敵な笑みは男女問わず魅了する。

 真金々(まっきんきん)のマントのせいで、首から下が神輿と同化している。


「そう、あれが勇者ブレイ=ブレストだ」


 あれ? 今何かおかしなところがあったぞ。

 そう思う勝八を差し置いて、隊長は解説する。


 まぁいいもう一回見てみよう。

 勝八が視線を向け直したと同時に、勇者ブレイブレストが口を開いた。


「うはははは! 風流せい! 風流せい!」


 彼はマントの下からザルを取り出すと、そう叫びながら民衆に向かってコインをばら撒く。

 どこの傾き者かという有様である。

 マントの中身は金と紫のまだら模様だ。


「蛮族どもめ! この勇者ブレイブレイスト様が成敗してくれるわー!」


 続いて配り終わったザルを頭に被ると、勇者は渡世人の如くポーズを取った。


「……あれが、勇者ぁ?」


 勇者ブレイブレストはニヒルでクール。

 緩から聞かされていたそんな人物像との隔たりに、勝八は口をひん曲げ声を吐き出す。


「そうだ。あの氷のような冷たい美貌と仕草。あれこそが勇者ブレイブレストだ」


 彼に対し、隊長は勝八と真逆の感想を口にしながら頷く。

 何の冗談だ。思わず神輿を手放し彼の表情を窺いたくなる勝八。


「あぁ、なんて美しい……」


「民衆に媚びない……でもそんなところが素敵」

 

 (※個人の感想です)なのかと思えば、周囲の民衆も同じような感想を漏らしながらぽーっと彼を見上げていた。

 魔物の時のようにクレヨン画になっているわけではない。

 だが、認識が周囲と勝八とで完全にズレてしまっているのは、あの時とまるで一緒である。

 つまり彼は。

 

「わーっはっはっは! わーっはっはっは! わーっはっはっはっはっは!」


「世界の、歪み……」


 高笑いを続ける勇者を見上げながら、勝八は呆然と呟いた。

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