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彼女の異世界

 暗闇の中、一枚、また一枚と頁がめくられていく。

 少女が手にした本は仄かな光を放っており、その中には「世界」が描かれていた。


 大地、海、国。

 本を横から眺めれば山脈は盛り上がって見え、頁に挟まれれば音もなく平面に戻る。

 指が海に触れれば大きな波が巻き起こり、海岸をさらう。

 少女が頁をめくるたび、月と太陽が交互に昇り、国は栄え滅んでいく。

 少女の目からは小さすぎて見えないが、その中にはおそらく、この世界に息づく人々の営みがあった。

 これが、彼女の世界だ。

 

 だがやがて、頁の隅に黒い染みが表れ始める。

 指で拭おうとすれば油汚れのように広がっていき、頁を進めるごとに大きくなっていく。

 染みは数頁もめくる内に頁全体を覆ってしまい、少女はため息と共に本を閉じた。

 やはり、ここからでは原因も分からないし対処もできない。


 助けが必要だ。

 布団の中から抜け出した少女は、カーテンを開きお隣さんを見た。



 ◇◆◇◆◇



「私の異世界を……見てほしいの」


 そう言われた時、「エロい話だ」という閃きが時枡勝八(ときますかっぱち)の頭を雷の如く通り抜けた。

 時刻は夕暮れ。場所はその台詞を言った少女の家。

 もっと言ってしまえば、パステル調の色彩で囲まれた彼女の部屋の中である。

 健全な男子高校生である勝八が、そのような想像をしてしまっても仕方がない。


 あぁ男にとって女は異世界。

 そこまで思い浮かべたところで勝八は自らの考えを振り払った。


「あ、あの、勝ちゃん?」


 まるで魔法少女……に付きまとうマスコットのよう。

 

 へちゃむくれた調子で勝八を呼ぶ少女の声が、「そういう事」を連想させるには不釣合いであったからだ。

 年齢は勝八と同じく16歳だが、身長は140cmあるかないか。

 顔立ちも相応に幼く、造作は悪くないが現在よりも将来に期待されるタイプの少女だ。

 大人のゆるふわを目指して肩から垂らされた緩めのお下げ。

 それも彼女をお子ちゃまに見せる役目しか果たしていない。


 雪代緩(ゆきしろのん)。それが少女の名前だった。

 冬の寒さが緩んで川に雪解け水が流れ込み春を告げる。

 そういった意味の名前だが、彼女にはまだ第二次成長期という春は訪れていないようだった。


「お前、もっと牛乳とか飲めよ」


 なので、勝八は彼女にそうアドバイスをすることにした。


「なんで!?」


 話題が飛躍した勝八に、少女が踏んづけられた猫のような悲鳴を上げる。

 80%ぐらいは「にゃんで!?」と発音した疑いもある。

 大きく開かれた瞳には、今すぐ家へ持って帰りたくなるような愛らしさがある。


 ただし本当に持って帰ろうとすると、階下にいる彼女の婆ちゃんにぶん殴られるだろう。

 この部屋に二人きりでいるのだって、ただ単に勉強を教えてもらいに来ているだけだ。

 そう頻繁に年頃の娘の部屋に上がり込んでいるわけではなく、今回の期末テストは赤取るとマジヤバなので緊急措置である。


「この話はちゃんと聞いてよぉ」


 勝八が脳内の誰かに言い訳していると、緩が声をくしゃくしゃにして抗議する。

 彼女が「この話は」と言ったのは、先程まで一緒にしていた……もしくは勝八が一方的に教えてもらっていた数学の問題が原因だろう。

 丁寧に解法を説明していた緩の言葉を、勝八は「なるほどなるほど」と返事をしつつ、その大半を聞き流してしまっていたのだ。


 勝八の脳には、一分以上続く説明を自動的にシャットアウトするという機能が搭載されていた。

 

