5話 「二人の友達」
彼女の両親のおかげか、やたら賑やかになった夕食は次第に終わりを告げた。
七面鳥を先に食べ終えた彼女は、食器を台所のシンク(ここではシンクじゃ無いかも)に片付けて「ワタシお風呂沸かしてくるね!」と元気溌剌に言って部屋を出ていった。
はい、ただいま彼女の両親と2対1でいる凄く気まずい場面ですよ。
さっき言ったでしょ、賑やかな夕食は終わりを告げたって。
ホント言葉通り彼女がいなくなったこの食卓は、ワタシにとって地獄と化しているんだよ。
「えー、リョーカさん、と言ったね?」
さっきまでやたらテンション高めだったお父さんは、打って変わって静かな雰囲気で喋り始めた。
「は、はい」
いくら打ち解け始めたと言っても、こんな風になるお父さんだとは想像していなくて、どうしても詰まってしまう。
「キミには、二つほど聞きたいことが出来てしまった」
ワタシはお父さんの、結構に深刻そうな表情を見て思わず固唾を飲んだ。
「まず一つ目、名前が同じな事だけど。まぁ正直そこについては偶然なのだろう。でなければ説明が付かないからね」
真剣なお父さんの言葉を、ワタシは静かに聞いていた。
お父さんの隣には、これまた静かに佇んでいるお母さん。両親共に彼女がいなくなった途端、真面目な話をし始めた。
(彼女に気を遣って、彼女には聞かれたく無い話、って事か)
「そしてもう一つ」
それこそ最初に持ったお父さんの印象通りに、厳格そうな雰囲気を漂わせ始めたお父さん。
ワタシは静かに次の言葉を待った。
「キミはさっき、"高校生"と言ったね」
「あ、はいそうですね。割とどうでもいい話だったと思うんですけど」
そうワタシが言うと、お父さんの顔がより厳しくなるのを見た。
何か悪いことを言ってしまっただろうか……。
そんな少しビビり始めたワタシを他所に、お父さんは口を開いた。
「高校生、ということはーーーー…………、キミは育成学校に通っているんだね」
「…………へ?」
思わず素っ頓狂な声を漏らすワタシ。
育成学校って、何だそれは。
ワタシの通っていた学校は、何か特別な生徒を育てていた機関的学校だったのか……?
て、そんなわけ無いだろう。
「育成学校にも数あると思うが、何処の育成学校かな? 勇者育成もあったと思うが、そこかな?」
「い、いやいや、ワタシの通ってたところはそんな風なとこでは無いですよっ!」
変な誤解されるのは居心地悪いからとワタシは冷や汗を掻きながら、慌てて弁明する。
「…………?」
お父さんは一瞬眉根を寄せるも、話を続けた。
「なら、何処の育成学校かな? 戦士職の学校、僧侶職の学校、様々なところがあったはずだが……」
「まずその前提がおかしいんですよ、ワタシの学校は極々平凡なそんな物騒そうな育成所では無いですからっ!」
そこまで言って、ワタシはようやくお父さんと話が噛み合わない理由に気付く。
ーーお父さんは、ワタシが違う世界から来たことを知らないんだ。
そして、この異世界では"学校"と言えばその育成学校しか無いのだろう。
ワタシの言った"高校生"、という単語からだけで学校だということがわかるのなら、きっとこっちの育成学校でも中学生、高校生といった感じの階級があるはず。
この街の外で見た大トカゲや翼竜がいる限り、勇者や戦士と言った職のある世界でも間違いはない。
これでようやく繋がった。
「えーと、彼女には言ったんですけど……」
とワタシはお父さん、お母さんに自分の正体を告げる。
すると、
「な、なんと……まさか本当に『転移魔術』何てものがあったのか……」
「凄いわねあなた……」
二人とも心底驚いてるようで、言葉が少し震えていた。
なるほどね、この世界では異世界転移は『転移魔術』で行われるのか。
そして『魔法』では無く『魔術』と言った。
つまりはこの世界に『魔法』などと言う超常的力は無く、『魔術』という至って人為的な力だけが存在するわけか。
まぁ、魔法世界に飛ばされたが最後、どうせ違う世界の人間には元々魔法の力は無くて陰でひっそりと野たれ死ぬのが目に見えている。
「……それじゃあキミは、転移魔術によってこの世界に飛ばされて来た"勇者"、だということか……?」
ん? とワタシは思わず頭に疑問符を浮かべてしまう。
なんで飛ばされて来たからと言って勇者になるんだ。
「えーと、別にワタシ勇者じゃ無いですけど……」
「昔の文献に載っていたんだ、この世界に"転移魔術"呼び寄せることの出来る生命は、この世界の危機を救う勇者だけだと定められている、と」
「……………………へ?」
本日2回目の「へ?」を呟いたワタシは、その衝撃的すぎる言葉に只々たじろぐ事しか出来ないでいた。
いくらなんでも現実味がなさすぎる。いや、現実味なんて異世界転移してきた今無いも当然なんだけど。
