0話 「包む光」
※不定期更新です
ワタシはただ走っていた。
無我夢中にがむしゃらに走っていた。
行く当ても定めずに身体が進むままに走っていく。
何故こんなことになったのだろう。
ワタシはただ平穏な生活を営んでいたはず。
なのに、こんな非現実的な出来事なんてあり得ない。
ワタシはそんな事を考えながら必死に走り、何故こんな風に全力疾走する羽目になったのかを思い出していた。
◇◆◇◆◇
「…………はぁ」
ワタシはこんな溜め息を何度も吐き、いつも通っている道を歩いていた。
ワタシはこれからの予定には、既にバイトという予定が埋まっていた。
ちなみに、週4日はその予定で埋まっていたりする。
そしてワタシは、週4日通っている道を進む。
退屈な授業が終わり、しかしまたしても退屈なバイト先へと行く。
正直言ってバイトなんてやめてしまいたい。
けれども、お金が無くては好きなものも買えないし毎日を自由に過ごせない。
そう思い仕方なさ半分でバイトをしている。
「おっ……、と」
何もないはずの道で思わず転けて地面にヘッドバットを食らわせそうになる。
ワタシはしょっちゅう何もないところで転けそうになっては、今みたいに咄嗟に逆足を前に出してそれを回避している。
これはまぁ、恐らく遺伝なのだろう。
いや家族がこんな風に転けそうになっている様子なんてみたことないけど。
ワタシは昔から運動神経が良いと言われている。
50m走でも、恐らくは男子の大半には勝てるだろう。
それぐらい足も速いと自負している。(まぁ、授業中はあんまり目立ちたくないから手を抜いてるせいで、周りからは遅い遅いと言われているが)
だからワタシは、転けておっちょこちょいな姿が売りな『ドジっ子』にはならない、いやなりたくはないが"なれない"が正解。
「……………………」
そしてワタシは何度目かの曲がり角に差し掛かる。
ここはもうすっかり住宅街だ。
もっと大通りを歩けばいいものの、やはり目立ちたくはないし、そもそもこっちの方がバイト先までが近い。
やがて曲がり角を曲がる。
そこで、
「おっ……と、何だ?」
"何か"にぶつかった。
毎日同じルートを辿っているのだからぶつかるわけはない。
いや"人"なら勿論あり得るが、明らかに人ではない。
それは軽く上を見ても顔が見られないことが証明していた。
(人間だったらデカすぎるよね〜……)
その"何か"は、やはり"何か"としか形容し難い。
全身は黒に包まれその身体は2mをゆうに越すデカさ、それに2、3歩後ずさって上を見上げてみると顔らしきものがあった。
人のような大きさでない人。
それをワタシは、至って冷静に"黒い何か"と例えよう。
よしよしいい感じの名前だな、これで相手を呼ぶ時に「あ、えーと……そこの人〜!」て呼ばなくて済むし、よし一件落着っ!
…………当然そんなことはない。
今なおワタシの前に立ちはだかるその"黒い何か"、やっぱり呼びやすいなこれ。
進みたいなら当たり前だが、ワタシの横を通れば良いだけだし、それでなくともワタシに一言言えばどかないわけがない。(だって怖いから)
それでもワタシの前に立っているということは、そういうことなのね。
ワタシに何かあるんですねこの怪物は。
かくゆうワタシも、こんな化け物相手にあんまりおどおどしていないところは十分に怪物と言えるだろう。
自分で自分を怪物とか言うもんじゃないね、ちょっとあんなのと一緒だと考えたら凹んだ。
さて、どうしたものか。
ま、こんな時の答えは一つしかないんだけどね。
ワタシはゆっくりと体勢を整える。
目の前の"黒い何か"を刺激しないように。
ゆっくりと、ゆっくりと腰を落として、
「……そ、それでは失礼しま〜す」
エスケープ、逃走だ。
いやだって流石にあんなド級な怪物と遭遇したらね、無理だよ普通にしてるとか。
いくらおどおどしてなくても、恐怖や不安は募りますよ。
ただそれを表に出しているかどうかの違いですよ。
そしてワタシは、一心不乱に全力疾走を開始した。
◇◆◇◆◇
走り始めてまだ1分と経ってはいないだろう、正確なことは言えないが。
しかし、1分も全力で走っていれば住宅街なんて簡単に抜け出せるはずだろう。
しかし今だそこを走り続けている。
いつもなら全然平気だが、精神の磨耗も激しく、疲れが出てくるのが早い。
半ば息を切らせながら、ワタシは普段通らない道へと走っていった。
はい、当然迷っています。
だってワタシは家から学校、学校からバイト先、バイト先から家までのルートしか正直言って知らない。
だからこんな辺りの細かな地理なんてわからない、てか無駄に広大すぎるしこの住宅地。
そして、知らない曲がり角を曲がった時だった。
正面に立ちはだかるはコンクリの壁面。
行き止まり、やっちゃったぜ。
まぁいいですよ、ワタシの足は結構速いから追いつかれていることも無いし、そもそもワタシは追って来ているのかを確認しずにここまで走り抜いた。
運が良ければ後ろには誰もいなくて、平和に迷子としてバイト先へと向かっていける。
若干の勇気を伴うが大丈夫、ワタシは覚悟を決めた。
そしてワタシは、少しビビりながらも後ろを振り向く。
奴との距離、5cm。
近ッ!
ワタシはあまりの驚きに、ババババッと背後の壁まで高速すり足で駆け寄る。
ハァ……ハァ……、近すぎるでしょう、いくらなんでも。
だって、振り向いた時にちょうど奴の顔が接触まで5cmの距離にあって、……流石に衝撃が大きすぎるわ。
そんな事を考えるも、ワタシは今自分が大ピンチであると言うことを思い出す。
「……くそっ、一体どうすればいいのよっ!」
ワタシは思わず、荒い口調で今の状況を苦しんだ。
徐々に迫ってくる"黒い何か"。
その奴の後ろを見てみると、いつの間にやらもう一体。
…………もう無理でしょ
ワタシは『終わり』を悟り、思わずそんな事を思ってしまう。
今のこの状況に抗えるほど、ワタシの精神は凄くない。
最期から脱する気持ちを、ワタシは何処かにもう既に置いて来ている。
いつの間にか閉じていた目を開くと、ワタシの目の前には2体の"黒い何か"。
……あぁ、どうせなら正体を知ってから終わりたかったな。
ワタシはそう思う。
そしてやがて、その奴の手がワタシの身体に触れた。
とても冷たく、とても死んだようなその手が。
その時、
左手の方に、変な違和感が生まれた。
ん? ……まるで、何かを握っているかのような感触が。
にぎにぎしてみるが、やはりそうみたいでワタシは何かを左手で掴んでいる。
そして何故か"黒い何か"は少しずつワタシは離れていく。
それを確認したワタシは、諦めの念からか閉じていた目をそっと開き、左手を見てみる。
そこには、黒くて艶やかな長剣があった。
「……はぁー…………」
ワタシは思わず見惚れてしまう。
目の前の"黒い何か"なんてものよりも気になる。
軽く動かしてみると、何ともワタシに馴染むような感じがした。
あくまでそんな感じがしただけだが。
そのあともワタシは少しの間、その長剣に惚れ惚れとしていた。
しかし、次にワタシを襲った衝撃は、
「うっ……!」
突然の光だった。
けれどもその光は、ワタシには害をなさないような、ワタシを優しく包んでくれるような、そんな不思議な光だ。
そんな光に心預けたワタシ。
その瞬間、
ワタシは、その場から忽然と姿を消した。