表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

02

通いなれた駅までの道。

いつものように数分歩くと、見慣れた庭付き一戸建てが見えてくる。

カーテンが開いているせいで、二階の部屋から漏れる明かりがイヤでも目についた。

窓辺に立つ少女が、ぼんやりと道路を見下ろしている。

ときおり髪を撫でてのため息は、聞こえてきそうなほとだった。

「また…かな?」

「だろうな」

家の前の街灯に照らされる場所まできて、ようやく窓辺に立つ少女と目が合う。

不意をつかれたのかびくっと身体をふるわせ、すぐに窓から離れていった。

逆光で表情はほとんど見えなかったが、見なくても想像はついた。

あいつは、見られているのを意識していない素の表情を見られるのが、苦手だからな。

「璃奈、急ぎなさいよっ! 二人とも来てるわよ」

「待たせても大丈夫だってばー」

窓から聞こえてくる、凛とした声大人っぽい声と、対称的に甘えるような幼い声。

あたりが静かだから、二人の声が余計にはっきりと聞こえる。

また、璃奈の眠気覚ましに窓を開けて、そのまんま…だろうな。


  ◆


荷物を持って怜奈が急かしても、璃奈は鏡台の前から動かない。

髪留めを今日の気分にあわせて選んで、慣れた手つきで結わえていく。

「ちょっと、聞いてるの?」

「気にしすぎ。2~3分なんて、ちょっとの差でしょ?」

「わたしは、こんなことで迷惑をかけたなんて思いたくないだけよ」

「もー真面目なんだから。尽くす女って、最近あんまり人気ないらしいよ」

「なっ? えっ?」

「でも、騙されやすい子は、男子に人気あるかもね。可愛いって」

紅潮していたのが頬から顔に変わり、姉が肩をふるふると揺らす。

妹は小悪魔のような笑みを姉に見せてから、鏡に向き直った。

「あんたねえ…」

「ほらね? お姉ちゃんが可愛い女になれば、とっきーが丸く収まるんだから、だいじょーぶじゃん」

「イヤよ、わたしはそんなのっ!」

男に笑顔を見せることも話すことも拒絶して、おねーちゃんはよく分かんない我が道を行く。

楽しくもなさそうなのにそんな道をなんで選ぶのか、あたしにはまったくわかんない。

「それに、世間の風評なんて、わたしには関係ないもの」

思い出したようにさっきのことに反論して、ツンとそっぽを向く。

そう言うならそうしていればいいのに、いつも周りのことばかり気にして、顔色も顔も変えてるんだから。

「人の目が人一倍気になるくせにー、うそつきー」

「嘘じゃないわよっ!」

真っ赤になって目を吊り上げる姉をほっといて、璃奈が鏡に笑いかける。

角度を変えて2、3回のプレゼント用スマイル、その後に細い指が髪房をピンと弾く。

「んー、ちょっとイマイチ…かなぁ?」

結わえた髪留めを外して、また、ていねいに自分の髪を梳いていく。

ちょっとでも違和感があったらやりなおし、これは基本中の基本というやつだ。

「ちょっと、まだ直すの? さっきので、もういいじゃない」

「イ・ヤ」

「なら、わたしがやってあげようか?」

「やだってば。髪を決めるとき妥協したことないの、お姉ちゃんも知ってるでしょ?」

「だから、時間をかけるならその時間を考慮して起きなさいって、いつも言ってるでしょ!?」

だんだんと、姉の声の調子が強くなってきた。

そろそろ矛先を変えたほうがいいかな? と考え、璃奈がわざとらしいため息をつく。

「お姉ちゃんが鏡の前を気合い入れて占領してたから、えんりょしてあげたのに」

「いつもどおりよっ! それに、璃奈が寝てた時間だけでしょ?」

怜奈の頬が、かあっと音をたてるように赤くなる。

分かりやすすぎる…そのくせ、絶対に自分では認めないんだから…と、心の中でため息をつく妹。

先天性の意地っ張りは、もう病気扱いでいいんじゃないかな。