誰が勇者だ、誰が。
ワタシはそんなのになる気なんて毛頭無い。
勝手に飛ばしておいて、何を勝手なことやらそうとしてんだよその転移魔術やりやがった人間は。
「とりあえず」
ワタシが内心で荒れていると、お父さんが口を開き話す。
「明日、一度国城へ向かおう。そこで王に何かしら聞いてみよう」
「え、でもそんなこと出来るのかな……?」
国の王に会うためには特別な条件等があって、その条件を満たした人間だけが謁見を許される的なことは無いだろうか。
いやまぁ、この世界に住んでるお父さんが言ってるんだから出来るんだろう。
「私は一応、城で働いている人間だからね。話通せば大丈夫だよきっと」
それに城で働いてるんだってさ、なら行けそうだね。
って凄いなおい。
……城で働いてるんならもうちょっと綺麗な家にならないかな? 何てことは訊かないでおく、と言うか失礼すぎるので言わない。
「転移魔術なんてものを引き起こせるのは、国に関わる人間だろうからね。だったら王様に聞いた方が早い」
「なるほど……」
ワタシは反論なんて当然出来ないため、素直に頷いて肯定する。
話がひと段落して、残り少しのすっかり冷えた七面鳥を一口食べる。
どうせなら食べ終わってから話がしたかった、何て今更言うことでも無い。
「お風呂準備万端だよ〜!」
すると湯船にお湯を溜め終わったのだろう、彼女は廊下を凄い足音をたてながら走って、勢い良くここの扉を開けてそう高らかに言った。
「おぉ〜そうか! なら先に二人とも入っちゃいなさいっ! キミも早く七面鳥食べな!」
さっきの雰囲気はやはりすっかり消え、お父さんは先ほどまでと同様の高いテンションで話す。
(彼女には、この事言わない方がいいんだよね……)
そしてワタシは、お父さんの指示に従って迅速に食事を済ませた。
◇◆◇◆◇
食事を済ませて移動したのは彼女の部屋。
色々と準備があるからだ。
どんな準備かは聞くもんじゃないね、女子の準備なんだから。
「さて、いってらっしゃ!」
ワタシは晴れやかな表情で彼女を見送る。
はてさてワタシは彼女がお風呂から上がってくるまで何してようかな〜?
あ、携帯とか使えるのかな? 全然試しも気にしてもなかったよ。
あははっ、ワタシってばドジっ子ね!
「ん? 何してるのリョーカちゃん、早く行こお風呂!」
「…………必死に現実から逃げてるんだから、言わないでよ……」
ワタシに降りかかった次なる試練、それは入浴。
別に異性同士が入るわけでも無いのだからそこまで問題な事では無いのかもしれない、だがそれは一般人の考え方だ。
ワタシはコミュ障だ。
そのコミュ障が異性だろうが同性だろうが一緒にお風呂に入る、つまり裸のお付き合いをする何てことは至難の技、究極な極致だ。
究極な極致ってなんだ、だなんて無粋なツッコミはやめて欲しい。
まぁつまり、ワタシには他人とお風呂に入ることなんて出来ない。
ましてやその相手が彼女なんだ。
圧倒的な胸を見せられて、ワタシは自分を卑下し卑屈になって腐ってしまう。
だからワタシは逃げる。
「というわけでワタシはもう寝る、おやすみ」
「ちょっとどういう意味なのリョーカちゃんっ!?」
ワタシは既に敷かれた布団に包まって寝る。寝るったら寝る!
「…………リョーカちゃん、やっぱりワタシとなんてお風呂入りたく無いよね……」
「へ?」
3回目に達して「へ?」なんてどうでもいい、何故か急に暗くなった彼女はとても弱々しくワタシの目には映った。
「あ、えーっと、別にそういう意味じゃ無いんだけどさ……。その、恥ずかしい? みたいな…………、言ってる方が恥ずかしい……」
「リョーカちゃん……」
理由は謎だが、何でか彼女の目には涙が溜まっていた。
流石に酷すぎたかな……。
「良かったー! リョーカちゃんに嫌われちゃったのかと思ったよぉ〜っ!」
普段通りにテンションに戻ったかと思うと、今度はいきなりワタシに抱きついてきた!
何だ突然っ! 心臓に悪すぎるぞこれはっ!
「あ、ちょっ……やめっ、て……」
抗うも勝てず、ワタシは彼女の抱擁に素直に従うしかなかった。
お風呂にて。
「リョーカちゃん、ワタシが背中洗ってあげるね!」
「いやいいよ、自分でやれる……っ!」
ワタシがそう言うのに、彼女は問答無用という感じで背中をゴシゴシ洗い始めた。
彼女は見た目通りそこまで力のあるような女の子ではないので、背中を洗う力もそこそこで程よい気持ちよさだった。
そんな彼女の背中流しをいつの間にか受け入れていたワタシは、仕返しも兼ねて彼女の背中を洗ってやることにする。
「うん、ありがとうリョーカちゃん!」
…………仕返しのつもりで始めたけど、これって相当恥ずかしいことじゃないか?
