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肌と肌を重ねて

 勝八が目を開けると、そこには自らの腹の上に乗るマリエトルネの姿があった。

 慌てて腰巻を確認するも、がっちりと締められたままである。

 どうやら自分の貞操は無事なようだ。


 ほっと息を吐いてから、勝八は件のマリエトルネが自分を睨んでいることに気づいた。


「お、おい?」


「アンタ……」


 空白の時間に何があったのか。

 恐る恐る勝八が声をかけると、彼女は仰け反りながらぽこりと腹を膨らませ息を吸う。


「土だらけじゃないか! そんなんでうちのベッドに寝転がるんじゃないよ!」


 そして、唾を吹きかける勢いで勝八に怒鳴った。


「今更かよ!?」


 自分で押し倒しておいて何たる理不尽。

 というか勝八が泥で汚れているなど、地球でシャワーを浴びたおかげでその事実を忘れていた本人以外一目瞭然だろうに。


 体を起こしながら勝八が抗議すると、マリエトルネは彼の腹から転げ落ちて猫耳の裏を掻いた。


「あんまり綺麗に汚れてるもんだから地肌かと思ったよ……早く体洗ってきな」


「何だよ綺麗な汚れって」


 日本語で会話していると思い込んでいたが、実はこれ異世界語なのではないだろうか。

 そう疑いたくなるようなマリエトルネの言葉に呆れながら、勝八は立ち上がった。


 とりあえず萎えてくれたようで一安心である。


「で、どこで体洗えるんだ?」


 彼女の気が変わらない内に、勝八は言われた通り汚れを落としてしまうことにした。

 肌の色が黄色人種に戻れば蛮族扱いも無くなるだろう。


「一階にシャワーがあるよ」


「なるほど。って、あんのかよシャワー」


 彼の問いかけに、マリエトルネが事もなげに答える。

 あまりの自然さにスルーしかけた勝八。

 だが、中世北欧を模したように見えるこの世界にシャワーがあるのはおかしくないだろうか。


「そんぐらいあるよ。不衛生は一番の敵だからね」


 やはりマリエトルネにとっては当たり前のことらしい。

 問いかけても彼女の答えは変わらない。


 よく考えれば魔法もある異世界だ。

 不思議な力で都合よく何とかしているのかもしれないと納得し、勝八は階下に向かうことにした。

 その時――。


「お、おいアレ……!」


 ふと窓の外を見た勝八は、その光景に思わず身を乗り出した。

 正確にはガラス窓に額をつけようとして、窓にガラスは嵌っておらず転げ落ちそうになったのだが。


「何やってんだい」


 そんな勝八の様子を呆れた目で見ながら、マリエトルネはその脇から顔を出す。

 通りの先を見た彼女は、「あぁ」と声を上げた。

 