「だってお前何言ってんのか分からんのだもん」


 さすがに罪悪感を覚えた勝八だが、年頃の男子ゆえ素直に謝ることは出来ない。

 根拠のないプライドが命ずるまま、彼女にそう言い返した。

 実際に、「私の異世界」という単語にエロい意味以外に理解が及ばないのも確かだ。

 そういう不思議な言葉で人を惑わせたいお年頃なのだろうか。


「ええと、だから……私の作った世界を見てほしいっていうか……」


 勝八の反応に、緩はますます縮んでいく。

 もはや幼児並みの大きさになった緩を見て、勝八はぽんと手を打った。

 よくよく考えれば、もう一つ思い当たる節があったのだ。


「例の小説が完成したのか!?」


 この雪代緩には、一つの趣味がある。

 それが小説を書く……為の設定資料集を作ることである。


 このほんわかとした見た目から察して、大抵の人間はくまさんやねこさんが喋る児童小説のようなものを想像するかもしれない。

 だがこの緩が製作していたものといえば……。


「例の銀髪とオッドアイが闊歩して長ったらしい詠唱をかますあの小説が!」


「ちょ、勝ちゃん大きい声で言うのはやめてよ!」 


 興奮のあまり立ち上がった勝八を、顔を赤くした緩が宥める。

 そう、緩が作っていたのは天使と悪魔のハーフがある日覚醒し封印されし力に目覚めるような、いわゆる厨二病設定であった。


 そして何故勝八がそれを知っているのかと言えば、彼がその製作を手伝っていたからだ。


「苦節云年、俺も手伝ってきた甲斐があったってもんだ……」


 立ち上がった姿勢のまま、勝八は感慨深く頷く。

 思えば緩がこういった趣味に開眼してから三年ほど。

 勝八は彼女の出してくる設定に対し「ルビと漢字の意味全然違うじゃねーか」だの「冒険者ギルド便利過ぎ」などといつも茶々を入れてきたのだ。


 自分の努力がついに実ったのだと考えると、感慨もひとしおである。


「手伝ったって……勝ちゃん私の作った設定ちゃんと覚えてる?」


 そんな勝八に、唇を尖らせた緩が問いかける。


「当たり前だろ。ほら、俺あいつ好きだぜ。フニコ隊長」


 誤解を解くべく、勝八はさりげなく緩が作ったキャラクターを挙げた。


「フリオ隊長だよ」


 だが少々間違っていたようで、彼女は余計に唇を尖鋭化させた。


「そうそう、平和の国ペガスのフリオ隊長!」


「ペ、ペガスは武の国だもん! 平和の国はユニクール!」


 慌てて補足するも、その情報すら間違っていたようでぴよぴよと訂正を重ねられる始末である。


「ネーヴェ・ロッソ! ネーヴェ・ロッソ!」


「それ、響きで覚えてるだけだよね」


 自分の信用問題がピンチと感じた勝八は、とりあえず思い出した単語を連呼した。

 が、見事に看過されて株価はなお下落である。


「闇の深淵に潜みし罪の獣よ……六百六十六の封印を解き放ち今顕現せよっ!」


「詠唱はやめてよぉ! 何でそんなことだけ覚えてるの!?」


 仕方なく脳にこびり付いていた禁呪詠唱をかますと、緩にはダメージがあったようで悲鳴を上げた。

 この少女、自分から尋ねてくるくせに人から設定を読み上げられると悶え苦しむという難儀な性癖を持っている。


「悪い。結構ド忘れしてる部分がある」


 ともかく自分の記憶が曖昧なのは事実である。

 なので、勝八は素直に謝ることにした。


「うん。勝ちゃん覚えるのちょっと苦手だもんね」


 すると緩は、多分に優しさを発揮した言い方で彼を慰めた。 


 頭の出来全般の問題にしないで欲しい。

 そう思った勝八だったが、先程までやっていた勉強に関しても、散々緩に説明させ「分かった」「なるほど」と返事をしてから同じところを聞くという事を数回繰り返している。

 勝八は覚えるのが苦手、というより人の説明を理解するのが致命的に下手くそなのであった。


「そんな事聞くって事は、やっぱり小説ができたのか?」


 色々な意味でバツが悪くなった勝八は、半ば強引に話題を戻した。


「あ、うん……できたんだけど、その、小説じゃないの」


 幸いなことに緩もそれに乗ってはくれた。

 しかし、段々と声のトーンが落ちていく。


「小説じゃないって……まさか漫画? 自分で吹き替えしたラジオドラマとかじゃないよな?」


