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「最初に注目したのは『これを読んだ人間』という部分だった。どう見ても不特定多数に対しての記述だ。特定の人間に送るはずのメールに書く文としては、これは不自然なんだよ。メールなら『このメールを受け取った人間』となるはずなんだ」
ページをめくりつつ、彼女は続ける。
「ではどうしてこんな言い回しになったのか。考えれば分かることだ。ネット上の掲示板など、不特定多数に向けた文章だった。そう仮定すると不自然さはなくなる。掲示板で『これを読んだ人間』はメールを送れってことだよ」
「成程。確かにそれならしっくりきますね」
「さて、ではどこにあった文章なのか。私はまずPCでネット上にこの文章があるか探してみた」
「あったんですか?」
「いや、見つからなかったよ」
「……八方塞がりですね」
「そうでもないよ。ここで私はどこで広まっているのか調べることにした。私がこのメールを知ったのは、君の学校の生徒が送ってきたからなのだが、では他に知っている人間がいるか、くまなく探してみた。そしたらね、面白いことが分かったんだよ。私と君の学校の生徒以外、誰もこのメールを知らなかったんだ」
「僕の学校でのみ広まっているってことですか?」
「そういうことだよ」
「だとすると、先程の仮定って間違っていますよね?」
「何故そう言える?」
「だって、ネットの掲示板が出所だったすると、そんな局所的に広まることなんてありませんよね。掲示板とかは不特定多数が見られるものですから。……ああ、SNSのコミュとかなら別ですね。それなら特定の人間だけが見られます」
「残念だが違うよ。PCでネット上を探したら見つからなかったと言っただろう」
「でもこの場合って、検索エンジンには引っかからないのでは?」
「誰が簡単な検索だけをしたと言った。そういう掲示板関係は直接確認したよ。検索だけがネット上の捜索方法だとは思うな。勿論、様々な検索エンジンを使い分けて捜索するのが基本だけどね」
「そういうものですか。というより、検索エンジンって全部同じじゃないんですか?」
「…………」
違うらしい。
「ここまで情報があれば、出所は簡単に推測できる」呆れたように頭を振りながら彼女は言う。「PC上では探すこともできず、特定の人間、君の学校の生徒だけが見ることのできる掲示板。それは――」
顔を上げずに、本を閉じて彼女は言った。
「学校裏サイトだよ」
既に次の本を読み始めた彼女に僕は言った。
「成程。だからPCでは探せなかったんですね」
「そうだ。基本的に裏サイトは携帯からでしかアクセスできないからね」
「……しかし、僕の学校の裏サイトですか」
「君は知らないだろうけど、確かに存在するよ。どういうわけかバグだらけのサイトだったけどね」
「ちょっと待って下さい。何で僕が知らないと決めつけるんですか。僕だって知ってます。それに見ることもできますよ」
「……そうなのか?」
「ええ。以前はそうでもありませんでしたが、最近では教師も知っているくらいに出回っていますからね。学校の関係者の僕が知っているのは当然ですよ」
「だとすると、妙だね」
「何がですか?」
「裏サイトを見られるのに、今回の件について何も知らないのが不思議でね。裏サイトを見れば、すぐに分かることのはずなんだよ」
「そうなんですか? でも仕方ないと思います。僕は一度、ちらっと見ただけですから」
「ふーん、それなら不思議ではないか。しかし何故、一度だけなんだ」
「それは、裏サイトが嫌いだからです」
「嫌い? それこそ何故だ」
…………。
「誹謗中傷ばかり書いてあったからです」
「ああ、成程ね。だが私が見た限り、君への誹謗中傷はなかったはずだよ」
「対象が僕かどうかなんて関係ないんです。誹謗中傷、簡単に言えば陰口ですか、僕はそういう腐った行為が好きじゃないんです。まあ嫌いでもないんですけどね」
「どういうことだ。それなら何故裏サイトを見なくなった」
「疑問が増えるからですよ」
「疑問?」
「ええ、そうです。昔からですけど、陰口叩く人間って、対象人物の前ではへらへら笑って友達だって嘯いている奴が多いじゃないですか。そういう奴を見ていると疑問に思うんです。友達って、一体何なんだって。どうやったらそれを証明できるのかって。そういう疑問が増えるから、あまり裏サイトとか見たくないんです」
「それが疑問ねえ。君は少し考えすぎだよ。友達かどうかなんて、そもそも証明することはできないものだろう」
「そうですかね。今の疑問の答えになりますけど、言葉以外の行為で示せば証明できると僕は思います」
「それでは証明はおろか、確かめることもできないよ」
「相手にも依りますけど、僕は確かめる術はあると思います。そうやって確かめ合って、初めて友達なんだと思いますよ」
「まったくもって難解だね、君は。そんなこと言っているから友達ができないんだよ」
「別にいいんですよ。僕は誰彼構わず友達になって欲しいなんて思いませんし。――人間関係がどうとか、友達は大切だとか、よく騒がれてますけど、僕にしてみればそれこそ疑問です」
よく大人達が言う言葉を思い出す。
友達はつくるべきだ。言いたいことは分かる。人間は一人では生きていけない。論点が違う。誰とでも仲良くするべきだ。そんな馬鹿な。コミュニケーションは大切だ。前提も考えずに決めつけるな。だからお前は友達ができないんだ。人の気も知らないで。お前は友達が欲しくないのか。
……そんなこと言うまでもない。
「――なんて、冗談だけどさ」
つい、独り言が腹の内から漏れた。
大人達の言うことが正しいなんて、分かってる。
だけどそれが正しいということが、僕が間違っていることの証明になんてなりはしないんだ。
僕は僕の考えに準じて行動するだけだ。
「まあ君の考えは分かった。歪んでいるとはいえ、少なからず理はあると私は思うよ」
歪んでいる、ね。
「僕は、裏サイトで誹謗中傷している奴等のほうが、よっぽど歪んでいると思いますよ」
「そうかな。私は彼等のほうが、よっぽど人間らしく真っ直ぐ行動していると思うよ。素晴らしいじゃないか。自らの快楽のために他を傷つけるなんて行為、人間にしかできないものだ。愚行と愚考は人間だけが許された特権だよ」
「言ってることが分かりませんよ」
まあ、言わんとしてることは分かる。
歪んでいるのはまさにこの人だろう。
指摘はしないけど。
どうせ喜ぶだけだろうし。
「今回の件だって、その愚行のおかげで発生した現象なんだよ」
「は?」思わず間抜けな返事をする。「それって、どういうことですか?」
「言った通りのことさ。まだ説明が途中だったからね。話を戻すとしようか」
また一冊読み終えたのか、本を閉じて彼女は言った。