 娼館は先ほど通った馬車道から更に一通り離れた場所に配置してあり、二階の窓からは例の破壊神神輿の凶悪な形相が確認できる。


 だがそれだけではない。

 神輿の周りに、腰ミノをつけた浅黒い肌の男達が十数人集っていたのだ。

 遠目で詳細は分からないが、ゾマを拘束し生贄に捧げようとしていた男達と同族のように勝八には見えた。


 まさか、破壊神祭りを聞きつけ自分たちが祭りを破壊しに来たのか。

 止めるべきかと窓枠に足をかける勝八。


「ありゃアンタのお仲間じゃないよ。……二等国民さ」


 彼の太ももにぎゅうぎゅうと頬を押されながら、マリエトルネが呟く。


「二等国民?」


 勝八がそちらに顔を向けると、マリエトルネは彼のふとももをべちんと叩いてともかく落ち着くよう促した。

 窓枠から足を外した勝八に、頬を黒くしたマリエトルネが説明する。


「あぁ。元々は魔物やら戦争で国を失った難民さ。ペガスではそういうのを二等国民として扱って、待遇に差をつけてるんだ」


「だからって、何であんな格好を……」


 格好のことをお前が言うか。

 そんな一瞥をくれたマリエトルネだが、猫手で頬を拭いつつ言葉を続ける。


「破壊神祭りは最後に神輿を壊して締め。が通例なんだけど、一年前から少し変わってね。まず担ぎ手が蛮族の扮装をした二等国民になった」


「ほほう」


 どうしよう長い上に政治的な話になりそうだ。

 冷や汗を流しながら、勝八はとりあえず相槌を打つ。


「二等国民に扮装させる理由は色々と……まぁその辺は省こうか」


 客商売をしている関係か。それを聡く見抜いたマリエトルネが、ざっくりと説明をカットする。

 思わずうんうんと力強く頷いた勝八にため息を吐くと、彼女は再び窓から身を乗り出す。


「で、これを反対側の神輿と喧嘩させる。あっちが勝てば、今年は豊作ってしきたりになったらしいよ」


 今度は挟まないように後ろから彼女の指し示す方を見る勝八だが、他の建物に阻まれその「反対側の神輿」とやらは見えない。

 しきたりになったというのも妙な言葉だが、そういうものかと彼はとっとと納得してしまっている。


「そっちは何神輿なんだ?」


「勇者神輿だよ」


 揺れるマリエトルネの尻尾を眺めながら勝八が尋ねると、乙女の如く窓に頬杖をついて彼女は答えた。


「勇者とな」


 ついにザ・ファンタジーという単語が出てくる。

 が、登場した箇所が箇所なので威厳も何も無い。


 破壊神VS勇者の喧嘩神輿。

 緩の名前を関した祭りはとんでもない奇祭に成り果てていた。


「勇者ってアレか? 銀髪オッドアイのやつ」


 これが歪みだとして、何をどう正せば良いのか。

 分からないので、とりあえず勝八は別のことをマリエトルネに尋ねた。


 緩が作った勇者という存在については、彼にも覚えがあったのだ。


「蛮族でもさすがに知ってるんだね……そうだよ、勇者ブレイ=ブレストさ」


 何処か遠くに意識を飛ばしているような口調で、マリエトルネは呟く。

 やはり。その名を聞いておぼろげだった記憶が蘇るのを勝八は感じた。


 勇者ブレイ=ブレストは、緩の好み――彼女が言うところのお話上の好みを全てぶち込んだキャラクターである。

 銀髪オッドアイのクールでニヒル。

 だがその心の奥は熱い炎が揺らめいている。

 勇者としての祝福を受けながら邪神に呪われた右手を持ち、魔法と剣を人類最強レベルで使いこなすという色々と凄まじいことになっている人物だ。


 そういう設定は主人公のライバルにでもするのが定石だが、敢えて勇者にするのが新しいのだと緩は力説していた。

 勝八が勇者の設定について記憶していたのは、その敢えてを強調する緩の早口さが通常の三倍だったことに起因する。


「しかも今回は本人が神輿に乗るらしいよ。上手く滞在期間が被ったらしくてね」


 勝八の回想も知らず、マリエトルネはそんな解説を続ける。


「そりゃ、アイツも本望だろうな……」


 勇者とやらが存命なまま神輿にされているのも驚いたが、勝八にとってはそんな感慨のほうが勝った。


 自分の作った理想のキャラクターに退治されるのだ。

