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のろけ

 琵名市立陽南高校は周囲を畑で囲まれたのどかな学校である。

 近いからという理由でこの学校を受験し1.1倍の倍率を勝ち抜いた勝八は、ここでそれなりに楽しい高校生活を満喫していた。


「今日は緩と食うから」


 普段一緒に昼食を摂っている友人達に告げても、勝八への冷やかしの声は飛んでこなかった。

 それどころか何やら温かく見守ってやろうという空気まで流れている。


「お、俺は重要な話し合いをしに行くだけなんだからね!」


 何か勘違いしている彼らに言い置いて、勝八は緩との待ち合わせ場所である屋上踊り場へと向かった。

 行きがけに緩のクラスを覗いたが彼女はいない。

 そこでも緩の友達の某と某に好奇の視線を向けられたので、勝八は早足でその場を離れた。


 自分は何か、とても恥ずかしいことをしているのではないか。

 そんなことを考えながら。


「あ、勝ちゃん!」


 4階の階段前につくと、緩はやはり先についており彼に手を振った。

 見上げる形になるが、緩のスカートは長く中身が覗けてしまうということはない。


 ゆっくりと階段を昇った勝八は、彼女と並んだ。


「まだ空いてたか」


 屋上前の踊り場と言えば学生――もっと言えばカップルにとっての聖地である。

 普段は誰かしらが愛の巣を作っているものだが、先月ここを独占していた西木平上カップルが破局して以来空きスペースとなっていた。

 

