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03

「出迎えごくろー」

「待たせて…悪かったわね」

相変わらず、どっちが待たせた原因なのか分からない反応に、笑みがこぼれる。

性格から服の好みまで、ありとあらゆるもので意見のあわないこの姉妹。

それでも、この年で一緒の部活に入ってるんだから、それぐらいに仲はいい。

仲の良さで私たちには勝てないけどね、と、紗希が胸を張ってたけど、その対抗意識は何か違う気もする。

「どう? 時間をかけただけのことはあるでしょー?」

悪戯な笑みで無防備に顔を近づけ、じっと視線をあわせてから軽やかにまわる璃奈は、まさに魅力的な小悪魔だ。

俺の頬に触れるくらいの位置で、結わえた髪が風もないのにさらさらと綺麗に流れる。

この見られることを意識した動きこそが、璃奈が自分の魅力を表現するときの真骨頂だ。

膝上がデフォのスカートをふわりと舞い上げ、男を虜にする笑みを浮かべる。

媚びた笑みはイヤだとかいう意見は、多分にあるだろう。

たしかに、他人だの不特定多数に向けられるそういう類の笑みは、価値が薄い。

ブラウン管や写真集の笑顔なんざ、暴落しすぎて値もつかない。

でも、だからこそ、お義理でも自分に向けてもらうと、また格別な味わいがある。

「はぁ…」

もはや何も言う気になれないのか、怜奈は額に手を当ててため息をついた。

「いっつも気合入ってるよねー、璃奈は」

「そりゃあ、女の子だもん。紗希も、もうちょっとマジメにすれば?」

「わたしは、璃奈と違って他はどーでもいいから」

答える紗希はほとんとジーンズに、袖が長めなボーダー柄の服。

璃奈の服と比べると、明らかに機能性重視って感じだ。

「それに、魅力は服だけじゃないってことを教えてあげないとね」

璃奈との間に割り込むように、紗希が俺の腕にぶら下がる。

それに不敵な笑みで璃奈が答えてから、視線が怜奈へと移る。

「お姉ちゃんも、それぐらい女としての張り合いがあればいいんだけどね。天性の才能だけで余裕だからって、本気出さない人はね」

「な、なによ?」

「ねー、地味だよね? お姉ちゃんの服」

指摘された怜奈の服は、白のセーターに黒のロングスカート。

冬なら何度も見る怜奈の定番だ。

「そんなことないわよ、自分を基準に考えてるからでしょ」

対する璃奈は、なんていう名前で呼ばれる服なのかも俺は知らないが、見た瞬間には、剥きだしの肩と太ももがイヤでも目に付く。

冬によく見かける、あれで寒くないのか? と思う服装の類だ。

「だったら、評価する側の男の意見を聞いてみよっか?」

「べ、べつに人に見せるために着てるわけじゃないわよ」

「第一、なんで防寒着を変な目で採点されなきゃならないのよ」

ふんっとそっぽを向く怜奈を相手に、璃奈が驚きとも呆れともつかないため息をつく。

「ボウカンって…お姉ちゃん、それ、本気?」

「それ以外に何があるのよ?」

「だって、ブラとかショーツは、あったかくないじゃん? 着なくてもいいんじゃない?」

その発想はなかったと呆気に取られてる俺の代わりに、怜奈がきっちりと取り乱す。

「そ、それは全然関係ないでしょ? それは、身だしなみの問題よ」

「みだしなみー?」

璃奈が、楽しそうに甘い声で聞き返す。これは、明らかに何か言いたいことがあるときの声だ。

「あんなに気合入った下着もそうなの? 誰かに見せるわけじゃないんだから、身だしなみとは関係ないんじゃないー?」

言葉がだんだんゆっくりに、璃奈の唇の端がじわじわと釣りあがっていく。こうなったら、もう完全に璃奈のペースだ。

「な、なにバカなこと言ってるのよ!」

真っ赤になりながら、チラチラと視線が俺のほうに飛んでくる。

その反応が分かってるから、ねえねえ聞いて聞いてと幼稚園児のような無邪気な笑顔で、璃奈が声を一回り大きくする。

「タンスの一番上の段なんだけどね、右奥がすごいんだよ。隠すような場所ってことは、おねーちゃんも恥ずかしいみたいなんだけど」

「…な、なんの話か分からないわね?」

あいかわらずのとぼけられない性格で、璃奈のゆさぶりに面白いぐらいに反応する。

頬どころか耳まで真っ赤になって、言い訳を探す頭が回転してない。

「色はねー、赤に、紫にー、黒もあったかな」

 頬に指をわてて、なんともあざとい表情で璃奈が思い出していく。

 そして、ちょっと真剣に耳を傾けてる自分が、ちょっとだけ恥ずかしい。

「デザインは可愛くても、あんなに布地が小さかったら、つけてもボウカン対策にならないよねー」

「や、やめなさいっ!!」

怜奈が手を伸ばすと、璃奈がくるっと俺の後ろに隠れる。勝ち誇った璃奈の表情に、怜奈の目がキッと釣りあがった。

「ねー、とっきーもそう思うよね?」

「それは、どれに対しての同意なんだ?」

女性下着のデザインによる保温性の違いじゃ、答えようがない。

「お姉ちゃんよりわたしの服のほうがいいよねー? ってこと」

結局、全てはそれに収束するわけか。