 普通の女子では味わえない、ある層の人間にとっては最高のシチュエーションだろう。

 しかし、勝八の胸には何やらも妙なしこりが生まれる。


 何故だろう。緩が迫害されているからか。

 いや、それは先ほどこの祭りを知った時から――もっと言えば破壊神扱いされている時から分かっていたことだ。


 ならば、この感情は……。


「なぁ」


 自らの心中を探った末、勝八はいまだに呆けているマリエトルネに呼びかけた。


「あん?」


「例えば破壊神神輿が勝ったとして、本当に作物が実らなくなったりするのか?」


 振り向いた彼女に、真剣な顔で問いかける勝八。


「こんな祭り十年前まで無かったし、勇者神輿なんて一昨年できたばっかだって言っただろ。ご利益なんてあるもんか」


 馬鹿らしい。そんな感情を隠そうともせずマリエトルネは吐き捨てる。


「そもそも破壊神側が勝つなんてありえないけどね。勇者神輿のが数段豪華だし、今年はあの魔王殺しの勇者が乗ってるんだ」


 あるいは、彼女が馬鹿らしいと思ったのは破壊神神輿の勝利か。

 だが、後半の言葉を半ば無視するように、勝八は声を上げた。


「よし、じゃぁぶち壊してくる」


「はぁ?」


 眉根を寄せ、本物の馬鹿を見るかのような目で彼女は勝八を見る。

 が、勝八の表情は真剣なままだった。

 彼は窓枠からはみ出したマリエトルネをひょいと担ぐと、窓枠から降ろす。


 勝八自身、何故勇者神輿を――否、この祭りをぶち壊したいのか分かっていない。

 緩の姿が異世界人に正しく伝わっていないのが歯がゆいという気持ちもある。

 誰かを貶めるために祭りを行うという根性が気に入らないという気持ちもある。

 貶めるために元難民を敵役に使う悪意を跳ね除けたいという気持ちもある。

 大義名分はある。しかし、全ては理由付けである。


 とりあえず勝八は、緩の理想の男とやらが気に入らないだけなのだ。


「そんじゃ」


 もちろんそんな理屈は勝八の中で言語化されていない。

 階下で治療中の少女のことも忘れている。


 彼が再び窓枠に足をかけたその時である。


「待ちな」


 マリエトルネの尻尾がにゅいっと伸び、勝八の腕に絡んだ。

 比喩ではなく、間違いなく二倍ほどに伸びている。

 何だこの種族。作った奴は何を思ってこんな機能をつけたのだ。

 後で聞いてみよう。


 勝八がそんな事を思っている間も、マリエトルネは黙っていた。

 どうしたら良いのだろう。このまま一緒に空中散歩でもするか。

 勝八がそう思い始めた辺りで、彼女は口を開いた。


「ぶち壊す前に頼み事があるんだけどね」



◇◆◇◆◇



「植木の世話は、こちらに任せろ」


「はい、よく出来ました」


 勝八が背筋を伸ばして口にすると、マリエトルネはよしよしと頷く。


「……俺が植木の世話しろって訳じゃないんだよな?」


「違うっての。それを相手方に伝えてくれって言ってんだよ」


 改めて確認すると、彼女は勝八を呆れた目で見る。

 マリエトルネの頼み事とは、植木の世話ではない。

 この言葉を相手方――つまり蛮族の扮装をしている二等国民の中で一番偉そうにしている人間に伝えることだった。


「何なんだこれ?」


「ただの世間話さ」


 真意を問いただしても彼女ははぐらかすばかり。

 ただの世間話を勝八を中継させる意味は無い。

 勝八にもそれは分かるのだが、どうもマリエトルネは答えてはくれそうにない。


「ま、ならいいさ」


 彼女をじっと見つめたところで、緩のときのように心中が察せるわけではない。

 疑問はあっさり放棄することにして、勝八は再び窓枠に足をかけた。


「だから待ちなって」


 だが、そこで股間に違和感。

 振り返ってみれば、勝八の腰巻……ウロボロスレイヴの尻尾部分をマリエトルネが掴んでいた。


「今度は何だよ。植木の水やりは俺に任せろだろ。覚えたって」


「もう忘れてるじゃないか! そうじゃなくて! それもあるけどアンタがそのまま飛び出したら騒ぎになるだろ!」


 畜生にも劣る勝八の記憶力に悲鳴を上げながら、彼女は必死で彼の尻尾を引っ張る。


「じゃぁどうしろってんだよ」