「えへへ。これからはここでお昼食べるのも良いかもしれないね」


「それはお前の弁当次第だな」


 緩が後ろに組んだ手をふりふり言う。

 この階段上に毎日居座る事になると、学校中からお内裏様とお雛様…もとい公認バカップルとしてひな祭り上げられる。

 おそらく冗談だろうと察して、勝八は軽口で返した。


「だ、大丈夫。基本的にはお婆ちゃんの味だから」


 しかし、それに対して緩は握り拳を作ると緊張した様子で答える。

 おそらく昨日の残り物を詰めてあるという意だろう。


「それはそれで有難くないなぁ」


 せっかく緩の料理の腕が見られるチャンスだと思ったのに、それでは勿体無い。

 しかも婆さんの手料理は昨日食べたばかりだ。


 言いつつ勝八が地べたへ座ろうとすると、緩がそれを制してレジャーシートを広げる。

 準備が良いことだ。勝八など完全に手ぶらである。


 彼が空の手をぶらぶらさせているうちに、緩はレジャーシートを取り出したリュックから弁当水筒と取り出しスカートを整えると両手を広げた。


「さ、どうぞ」


 レジャーシートといい緩の小ささと言い完全におままごとなシチュエーションである。


「おう、帰ったぞ」


 自身の想像で面白くなり、勝八は暖簾をくぐる小芝居をして言い放った。

 玄関に暖簾がかかっている家など稀だろうが、そこは雰囲気である。


「え、あ、お帰りなさい。あ、あ、あな……」


 が、意図を察してそれに乗ろうとした緩が、途中でどもって失速する。


「照れるな。俺も恥ずかしいだろうが」


 どっかりと座り込むと、手でやめやめとジェスチャーする勝八。

 何だか体温が上がりそのまま自らを扇いでいると、緩がおずおずと水筒を差し出した。


「ご、ごめん勝ちゃん」


 この辺りの聡さは実にお嫁さん向きである。

 考えながら勝八は水筒から注いだウーロン茶をあおった。


「良いのです姫。私も唐突でありました」


 その後、懲りずにもうひとネタ振ってみる。

 シチュエーションは姫に仕える騎士である。


「うぇ!? く、くるしゅーないぞ」 


 何とかそれに乗った緩だが、動揺のせいでどちらかと言うと麻呂な口調になってしまう。


「くるしゅーないぞってお前……くく」


「だ、だってぇ……ふふっ」


 その舌足らずな発音がツボに入り、口元を押さえる勝八。

 情けない声を出す緩だが、彼に釣られて笑い出す。

 二人でひとしきり笑った後、勝八はようやく弁当に手をかけた。


「おおう……」


 可愛らしい容器を開けると、全体的に茶色な中身が目に入る。

 昨日食べたごぼうの金平。冷凍のから揚げ。くたびれた梅干。この辺りが主な原因だ。

 だが、その茶色の中に異質な茶色を見つけ、勝八はそれを拾い上げた。


「これがお前作?」


「あ、よく分かったね!」


「婆様はタコさんウィンナー作らんだろ……後チーズ入り使うのはやめたほうが良いと思う」


 言い当てた勝八に喜色を見せるが、あのぶっきらぼうな婆様がタコさんウィンナーなど作るわけはないので当然の帰結であった。

 丁寧に目までついている。

 尻からチーズを垂れるウィンナー群のおかげで受け皿の銀紙にチーズ溜まりができているのも、婆様ではありえないミスだった。


「あぅ……焼いてから間違いに気づいちゃって」


「ま、焦げてる訳でもないし良いさ。うん、普通に美味い」


「良かったぁ……」


 しょげる緩を慰めて勝八がそれを頬張ると、彼女はほっとした表情を見せる。

 タコさんウィンナーでそこまで差が出ることなど無いだろうと勝八などは思うのだが、料理をしないものには分からない奥深さがそこにはあるのかもしれない。


「で、こっちはリンゴのウサギか。お前生き物系好きな」


 考えながら、続いての緩作についてもコメントを上げる勝八。

 端に息づくリンゴうさぎは器用に切られており、猫や犬に見えるなどということはない。

 ……無論、リンゴでそれらの動物を作るほうが難しいのだが。


 弁当の蓋で耳がぺったりとつぶれてしまっている以外は、不満の無い出来だ。


「うん、それも私。でも両方生き物なのは偶然だよ」


「そうなのか。世界を作るのとかの関係でこういうのも好きなんだと思ってた」


 タコとウサギの形状で例の落書き魔物を連想した勝八は、何気なく口にする。

 

「関係ないよ。そんなの……」


 だが、それに対し顔を俯かせた緩は、浮かない口調で呟いた。


「えーと、何かまずかったか今の?」


 気に入らないことでも言ってしまっただろうか。

 しかし、女心など図ったことがない勝八には原因がさっぱり分からない。


「あ、ううん! そんなことないよ!」


 なので直接彼女に問いかけると、緩は手をパタパタと振って否定した。

 怪しい。鈍感な勝八にでも気づくようにしているのではないかと思えるほどの慌てぶりだ。


 勝八がじっと見ると、彼女はついーと目を逸らす。

 勝八が身を乗り出して顔を近づけると、今度は体を逸らして更に逃げる。 

 お下げの間からのぞく首はやけに白い。


 ――その頃階下では、一人の女生徒が赤面しいた。

 そこから屋上へ続く踊り場を見ると、座っている男女の頭だけが見える。

 彼らの頭は不自然に接近しており、間違いなく接吻していると彼女に確信させた。


 破廉恥! 心の中で唱えた彼女は、駆け足でその場を離れた。


 一方、そんな事は露とも知らぬ勝八は、たっぷりと緩の首を見つめたから呟いた。


「なるほど」


 そのまま身を引いた彼を、不思議そうに緩が見る。


「やること全部神様なのと関連付けられたら嫌だよな。悪かった」


 彼女の前で、勝八はすっと頭を下げた。


「ちょっと、勝ちゃんやめてよ!」


 狼狽して勝八の上半身を起こそうとする緩。


「違ったか?」


「違く……ないです」

 