 想像したよりもハードルが高いものが出てきそうな予感に、勝八は戦慄した。

 漫画ならば小説よりも少ない労力で読むことが出来る。

 そう考える人間もいるだろう。

 だが、緩の絵が壊滅的であることを彼は知っているのだ。

 この舌足らずな声で朗読されるラジオドラマなど、言わずもがなである。


「そうでもなくて……見てもらったほうが早いと思う」


 しかし、そのどちらでもないようだ。

 上手く説明しようとして、しばらく海老のように口をもしゃもしゃ動かしていた緩。

 だが彼女は、結局そう言って背後のベッドへ手を伸ばした。


「あぁ、そうだな」


 最初からそうしろ、などと心無いことを勝八は言わない。

 自分の製作物を前置き無しで人に見せるというのは、中々に勇気がいることだ。

 彼もそう聞いたことがあった。


 緩はベッドの下、奥深くに手を伸ばしてその「成果」を取り出そうとしている。

 それは奇しくも勝八が公に出来ない本を隠している場所と一緒だ。

 よほど恥ずかしい代物だという証拠だろう。


 揺れる緩の尻を眺めながら、「クマの子見ていたかくれんぼ」と節を取る勝八。

 そんな彼の前で、緩はベッドの下から分厚い本を引きずり出す。


 それから、どすんと音を立てながらテーブルの上にその本を落とした。


「アルバム……じゃないよな」


 お出しされた物の思わぬ重量に、勝八は唖然と尋ねた。

 本は勝八の家に封印されている中学校の卒業アルバムと同程度の大きさで、二倍ほど――彼の指四本分程度の厚みがあった。

 表面は時代を感じさせるような古びた皮で覆われており、不気味な雰囲気を放っている。


 何か文字が刻んであったが、日本語でも英語でもないとしか勝八には判別できなかった。

 まず間違いなく、素人が設定資料集だの小説だのを記述する際に使うものではない。


 その異様さに、勝八は圧倒される。


「とりあえず五分だけ。あんまり動き回っちゃダメだよ」


 そんな彼を、上目遣いの不安そうな顔で見つめる緩。


「え、動き回るなって何……」


 彼女の言葉の意味が分からず疑問を口にする勝八に構わず、緩は本を開く。

 すると突如として、本の中から眩い光が溢れ出した。


「何……だこれ!?」


「私の、異世界の中を……」


 言葉と共に、何かに吸い込まれるような感覚、

 それを最後に、勝八の意識は途切れたのであった。



 ◇◆◇◆◇


 

 ――何か焦げるような臭いが鼻につく。

 同時に、自身の体温がどんどん上昇していく感覚。


「あっぢぃ!」


 自らの体が発する危険信号に急かされ、勝八は慌てて飛び起きた。

 すると視界に入るのは真っ赤なゆらめき。

 

 訳も分からず左右を確認すると、彼の周囲はぐるりと炎で囲まれていた。


 動き回るな。という緩の言葉が脳内でリフレインする。

 が、そもそも動きようがない。

 というかなんだこの状況は。

 夢なのか?


「そこのお前、こっちだ!」


 混乱する勝八に対し、突然そんな声がかけられた。

 勝八がそちらを見ると、炎の向こう側、かろうじて火の勢いが弱い方向から、男が大きく手を振っていた。

 この男というのがまた奇妙で、この熱い中全身に鉄製の西洋鎧を身に纏い、かろうじて顔だけを露出させている風体である。

 平素なら怪しくてけして近づきたくない相手だ。

 が、この状況では緩の言いつけ通りにじっとしていても焼け死ぬだけである。


「くそっ」


 そう判断した勝八は、意を決して男の元へと走った。

 途中で炎が足を焼こうとする。

 だが彼はそれを、けんけんを駆使し巧みに避けていく。

 最後に腰まである炎の壁をハードル跳びの要領で飛び越えた勝八は、勢い余って鎧の男に抱きとめられた。


「……いい走りぶりだったぞ」


 勝八の肩に手を置いた男が、彼の耳へと囁く。

 何この状況。

 そんな言葉を頭の中で何度も反芻させながら、勝八は男の体から離れる。

 これが夢なら、自分はどんな願望を抱えているというのか。


「えーと」


 確かめるためにも、勝八は男に状況の説明を求めることにした。

 が、尋ねるべきことが多過ぎて、燃え盛る炎の中思考はフリーズしてしまう。

 

