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ゆうちゃんの傘 続編

作者: 栗栄太

続きを書いてしまったら短編感が薄れました。この二人はいずれハッピーなエンドを迎えますが、今回そこまで行ってません。続きはいずれ書きます。


あ、いた。


ゆうちゃんと同じ学科の奴を捕まえて教えて貰った中講義室の後ろの方の席に、ゆうちゃんの姿を発見した。

今日も凄くゆうちゃんだ。

机にコンビニのビニール袋と紙パックの飲み物と、弁当を広げている様だ。

俯いている上に長い前髪が邪魔で全く顔が見えないが、弁当を食っているのに違いないだろう。


「あれ?お前何やってんの?」

「ああ、お前もここ取ってんの?今から昼飯?また後でな」

午後の講義で一緒の奴が、出入口に立つ俺を見て不思議そうな顔をしていた。

手を振ってみせると、首を傾げながら室内を覗き、呆れた顔でもう一度俺を見た。

「小林さんにラブレター貼り紙した男ってお前か」

そうそう。と頷いて見せると、笑って出て行った。


講義が終わった教室にはまだ半数の人間が残っていたが、ほとんどは昼飯に出て行こうとしている。

人波に逆流して室内に入り込む見慣れぬ俺を、何人かの奴が物珍しげに見ていた。

ゆうちゃんはやっぱり飯を食っていた。冷やし中華か冷やしラーメンか、パスタサラダか。麺が前髪に消えて行ってる。

面白くてにやにやしながらゆうちゃんの席に忍び寄ると、ゆうちゃんより先に、隣の席に座っていた男に気付かれた。

やけに綺麗な顔をした男だ。足を止めてそいつの机の上に目をやると、食いかけのサンドイッチとペットボトルがのっていた。

こいつと一緒に食ってんのか。

この間は地味な女の子の友達と食ってたのにな。

穏やかにがんを飛ばしてくるので、にっこり笑ってやると、鼻で笑われた。

鼻持ちならないお友達がいますねえ、ゆうちゃん。お洒落してないヨーキーなのに隅に置けないな。

面倒だから、彼氏じゃないと良いんだけど。


「ゆう。何か変なの来てるよ?」

ゆうちゃんを呼び捨てにしたそいつの声に、ゆうちゃんが吸い上げ途中だった麺を尖らせた口にぶら下げたまま俺を見上げた。

・・・可愛い。

今日ものっけから可愛いゆうちゃんににやけ顔が我慢できない。

「・・・うどんだったね。こんにちは、ゆうちゃん」

ゆうちゃんがひとつも表情を変えず、長い前髪の隙間から俺を見上げたままちゅぽんとうどんを吸い込んだ。

続けてじっと俺を見ながら、もぐもぐし始めた。可愛い。


可愛いゆうちゃんは多分真面目でちゃんとしてるので、ものを飲み込むまで口を開けないのだろう。

ゆうちゃんの前の席に後ろ向きに腰を下ろした。モグモグ顔が俺を目で追っている。

「一緒に食べて良い?なんで今日そんなに食い始めんの早いの?飯買いに行かなかった?」

こくんと口の中のものを飲み下したゆうちゃんが、ようやく口を開いた。

「2限からだったから、朝買って来た。ちょっと、私の机に置かないで。狭いでしょ。そっちで食べてよ」

元気一杯喋りだしたゆうちゃんが俺のレジ袋をこっちに押しやって来る。

「嫌だよ。ゆうちゃんと飯食いに来たのに、背中向けてちゃ意味ないじゃん」

押してくる俺の弁当を腹で押し返しながら、ゆうちゃんの前髪に手を伸ばし、持ち上げてくるっとねじってパチンと頭頂部で留めると、すぐに手を引っ込めた。

「いた!ちょっと!痛い!へたっぴ!」

我ながら結構な早業だったので横の方の前髪がこぼれてしまっているが、大部分はきちんと留まっていて、丸くて広くて可愛い額が全開だった。

プリプリしているゆうちゃんは今日もゆうちゃんだ。痛かった事に怒っているが、髪留めは放置だった。ゆうちゃんの為に買って来た赤いサテンと白いレースが重なった小さなリボン付きの子供用髪留めが、似合っている様で違和感にも溢れていて可愛かった。整えられ過ぎていない自然な感じの眉がテリア感を強調して、艶々黒髪は今日もちょっとだけ毛先が跳ねて、すごくヨークシャテリアだ。