 顔だけ上げた勝八が問いかけると、彼女は口をもにょもにょと動かしながら答えた。

 良かった。合っていた。

 嫌な気分にさせておいて不謹慎だとは思うが、それでも勝八は口を綻ばせた。


 勝八が思春期だの受験生だのだった時、何でもかんでも青春の暴走だとか受験のストレスだので片付けられて納得行かない思いをしたのと一緒である。

 受験倍率1.1倍でストレスも何もあるものか。

 それだけ瀬戸際に見えたのかもしれないが。


 ともかく昨日の夜も考えたように、神様であることも緩の一面でしかないのだ。

 何もかもをそれ基準で考えてはいけない。


「もう……勝ちゃんって、何でそんなところばっかり鋭いの?」


 改めて考え直す勝八に、唇を尖らせ緩が愚痴る。


「隠し事が多い幼馴染みを持つとこうなるんだよ」


 体を起こした勝八は、彼女の額をついと押した。


 勝八とて自分がもう少し聡かったらと思うことはある。

 そうすれば緩が神様として色々と抱え込む前に、手を貸すことぐらいは出来ただろう。


「うぅ、じゃぁ勝ちゃんは隠し事しないんだね?」


「勿論だとも」


 勝八のプッシュで頭を前後に揺らした緩が、額を抑えながら問いかける。

 それに勝八が胸を張り堂々と答えると、顔を覆っている指の間で緩の瞳がキラリと光った。


「じゃぁキレイな女の人って何?」


「結局それかい」


 メールで見た時は迫力があったのに、本人の舌足らずな声で問い詰められるとまるで怖くない。

 もう一回つついてやろうかと考えてから、ともかく勝八はあの後異世界であったことを話す。

 

 そして――。


「の、緩まんじゅう……」


 勝八の話を聞き終えた緩は、アオガエルのような顔でケロケロと鳴いた。


「俺もまだ食ってないけど、割と美味いらしいぞ」


 知らない間に自分が異世界名物……しかも恐ろしい顔で商品化されていたらこうもなろう。

 そう思いながら、勝八は彼女へフォローを入れた。


「い、いいよ食べなくて! なんか、恥ずかしいし」


「その感覚はよく分からん」


 わたわたと緩が手を振る。

 おそらく男女の溝ではない感覚の違いに苦い顔をしながら、勝八は話題を変えた。 


「でも、驚いたのはアレだな」


「アレって?」


 緩もまんじゅうの話はもうコリゴリだと思ったのか、口に弁当を運びながら首を傾げる。

 こういうところは器用な少女である。


「お前の考えた世界に、お色気ばりばりの娼館なんてあったこと」


 思いながら勝八がアレの意味を話すと、緩の顔が見る見る赤くなった。


「だ、だってあの世界は私が全部作ってるわけじゃなくて、あそこで暮らす人が必要なものを生み出してるんだもん」


 口の中のものをきちんと飲み込んでから、緩が早口で弁解する。


「いやぁ、なんていうか幼馴染みのタンスを開けたら黒のスケスケパンツがあったみたいな」


 勝八としてもそれは分かっている。おぼろげながら分かってはいるが、それでも不思議な感覚は拭えない。


「な、無い無い! スケスケは無いよ!」


 だが、分かりやすい例えをしようとした勝八の言葉を、緩は懸命に否定する。


「黒はあるのか」


「黒も……な、無いよ」


 今一瞬考えたということは近しい色はあるのかもしれない。

 もしくはしましまだとか。


 それを心に刻んで、勝八は弁当の残りをかっ込んだ。


「勝ちゃん……まさか異世界でも女の子にそんなこと言ってないよね?」


 まるで中身を見られたかのように、スカートを抑えながら問いかける緩。


「ない……言ってはいない」


 自らの所業を省みて、勝八はそれを否定した。

 言ってはいない。ただ、下半身を何度か偶然見せ付けてしまっただけだ。


「勝ちゃんが女の子にえ、えっちなことをした場合、世界が滅んだりしちゃいます」


 勝八が緩の回答で下着のラインナップを察したように、緩も何かを察したらしい。

 彼女はそう言って頬を膨らませる。

 まるで緩まんじゅうである。


「どんな仕組みだそりゃ……」

 