姉妹ということもあって昔から何かと比較されるおかげで、怜奈は璃奈にとって超えるべき壁であり、そこに妥協の余地はない。

特に、怜奈があんまり気合をいれていないらしい、服や化粧、仕草などの「女らしさ」では、絶対に負けたくないらしい。

「えっちーも言ってたよね、ミニスカートは男のロマンって。それとも、ガードが固いロングのほうが気になっちゃう?」

「あいつに言葉を改定させよう。『スカートは、男のロマンだ』と」

俺の提案は、怜奈の露骨にイヤな顔で即却下される。

そういう汚いものを見るような目で見なくても、冗談なのに。

「で、それはいいから、どっち?」

ずいっと前に出て、吐息が掛かりそうな距離まで急接近してくる。

璃奈と怜奈の温度差のある視線が、容赦なく突き刺さってくるけど、紗希は傍観の体勢で口を挟むつもりはないらしい。

「先に、璃奈の間違いを正しておこう」

「まちがい?」

「怜奈の服装は、地味じゃない」

断言し、みんなが呆然としてるから言葉を続ける。

「あいつの服は、あいつの魅力を出すには最高の取り合わせだ」

ボッと音を立てたように頬のあたりから赤が広がり、あわててそっぽを向く。

褒めたときのあいつの反応は、撫でてやりたくなるくらいに可愛い。

璃奈とは対照的にほとんど露出度のない、白いニットのセーターと黒のロングスカートの怜奈。

だが、ふわりと優しく包み込むセーターは、しっかりと怜奈のボディラインを浮かび上がらせている。

運動が苦手でもないのに、怜奈が嫌いな科目は体育で、特に嫌いなのが水泳。

勘のいい人ならお気づきのこと。

男子だけじゃなく、女子まで…教師もまとめてクラスの視線を軽く独り占めする。

そんな凶悪的に豊満な胸は、怜奈の数あるコンプレックスシリーズの同率首位に君臨して、ずいぶん長い。

だが、だからこそ、白ニットで優しく包んでいるような慎ましさが必要だ。

もし、これで毎日胸の空いたドレスでも着てようものなら、価格崩落は免れなかっただろう。

その希少性が、どれほど価値の高騰に貢献しているか、本人だけが理解していない。

で、たぶん、あれが…さっきの璃奈からの写メールの正体なんだろうな、きっと。

ちなみに、もう一つのコンプレックス首位は、関連してることなのかもしれないけど、体重だったりする。

「ほら見なさい、あんたの感覚がおかしいのよ」

やっと頬の赤みが取れてきたのか、子供っぽく怜奈が勝ち誇る。

こういう子供らしさを見せてくれるのは、俺たちだけしかいないときぐらいだ。

その言葉にカチンと来たのか、噛みつきそうな勢いで璃奈の顔が接近する。

「マネキンも評価してるでしょ?」

怒ってるときにしか出さない低い声の後に、すっと息を吸い込む。

「絶対っ、マネキンも評価してるでしょ!?」

「人がいなければ、服なんてただの布だろ?」

「そりゃ、そうだけどさ…」

話の方向を間違えたかな…という顔で、璃奈が口ごもる。

 まったく、そんなにしょげなくてもいいのに。

「だから、璃奈の服だって、全部まとめて璃奈が可愛いって評価になるんだろ」

一拍、考えてることが表情に伝わるまでの間を置いて。

さっきまでの表情を全部ひっくり返すような、とびきりの笑顔。

「ホントに、可愛い?」

「ああ、可愛い。よく似合ってるよ」

きらきら輝く目をしっかりと覗き込んで、そう断言する。

周りからの『可愛い』の一言がほしくて、毎日の服装を気にしてる璃奈だから、こんなに嬉しそうにその言葉を聞けるんだろうな。

「ったくもー、嬉しいこと言ってくれちゃって。とっきーはどんなときも、どんな言葉でも、視線を外さないのがいいよね」

「だから、ずっと前から言ってるでしょ? おにいちゃんの目は最高だって」

紗希が、なぜかすごく嬉しそうに、したり顔で璃奈の言葉に賛同している。

「相手の目を見て話すのは、当然だろ?」

「それができないのが多いから、できるとっきーが貴重なの。ちゃんと目を見て褒めてくれるのなんて、ほとんどいないよ」

 よっぽど嬉しかったのか、璃奈はいつにも増して上機嫌だ。

 笑顔がようやく落ち着いて微笑に変わっても、ご機嫌なのがよく分かる。

「もーおねえちゃんのことなんて忘れてさ、私で手を打とうよ」

「璃奈のことを好きになったら、妥協なんて形じゃなくて、真っ直ぐにお前の顔を見て言うよ。じゃないと、璃奈に失礼だろ」

驚いた顔が、時間を経て苦笑に変わる。

楽しそうにも哀しそうにも見えた複雑な感情の変化は、どう表現していいのか分からない。

「そんなの、万が一以下のくせに…まったく、おねえちゃんには、こんないい男、もったいなさすぎるよ」

いつもの笑顔を浮かべた璃奈は、いつもとわずかも違わない。

「こんな意地っ張り、とっきーのほうから振っちゃえばいいんだよ」

璃奈が指差した先では、怜奈がいつものように目を吊り上げている。

主に怜奈を、ついでに俺を、誰よりも楽しそうにからかう璃奈。

だから、さっき見えた気がした表情は、忘れることにした。

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