「アタシが隠密の魔法をかけるから」


 腰巻が解けないよう抑えながら尋ねる勝八に、彼女はそんな事を言った。


「魔法?」


「存在を認識させ辛くさせる程度の魔法だから、人が見てるところで会話したら解けるけどね」


 ぴたりと勝八の動きが止まる。

 それを見て尻尾を解放したマリエトルネが説明をした。


「魔法……」


 しかし勝八はそれどころではない。

 今までは神輿やら裸族やらで認識しづらかったが、ついに異世界の異世界たる所以の魔法が見られるのだ。

 そう言えば緩が、猫耳のついたナントカ族は幻影魔法が得意とか言っていたはずだ。

 彼女ほどでないにしても、勝八の心が躍るのは避けられない。


 そんな訳で再びマリエトルネの方を向く勝八。

 すると彼女は椀でも持つかのように両手を構え、目を伏せた。


 そうだ。ここから長ったらしいが雰囲気のある詠唱が始まって……。


「ら・ま・こ・か」


 期待した勝八の前で、マリエトルネが四文字呟いた。


「ほ?」


 困惑する勝八を他所に、彼女の小さな手が黄白色に輝く。


「ほいっ!」


 そして彼女は、その手を勝八の腹へとぺちんと叩きつけた。

 体の上に光の波紋が走り、すぐに消える。


「終わったよ」


 彼の腹筋を撫でさすりながら、マリエトルネは言った。

 

「……何さっきの四文字」


 脱力した腹筋に力を入れ直してマリエトリネを弾き返した勝八は、自らの体の確認もそこそこに問いかける。


「知らないのかい短縮詠唱だよ。昔は長ったらしいが言葉が必要だったけど、頭文字だけ繋げていけば普通に発動することが最近の研究で分かったのさ」


 すると、マリエトルネは弾かれた体を尻尾で建て直しながらそう答えた。


「えー……」


 緩ほどでないにしろ、魔法というものに一定の憧れを持っていた勝八である。

 何の神秘もないその構造にはさすがに落胆を隠せない。


 回せばぐんぐん徳が溜まるでお馴染みのマニ車とて気持ちを篭めて回すから意味があるのだ。

 たった四文字唱えただけでご利益があっては神様も甲斐がない。

 

「ほれ、効果時間も短いんだからとっとと行きな」


 勝八が納得行かないといった表情でいると、彼を蹴りだすようにしてマリエトルネが追い立てる。

 渋々部屋のドアを開ける勝八。

 するとちょうど、廊下の先から一人の娼婦が歩いてくるところだった。


 声をかけそうになる勝八。

 だが、マリエトルネの言葉を思い出して踏みとどまる。

 すると彼女は廊下へ出た勝八に視線も合わせずに彼の脇を通り抜けると、部屋の中にいるマリエトルネに呼びかけた。


「あれ、マリエ姐さんだ。蛮族のお兄さんは?」


 どうやら、本当に勝八が見えていないらしい。

 頭の上で手を振りアピールするが、お姉さんは反応しない。


「シャワー浴びに行ったよ」


「あら、じゃぁ勝手に扉が開いたのね。建て付け悪くなってるのかしら」


 余計なことをするな。

 そんな一瞥をくれつつ彼女に答えるマリエトルネと、不思議そうな娼婦。


「かもねぇ。で、アンタ何しにきたんだい」


「え……えーと、お世話になったしちょこっとお礼しようかなぁ。なんて……あはは」


 誤魔化す意味もあってかマリエトルネが質問すると、娼婦のほうも誤魔化すように笑った。


 ――勝八は昨日、この世界の時間としてはつい先ほど似たような言葉を聞いている。

 本気か。お礼ってそういう意味か。

 見れば勝八より少々年上だが、愛嬌のある笑顔が素敵なお姉さんである。

 何より良い尻をしている。 


「普段から言ってるだろ。そういう事に商売道具を使うんじゃないよ」


「ご、ごめんなさーい。失礼します」


 だが、マリエトルネに釘を刺された彼女は、回れ右をしてそそくさと去ってしまった。

 商売道具ということは……やはりそういう意味だったらしい。

 がくり。膝をついて彼女の尻を見送る勝八。


「……アンタも早く行きな」


 自分の時とは反応が違うことが気に食わないらしく、マリエトルネが彼を睨む。

 すごすごという人生初の足音を立てながら、勝八は外へ出ることにした。

 