 とはいえ異世界の人間は緩にとって子供のようなものである。

 それを勝八の毒牙にかけられたらと思うと心配なのかもしれない。


 反論しつつ、頭の中で勝八は納得した。

 ……しかし本当に世界が滅ぶとして、勝八が一方的に襲われた場合はどうなるのだろう。

 隠し事はしないと言ったが、さすがに現在貞操の危機だとは言えない。


 ともかく、そのほとんどを雑談に費やしつつ勝八達の昼休みは終わったのであった。



 ◇◆◇◆◇



 放課後、緩とともに帰った勝八は、一旦彼女と別れて自宅に鞄を置いた後、少し時間を置いて彼女の家へと向かった。

 緩としては家に帰ったらすぐ制服から着替えたいらしい。

 制服のズボンに大抵皺が寄っている勝八にすると、几帳面だなとしか思えない彼女の拘りだ。

 だが、今日はそれが有難かった。


 何故なら勝八も、異世界に戻ってすぐの自らの行動について考えなければなかったからだ。


「優しく肩に手を置いてそれには及びませんよお嬢さん……いや、マダムか?」


 鏡の前でジェントルにマリエトルネを押しとどめる練習をする勝八。

 だが、彼女の年齢が判然とせず決め台詞も決まりきらない。

 そもそもあの女は何歳なのだ。猫耳と尻尾ってどんな種族なのだ。


 緩に聞きそびれていたと気づき、勝八は顔だけ洗って彼女の家に向かった。


「はーい。上がって」


 制服よりは短いスカートに着替えた緩が、勝八を二階の自室へと招き入れる。


「おう、そういや聞きそびれてたんだけど、猫耳と尻尾のついた人間ってお前心当たりあるか?」


 部屋に入って早々。緩にベッドへと案内されながら、勝八は尋ねた。


「ええと、シャシャ族のこと?」


 ベッドに腰掛けた彼の前に座り込むんだ緩はそう言って首を傾げる。


「多分。ずっと幼女のまま成長しない感じの」

 

 やはり緩が設定を作った種族だったようだ。

 個人的な趣味で猫耳をつけている訳ではなくて助かった。

 考えながら勝八は頷く。


「シャシャ族は平均寿命50歳ぐらいだけど、それまで外見は若いままなんだ。『素早さ』が高くて幻影魔法も得意なんだよ」


 彼が異世界の設定に興味を持ったのが嬉しいのか。

 緩が早口になりながら設定を披露する。


「若すぎるだろ……」


 それをほぼほぼ聞き流しながら、勝八は一人ごちた。

 最大50歳……まだ二百歳まで生きると言われたほうが良い生々しいラインである。


「……もしかして、シャシャ族に勝ちゃんの好みの子がいた?」


 どう呼んで説得しようかとズレたことを考え込む勝八の顔を、緩が上目遣いで見上げる。

 何だか昨日から、こんなことばかり聞かれている気がする。


「そんなんじゃねぇよ。大体俺の好みは……」


「好みは……?」


 否定しようとした勝八だが、緩の視線にぐっと熱が篭った気配がして話題を逸らす。


「お前の好みは銀髪オッドアイだもんな。クールでニヒルなやつ」


「そ、それはお話の中での好みだよ!」


 急に自分へ振られた緩は、目を丸くしながらも彼の言葉を否定する。

 好みであることには間違いないらしい。


「はいはい。あっちの世界でそういうの見かけたら報告してやるから」


 緩の作った異世界の中になら、銀髪オッドアイなど複数存在するだろう。

 むしろ行き交う住人が全員そうでないのがおかしいぐらいだ。


 いい感じに誤魔化せたと判断した勝八は、ベッドに寝転がった。

 こんな事で誤魔化せたのが少々癪である。

 目を閉じ、緩に異世界への転送を促す。


「もう……」


 緩も諦めたかのようにため息を吐き、本を開くと転送の準備を開始した。


「こっちでの好みは……違うんだからね」


 直前に何事か呟いたようだったが、それを勝八が聞き取ることは出来なかった。

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