「ところで君は誰だ」


 そうこうしている内、逆に尋ねられてしまう始末である。


「勝八。時枡勝八」


 仕方なく、勝八は自分から名乗ることにした。

 個人情報の観点は少々気になるが、背に腹は代えられない。


「カパッチか。ふむ、城内にそんな変わった名前の人間がいたかな」


 すると少々おかしなイントネーションで、男は勝八の名前を転がす。

 城内と申したか。言われて勝八が見上げると、男の背後には確かに西洋風の立派な城が建っており、やはり煌々と燃え上がっていた。

 周囲には城壁。

 どうやらここは城の中庭とやらのようだった。

 しかも炎上中の。


 だが何故自分がこんなところに。

 そもそもアンタ誰。 


「フリオ隊長!」


 勝八が尋ねようとすると、新たな声が揺らめく炎の影から上がった。

 そちらを見れば、またも鎧の男だ。

 しかも数人がぞろぞろと駆けてくる。


「逃げ遅れですか?」


 勝八を何やら驚いた目で見ながら、その内の一人が尋ねた。

 顔の作りは西洋人だが、喋っているのは間違いなく日本語だ。

 字幕も出ていないし口パクも合っている。


 その日本語で彼が呼んだ名前にも、勝八には何やら聞き覚えがあった。


「あぁ、お前たちも逃げろ。ユニクール城はもう駄目だ」


「た、隊長もご一緒に!」


「俺はここに残る」


「なんですって!?」


 そして、またも聞き覚えがある地名が出る。

 どこで聞いたんだっけ。とぼんやり考える勝八。

 その前で、男達はこれまたどこかで聞いたことのあるような定番のやりとりを交わしている。


 これはどういう状況なのか。

 それを推察する思考を、彼は完全に放棄していた。


 そもそも二つ以上の事柄を同時に処理し飲み込むという脳機能を、勝八は持ち合わせていないのだ。

 

「そんな! すぐにドラゴンが戻ってくるのに!」


「……ドラゴン?」


 そんな勝八でもさすがに聞き流せない単語が出、彼は男達を見た。

 なんだそれは。まるでファンタジー世界のような。

 いつも以上に鈍くなった勝八の頭に、「私の異世界」という言葉が蘇る――その時。

 

「ドラゴンだ! ドラゴンが戻ってきたぞー!」


 兵隊の一人が空を指さし、そんなことを叫んだ。

 つられて勝八も上を見ると、確かに黒煙昇り立つ空を飛ぶ影がある。

 煙に燻され正確な姿は分からないが、それは少なくとも鳥や蝙蝠とは異なるシルエットをしていた。

 