ここまで心があるのに、それでも、自分を好きって言ってくれる人に返せないなんて。

だから…。

「なによ?」

もう少しぐらい、遊んでもいいよね。

「お姉ちゃんに気をつかって、ギリギリまで寝ててあげたんだよ?」

「ほら、もう時間よ? 待ち合わせはどうするのよ」

可愛らしい腕時計を突き出して、どうにかこの妹を急かそうとする姉。

だけど、そんなのはいつものことで、これで動じないのもいつものこと。

「手がはなせないから、お姉ちゃんメールしといて」

「な、なんでわたしが!?」

「ほーらー、はやくしないと、とっきーが行っちゃうよ」

「知らないわよっ!!」

「と言いつつも、嬉しそうに携帯を開けるお姉ちゃんでしたとさ」

「璃奈っ!!」



送信者:織原怜奈

件名:no title

本文:待ってて


あいつらしいメールに、思わず苦笑いがこぼれる。

いつも短文、用件のみ、素っ気無いと、本人の性格が良く出てる。

「お待ちいたしますか、兄様」

「…だな」

携帯を閉じると、覗き込んでいた紗希が笑いながら足元に荷物を置いた。

持ったまま待ってるには、璃奈の化粧は時間が掛かりすぎるのは、二人とも経験済みだ。

「?」

バイブ音と同時に、紗希がポケットに手を突っ込む。

ステップアップにしてある着メロが聞こえるようになる前に途切れた。

「なんか、早撃ちみたいだな」

「似合うでしょ?」

ポケットから取り出した携帯をペン回しのように楽しそうに振り回してから、颯爽と開く。なんだか、無駄に格好いい。

画面に目を向けた紗希は、ふっと笑顔になって、俺に見えるように携帯を突き出してくる。

「おにいちゃん、舞衣から」



送信者:妹尾舞衣

件名:ごめんなさい

本文:今、目が覚めて…今から、すぐに用意して向かうから

   だから、遅刻するかもしれないから

   先輩たちに伝えておいてください

   本当にごめんなさい


「そーとー重度にあせってるな」

携帯のボタンをもどかしく押しながら、あわてて着替えてる姿が目に浮かぶ。

謝らなきゃ謝らなきゃっていう純粋な気持ちがあふれてるな。

「可愛いメールだよねー」

「まったくだ」

服や髪にこだわる璃奈とメールを送ってきた舞衣、それに紗希は同学年。

でも、育ち方でこんなにも違うんだな…と、分かってることのはずなのに、なんだか見比べてしまう。

「あせらなくていいから、気をつけるように言っといてくれ」

「はーい」

自分も怜奈への返事画面を起動したところで、メールがもう一通届いた。

『了解』とだけいつもどおりの怜奈へと返信をして、未読のメールを開く。



送信者:織原璃奈

件名:no title

本文:たんのーしてね


一行しかない本文の最後にハートの絵文字と、添付有の表示。

璃奈との約束で、添付有は誰にも見せないことになってる。

紗希がメールに集中してるのを確認してから、添付してあるものを受信してみる。

画像が、2枚か。

1枚目は、枕の上に髪を広げて、怜奈が目を閉じている。

襟元だけ見えているのは、薄桃色のパジャマだ。

あどけない怜奈の寝顔は、無防備で見ているだけで可愛い。

平然と電気をつけて高画質に撮ってあるあたりが、いかにも璃奈らしい大胆さだな。

2枚目は…と。

白い指の先には、磨き上げられた綺麗な爪。

それが何かを突き刺して、うずもれている。

「…ん?」

指がうずもれている場所の色は、1枚目のパジャマの色と同じで…よくよく見てみると、球体のようなものを相手にしている。

それって、つまりは…。

「おにいちゃん?」

紗希の声に反射的に携帯を閉じて、ため息のような深呼吸を一つして、いつもどおりの表情で紗希に返事をする。

ただ、なんて返事したのかは上の空で、頭の中に焼きついた画像は、携帯を閉じたくらいじゃ消えてくれなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