 一階へ降り、少々おっかなびっくり娼館の扉を開ける。

 すると通行人――娼館を物欲しそうに見ている青年がこちらを見るが、すぐに何事もなかったかのようにため息を吐く。

 やはりマリエトルネの魔法は効いているようだ。

 いっそ戻ってゾマの治療を覗きに行こうかとも考えた勝八だったが、ぐっと堪えてさっさと用事を済ませてしまうことにした。


 娼館は馬車道より更に奥。

 周囲の店は軒並み閉まっており何を売っているのか判然としない。

 通りには祭りに疲れた人々がぽつぽつといるが、いずれも勝八に気づくことはない。 


 神輿の周囲には偽蛮族だけでなく、彼らから数メートル離れた等間隔に衛兵が数人配備されている。

 彼らの目的は関係ない人間が神輿に近づかないようにするためか、それとも蛮族の扮装をした人間達を見張るためか。


 しかし今の自分は無敵モードである。

 そんな確信を持った勝八は彼らの脇を堂々とすり抜け、偽蛮族達の中に紛れ込んだ。

 ムシムシとした男風呂の中に入ると肩と肩がぶつかり、勝八の体からじゅっと湯気のようなものが立ち昇る。


「おぉ、悪いな」


 同時に肩をぶつけた男の一人が、勝八に謝罪した。

 どうやら魔法が解けてしまったらしい。

 思わず背後を見る勝八だが、衛兵が気づいた様子は無い。


 視線を戻して偽蛮族の男をよくよく見れば、彼らの肌は染料か何かで意図的に塗られたものであり、塗り忘れやムラが確認できる。

 彼らから見ても勝八はそう見える……はずで、本物のナントカ族と間違われることは無い……はずだ。


「あれ、お前誰だっけ?」


 だが、どうも狭い界隈のようで、男は勝八の顔を見て首を傾げる。


「嫌だな俺だよオレオレ」


「え、あぁそうかお前か」


 咄嗟に勝八が誤魔化すと、ファンタジー世界にはまだこの詐欺は横行していなかったようで男は首を捻りながら納得した。


「悪いな。急いでるから」


 その隙に勝八は肉の壁の中へ更に入り込む。

 魔法が解けてしまった以上、ここに留まることは得策ではないようだ。

 そもそもずっとこんな男臭い中にいたら、勝八の美的感覚がどうにかなってしまう。


 この中で一番偉い奴というのはどいつだ。

 進みながら探す勝八だが、全員蛮族風の格好をしているせいで見分けがつかない。


 そうしている内に、男達の波をかき分け、ついに中心にある神輿へとたどり着いてしまった。

 どうしようかと勝八が周囲を見回すと、一際大きな背中で悪鬼のような緩神輿と向かい合う男の姿が目に付く。

 周囲の男達もその背中とは距離を空けており、勝八自身何やら近寄りがたい雰囲気を感じる。


「隊長!」


 勝八が躊躇していると、背後からそんな声が響き、男が振り向く。

 結果、勝八は男と向かい合う形になった。


「あ、アンタは……」


 その顔を見て、勝八は絶句する。

 筋骨隆々。眉毛のきりりとした濃ゆい顔が勝八を見つめ返す。


「君は……」


 そうだ。二等国民は魔物によって滅ぼされた国の難民だとマリエトルネは語っていた。

 そして、あの国はゾマが神の手を目撃できるほど近くにあったのだ。


「アンタは、ええと……平和の国の団長の……」


 勝八はド忘れしてしまったのでその名前を口に出せない。

 しかしそれは、勝八が異世界に飛ばされ最初に出会った人物。


 ユニクールの、フリオ隊長に間違いなかった。


「お、おいなんだ?」


「どうしたんです隊長」


「あれ? 誰だこいつ」


 勝八が口をパクパクさせていると、周囲がざわざわと騒がしくなっていく。

 どうやら彼が仲間でないことに気づかれたらしい。


 しまった。早くマリエトルネからの言付けを伝えなくては。

 だが先ほどの衝撃のせいか。その内容は勝八の頭から吹き飛んでしまった。


 まさかこんな事でピンチになるとは。

 進退窮まった勝八が逃げ出そうかと画策したその時。

 

「カパッチ!」


 フリオ隊長が、そんな声を上げ勝八に抱きついてきた。

 裸の胸板どうしがガツンとぶつかる。


「君は命の恩人だ! やはり生きていたんだな!」


 フリオ隊長はそのまま興奮した様子でまくし立てる。

 周囲のざわめきが大きくなる。

 胸毛が押し付けられごわごわとした感触がする。


「カパッチって……誰?」


 状況がまるで飲み込めない勝八には、そんな言葉を呟くだけしか出来なかった。

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