「は、走れ! 正門から脱出だ!」


 勝八が詳細を確かめるより先に、誰かが叫ぶ。

 そして同様の判断をした兵士たちが、我先にと駆けだしていった。


「仕方ない……君も早く!」


「あ、あぁ」


 ぼんやりとしていた勝八だが、ひとまず撤退することに決めたらしい隊長に促され彼らの後に続く。

 兵士たちが目指す方向には既に開かれた鉄製の扉があるが、そこへ至る道は炎で遮られている。


「突っ込め!」


「応っ!」


 隊長が発し、隊員達もそれに応える。


「え、大丈夫なの?」


「燃え移る前に通り抜けるんだ! 速度を緩めるのが一番いかん!」


 不安を口にする勝八を、隊長がバチィンと強く背中を叩いて励ます。

 なるほど確かにそんな理論に聞き覚えがある。

 崖を飛び越えるとか、水の上を走る時とかの奴だ。


「って、水の上走るのは無理だ! 一夏休み中修行したことがあるから分かる!」


 実体験による説得を試みる勝八だが、隊長は彼の背中をぐいぐい押してくるのでそれも叶わない。


 そして先頭の集団が炎へと突入しようとしたその時。

 前方でドォンという音と共に炎が舞い上がった。


「あちっ、あち」


 飛んできた火の粉に、勝八は悲鳴を上げる。

 その熱さに思わず足を止めてしまうが、前を走っていた兵士達も同様に立ち尽くしている。


「あ、あ、ぁ……」


 それどころか後ずさりまで始めた彼らに押されながら、勝八は前方を覗き見た。

 すると揺らめく炎の先に、巨大な怪物の影が蠢いていた。


「ド、ドラゴンだ」


「もうダメだぁ……」


 あれが、ドラゴンだというのか。

 呆然とする勝八。

 その前で、推定ドラゴンは長い首を伸ばし咆哮をあげた。


「ぐけぇーー!」


 凄まじい声量に周囲の炎が吹き飛ばされる。

 ていうか「ぐけぇ」って。


 思いながら声の主を改めて見る。

 すると勝八は、唖然の更に先を体感することになった。


「なんだ、あれ……」


 うごうごとしている。

 体全体がクレヨンで描かれたが如くよれた線で構成されており、それが不規則に波打っている。

 瞳もぐりぐりと黒のクレヨンを押しつけただけのように見え、巨体を支える羽はいびつな三角形だ。

 ようするに子供の落書きが実体化したような姿である。

 だが不思議と立体感があり、それがまた勝八の感覚を狂わせた。


「え、あれ……ドラゴン?」


 くらくらとしたまま、勝八は周囲の男達に問いかけた。


「あぁ。なんと恐ろしい姿だ」


「見ろよあの牙。こんな鎧なんて紙屑同然だ」


「震えが止まらねぇ……」


 すると、彼らは真剣な面もちでそう返す。

 言葉すら出ず青ざめている者もいた。


 確かに牙はあるが歪なVの字の並びで構成されており、殺傷能力以前の問題に見える。


 しかしどうやら、彼らは本気で言っているらしい。

 自分とは見えている物が違うか。あるいは決定的に美術センスがズレているのか。


「……俺が囮になる。その間に通り抜けろ」


「ダメです隊長!」


 決意を固めたフリオ隊長が、ぽつりと漏らす。

 そして部下達がそれを必死で止めようとし始めた。


 どうもこの隊長は隊長のくせに自己犠牲の精神が強すぎるようだ。

 そう言えば、緩が作ったキャラクターにもそんな設定の奴がいたような……。


「そっか。フリオ隊長ってアレか」


 そう考えて、ようやく勝八はフリオ隊長という名前に聞き覚えがある理由に気づいた。

 ちらりと出た国の名前も、先ほど緩との会話で出たものと一緒だ。


「アレとはなんだね。アレとは」


 アレ呼ばわりをされたフリオ隊長が、眉をひそめて勝八を見る。 


「いや、偶然知ってる名前と一緒だったから」


 誤魔化しながら、勝八は考えた。

 何が何やら分からないが、こんな偶然あるのだろうか。

 いつの間にか見知らぬ場所に飛ばされていて、その国と隊長の名前が緩の作った設定と同じだなんて。


 いや、名前だけではないかもしれない。

 彼がもし、緩が設定した通りの人物ならば……。


「隊長。アンタが死んだら酒場のみっちゃんが悲しむぜ」


 思いついた勝八は、尚も不審そうな顔をしている隊長の肩を叩いた。


「な、何故その事を……!」


 すると、隊長が驚愕の表情を見せおののく。

 やはり彼は、「あの」隊長と同じ設定を持っているらしい。


「え、嘘!? 隊長ってみっちゃんとそういう仲だったんですか!?」


「裏切り者! みっちゃんはみんなのアイドルなのに!」


 周囲の隊員達がにわかに騒がしくなり、確か鉄の団結を誇っていたはずのフリオ近衛騎士団が崩壊の危機を迎えている。

 だが勝八はこの際置くことにした。


 大事なのは、この男が緩の妄想の産物でしかないはずのフリオ隊長と同じ名前、同じ背景を持っているという事だ。

 こうなるともう、ほぼ決まりである。

 

「おい。何をしてる!?」


 結論に至った勝八は、兵士達の間を抜け前へ出た。

 周囲の男達が彼を止める。

 だが、勝八は止まるどころかズンズンと前へ進んでいく。


「まさか自分が囮になろうというのか!?」


 隊員の一人が随分前向きな解釈をしてくれるが、勝八にはそんな自己犠牲の精神はない。


「いや、大丈夫だ」

 

 怯える彼らに、勝八は振り向かず答える。


 そう、大丈夫だ。

 何も問題はない。


 ――だってこれは、夢なのだから。


「ぐぇ?」


 勝八が近づくと、その存在を不思議に思ったのか竜が首を近づけてくる。

 中々愛嬌のある奴だ。


 だが、こいつの存在もゆめまぼろしである。


 こんな生き物がいるはずがない。

 あの隊長だってそうだ。

 緩の妄想が現実になっているなんて馬鹿げている。

 これは全て夢だ。

 他に考えようが無い。


 そう思い、竜の顎を撫でる勝八。

 ドラゴンはふわふわと、綿菓子のような感触がした。

 やはり夢の感触だ。


「いかん、あの場所は逆鱗だ!」


 背後で誰かが何か叫んでいるが、まるで耳に入らない。


「あんぎゃー」


 竜が間抜けな声と共にその体をより大きく波打たせる。

 開け放たれた大きな口の内部は赤でまだらに塗りつぶされており、端っこの塗り忘れから背後の風景が見えた。


「ん?」


 同時に、シューっとガスの漏れるような音と臭いが発生する。

 そして次の瞬間。

 まるで飛行機のジェットのような凄まじい勢いで、竜の口内から炎が噴射された。


「あ」


 その射線上いた勝八は、熱い。痛いと思う間もなく炭化。

 指令を失った下半身が、ごろりと大地に転がる。


 そして、勝八の存在は――。

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