お返しでやってる風に傍からは見えてしまうのかもしれない。
そうなるとワタシは必然的に良い人だよ、仕返しでやってるのに。
一回目、ワタシは少し力を入れて洗った。
すると彼女はちょっと痛いかな……、と言ってきたのでワタシの良心部分が痛んだ。
そのせいで普通に洗うことに。
うん、ワタシ良いやつ。これでいいや。
そして頭も体も洗い終わり、しょうがなく二人で少し狭めの湯船に浸かる。
「…………ふぅ……」
天井を眺めながら、ワタシは今日一日の疲れがいっぺんに吹き飛んでいくのを感じた。
正面を見ると、同じように天井を見つめながら気持ち良さそうにしている彼女がいた。
何処からか水滴が落ちてきているのか、ポチャンっと言う風情のある音が聞こえてくる。
その音にワタシは身を預けていた。
と、ワタシはふと視界に入った"それ"を見る。
「ホントデカイな……」
「……?」
始めからわかってはいたし、そもそもお風呂に入ってから何度も目に入っていたが、こうして静かに見てみるとやはり豊満な胸をしておることがよくわかる。
ワタシは視線を真下に向ける。
そこには平和な山なりの小さい山が二つ。
「…………くそ……!」
「…………?」
こんなことしてても自分が惨めになるだけだ、とそんなことも始めからわかっていたはずなんだが、どうしても比べてしまう。
ワタシはチャレンジ精神旺盛だからね。
どんな山にも立ち向かいたいんだよ、それがワタシの本能だ。
そんなことを考えていると、
「あのね、リョーカちゃん」
今までとは少し変わった雰囲気で、目の前の彼女はワタシを呼んだ。
ん? とワタシは言うと、彼女は少し笑ってから話し始めた。
「ワタシ、今日リョーカちゃんがお泊まりしてくれるって言ってくれて、ホントに嬉しかった」
記憶が間違ってなければ言ってはないと思うけど、まぁ頷きはしたからいいかな。
「それにリョーカちゃんは、ワタシとお話ししてくれた」
そんなした覚えも無いけどな〜、なんてことは何と無く今言える状況じゃなかった。
彼女の表情は何処か、哀しそうなものだったから。
ワタシは彼女の話を聞く。
「ワタシね、……あんまり友達いないの」
少し意外だった。
彼女みたいな元気で朗らかとした性格なら誰にでも受けるもんだと思っていた。
「だから、リョーカちゃんが街で倒れてた時も、友達になれるかな? なんて思って、ワタシの私欲のために助けたとこもあったの」
「…………」
「そして、本当に友達みたいな関係になれた。凄く嬉しい……、ホントに…………」
今にも泣き出しそうなほど弱々しい表情で話す彼女。
ワタシは何故かそれが許せないでいた。
いつも元気でいた彼女、そんな彼女がこんな表情になっているのはワタシ自身にいけないところがあったからだ。
ーーーーワタシがあそこで倒れてなければ、彼女がワタシを助けることも無くこんな関係になることもなかっただろう。
でもなんだろう。
ワタシはそれが嫌だった。
「だから……、ありがとねリョーカちゃん」
あぁ、そうか。
そう言うことか。
ワタシは今日一日だけ泊まって、そしたらもうこの家からはおさらば、みたいになってるんだったな。
「そんな、もうお別れみたいな言い方しなくてもいいから」
「……?」
どっちにしろ、ワタシも一人だったんだよ。
元の世界でも、この異世界でもさ。
そんなところに彼女が現れて、ワタシの友達言える人になってくれた。少なくともワタシはそう思ってる。
それに彼女もワタシのことを友達だと思ってくれている。
なのに、もうお別れだなんて、寂しすぎるじゃんそんなの。
「ワタシは元々、違う世界から来てる身だからさ、このままお別れしても行く宛も無いし、そのまま何処かで野たれ死んじゃうだけなんだよね」
ワタシは続ける。
「そんなの嫌じゃん。わざわざわかってて死ぬなんて。だから、その〜…………」
こういう時に何故か言葉が詰まってしまう。
さっきまでは普通に喋れてたじゃんか。
照れなんて捨てろ、友達だろ。
気まずさなんて捨てろ、友達だろ。
コミュ障なんて捨てろ、友達だろ!
「だからその、もうちょっとだけここに居座らせて欲しいっ!」
辺りが静まり返るのを感じた。
そして一拍置いて、
「……いいのっ!? そんなのこちらからお願いだよ〜っ!」
涙を溜めながら明るく笑った彼女は、またしてもワタシに抱きついてきた。
存在感のデカイそれがワタシの胸に当たる。
くそぅ……、ホント差が凄い……。
「うぅ〜、リョーカちゃんリョーカちゃん〜っ!」
あー、ちょっとキツイキツイ。
だけど自然と、ワタシからは恥ずかしさも無くなっていた。
これが……友達、というやつなんだろうか。
「〜〜〜〜……」
いや、やっぱりちょっと恥ずかしいかなぁ〜!
流石に湯船の中で裸同士で抱きついてるのは絵的にもヤバイしさ!
そしてワタシは、彼女ーーリョーカに抱きつかれながら、初めて出来た"友達"というものを感じながら少しのぼせていた。
MPは今日から4日連続更新ですので、お楽しみに!