満足した心地で袋から弁当だけを取りだし、残りは前の机に移した。

弁当手に持って食えば机は狭くならないもんな。よって問題なし。


「何勝手に食い始めてんだよ」

べりべりと包装を剥がしていると、椅子にもたれていた男が俺に文句を言った。

「勝手じゃないよ。狭くなきゃ良いんだもんね?ねえゆうちゃん。俺手に持って食えば、こっちむいててもあっちむいてても問題ないよね」

ゆうちゃんに尋ねると、既に口に何か入れていてモグモグしていたゆうちゃんは返事が出来なかった。

思わず笑いながら提案する。

「喋れないね。問題ないならウインクして」

そう言うと、ウインクが出来ない子なのか、はたまたそんな事する必要ないと当然の結論に達したのか、モグモグしなから両目を閉じて瞬きしてくれた。

笑いながら男に目を向ける。

「ほら、良いって」

「ウインクじゃねえじゃん。了解してないだろ」

そう言いながらもどこか呆れた調子だった。ゆうちゃんが俺がここに座るかどうかなんてどうでも良い子だと分かっているのだろう。俺もそんな子だと思う。勝手に付けられたピン頭に乗せたまんまよ?そんな些細なこと気にする訳ないじゃんねえ?ゆうちゃん。そしてお前も俺と同じように勝手にそこで食ってんだろ?


「ゆうちゃん、今度はさみ持って来て前髪切って良い?その前に、真ん中で分けてこことここにリボン付けて写真撮って良い?」

自分の額の両端を箸を持った親指で指しながらそう言うと、紙パックにさしたストローから丁度口を離したゆうちゃんが答えてくれた。

「嫌」

馬鹿にした様に笑う男には悪いけど、こういうはっきりしてる所も可愛いんだよね。

「前髪長いの好きなの?邪魔じゃない?あれ、今日眼鏡は?もしかして俺が誰だか分かってない?」

「分かるわよ。傘泥棒でしょ。邪魔だから伸ばしてるの。耳にかけられるまで伸ばすから切らない」

「成る程。伸ばしてるんだ」

で、眼鏡は?

ゆうちゃんを見つめて返事を待っていると、視界の端から黒縁眼鏡が現れた。

隣の美形が空いた方の手で優ちゃんの頬を掴んで顔を自分の方に向けた。そして眼鏡をゆうちゃんに装着させた。

顔から離した手をそのままゆうちゃんの頭上に移して、さっき俺が留めたピンを外し、こぼれていた髪を綺麗にまとめてもう一度留めた。

ゆうちゃんはその一連の作業に一切構わずうどんを食べ続けていた。間違いなく奴は俺より上手くて痛くも無かったのだろう。


男が俺を見て不敵に笑った。ムカつく顔だ。ゆうちゃんが俺にさわられても気にしていないのは、男を知らない警戒心の無さからではなくて、こいつで慣れてるからなのかも知れない。

だから何なんだよ。お前も別に彼氏って訳じゃないだろ?例え彼氏なんだとしても、その様子じゃお前が勝手にその立場を名乗ってるか、周りにそう思わせてるだけだろ。それなら、俺でも良いはずだよな。


「ねえ、ゆうちゃん。今彼氏いる?」

ゆうちゃんがストローから口を離してこくんと喉をならした。

「いない」

だから何よ。と言うような堂々とした態度が面白い。隣の男が若干不貞腐れているのも面白い。

ゆうちゃん、彼氏欲しい?俺なって良い?って言いたいところだけど、要らないと斬られるのは分かりきっている。

何せ俺はゆうちゃんが嫌悪する傘泥棒だ。もう傘の無断借用はしてないけど、我知らず何か泥棒なのかも知れない。まず友達にしてもらわなきゃ。ゆうちゃんの隣を乗っ取るのはそれからだ。

でも、言うだけ言ってみといても良いか。ゆうちゃんの頭の上のリボンを見て思う。


「ねえ、ゆうちゃん。俺、彼氏になって良い?」

「嫌」

「・・・だよねー」

予想通りの答えで面白かったけど、口の端っこを持ち上げて見せるのがやっとだった。

あ、れー?俺、ゆうちゃんに振られて結構傷付いてる?予想通りだったのに?

うーん。俺は面白くて可愛いゆうちゃんをからかって遊びたかったんだよ?彼氏彼女って関係になっても全然かまわなかったけど、もっと楽しい気分で居られるはずだった。

こんなはずじゃなかったんだけどね。ゆうちゃん。

鼻で笑う隣の男をぶん殴りたい気分だった。








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